道中
リーシア達が宰相の屋敷を出た後は、予想通りの何事もない帰り道だった。
侍女に扮したイシュテは無口に真面目に仕え、もう一人の侍女は親しみを前に出して和やかにリーシアの世話を焼いた。
護衛の三人は見合いだと隠したまま、さりげなく交代で侍っている。
侍ると言ってもべったりと馴れ馴れしい訳でなく、町への外出に付き合うジオやゼオ、カイに求められていた模範的な距離感だった。
何かあれば手を差しのべられ、かつ無遠慮にならない距離。
三人は啀み合う事なく、きっちりと護衛をこなしながら、リーシアとの会話も深めていた。
そして護衛三人を見守る熟練の責任者。
責任者は基本的にジオとゼオの近くに居た。
きっちりとした布陣は、リーシアとジオ・ゼオの二人がゆっくり話せるタイミングを与えなかった。
ジオは六人に疑われていないか、ゼオは問題が起きないか調べながら行くとリーシアに伝えている。
周りの目もあるしゼオの未来視の阻害にならないよう力を使わないでと頼んだので、リーシアは未来視を控えていた。
ジオとゼオの言葉は事実はでもあったし、リーシアに聞かれたくない話をするためでもあった。
ゼオが六人の未来に取りうる行動を視るところ、六人はリーシアに無害な人々だ。
イシュテは寡黙に黙々と働くタイプで、監視されている場合がある以外は特筆する場所がなかった。
もう一人の侍女は中年の女性で、屋敷に戻れば他の侍女達を教える側の役のようだった。
帰りついた後、『やはりお嬢様はお可愛いらしい』と送迎の一員になった喜びを周りに聞かせているのが視えた。
護衛三人はジオとゼオには多少なり思う所があるようだった。
道中も帰ってからも、意地悪をしてくるだとか、馬鹿にしてくるとかは全く視えてこず、攻撃してくると言う種類ではない。
三人はゼオ達と、距離を保ち軽い会話には付き合うが、深い話題は避ける。
ゼオ達に不審な行動が無かったか、責任者も含めて情報共有をしている。
帰ってからは屋敷専門でなく、領地全体の守りを担う兵のように動く予定だった。
――見合いでリーシアが三人を選ぶ事はないため、このまま未来が変わらなければ、残念がりながらも配置された地域へ戻っていく。
責任者は伯爵に直接仕える兵の一人で、主な職場は屋敷のようだっだ。
ヴィジット領滞在中、ゼオ達は客人として屋敷へ泊めて貰えて、その間に何かと近くにいる予定のようだった。
三人の護衛達と同じく親しみのある対応でも、完全な信用はされていない。
ゼオ達は言ってみれば身元不明の旅人で、しかもするすると領主に取り入った『胡散臭い』とも言える存在だ。
だからしばらく警戒される当然の話で、それに対してゼオは何も思っていない。
ただ未来視など特殊な力がないと気付かないような疑心に気が引き締まるのを感じた。
ゼオが未来を視るように、ジオは六人の心を読んだ。
イシュテはリーシアに少しづつ絆されている最中のようで、内心は批判したり庇ったりと忙しいものの、ほとんど好感と同情で満ちていた。
ヴィジット領の使用人達は領主家族を心から慕っていて、誰も心に含みがない。
あるとしても思うが故の批判ではない。
(あんなに無防備では心配だわ、世間をまだ知らないのね。
男は怖い生き物だとお教えしなければ!)
〔相手に魔が差さないように。
無防備に目の前に出されたら気が揺らいでしまう事もあるのだから。
そうなれば悲しむのはお嬢様だもの〕
(町に出るなどという話もあるそうだが、御嬢様が町の暮らしに慣れることはないだろう。
大人しく令嬢として嫁に行けば良いのに)
〔世間はお屋敷の中ほどお綺麗ではない。
醜い世間にお嬢様が辛い目にあわない方が大事だ。
跡目も安泰なのだし、わざわざ尊いお身分を返さずに、お屋敷の中で――それが他所のお屋敷でも、悪い相手には嫁がされる事はないだろう。
ずっと守られて生きていて欲しい〕
ジオが読んだのは大体そんな感情だった。
全く案じるような人員はおらず、いっそ拍子抜けしたくらいだった。
逆にジオ達には笑顔の裏で警戒を忘れていなかった。
(彼らが例のお嬢様付きの使用人か。
馴れ馴れしいが、お嬢様が望むなら仕方がない)
〔うらやましい。
お嬢様をエスコートしているのか?
あのお手を取って、もしかしたら腰を抱いて……もしお嬢様に気がないのにつけこんでそんな行動をすれば許さない〕
(お嬢様に邪な思いを抱いていないか、良からぬ事をしでかさないか、しっかり見極めて何事もないよう……)
(お嬢様の事だから、恋愛感情は皆無でしょう。
あれだけ婚約者様を慕っていたのだから。
良からぬ虫にならないよう見張らねば)
様々な思いがあったものの、毛嫌いして貶めようとする心情は見当たらなかった。
一人かなりリーシアへの恋慕が高い護衛がいるとジオは気になったが、それはすんなりと会話の中で、言葉で教えて貰え、読みやすく感情を動かしてくれた。
リーシアは、と言うよりヴィジット領主家族は歴代貴族然とした所が少なく、お迎えに集められるメンバーは特に、領地で親しいと言って良いほど領主一家と接している人達だという。
その中でも恋慕が高い護衛は、稀に世間話をする機会がある程度にはリーシアと接点があり、仄かな憧れを抱いていた。
諦めるしかなかった秘めた思いが、婚約解消で一気に『手が届くかも』と燃え上がってしまった。
恋慕が無くとも良い縁談なら、恋慕があるなら更に価値が高くなる。
その護衛にとっては今回の送迎はとても良い話だった。
しかし見た目上は理想の護衛の範疇を超えず、ライバルの同僚やジオ達に牽制や意地悪をしてきたりもない。
ジオはその護衛への好感をあげつつも、リーシアを任せるに足る男に見えて、嫉妬も抱いた。
道中そんな調べものをしつつ、ゼオとジオは互いに知った内容を交換して情報共有した。
ジオがリーシアを慕う護衛の話をすると、ゼオは僅かに動揺を見せた。
「相応しい人か……」
「このまま行くと目の前でひっつくとこ見る羽目になったりしてな」
「……後で」
どことなく疲れた様子のゼオに、ジオは一応案ずる声を掛けた。
「大丈夫なんだろうが大丈夫か」
「あぁ、うん、さすがに疲れる。
力使ってこなかったけど、使いぱなしはこんなに疲れるんだな。
……未来の行動を確定するほど視続けるとか、熱も出すはずだ」
小さな呟きはリーシアの話だ。
未来を視れば、変えまいとしても視る前とどこかしら変わってしまう。
それを確定するほどに、繰り返し視続け行動を絞っていく。
下手をすれば必要な相手の反応を引き出すために、何秒見つめるかなどまで測っている。
――中の仕組みを知らずとも道具を使えるように、リーシアは相手に与える心象を理解せぬまま必要な行動を演じている。
思いつく限り最善の結果の傍らで、変化していく周囲の心情を考えてはいても、どこか遠くの出来事のように扱っている。
リーシアが親しみを隠さず信頼から隙だけのため、カイが日を重ねる内にどんどん深みに嵌っていると、ジオは知っている。
それでもリーシアはカイとの恋愛は全く考えておらず、一時の気の迷いだからと全く気にせずに『友人』として接している。
一方のカイは感情が大きくなるほど友達であると意識させられ、どんどん拗らせている。
ジオすらカイが哀れだと思うものの、どうもリーシアを意識した分だけ『運命の人』と上手くいくというのだから、皮肉でもあった。
そんなリーシアが護衛との恋愛を始められるはずもなく、ゼオが確認したところ、リーシアは屋敷へ帰って両親から話を聞いた後、今後も含めた見合いを全て断っている。
思いを募らせている護衛は諦めずに告白をし、リーシアはきっぱりと断る。
護衛はしばらく塞ぎこむものの、数年後には別の女性と出会い結婚して幸せになる。
『彼は別の人と幸せになりますもの』
『やっぱりお嬢様は高嶺の花だったんだよ』
じっくり行なった未来視で、ゼオが気になった言葉はその二つだった。




