招待 2
ユレアノが異能の講義で来ないと分かっている時間、リーシアはカチュアへ相談をした。
中身を聞いたカチュアは少し考えて、マロッドを連れてきた。
カイはユレアノと同じで異能の講義で居なかった。
マロッドは困ったようにリーシアに尋ねた。
「宰相夫妻から招待と言うと……エイゼン君も一緒なのかな?」
「いいえ、おじさまとおばさまだけです」
マロッドは更に困ったように、カチュアへ視線を向けた。
カチュアは真顔でマロッドへ頷いて返した。
「おかしいわよね?」
「おかしいよね?」
二人は疑問系ながら意見を確かめあった。
しかしリーシアには二人が何をおかしいと思っているのか理解出来なかった。
「何かおかしいのです?」
「それはおかしいわよ。
息子を振った元婚約者を招待とか、嫌がらせでもする気なの?
俺の息子のどこが駄目なんだ!とか」
「そんな事はありませんわ」
リーシアは慌てて否定した。
「おじさま達は私をとても可愛がってくれて、婚約解消もエイゼンに原因があったのかって心配してくれて。
私が悪いのだと納得してくれないくらい」
「それもおかしいでしょ……
宰相、評判と違いすぎるわ」
カチュアは眉を寄せて呻いた。
口を閉ざしたカチュアを気にしながら、マロッドは躊躇うように尋ねた。
「宰相様とエイゼン君は親子仲が悪いの?
いつも上の兄達と比べるとか」
「比べる時はあるようですけど仲は良好です。
エイゼンはおじさまやお兄様達を尊敬していて、足りないと指摘されれば前向きに努力していました。
おじさまもよくエイゼンを誉めていましたし、エイゼンもおじさまのようになりたいと」
カチュアとマロッドは困惑気味で、リーシアには未だに何をおかしく思っているか分からなかった。
カチュアに身ぶりで促され、マロッドが先に説明をした。
「婚約解消って結構大きな事件なんだけど、リーシアさんは理解しているよね?」
「一般的にはそうですね。
ただ私達の件はお父様達が仲の良い友達だから結ばれたもので、いつ解消しても良いと決めてありました。
社交界で誤解がないよう、両家共にそれを隠しておりませんし、お父様達の関係も悪くなっておりませんし」
「うん……でもリーシアさんが嫌がって頑張って解消に持っていこうとしていたのは知ってるよね」
「ええ。
おじさま達にも解消したいと話はしておりましたし、おじさまが私の学園での行動を知らないはずありませんもの」
「そうなの……?」
「おじさまは目新しい話は何でも知っていますし、家や仕事に関われば些細な事でも目を光らせておりますもの。
おじさまなら息子の婚約者だった私についての情報は収集しています」
マロッドは戸惑いながら話を戻した。
「普通は婚約解消した相手を招待するなんてしないし、訪問するのも失礼にあたるんだけど……家同士の関係が思うより親密なんだね」
「そうかもしれません。
普通なら当主だけか、当主と当人を交えた仲直り目的の招待になるのでしょうけど、そういったものではなくて、本当に顔を見たいという招待で」
「……リーシアさんと宰相様は……親しい知人、のようなものなのかな。
友達の娘じゃなくて、リーシアさんとして見ているのかな。
リーシアさんもエイゼン君の父親じゃなくて、宰相様を個人として見てる、のかな?」
「おじさまはエイゼンの父親ですけども……」
リーシアには当たり前すぎて、マロッドの指摘がよく分からなかった。
リーシアにとって宰相は、続柄の形容が先に来る見知った他人ではなく、親しくしている人達の一人だ。
マロッドはやはり消化しきれず、首を傾げて口をつぐんだ。
カチュアはリーシアをじっと見つめた。
「ならリィちゃんは何を迷ってるの?」
「ええと……」
リーシアは迷った。
カチュアが何故マロッドを連れてきたのかが分からなかった。
カチュアだけになら、嫌な予感がしたともう少し深い相談をしていた。
一方でカチュアは宰相がリーシアと敵対する可能性があると知らず、そもそもルクレイスと結ばれた場合に何が起こるのかも詳しく聞かされていない。
単純にマロッドが口にしたような家同士のいさかいだと考えて、参考に格の高い家の息子であるマロッドの意見も取り入れたいと考えていた。
カチュアからすれば嫌な予感も何も、普通ならあり得ない招待だった。
「普通なら、今私が伺うのはマロッド様の言う通りに、良くない事です。
人によれば害しようと呼び出している可能性があるのも分かります。
ただ私の家とおじさまの家はそういう関係ではなくて。
本当に、私と久しぶりに会いたいそうで……
けどそういう風に、周囲から奇妙に見えるとおじさまも分かっているはずなんです。
だから、どうして今会いたいと――例えばエイゼンが新しく相手を見つけるまで個人的には呼ばないとか、そう言った調整をしない理由が、分からなくて」
エイゼンが相手を見つけた後に呼べば、別の邪推が出来るようになる。
新しい婚約者と前の婚約者を比べるためだとか、リーシアが婚約者に戻ろうとしているだとか、少なくとも新しい婚約者は良く思わないはずだ――リーシアと親しくしていて裏がないと知っている相手なら別だが。
いずれにせよ息子の元婚約者を単身で呼び寄せれば良からぬ噂を作る。
それをおして呼ぶとして、その裏にリーシアが恐怖するような思惑があるとすれば何なのか。
リーシアの考えでは、宰相夫妻で婚約者に戻るように説得する気なのか、くらいしか思い付かなかった。
カチュアはいつになく深刻な表情でリーシアの腕に触れた。
「ねぇ、リィ。
私は今からすごく失礼な話をするわ。
リィの事も宰相の事も侮辱した発言になると思う。
けど心配だから、聞いてほしいの。
ただの私の想像だけど、私が発言したと知られれば家も巻き込むかもしれない。
不快になっても怒っても良いけど、他の誰にも言わないで、聞いて考えて欲しいの。
勝手な事を言ってると思うけど、聞いてくれる?」
そんな風に問われたら、リーシアは何の心構えもなく頷けはしない。
何を話そうとしているのか分かれば応えを決められる、それはリーシアにとっては当然の結論だ。
意識下でも、無意識にでも。
――リーシアはカチュアが何を語るのが視えた。
リーシアの数秒の時間の沈黙を、カチュアは肯定と判断してマロッドへ顔を向けた。
「マロ君も良い?」
「……私はうっかり口を滑らせたくないから聞かない方が良いかな?
終わるまで部屋の外で待っていても良いし」
マロッドは椅子から立ち上がった。
マロッドは決して口が軽い訳ではないが、穏やかでのんびりした気質のため、事態が深刻になるほど離脱しがちだ。
ただリーシアは内容を未来で聞いているので、あえてカチュアに危うい話をさせる必要はない。
リーシアが迷って答えあぐねれば、カチュアは強引に話し聞かせるからだ。
「大丈夫ですわ、マロッド様。
カチュア様も大丈夫です。
そんな大事なお話を、カチュア様にさせる訳にはいきませんわ」
「リィ、私は――」
「大丈夫です。
私は運が良いですもの」
にこやかなリーシアを見てカチュアは口を閉ざした。
リーシアはカチュアが言おうとした話に動揺していたが、抑え込んで柔らかな笑みを作っていた。
カチュアはリーシアの異能を知っている。
未来の危険が分かるリーシアが、安全だと断言して陰りのない笑みを浮かべている。
カチュアは何も言葉を連ねられなかった。
二人の間に微妙な空気を感じて、マロッドは話題を少し変えた。
「リーシアさんは行くつもりなの?」
「はい、招待頂いたのですもの。
家同士の話は完了してますけど、私自身として頭を下げたいですし」
「それもそれで……でも当人同士が親しいなら、良いのかな……?」
当主同士で話がついている件を、家族が他で単独で動くのはよろしくない。
けれどリーシアと宰相の間、ヴィジット家とコーラス家の関係が一般的な貴族の社交とは違うもののようで、マロッドは言及はやめた。
「ごめん、私では全く参考意見は出せないよ。
一般的な話と違いすぎてる……と思う。
伯爵様と相談してからの方が良いとしか」
「こちらこそごめんなさい。
変な相談をしてしまって。
お父様やお母様にも手紙で相談します」
カチュアはどこか納得のいかない顔で黙って聞いていた。
リーシアは申し訳ないと感じながらも、カチュアに全てを明かそうとは思えなかった。
カチュアはリーシアのために、他人の耳に入ればその身が危なくなるような発言までしてしまう。
これ以上は良くないだろうと線引きをした。
リーシアは話題を戻さないよう、少しづつ別の話に変えていって流した。
ただカチュアが『未来で話した内容』は、暗雲のように心を重くした。
ο ο ο
リーシアが止めなければ、カチュアはこんな話をし始める。
「勝手な事を言ってると思うけど、聞いてくれる?」
カチュアの言葉にリーシアは迷う。
迷う時間が長ければ、カチュアはリーシアを心配して強引にその可能性を聞かせる。
リーシアが躊躇っている間に、マロッドは聞こえない場所へ移動する。
他人が来ないよう見張れる位置でもある。
カチュアはリーシアにまっすぐ向かいあう。
「私は家の仕事に関わって色々な人を見てきたわ。
ずるい人も汚ない人も、リィより沢山見てきたと思う。
色々な趣味の人が居たわ。
だから考えすぎと思わないで聞いてほしいの」
「あの……はい」
「宰相はもしかしたらリィが欲しいのではないかしら」
「……???」
聞いている未来のリーシアには意味が分からない。
「宰相はリィが大好きで、もしかしたら恋愛に近いものかもしれないと思うの」
「年が離れすぎていますし、おじさまは奥様ととても仲が良いですわ。
一人で歩けない幼い頃から私を知っています」
「年なんて関係ないし、小さな女の子に欲を感じる男もいるわ」
「……もしそうなら、エイゼンと私を婚約させるのはおかしいかと思います。
目の前で好きな人が、他の人と、幸せになるのは、それを応援するのは」
――きっとこう話した自分は、エイゼンとユレアノを思い出している。
未来を視るリーシアはそう感じた。
「……エイゼン君は代理なのかもしれない。
自分では叶えられない夢を息子に委ねて満たそうとする話もよくあるわ。
宰相を慕っているリィに言いたくないけど、宰相は甘い人じゃないはずなのよ。
裏で蜘蛛の巣以上に策を張り巡らせてるような人のはずなの。
あの人の筋書きに逆らえば、普通ならただでは済まないの。
息子との婚約を解消した女を笑って許す人じゃない」
「他の方にはそうなのかもしれませんが、家がとても親しいので……」
「もしかするとそうなのかもしれない。
でも一度考えてみて欲しいの。
宰相がもしリィを欲しいほど大切に思っているのなら。
……もし、笑顔の裏で憎しみをつのらせているなら。
その時にどれだけ危険なのか」
「……」
「私の杞憂ならそれで良いの。
でも……宰相の人柄が、違いすぎるのよ。
私の聞く話と、人物像が違いすぎるの」




