招待 1
それからリーシアは町へ何度も出掛けて、月は幾つか過ぎていった。
町の暮らしや人々の生活、気になった仕事の内部など、リーシアは色々と見学させてもらいながら、先の事を考えていた。
ユレアノの前で口には出しづらいものの、心は町での暮らしに傾いていた。
その日受け取ったのは、リーシアには見慣れたはずの手紙だった。
見慣れたと言っても頻繁という意味でなく、恒例の、といったものだ。
「…………」
「リーシア様?」
手紙を開いて固まってしまったリーシアに、ユレアノは心配して声をかけた。
リーシアははっとして肩を震わせたものの、すぐに何でもないと微笑んで見せた。
夜眠るにはまだ早い時間で、リーシアは寮の部屋で寝台に座って届いた手紙を読んでいた。
手紙は家へ遊びにおいでと招待する内容だった。
それを見た瞬間、未来視が発動してリーシアは硬直してしまっていた。
「知り合いのお家から招待状を頂きましたの。
もうすぐ帰省の許される時期ですから」
「ご実家にではなくですか?」
この国の貴族は通常、招待状は家の主へと送り、主から家人へ話がいく。
ユレアノはきょとんとして尋ねていたが、疚しさを感じているリーシアには鋭い指摘かのように聞こえてしまった。
「ええ、家同士付き合いの深い方で、両親には別に連絡をしてくださったそうです。
私の実家ではなく学園に近いお屋敷なので、帰る前に寄ってほしいとおっしゃってくださって」
「とても親しいお家なのですね」
ユレアノはリーシアの説明を疑わず、にこにこと微笑ましそうに納得した。
そのまま会話は誤魔化して、リーシアは早めに休みたいと寝台に横になった。
ユレアノは体調を心配して治癒をかけようとしたが、リーシアは大丈夫と断って布団を被って考えた。
それはエイゼンの家、コーラル家からの招待状だった。
間もなくエイゼンと惹かれ合う予定のユレアノに告げたい手紙ではない。
手紙には久々に顔が見たいと書かれていた。
エイゼンとの件は横に置いて、自分達に会いに来て欲しいと書かれていた。
リーシアはまるで娘のように可愛がってくれる宰相になついてもいた。
息子との婚約をずっと嫌がって、あんな風に解消したリーシアに、宰相は未だに優しかった。
宰相は、エイゼンに至らぬ点があったのか、何か傷付けていたなら謝りたいとさえ告げる。
エイゼンへ申し訳なさを感じるほど、宰相はリーシアを気遣ってくれる。
ルクレイスと結ばれたら鬼のように敵対する人物と同一とは思えないほど。
今まで宰相を気にしていなかったわけではない。
しかしリーシアには今までと違う選択肢があった。
リーシアは読心の魔石を持っている。
興味本意で宰相の心の内を暴きたいと考えたのではない。
魔が差した部分はゼロとは言えないものの、宰相が敵対する理由が全く分からない恐れが大きい。
起こりうるのに理由が全く分からない状態というのは、とても危うい。
今起きていないだけで、何がきっかけでまた起こるのか分からないという状態だからだ。
宰相が本気で敵対すると、ヴィジット領ごと追い詰められて、領ごと衰退していく。
それほどの驚異に無関心でいられるほど、未来を視るリーシアは楽観できない。
先ほど招待状を見たリーシアは、ある思い付きに囚われた。
心を読んで理由が分かれば、宰相が敵対する事態だけは避けられるのではないか。
リーシアが卒業した後には宰相という身分の彼とは会えない立場に落ち着いているかもしれない。
そうなる前に知っておいた方が良いはずだ。
後で悔やむより絶対に良い、と。
宰相の心を読むと心が固まったリーシアに視えたのは、こんな未来だった。
ο ο ο
リーシアは宰相を訪ね、応接間で座っている。
読心の魔石が隠されたブローチは、スカートのレースに紛れるように着けている。
にこやかに迎えてくれた宰相夫婦は、いつも婦人が先に席を離れ、今回も同様に退室した。
リーシアと話したいと宰相が残り、しばらくは二人での歓談が続く。
宰相は使用人にお茶や菓子を言いつけがてら、部屋を出ようとする。
宰相はヴィジット家の人間を呼ぶ時は、警備の人員どころか使用人すら下がらせている。
家族のような付き合いをしてきたため、リーシアを部屋に一人残して離れる時もよくある。
この時も宰相は、疲れただろうと、『病弱』なリーシアが気を楽に休めるように、部屋で休憩していくよう勧めている。
――読心は対象から距離が離れると難しくなる能力だ。
リーシアが能力を使うならこのタイミング――会話も終わり宰相が背を向けて部屋を出ようとしているこの時は、とても良い状態だ。
その短い時間でどれだけ読めるかは分からない。
しかし自分がおかしな反応をしないかの不安があって、ジオのように自由に使いながらの会話は無謀に思えた。
現在のリーシアの考え通り、未来のリーシアは宰相の後ろ姿を見ながらブローチを握った。
「え?」
漏れた声は未来のリーシアのものだ。
リーシアは宰相の背中を凝視しながら、体を震わせて口元を手で押さえる。
リーシアの異変に気付いた宰相が振り向く。
宰相は怪訝に、同時に心配そうにリーシアを見ながら近付いた。
「どうかしたのかな。
気分が悪くなった?」
「え?嫌。
何?」
リーシアの言葉は脈絡がない。
立ち上がらず――もしかすると立ち上がる事も出来ず、ソファに座ったまま宰相から離れるように逃げた。
「どうしたんだ?リィ。
……まさか、別の症状も?」
宰相はただただ心配そうにリーシアを見つめる。
宰相は震えるリーシアに近寄るのをやめ、急ぎ扉へ向かって大声をあげる。
「誰かいないか!医者を!」
「すぐに」
答えはすぐに返った。
部屋へ入ってきた使用人が一人、離れて行った使用人が二人。
扉の隙間から見えただけで、三人以上居たのかは分からない。
一人はすぐに医者を連れて戻ってきた。
本当にすぐだ。
室内から見えない部分は今回の未来視の視界には入っていない。
しかし周辺の部屋で待機していたかのような――待機していなければ来れない早さだった。
宰相は辛そうにリーシアを見つめて医者へ伝える。
「リィの具合が悪い。
急に怯えるように震えだした。
話しかけても会話として言葉が返らない」
「ヴィジット家からは何か話はありましたか?」
「何も。
……もしかするとこれが婚約解消の理由かもしれん。
そんな事は今は良い。
早くリィを助けてやってくれ」
宰相は悔しそうに――本心から心配そうに見える様子で、医者を急かす。
医者は宰相に言われるまでもなく、リーシアに手を伸ばして症状を見ようとしている。
医者はリーシアも見覚えのある人物で、宰相の家で何回かお世話になっている。
未来のリーシアは登場した医者にすがるような眼差しを向けた後、大きく震えて背を向けるように身を縮める。
気が及ばないのか、片手はずっとブローチを握って離していない。
離せば読心は使えないのに、それすら気がついていない様に見えた。
ο ο ο
そんな未来が視えたリーシアには動揺しかない。
同室のユレアノに動揺を見せないよう、気持ちと思考を押さえ込み、結果固まったように動きを止めていた。
未来のリーシアが何を感じているのか、現在のリーシアは少しなら感じる事も出来る。
明確には分からないものの、自分自身の感情なので、他人の心中を推測するよりは難しくない。
それを抜きにしても、未来のリーシアは宰相の心を読んで混乱して怯えているようにしか思えなかった。
ユレアノと会話して寝台に横になった後、リーシアはもっと先の未来に思いを馳せた。
危険が無くなったと安心している内に、また恐ろしい未来に身を投じてしまっているのかもと覚悟した。
しかしぼやけた未来に視えるのは、ゆったりとくつろいでいる成長した自分の姿だ。
閉じ込められている様子もなければ、悩みやつれた様子もない。
対象を自分以外へ変え、リーシアは未来視を繰り返して関係しそうな人達を視た。
家族も幸せそうで、領も賑やかで陰りはない。
ユレアノとエイゼンも幸せそうで、カイは王女と幸せになって、カチュアは商売を楽しんでいて。
義弟も妻と仲良く、しっかり領地の仕事をこなしていこうと父の下で励んでいる。
他の親しい人達に大きな変化はないが、ただマロッドだけは以前から大分変化していた。
ヴィジット領と相性が良かったようで、周囲から頼られる存在に変わっていくようだった。
リーシアが視える未来に何も問題は発生していない。
一度不穏な未来が視えたからと、宰相の心を読むのをリーシアは諦めてはいない。
今確認した未来も、リーシアが宰相の心を読んで怯え、ブローチを投げ捨てて心配される後の未来だ。
――二度目に視るリーシアはブローチから手を離せば良いと知っているし、宰相の敵対の原因を調べたい気持ちは消えていないので、そんな未来になった。
未来視を繰り返す度に宰相へ対するリーシアの行動は変化していくが、具体的な解決策がないのため焼き直しのようになっている。
その状態で未来視を繰り返しても、他者の未来が大きく変化する事はあまりない。
そこから分かるのは、宰相の心を読むかどうかで未来は変わらないという可能性だ。
宰相の心の中にはリーシアが恐怖して冷静さを無くすような何かがある。
しかしそれは簡単に表層に上がってこない。
読心で宰相が敵対する条件が特定出来たのかも分からない。
確実なのは読心を使えば宰相の前で繕えないほどの動揺を晒してしまう事だ。
リーシアは悩んだ。
招待を受けるなら読みたいという気持ちは抑えられない。
しかし招待を断って宰相が敵対する条件に触れる可能性はゼロではない。
招待を断る気持ちなれず、断った後の未来は視えないので比較も出来ない。
もし招待を受けて読まないなら、今まで通り、正体不明の危険をはらんだままになる。
先に領に帰れるなら父母から何かしらの情報を得られる可能性もあるが、招待を受けたのは帰る前のタイミングだ。
あり得ない未来は未来視で視えないし、ゼオと共にいるためか、以前のような細かい検証もしづらくなっている。
以前ならリーシアは未来視に頼り、寝込んででも解決策を探した。
今は意見を聞ける人が居る。




