評価 1
リーシアの一度目の外出は概ね上手く行った。
リーシアはジオとゼオに聞きたかった事のほとんどを聞けなかったものの、二人との間の信頼関係は深められたと感じていた。
外出のため用意された衣装や小物は町に出れば浮いていて、もっと目立たない装いも購入出来た。
町の女の子達がしないような行動はジオからチェックが入り、回数を重ねていけばもっと自然に溶け込める自信もついた。
回数を重ねて溶け込みながら、自分に出来そうな仕事を探していく。
仕事の内容も向き不向きがあるし、何よりリーシアは『病弱』である。
働く日数や時間も重要で、かつ倒れた時の備えがいる。
そういった点を踏まえて、卒業後を考えていく。
建前として巡り入手したお菓子は、町の暮らしに触れるという名目で、友達らと分けあってそれっぽい報告書も書いた。
町を知るための一度目の外出として、悪くない一度目だったと振り返った。
そもそもリーシアは案内されて守られる立場で、引率側に責任が求められた。
リーシアは我が儘を言って従者の忠告を聞けない御嬢様ではなく、案内役がしっかりしてさえいれば守りやすい護衛対象だ。
外出に問題があっても、責は無知な御嬢様にでなく、用意があるべき案内役に問われた。
だからリーシア以外の者については良い外出ではなかった。
カイはどれもこれも指摘された。
護衛対象への態度、近さ、緊張感。
警戒対象への気の緩み、考えの足りなさ、無計画さ。
危険や怪我が無かったから良い、ではなく、もし何かあれば対処出来なかった部分を洗いあげられた。
他にも上げればきりがなく、まだ本腰の入った教育を受けていないという言い訳で済まないレベルで叱られた。
無計画なのはリーシアとジオ達の打ち合わせによるものだが、護衛としてその無計画を話し合う所から始める必要があったと言われれば、何の反論も出来なかった。
ジオ達はともかく、リーシアとは学園で話す機会は沢山あったのだ。
危険に晒された友達を守りに付いていくのに、守れる準備もなく、守りに適した計画も成されていなかった。
本当に『もしも』が起きた時、守りきれなかった可能性はある。
本番の心構えで行うべき実習で、考えが浅い、気を抜きすぎだと、カイには追加の講義が発生した。
――リーシアの護衛経験で絞られたのを理由に、後にカイは王女のお忍びの護衛に命じられる。
それ以前に王女はカイに惹かれていくが、断れないデートの誘いとして利用する。
王女がカイが護衛の練習をした御嬢様に惚れていたのではないか不安になったり、カイが初恋とも言える女の子のくだけた姿を見たときめいたを思い出したり――それが二人の中で良い刺激となったりするのは何年も後の話だ。
指摘を受けたのはジオとゼオも同じで、後日学園側とヴィジット家、リーシアからも、別々に注文が来た。
話を持って来たのは、二人の面倒を見ている商人だった。
商人は二人を煩わしそうに扱うものの、リーシアの父に頼まれたからと、二人を客人かつ研修生として世話をしている。
「君達は御嬢様の迎えに安っぽい服装かつ失礼な態度で向かったそうだな」
「町に紛れる案内なんだし軽い方が良くない?」
へらへらっと返すジオを、商人は苛立ちのまざった眼差で見やった。
「私にだけでなく伯爵様と御嬢様の顔にまで泥を塗ったと分からないのか」
「平民なんてこんなもんだろ?
伯爵様はそれを分かってて雇ってるんだぜ?」
「私は君達の教育を任されている」
「おじょーさまにも言われたから次からはもうちょっと気を付けるよ」
「くれぐれも気を付けてくれ
作法がみっともない以前の問題だ」
商人は苦りきった表情で二人に説教を続けた。
これが『学園から受けた注意』の分だ。
ジオは気を散らせながらつまらなさそうに、ゼオは俯き加減で神妙な面持ちで聞いていた。
学園に関わる事を許す最低限の作法について注意が終わると、商人は忌々しそうに溜め息を吐いた。
「伯爵様が何故君達の世話を頼んだか私には理解出来ない」
「俺達もびっくりだよ」
次は『ヴィジット家からの連絡』だった。
「……今後の雇用に希望が出来たら早めに相談して欲しいと連絡があった」
「希望?」
きょとんとした顔で聞き返すジオに、商人は睨むようにこたえた。
「行きたい土地が出来たか、このまま仕えたいか、仕えるならどのような形が良いか」
「形って?」
「側に仕えるなら作法をもっと重点的に学ぶ必要がある。
護衛としてなら武術を、話し相手なら学問を、雑用係なら作業を。
別のものでも力になりたいと聞いている」
「……伯爵様、人善すぎじゃね?」
「その点に関しては同意だ。
何をするにも君達の能力は伯爵家に仕えるのに足りていない。
それをしっかりと自覚しろ。
まさか伯爵様を脅したりしていないだろうな」
「あの人を脅すネタは無さそうだけどなぁ」
「あの人だと?」
「すんません、『伯爵様』デスネー」
「貴様はふざけすぎだ」
商人は被っていたものが一枚はがれ、それまで『君』と呼んでいたのに『貴様』と罵った。
「すいません、後で俺が言って聞かせます」
ゼオが平淡に謝った。
商人は面倒くさそうにゼオへ視線を移した。
「普段からそうしておけ。
今みたいな時はもっと早く。
それから君の方はもう少し積極性を持て。
――足して割れればまだまともだろうに」
最後の一言はこぼれてしまった本音だった。
商人の顔には愛想の欠片もなく、更に不快さを加えて話題を変えた。
「――それから服を、作る」
「服?誰の?」
「君達のだ」
「そんな金ねぇよ?」
「伯爵様から給与が出ているだろうが。
だが……今回は御嬢様が持つと言っている」
最後の話は『リーシアからの指示』だった。
「お嬢様が?」
「『これからお世話になる友好の証しとして』『主として使用人の準備を整えるため』と仰っていた。
君達は学園への訪問が必要になった場合の礼装を持っているのか」
「そんなものない」
「だろうな。
何かあった際に必要な礼服を幾つか、
これからサイズを測りに君達を店に連れていく。
服はその内に勝手に届く。
売り払って金に変えようなどと思うなよ」
「うわぁ……オーダーメイドって奴?
お嬢様、太っ腹ぁ。
お小遣い?」
「そんな所だ。
味をしめて利用しようなどとは思うなよ。
伯爵様の御家族を食い物にしようとするなら私だけじゃない、沢山の敵が現れるからな」
「……もしそれを望まれても?」
「伯爵様はそんな愚かな『善人』ではない。
伯爵様は交遊関係も広く、建前だけでなく多方面から好かれている。
伯爵様が困れば沢山の人間が動くのを忘れるな」
「すげぇね」
「言葉」
「おすごくていらっしゃいませ」
「使い物にならんと報告されたくなければ真面目にやれ。
貴様らの相手は時間の無駄だ。
店までは連れていくが後は自力で帰れ」
商人は会話を打ち切ってジオとゼオを服屋へ連れて行き、置いて帰った。
置いて帰った割りに、帰りには商人の部下が二人を待っていた。
商人の部下も二人の存在は面白くないらしく、二人はおざなりに扱われつつも、しっかり家まで送り届けられた。
ο ο ο
用事や勉強も終わり、人の出入りも無くなった夕方。
ジオとゼオは黙って部屋の中で座っていた。
先に口を開いたのはジオだった。
「多分疑われてはいない。
ちょっとした疑い程度で本気のプロが見張ってたら諦めろ」
ゼオは頷いて返した。
「大丈夫そうだよ。
はっきりとはしないけど、追い詰められた感じの未来はないよ」
「ありがたい。
と言う訳で今日読めた事だな」
「背景が分かるのは強いよな」
「背景通りに動く事ばかりじゃないけどな」
互いに相手の異能の恩恵に感謝しつつ、ジオは本日読み取れた事をまとめた。
「商人は今まで通り、完全に伯爵様大好きな人としか読み取れない。
未だに伯爵に対して俺達を押し付けられた嫌悪が芽生えてない。
俺達の事は嫌いだけどなー」
「破産しかかってたのを助けられたんだっけ?
それにしても義理堅い……」
ゼオは以前にジオが読み取った情報を口にした。
件の商人は伯爵に大恩があり、どれだけ気が乗らなくても二人の世話に力を尽そうと考えている。
その大恩と言うのが、先物に失敗をして不良在庫を抱えていた商人に伯爵が声をかけ、在庫も綺麗に片付き路頭に迷わなくても良くなった、というものだった。
うがった見方をすれば、伯爵が商人を罠にかけたと疑うのも可能だ。
しかしジオは伯爵の心の中を読んでいて、そういった思考や行為をしない人物だと分かっている。
裏のない『美談』で、ただ注釈をつけるなら伯爵にも利益があったという。
商人を助けた際に僅かながらの利益と、今ではやり手になった商人とのツテを手に入れて、加えてその商人は恩義によって裏切らない友となっている。
そして商人の頭の片隅にはこんな思いもあった。
『御嬢様の気まぐれから伯爵様が自分を見つけ、拾い上げてくれた。恩人でもあるし、良い子に育った御嬢様の役にも立ちたい』
ジオやゼオの感想としては、リーシアが未来を視て伯爵へ伝えたかもという所だった。
ただ読心は過去視ではなく、ジオの力ではリーシアの中に商人を助けた過去は読み取れなかった。
どちらにせよ、商人は恩人の娘だからというだけでなく、リーシアを可愛く思って手助けしようと考えている。
「俺達が詐欺師じゃないかって疑ってるから、やっぱりまぁ徐々に真面目になっていく方が怪しまれないだろう」
「それにしてもジオはふざけすぎ」
「いや……どこまでふざけても憎みきれないって思ってる感じの内心がついからかいたくなって」
「別にここでふざけなくても良いよ」
ジオは半目でゼオを睨んだ。
「……多少嫌われてる方が引き出しやすいだろ。
今はまだ」
「まぁ」
「本当に裏がないな。
伯爵の言葉も、少なくとも商人は本気で言ってると信じてる。
まぁあの伯爵なら本気だろうけど」
「っぽいね」
国を跨いで流れて来た二人は沢山の人間を見てきている。
生まれ持つ能力もあって余計にだ。
その二人から見ても伯爵は――伯爵家族はとても『善人』だった。




