歩み寄り
リーシアは放課後などに、カイとカイの教師を交えて外出時の打ち合わせをするようになった。
もし町で生活ならがっちりとした護衛を付けてはいられない。
ただリーシアはヴィジット伯爵の愛娘で、両親は健在で仲も良好である。
もし町に住むとしても、追放や勘当と言った厳しい扱いではなく、娘を町に住まわせるだけ、といった形になると予測される。
安全で困らない生活になるだろうし、気を付けて見てくれる人が居る環境に置かれるだろうが、常に付添い守ってくれる護衛までは付けられない。
そうなると護衛計画をたてながら町を歩くのはどうなのかと、リーシアも思わなくもなかった。
まだ町に住むと正式に決めたわけでないにしろ、自衛しながら歩き回る練習にならないのではないか、と。
しかし町を知る勉強の段階で、実地練習と言い張るにはまだ早いとも分かっている。
それにカイの訓練になるならと、リーシアは流れに身を任せる事にした。
危険な場所や身を守りづらい場所の見分けにもなる。
回数を重ねて信頼を得られれば自由も増えるだろうと、卒業までの年月を考えた。
まだ決めていないと言っても、義理の弟に心配を欠けない進路を選ぶのは必須だ。
卒業時には行き先が確定し、そこへ移るだけが望ましいとも考えていた。
リーシアの選ぶ道によっては、義弟はヴィジット領のためにリーシアを妻にした方が良いのではと悩み始める。
そうでなくともお飾りでも要職につけた方が良いのではと考える。
それでまた歯車が狂い始めると、リーシアは知っている。
そちらはそちらとして――
リーシアはさも忙しくして、空いた時間は養生して、ユレアノとの時間を減らした。
ユレアノはエイゼンと仲を深めている最中である。
二人にはまだ明確な恋愛感情はなく、むしろリーシアに隠れてリーシアのための相談をしている最中だ。
二人の未来は今まで通り、決まっていたかのようにぴったりと寄り添う。
リーシアはエイゼンとの結婚に未練はなく、ユレアノとのことは応援しているものの、心が全く傷まない訳でもない。
顔を合わせる時間が少ないほど、ユレアノの前で笑顔を保てる。
エイゼンと関わりが無くなっても気にせず、むしろ楽しくしていると見せるためでもあった。
ο ο ο
ユレアノはリーシアとの時間が減って寂しかった。
最近のリーシアは同室の自分よりもカチュアと一緒に居るし、カイ達と打ち合わせに時間を裂いている。
元々ユレアノは異能者のため、学園の他の生徒達よりも学ぶ事が多く、自由時間が少ない。
ユレアノが部屋に戻ってもリーシアは外出の準備や結果報告を書いていたり、体調を整えたいと就寝時間を早めている。
とても楽しそうで、ユレアノは寂しいから遊んでとは言えないでいた。
休みと決められている日にも、ユレアノに異能関係の用がある。
休みの日にユレアノの時間ができても、リーシアが外出しているため、以前ほど一緒に過ごせる時間は取れなかった。
普段と少し違うと心配はしても、ユレアノは深く考えて落ち込みはしない。
エイゼンに聞かれるまま、ユレアノは見たままに告げた。
「はい!エイゼン様の事は全く聞きません。
リーシア様は町への外出を楽しみにしています」
「……はっきり言うね君」
エイゼンに苦笑され、ユレアノは『あっ』と口を押さえた。
二人は誰にも見られないよう気を付けて会うようになっていた。
異能者の講義用に使われている区画は、規則はないものの他の生徒は近寄らない。
それを利用してユレアノの異能者のための講義が終わった後にエイゼンがひっそりと訪ねて密談するようになった。
内容はリーシアの情報交換である。
二人とも学園内では有名で、変な噂を立てられたくなかったのと、リーシアに知られたくなかったためだ。
エイゼンは婚約しなおす見込みがないと認めながらも、もしかしたらと未練が捨てきれず、それを隠したかった。
ユレアノはあくまでもリーシアの望みが優先で、積極的に復縁を取り持とうとしていると勘違いされたくなかった。
「町って、カイ君と怪しい男二人と行ってるんだろう?」
「ヤキモチですか?」
この何度目かの二人の密談の時、リーシアは既に町へ何回か出掛けていた。
リーシアが初めて出掛けた時もエイゼンは心配していたと思いだし、ユレアノはついおかしくなって笑った。
エイゼンはムッとしたように唇を引き結んだ。
「心配でもある」
「大丈夫です!
カイが一緒ですから。
私とカイはリーシア様を守りたい同志なんですよ」
ユレアノはリーシア達の前ではボロを出さないよう気を付けていたが、カイと二人になったり気が抜ける馬車では互いに呼び捨てにしあっていた。
ユレアノは貧乏貴族の娘で貴族より町人に近い暮らしをしていて、入学時の作法や言葉遣いはリーシアよりカイ側に近かった。
ユレアノは不思議と、エイゼンの前では気が抜けてしまう自分を感じてはいた。
肩に力が入らないと言うか、長年顔を合わせている友人のような気安さがある。
エイゼンもユレアノに対して同じような感覚があり、自然体で力を抜いて話せた。
「カイ君は――いや、何でもない」
「何か気になるなら聞いてくださいよ?」
「えぇと……カイ君は……リーシアか君と交際してるの?」
「ないです!
リーシア様になんてとんでもない。
私達にはカイは弟みたいなものですよ。
カイもたまにふざけて姉貴って言ってくるくらいで。
あ、私にですけど」
「弟、か……」
エイゼンの小さな呟きに、ユレアノは黙した。
リーシアが以前に兄のようだからと言っていたのが思い出されたからだ。
エイゼンもしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「妹のような存在に恋情を抱くのはおかしいのかな」
「おかしくはないですけど、私とカイにはないですよ」
「そう?
有望な異能者同士、分かりあえる部分は多そうだけど。
カイ君がどう思ってるかも分からないよね」
「カイは――理想は多分、リーシア様です」
「……」
「二人が付き合ってるとかじゃなくて、何て言うかな……
憧れ?けどリーシア様に手を出すとかないです。
私が許さないです。
カイには渡しません」
「……」
ユレアノ自身は無意識にだったが、それは裏側を想像させる言葉でもあった。
諦めた片想いとしてはどうなのか。
ユレアノが背中を押せば変わるのか。
エイゼンは指摘するか迷い、気付いていなさそうなユレアノには通じ無さそうに思えてやめておいた。
「変な男二人は大丈夫そう?
危険はない?」
「リーシア様は二人を信じているみたいです。
カイにはもう少し気を引き締めてほしいんですけど、何か友達みたいになっちゃってます」
「そう…………その、二人が婚約者候補とかって話はある?」
ユレアノもさすがにピンときた。
エイゼンが聞きたかったのはこれなのだと。
「リーシア様は平民にはなりません!
きっと考え直してくれます。
卒業後に私と会えなくなるのは嫌だとリーシア様も言ってくれましたもの!
だから案内の人との婚約はきっとないです。
案内の人は身分のはっきりしない移民だそうですし」
「……君はヴィジット家を良く知らないかな?」
話が変わったように聞こえて、ユレアノは首を傾げた。
エイゼンは困ったような顔でユレアノを眺めた。
「国から自治権を大きく認められている領地が幾つかあるのは習っているはずだけど、ヴィジット家はその内の一つだ。
政治や歴史の中で目立つ話はほとんどないけど――そんなくだりは置いておいて、ヴィジット家は人との繋がりを重視して家族を大事にしている」
「はい……??」
ユレアノは素直に頷いたエイゼンの話の意図は良く分からなかった。
「中央の政治からも離れているし、政略結婚もない。
――俺が婚約していたのは話の上手い父が交渉してくれたからだ。
繰り返しになるけど、全く政略ではないし、父が権力で強要したのでもない。
ヴィジット家は子供の結婚相手に身分を求めないんだ。
不和を生まず互いへの思いやりで良くしていこうっていう理想の体現を目指して現状では実現している一族だ。
親族との繋がりも濃くて、親族はほとんど領地の経営のどこかに関わってるらしい」
「……?」
「伴侶に求めるのは人柄とか社会性だけ、下手したら能力も問わない。
政治と婚姻を切り離していて、能力がないと見なしたら伴侶に認めないのでなく、政治に参加させないという手段を取る。
その子供を後継から外すとか、配偶者に役職や権力を与えないという条件で結婚は認めちゃうらしい……
中央政治に関わりそうな俺との婚約で一人娘を後継から外して親戚から養子を貰うくらいだから」
「えぇ……?
じゃ、じゃあリーシア様を私の知らない怪しい男に盗られるかもってこと?!
いやです!
王子様みたいな素敵な人じゃなきゃ!」
ユレアノは現実の王族を引き合いに出したのではなく、物語的な理想として口に出していた。
エイゼンは『王子様』でルクレイスを思い出して胸にぐっさりと来たものの、ユレアノには悪意も皮肉も欠片もなく、そのまま受け流した。
ユレアノがどうしてそこまでリーシアを好いて大事にしてくれるのか、ユレアノの心の傷を知らないエイゼンは察する部分もない。
けれど大事な人を大事に思ってくれるのはとても嬉しく、ユレアノと話しているのは心に痛い部分はあっても、とても安らいで楽しい時間だった。
ユレアノの言葉が崩れて素が覗くのも、正直な言葉が駄々漏れるのも、心を許してくれている証明のようで嬉しかった。
「俺だって嫌だ。
せめて納得のいく男じゃないと嫌だ。
できたら私を選びなおしてほしい」
「最後は何ともですけど、もし可能性があるなら私も案内人に会わないと!」
「そこは俺を応援しようよ」
「リーシア様が望めば幾らでも!
でもリーシア様は全くエイゼン様の話も結婚の話もしないんですもの。
望まないものを押し付けられません」
「色々とひどいな」
エイゼンはポンポン返ってくる言葉に苦笑した。
会うたびにリーシアの話をし、毎回似たような話しかしていないかもしれない。
それでもユレアノとの会話は、気を抜いて自分を曝け出せる、癒される大切な一時だった。




