訪問 2
三人になり、宰相は立って控える二人に視線をやった。
「君達は立ちっぱなしで疲れないかい?
若いから大丈夫かな」
「お気遣いありがとうございます。
疲労はまだありません」
答えたのはゼオだ。
リーシアはまた後ろを振り向いた。
ゼオは相変わらず平然としていて、困ったかのようなジオと視線があった。
本来ならリーシアが後ろの使用人を気にして振り返る必要はない。
控えているのは問題なく応えられる使用人であるはずで、雇用者は余裕をもってくつろいでいれば良い。
気にかけていると印象付けるためと、リーシアの幼さを演出するため、つまりは未熟さを見せるためにしていた。
リーシアはジオの『困り顔』が作ったものであるのは分かった。
もししたほうが良い行動があれば、リーシアが頭に強く思い描いて知らせるよう打ち合わせている。
ゼオの答えは無難で、これ以上二人から何か言う必要はない。
むしろ話そうとして失敗しすぎても良くない。
宰相はゆっくりと大きく頷いた。
「このまま立って会話を聞いているだけでは暇かと思ってね。
これは練習だし、別の部屋で控えている者達と合流して飲み物でも飲んできたら良いのではと思ったんだ」
「ありがとうございます、おじさま。
でも二人は今日はこの空気をよく味わって貰うのが仕事なんです。
今後を決めるためにも」
リーシアは不審に思われない気を付けながら、柔らかい笑みをうかべた。
宰相はいたずらっぽく笑った。
「父親の気分で可愛い娘と二人で話をしたいと思ったんだけどね?」
「ふふ、ありがとうございます。
私もおじさまはお父様みたいで大好きですわ」
今までのリーシアなら普通に口に出来た言葉だった。
しかし今は恐れる事が幾つもあって、『普段通り』に見せる演技は出来なかった。
取り繕うため、リーシアはさっと視線を伏せて淡く笑んだ。
「本当ならお義父様と呼ぶはずだったのを、拒んだのは私はですけれど」
「リィ……そんなに気に病まなくても良いんだよ。
エイゼンとの事はちゃんと分かったから。
ただリィの事はこれからも応援させて欲しい」
「応援ですか……?」
「そう、君の助けになりたい。
困った事があれば頼ってほしい。
困ってなくても訪ねて来てほしい。
勿論私はこれからも君のご両親に会いにヴィジット領に遊びにいくよ。
どうか嫌がらずに今まで通り、おじさんとお話してくれないか」
「おじさま……
ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします」
優しい微笑みを浮かべる宰相に、リーシアの目に嘘は見えなかった。
疑っている自分が後ろめたくなるほど、宰相からの愛情を感じとってしまった。
それはカチュアが懸念したような色欲に満ちたものでなく、言葉通り娘に向けるような慈しみ守ろうとする愛情だ。
リーシアは自分の視た未来が間違いだったのではという優しい逃避に身を任せた。
未来視を誤りだとして宰相を信じたいがためではなく、内心にに疑念が無い方が不審を抱かせない振る舞いが可能だからだ。
この短い対話で未来視が外れたと思えるほど、リーシアは自身の力に無知ではなかった。
婦人の用意してくれたお菓子を食べながら、宰相との話も進み、訪問は問題なく終えた。
立ちっぱなしで休めなかった二人のために、リーシアはお土産としてお菓子をねだり、宰相夫妻は喜んで用意した。
宰相は遠慮せず甘えて貰えれば嬉しいと満面の笑みを見せた。
リーシアは礼を言い、宰相がヴィジット領地を訪れた時に礼を尽くすと約束し、何事もなく屋敷を後にした。
ο ο ο
屋敷を離れてもすぐにジオ達と相談が出来る訳ではない。
リーシアは乗り物の中で、護衛や侍女達を伺った。
報告会は領に着いてからと予定は立てていたが、叶うものなら早く聞きたかった。
問題の種を知りたいだけでなく、リーシアが怯えるほどの宰相の心を読んだジオが心配だった。
言葉に出せば紛れる時もあるし、抱え込むには重たい内容の可能性もある。
何より本当なら自分が読むべきだったと、リーシアは責任を考えずにはいられない。
ジオだけでなくゼオの事も気になっていた。
ゼオは宰相を前にしても平然としていた。
リーシアは一瞬だけ、ゼオは元々貴族なのではと考えたが、それにしては身に付いた貴族的な言動がない。
未来を知ってたとしても、リーシアは緊張はする。
ゼオの落着きは一体何だろうと、個性で済ませる事なく妙に気になった。
リーシアがどれほど気にしても、未来は視えなかった。
完全に制御しているのでも、突然の発動がないのでもない。
不意に不安で力が発動しても暗闇で視えなかった。
けれどリーシアに以前のような不安はない。
全く平気と言う訳でもなかったが、二人が悪くならないように導いてくれる信頼があった。
直近の未来は視えないものの、領地でのんびりと暮らす自分の姿は、おぼろげながら変わらず視ることが出来ていた。
リーシアが視えなくなっている理由は単純で、ゼオがリーシアの力を妨害するように未来視を続けているためだった。
昔ゼオがヴィジット領の未来が視えなかった事から発想し、リーシアの未来視を阻害するために未来を視るという手段を取っていた。
あまり異能を使わないゼオにとっては疲れる作業で、体力面からリーシアの様子を見計らって調節していた。
とりあえずリーシアが一人になったり物思いに耽りそうになるタイミングで、自身やリーシアの数秒後の未来視を続ける事で誤魔化していたが、気を抜くと現在と未来が混ざりそうに混乱していた。
疲れているのはジオも同じで、一癖も二癖もある宰相夫妻は心を読みにくいタイプの人間だった。
思考が複雑に重なりあい、感情が理性で制御され、薄皮をめくった先にあるのが実なのか新たな薄皮なのか、判別するのにかなりの集中力を削がれた。
しかも読み取れたのはリーシアを怯えさせる異常さで、人の心に触れるのに慣れたジオでも、平常心で流し忘れると言う訳にはいかなかった。
心を休めたいと、ジオは久し振りに願った。
それでも二人はリーシアの未来視を阻害している間に手早く情報共有を終わらせたいと考えていた。
何度も会話に出せばどこかのタイミングで、リーシアに視られてしまう可能性があるからだ。
後に伸ばすほどゼオの疲労が重なりうっかり視られてしまう可能性が高くなる。
早く話して二度と口にしない、それがリーシアの未来視への対策だった。
二人は疲労を理由にリーシアと護衛、侍女から距離を取った。
リーシアには護衛や侍女らを探りたいとも伝えていて、リーシアはこうした部分は深い追求なく納得する。
――二人は護衛が見合いを兼ねている件は隠したままでいる。
二人は力を使って周囲に窺う者がいないタイミングを見計らい、早々に必要な点を話し合った。
ジオは物心が付く前からずっと相手の心を読んで話をしていたため、表情に現れる微かな本音に敏感になっていた。
ゼオも未来が視える力を持ち育ってきた影響で、他人に過度に期待しないため、作り笑顔に潜んだ本心を気のせいと見過ごさない。
そんな二人でも、宰相夫妻の表情からは、好意しか読み取れなかった。
「今後はあまりお近づきになりたくない部類だ。
女の方の本心はそのまま伝えた方が良いか」
「一人になっても悪意を形には出していなかった。
武術の趣味があるのは変わってると思ったけど」
「武術?」
「俺達が帰った後で熱心に稽古をするのが視えてた」
「外に出さずに発散してるのかもな。
息子との婚約解消で溜まっていた不満が膨れてる」
「溜まって?」
「元から気に入らなかった。
旦那が可愛がるのも息子が熱をあげるのも家柄も財力も他も何もかも。
義娘になるのだからと理性で覆っていたのが、可愛い息子がフラれた事で」
「その中身をよくあれだけの『好意』で隠せたな……」
「貴族商人学者は読みたくねぇ」
学者を上げた理由は思考が難解すぎるためだったが、ジオは心や思考を読みたくない相手を連ねた。
「男の方は?」
「あっちはちょっと。
あのヤバさは思考を読んで感情が流れ込んでこないと分からない。
言っても陳腐になるが」
「うん」
「伯爵夫婦が好きすぎて規準が狂ってる」
「……」
ぴんと来なくて、ゼオは黙って続きを待った。
「シアにどう伝えるか迷ってるんだけど、恐らく男の言葉通りに甘えて相談して頼っていれば敵にはならないはずだ。
だから近付けたくないけど距離が離れると敵になる可能性がある。
シアの義弟に注意を向けさせられれば良いんだけど、義理なのが魅力として薄いのかも」
「と言うと?」
「家族になりたいみたい?」
「……」
「大好きな伯爵夫婦の可愛い娘が息子の嫁になれば義理とはいえ自分の義娘で家族として繋がる。
その親の伯爵夫婦も義娘を通じて『家族』になる。
つまり伯爵夫婦……いや、シアにも向いてるから伯爵家族と家族に」
「うん、意味分からないな」
ゼオは率直に感想を述べた。
ただ伝えられたものを否定した言葉ではない。
ジオが言う通り、言葉で聞いても軽くて理解しがたいものだと悟った。
その狂気に直接触れれば、並みの人間なら平静を保てないだろう。
「シアがあの男が敵になった未来を教えてくれてただろ?
あれは多分、頑張る方向性を変えれば回避可能だったんだろう」
「……王子様と結ばれてたって?」
「多分だけど。
息子との婚約が解消になって、次に狙ってるのは仲人みたいだな」
「……」
「『シアが結婚する相手は自分が見定めて後押しをする』
そう考えながら俺らを値踏みしてたよ。
婚約する前に夫になる男に関わって自分の影響下において、夫後見人のような立場も手に入れたいらしい。
頭の中で後見人の意味が義父になってたけど。
息子を娘の夫に出来ないなら娘の夫を義息子にすれば良い。
そこまで歪んでると日常生活でも歪みが出るはずなんだが、なかでそうだったな。
あれは関わりたくない怖い」
「――俺達より護衛の彼らを値踏みするべきだったんじゃ?」
リーシアの夫候補とするなら自分達より護衛という名の見合いに来た三人の男性だろうと、ゼオは彼らを思い浮かべた。
平民の自分達では可能性がないとも考えていた。
「……それはまぁ、後で説明する」
ジオは小さな声で濁した。
ジオも同じ点を不審に思ったため、その情報もしっかり読み取っていた。
ヴィジット家は貴族としては少し変わっていて、平民でも妾でなく普通に伴侶足りえるのだ。
それを話し始めれば気が逸れそうで、早く終わらせたい話を優先させたかった。
不審に思うゼオに構わず、ジオは話を戻した。
「けどシアにその辺りを伝えるのは気が進まない。
気が付かなかった解決策かもしれない方法とか」
「シアがその人を好きだとしても?」
「もう完全に諦めてるから好きにはならないよ。
王子サマも別の人を見つけたって――あぁっと……未来で見つけるから、って。
でも正解を見つけられなかった自分を……努力が足りなかったって責めるかもしれない」
「……しそうだ」
ジオは心を読んでいるし、ゼオはリーシアと同じ能力を持っている。
リーシアと出会ってからさほど長い時間が過ぎたとは言いづらいが、別の方法があったと示されればどんな後悔をするかは安易に想像がついた。
「シアは俺らより子供なんだ。
貴族の教育やら義務やらで中身が大人びていても。
あの年で他人の未来や命まで責任を持つのは重すぎる。
年齢関係なく一人で出来る事にも限界がある。
……王族の嫁になんてなったら、多分頑張り過ぎるだろうな。
伝えるにしろ気付かなかったことを後悔しないように持っていきたい」
「領主の娘としてすらかなり力を使ってるみたいだしな。
王族にさせたくないのは同意しかない。
このまま町で平民として暮せば良いのに」
「護衛の嫁になったら貴族の家だもんなぁ……
伯爵との縁も切りようがないし、そもそも切りたいと望まないだろうし」
ただの平民なら政治に直接関われない。
権力に近い位置にいるほど、多くのモノの未来に干渉する方法を得てしまう。
例え平民になったとして、伯爵の娘であり王子に異能がバレているリーシアは無関係では居られない。
それでも出来るだけ遠くに連れていきたいなと、二人は思っていた。




