招待 5
町での行動を不審がられるでもなく、リーシアは無事に学園へ帰った。
カイはジオやゼオをもう信頼しているし、カイを見ている教官は職務通り護衛の動きを重点としているため、リーシア達の細かな部分には興味がない。
リーシアはありがたい人選だと幸運を喜んでいるだけで知らないが、裏でルクレイスが勘の良い者や視野の広い者が付かないように調整していた。
ルクレイスは未だに敵に成りうる人物を探していたが、リーシアとの縁をきっかけにそれ程の驚異となる人物は見つからないままだった。
リーシアは当然だと思っても驚きはしない。
未来で自分が宰相の心を読み怯える間、宰相は心から心配するような言動をしていた。
そこには全く嘘が見えず、慈しみ助けてくれる優しい『おじさま』でしかなかった。
敵になるまで敵と分からない人なのだろうと感じていた。
けれどリーシアから宰相が敵になる未来を告げる事はない。
告げる事によって消えた火種を再燃させたり、火の無い所を燃やしてしまうのが怖いからだ。
例えば、とある罪を犯す予定の人の人生が代わり、決してその罪を犯さないような人物に育つ人生に入りかけているとして。
その人が罪を犯す未来もあったと知っている人は、その人を心から信頼出来るのか。
リーシアは自分が出来ない側にいる。
かつそんな自分が正しい自信はない。
だから不用意に他人の未来を告げるのは恐ろしかった。
手掛かりなく敵対者の調査を続けるルクレイスからリーシアへの手紙は、普段は調査が上手くいかない件と、簡単な確認や挨拶だった。
町から学園へ戻って来た翌日の放課後、リーシアはルクレイスからの手紙を見つけた。
相変わらずイシュテはリーシアの目の前には姿を見せず、手紙だけがさりげなく残されていた。
リーシアは理由をつけて早々に部屋に戻り、中を確認した。
手紙の内容はジオとゼオ、宰相についてだった。
宰相からの招待への疑問への返事は、カチュア達やジオ達にした説明を繰り返した。
理解されないかもしれないがとても仲が良く婚約解消は軋轢になっていないと書いた。
そこに嘘はなく、現状としては正に真実だ。
もしリーシアが宰相の心を読めば何かに恐怖する未来があるだけで。
ジオとゼオについては、婚約者候補なのかと言う問いかけだった。
予定を変えて帰省に付いていくと言う話が何故かルクレイスに伝わっていて、そこから関連付けた疑問だと言う。
リーシアにしてみれば突然の問だが、手紙を運ぶイシュテや、イシュテの兄ラムドからすればようやくかという問だった。
イシュテとラムドの兄妹は、結論に至る理由は違っていたものの、どちらもルクレイスがリーシアと結ばれる事はないと考えている。
イシュテが珍しくリーシアにメモを残していて、リーシアはようやく書かれた内容がどういう事か察した。
メモには『未練を砕いて上げてください』とあった。
リーシアは自分がもう割り切っていたため、ルクレイスが未だ真剣に未練を残しているとは思っていなかった。
調査も危機意識などが元だろうと考えていた。
もし未練を知っていたとしても、ルクレイスには未来でちゃんと別の人を選べるのも知っている。
リーシアは恋愛において、自分が『通りすがりの人』のような感覚から抜け出せないでいるし、明確な自覚もない。
リーシアはルクレイスの問に色々と考える部分があった。
リーシアはジオとゼオに対して仲間意識が強く、友達とはまた違った結びつきと信頼を抱いていた。
リーシアは友達に自分の力を明かしたいとは思わないし、視えた未来の相談もしたくない。
カチュアにもバレなければ言うつもりはなかった。
今も能力の全てを打ち明けてはいないし、相談のために視えた未来を全て明かしたりも出来ない。
カチュアとの未来での失敗とは別に、可能な限りは巻き込みたくないというブレーキがかかっている。
ユレアノには異能者同士として――エイゼンが結ばれる相手として、明かそうとした事がある。
それは全て失敗する未来視となった。
領にいる専属侍女ミーヤと、その母親サーヤにもリーシアの力は知られている。
それはとても幼い頃の話。
幼いリーシアは未来に対する不安もなく、大きく考えずに、後に専属次女となる『友達』へ秘密を打ち明けた。
ミーヤの母・サーヤはリーシアの母の専属侍女でもある。
母とサーヤにはその頃には既に知られていて、それはリーシアの言動が元だった。
二人にはともかく、ミーヤに教えた事は間違いだったとリーシアは分かっている。
母とサーヤは自分から気付いたのもあって、リーシアの力を理解し――理解しようとし、異能者を国から隠す危険性も深く考えた。
何か行動を起こす時は必ずリーシアの父とリーシア自身に相談してくれた。
ミーヤは年の似通った友達故に、友達の気安さが先に来て、かつミーヤは自分自身を基準として考える。
リーシアを大切にし、業務外では友達として仲良くしてくれると同時に、自分が持たない異能という力を自分なりの解釈で納得し、明かされた秘密の全てを信じてはいない。
ルクレイスにリーシアの力を教えのもミーヤだ。
ミーヤは、リーシアのためを思い、リーシアが幸せになれるよう、『ミーヤか最善と思う選択』をした。
リーシアは善意や好意が良い結末に繋がるとは限らないと知っている。
ジオとゼオは今では友達だとリーシアは思っている。
ただ二人は他の『友達』とは違う場所にいた。
リーシアは友達らの未来も知っている。
カチュアはリーシアに深く関れば父に道具扱いされていたと知ってしまう。
関わらないなら順風満帆に充実した人生を送る。
マロッドはこれまでは何となく上手く行かず溜め息ばかりつく人生を送る予定だった。
今ではやり甲斐を見つけ楽しく過ごす人生に繋がっている。
カイはゆっくり時間をかけて王女と幸せになり、ユレアノとエイゼンは両思いで幸せなままの夫婦になる。
ルクレイスは仕事で成功し、愛する女性もちゃんと見つけられる。
愛し合い信頼しあえる素敵な女性と。
彼らのほとんどはリーシアと道を別てば上手く行き、逆に深く関わると不幸になるかもしれない人達だ。
しかしジオとゼオはリーシアが視る不安な未来にはいない。
視えた未来はゼオが共有してくれる。
同じ光景を視ているのか、視たために既に変わった未来を視ているのか分からないが、同じものを共有出来る心強さがある。
ジオはリーシアを読んで助けとなる提案をしてくれる。
心や思考が伝わるので視えたものを隠せないため、言葉にするより理解してもらえる。
二人がこのまま一緒に居てくれればと、今までもリーシアは願っていた。
その形が異能者同士とか、友達とか、そういう括りではなく、配偶者という選択もあるかと、当たり前のように除いていた選択肢に気付かされた。
男性としてどう思うか。
ジオは表面上は軽そうにしているが、中味はそうではない。
相手を馬鹿にされたり怒らせる事で、あえて印象を悪くしているようだった。
その意図の深い部分はまだリーシアには分からないが、少なくとも見えている範囲で、ジオは相手の印象を利用し、読心を上手く使って立ち回っている。
飄々として見えて、たまに顔を赤くしたり動揺したりしていて、ジオも心を開いてくれているのかと思えば、リーシアは嬉しかった。
ゼオはジオと別方向で掴み所がない。
口数は少ないが、喋り出せばきつい発言もすらすら流れる。
かと言って傷付ける目的でも無さそうで、何に対しても興味がなさそうだとリーシアは感じている。
そんなゼオはリーシアには初期から友好的で、出会ってすぐから力になりたいと言ってくれさえした。
リーシアは嬉しいものの、その好感度の高さの理由が分からなくて、不思議に思っている。
選択肢が開かれたといえ、リーシアの心の中にはまだ芽吹く思いはない。
そしてそれを邪魔するものもある。
どれだけ思っても、どれだけ努力しても、報われなかった未来だ。
好きになり求めたとして、返ってはこないだろう。
そう、当然のように考えている。
ο ο ο
リーシアから帰省や宰相の招待の話を聞いた日、ジオとゼオは帰ってから認識の擦り合わせをした。
リーシアが宰相を訪ねる相談をした時、ジオはリーシアの思考を読んだ。
そしてゼオもリーシアと同じ頃に同じ未来を視ていた。
ジオはその場でそれなりにゼオの思考を読んで状況を掴んでいるが、そもそもゼオは読心で読み辛い相手だ。
ジオは深くはゼオを読めなかったし、その場でゼオに事情を話せた訳ではない。
一方でゼオはリーシアと同じ未来視をし、かつそれを視たリーシアが気になったために、視た直後のリーシアがジオと何を話すかに異能を反応させてしまった。
そのためゼオはリーシアとジオがあの時何を話したのか、二人が話し終える前に知っていた。
「変わる余地のない直後なら盗み見のように視えるって、前に言ってただろ。
多分その状態」
「やべぇ。
ぬけがけも内緒話も出来ねぇ」
「しないだろ」
するしないの前に、それをさせないのはジオの持つ力の方だ。
ただゼオはお前が言うなとは言わず、信頼を返事にした。
ジオはしかめ面をした。
「魔が差すって事もあるだろ」
「お前は悪意に強いけど、お前自身は良い奴だよ」
「笑ってんじゃねぇ」
ふざけあいを終わらせ、二人は今後の話に切り替えた。
「帰省にどうやって付いていく?」
二人の面倒を見てくれる商人からどつ許可をとるのか、それがジオの迷い所だった。
「普通に正攻法の話し合いで大丈夫。
シアからも話が言ってるし、少し嫌な顔されるけど」
「よしよし。
護衛ってのは?
俺が分かったのは小さい頃から遠出の時には一緒に行動してるおっさん達二人が固定。
後はその時々で変わってるっぽい。
シアはおっさん二人を信頼してる」
ジオはリーシアの思考から普段の護衛達の情報を少しばかりは読めたが、顔と親密度を何となく感じ取れた位だった。
だから今回の護衛が誰なのか、何人なのか、問題なく過ごせるかなどは分からない。
そこはゼオの担当だが、リーシアと関わるためにはっきりとは視えないし、今後も変化する可能性があった。
「中年の男は一人かな。
俺達より少し上くらいの男性護衛が三人。
それから侍女?が二人。
一人は慣れた感じの、領地で長い人じゃないかな。
もう一人は例の王子様の部下。
俺達は友人扱いで、割りと厳しい目は向けられそうだけど、喧嘩吹っ掛けてくるとかはなさそう」
「シアの印象だと年上のおっさんが多い感じだったけどな?」
「……あぁ」
ジオの疑問に少ししてからゼオが呟いた。
違和感と欲がゼオに未来を視せていた。
ゼオに視えたものは明確にゼオの心を揺らし、ジオにするっと伝わってきた。
「そう言う事かぁ」
「……護衛を兼ねた見合いか。
シアは何も知らなさそうだけど――帰省の前には視るかもしれない」
「知らない演技の可能性もあるけどな。
異能を知ってる伯爵様に隠す必要はないか。
――目の前で見るのはきついなぁ」
「シアが誰かを選ぶ未来はまだないよ。
だからって俺達に希望がある訳じゃないからな」
「落として終わるなよ。
まだ誰も選んでないなら、爪の先位の可能性はあるだろ」
「小さ……」
ゼオとジオがリーシアと違うのは、未来は変わって当然だと考えている部分だ。
視えた悪い未来を、誰かのためを考えてそのままなぞってなんていられない。
自分の行動が変われば影響が出る相手は確かに出てくるだろう。
不幸を押し付けない程度の配慮はしても、知ってしまえば助けたりはしても、『変えたから』だと責任を負うつもりはない。
自分は万能ではないし、そもそも視えた後は変わるのだ。
変わるのだから、どれだけ恐ろしく精度が高かろうと、未来視は可能性でしかない。
二人は視えた未来が辿っていたはずの『運命』だとは思わない。
二人は運命がどうのと考えるたちではないが、問われればむしろ、会わないはずだった三人が出会った事の方が『運命』だと考える。
未来を変えたのではなく、変化して迎えた先が未来なのだと。




