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もう愛を夢にみない  作者: 藁の家
自由な人
85/124

評価 2

 ジオが町へリーシアを案内して分かった事は幾つかあった。

 リーシアは疑心を心の底に抱いてはいるものの、ジオやゼオへ嫌悪はなく、むしろ信頼に傾いている。


 ジオが持つ異能は心の中を簡単に何でも読み取れはしない。

 リーシアに以前説明した通り、読みやすい相手も読みにくい相手もいる。

 また、相手が正にその瞬間に考えている内容は読みやすいが、表に出てこない価値観や刷り込まれた常識などまで読むのはかなりの労力を要する。


 例えば雨の嫌いな人が居て、(雨の日は憂鬱だ)と嫌悪感と共に考えているなら読み取りやすい。

 もしその人に雨を嫌いになるきっかけ――例えば『雨の日に最悪な目にあった』などがあったとして、その最悪な目が何だったかは、それを意識して貰わないと読み取りにくい。

 それが当人すら意識して覚えていない事件であれば尚更だ。

 だからジオは会話の中で話題を誘導したり相手の感情を揺さぶって、表面に出てこない、わざわざ考えない事を考えさせたりしている。


 リーシアは未来視を持つ異能者で、異能者は読み取りにくい相手に入る。

 ジオも理屈は分からない。

 ただ体感として、内側で働く異能を持つ相手は特に読み辛い印象があった。

 炎を出すなど外に現れる力でなく、頭の中で終わるような、内側で働く力である。

 リーシアやゼオの未来視がそうだ。

 最初に会話した時、リーシアは容易く思考を読まれると勘違いをしていたが、リーシアの内面はジオには読みづらかった。


 しかしリーシアが抱える歪みをジオが指摘した後、読みづらくしていた何かが変化した。



《娘から見ても父は優しくて素敵な人です》

 そう返したリーシアに、ジオはあえて指摘した。

《あんたは本当に嬉しそうにするね。

 そこに悲しみや……諦め?が混ざるのは何でだ?》

 リーシアの中で沸き上がったのは、より深い諦念や絶望だった。

 それから、自嘲。

(――心を読まれるとは、こう言う事)

 ジオに読ませるためではない独り言。

 リーシアは内心を全て読まれてしまった、と勘違いしたのがジオに伝わってきた。

 隠しても無駄なのだ、と。


 諦めの奥に、男女の別れ話をジオはリーシアの中に見た。

 今より少しだけ成長したリーシアと、知らない男の別れ話。

 別れ話に紐付けられた、自分は誰からも疎んじられて切り捨てられる人間であるという自己嫌悪。


 そこからリーシアの内心は、他の人達と同じ位の読みやすさに変わった。




 共に出掛ければ、ジオにはリーシアから内心がぽろぽろとこぼれ落ちているようにも見えた。

 隠したそうな部分も、少し力をこめて入り込めば易々と読み取れた。

 勿論心や思考の全てが自由に閲覧出来る訳でなく、過去を覗き見えるとしても、それはリーシアの主観による過去でしかない。

 記憶は思い込みや否定で事実から歪む事もある。




 ジオが読み取ったリーシアの情報は、リーシアの父である伯爵から聞かされた話とは異なる部分があった。

 伯爵はリーシアが何か問題と戦っていると考えていた。

 親が思うよりも、子は状況も内心も伝えていなかった。


 二人は能力を使って伯爵に接近し、二人が想定したより簡単に、かつ短い時間で信用を得られた。

 それは伯爵が悪質な裏を持たず、娘の将来の幸せを思って、異能者である二人を味方に着けたいと願った為でもあった。

 伯爵は異国へ流れてきた二人の苦労をねぎらい、能力を褒め、助けたいとも願った。

 ジオの読心で心を読んでも、ゼオの未来視で行動を視ても、伯爵の言葉に偽りはない。

 本心からそんな風に思われては、二人も戸惑いはしても、悪い気はしなかった。


 実際にジオとゼオに含む所はなく、リーシアに軽く説明した通り、ゼオがヴィジット領にいる異能者が気になったために二人は伯爵に近付いた。

 危険や利益を天秤に掛ければ強すぎる好奇心と言えるだろうが、悪意はない。

 しかしだからと言ってすぐに認めて信頼されると、逆に伯爵の人を見定める目に疑念を抱かざるを得なかった。

 大事な娘を預けるという重責が掛かる場に置いて、味方になる人物を見分ける慧眼があると考えるべきか。

 旅人に安易に娘を任せるような頭お花畑と考えるべきか。

 伯爵の強すぎる人脈をその目に見て、ジオは前者なのだろうかと結論を出すのを保留にした。


 読心が使えるジオが信用した相手を、ゼオも疑いはしない。

 かつゼオは相手が未来でとる行動が視える。

 内心と隔離して敵味方が別れる事は珍しくない。

 ゼオにヴィジット領の未来は相変わらずはっきり見えないものの、自分達が伯爵に危害を加えられる未来は無かった。

 互いの能力で確かめた結果、二人から見ても伯爵は好感が持て、信頼出来る相手だった。

 伯爵も二人を信じ――娘を任せる父の不安や心配などはあったが、力になりたい、力になって欲しいと二人を迎え入れた。


 二人が伯爵から聞かされたのは次の内容であった。


 伯爵にはリーシアという未来視の異能を持つ娘がいる。

 娘には婚約者が居て、彼と結婚をすると娘は不幸になる。

 不幸の内容を娘は詳しく語らないが、幼い頃から必死に女性としての魅力を磨こうとしてきた姿を見るからに、夫の心変わりではないかと推測している。

 婚約は解消出来たものの、娘にはまだ気掛かりな点がある様子で、こちらも詳細は教えて貰えていない。


 伯爵の話を聞いたジオは、幸せになりたい少女がただ愛のない結婚を嫌がったような印象を受けた。

 伯爵は普通の平民が聞けば特に悪く感じない説明をしていたが、ジオは他人の心が読める分、話をまっすぐに受け止めず状況を考え直す。

 特に親が子を思う場合、子に非があっても、心は子が悪くないように傾く事は多い。

 娘が抱える新たな問題についても情報は無く、親の心配や言葉での説明と違い、現実には子は対して困ってないのではとジオは考えたくらいだった。


 一方でゼオは伯爵の説明の具体性の少なさに眉を潜めていた。

 ゼオは未来が視える。

 ゼオはリーシアが早くに死ぬと知っているが、伯爵の説明からは知らされていないのだと感じていた。

 少女が早くに亡くなる理由としては薄く、何か病気や避けられない事件を隠しているのではと疑っていた。

 聞く話だけでは亡くなった少女を惜しむ人達の嘆きに見合わないと、訝しく思った。




 伯爵との話とは別に、ジオが外出の間にリーシアを揺さぶって、少しづつ引き出したのは次の内容だった。


 結婚後、リーシアの夫は、妻の親友である異能者に恋におちる。

 リーシアは婚約者から愛されようと様々な分野で努力したものの、何をしても愛されず諦めた。

 諦めたのは婚約者の気持ちだけでなく、自身の女としての価値もだった。

 何をしても、どれだけ自身を磨いても、夫からは愛されないから。

 そんな婚約は解消され、今は元婚約者と親友をひっつけようとしている。

 貴族にありがちな政略要素もなく、以外に家同士のいざこざも起きていないという。

 ――ゼオから聞いていた、若くして亡くなる事情は引き出せなかった。


 そして婚約解消がなった今、他の男に思いを向けられようと、『そうなる未来ではないから』『幸せになれる恋人達の未来を変えてはいけないから』と余所事としか捉えない。


 新たな問題に関しては解決している。

 国の王子から思いを寄せられていたが、その先に破滅があったので自身は諦め、相手にも納得させる事で回避した。

 その破滅の原因はヴィジット家と親しくしている宰相で、現在は敵対する気配は全くない。


 各部分の詳細までは読めなかったが、ジオはリーシアの事情の大雑把な流れを引き出していた。

 明らかな問題点は既に解決されている。

 伯爵の望み通り力になれる部分があるとすれば、建前通りにリーシアの将来の進路を決める助けになる事くらいだ。



 

 ジオとゼオか共有する印象としては、自分で解決しきった強い御嬢様だ。


「シアは俺達をこのまま抱えてくれる気かな」


 ゼオは長くジオといるのもあって、読心の防ぎ方を何となく習得している。

 見られたくない深い部分は隠しつつ、表層は見られても困らないと垂流し状態で、事実ジオは対して憚られるような内容を考えていない。

 だからゼオが読心を拒む時は大抵ジオが困るような何かがあり、そして会話中の今、ゼオは完全に心を隠していた。

 ジオは当たり障りのない返事で様子を見ようと考えた。


「そうじゃないか?」

「すぐにお別れは寂しいって言ってくれたし」

「そうだな」

「ジオ」

「……」

「隠している事がないか?」


 二人は生きて行くために互いに得た情報を共有をしている。

 言葉に出して誓った訳ではなく、何となく暗黙の、という奴だ。

 今後大きく人生に関わってくるような話や、命に関わる事件なら互いにまず相談しあう。

 だから普段なら互いに伝えない事柄があっても、大した話ではないため、問いただしたりはしない。


 ジオは笑いをひきつらせた。


「隠してはいない」

「言ってないだけで」

「何か視えた?」

「それもあるけどお前の反応」

「……分かりやすい?」

「割りと」


 ジオは困ったように口元を隠した。

 ゼオに心は読めないが、おかしな行動を取る友人に気付かない訳ではない。


「御嬢様は、心が読まれてもそれで?って感じで」

「強いな」

「強い訳でもなくて、いや、強いか。

 そういうものとして自然に受け入れてる」

「そうか」


 短い相槌には様々な思いが込められていて、読心を拒まれていても読み取れる部分はあった。

 だからジオは真っ直ぐに言葉に表した。


「悪い、惹かれてる」


 ジオが謝った理由は簡単だ。


 ゼオはヴィジット領に済む異能者にずっと興味があった。

 二人がヴィジット領を訪れ、リーシアに会ったのはゼオが望んだからだ。

 最初は軽い好奇心だった思いは、年月を掛けて強い興味へと変わっていった。

 興味の対象と対面出来て、手の届く距離に落ち着けて。

 興味の対象が可愛らしい笑顔を向けてくれる女の子ならば。


「仕方ないよな、惹かれても」

「悪い、本当にごめん。

 お前がシアに惚れたのは分かってたんだけど」

「何謝ってるんだ?

 勝った気でいるのか?

 それとも身を引くつもりで?」

「う……」

「相手は名家の御嬢様だ。

 俺達もあの見習みたいに眺めるだけで終わるよ。

 競うとかそういう相手じゃない」

「いや……シアは平民に成る気でいるし」

「本気になるほど辛いぞ」


 本気なのはゼオも一緒で、邪魔が目的でなく心配しての言葉だと、ジオは分かっていた。

 それだけに忠告に不安を感じざるを得なかった。

 

「……お前何視えたの?」

「じーっとシアを見つめてる間抜けな顔。

 物欲しそうにシアの背中をじーっと」

「……うぁ」


 ジオは最悪の事態まで想定して、同時にそこまでは起こり得ないと考え直した。

 出来心で道を間違えそうになりそうなら、ゼオが教えてくれるし、リーシアも回避する。

 ただリーシア自身の力によって回避されるなら、同時に信頼を失うだろう。

 またジオは持つ異能の特性と性格上、嫌がる相手に何かを無理矢理行う事が出来ない。

 やむをえなければ自分を圧し殺して行うものの、読まないよう集中しても、強い感情は響きが大きく流れ込んでくる。

 ジオは自分に関係なく大怪我した人間の側にいるのすら苦手だ。


 顔を青くするジオに、ゼオは苦笑を向けた。


「そんな危ない未来ではなかったよ。

 ただいやらしい目で鼻を伸ばしたジオが引くくらい不細工だっただけで」

「お前素で酷いよな」

「それで何か黙ってる事があるだろ?」


 話を戻されて、ジオは何の話だったか思い返した。

 漠然とした問いだが、心当たりのあるジオにはきちんと伝わっている。

 出し抜こうとかではなく、何となく胸に秘めておきたくて言えなかった情報。


「御嬢、既に俺達のコト大分頼りに思ってくれてる。

 一緒に居て欲しいって、本当は旅になんか行かないでって言いたかったのを耐えて、俺達に悪いからって誤魔化したらしい」

「……なんでそんな」


 可愛いのか、というゼオの声は小さくなっていった。

 可愛く見えるから惚れたのか、惚れたから可愛く見えるのか。

 どちらにせよ二人の心にリーシアはするりと入ってきて、二人の意見は可愛いで一致した。



 望まれる事などないと諦めているリーシアは、二人の恋心には全く気付いていなかった。

 

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