秘めたもの 3
一つの皿を取り分けて食べるというのは、リーシアには聞いた事はあっても初めての体験だった。
三人とより親しくなったような気もして、余計に楽しく感じられた。
ゼオとカイではあまり会話が弾まないらしく、結局ジオがカイと話していた。
二人の会話はテンポが良く、ジオも読心での同時会話は難しいと早々に諦めていた。
リーシアもブローチを片付け、盛り上がる二人の横でゼオと静かに会話していた。
「ゼオ達は不便なく暮らせているの?
お勉強はどなたかが見てくれている?」
「シアのお父さんの友達らしい商人の人が見てくれてる。
本格的にやるより覚えやすいし都合が良いだろうって」
「都合?」
「もし本格的に覚えれた場合、色々と邪推されるかもしれないって。
いつまでシアの家に厄介になるかも分からないし。
細かく少ししか習えないより大雑把に広く身に付けた方が良いだろうって考えてくれたらしくて、商売の話も教えて貰えてるよ」
「厄介になる?」
「……お世話して貰う?
この場合は雇って貰える、かな?」
「何か悪い条件がある?」
「悪い条件?」
「辞めたくやるような」
「あぁ、逆だよ。
俺達は使用人としては役に立たないから。
シアが必要ないって思えば要らないだろう?」
「私が……」
「ごめん、そんなつもりじゃなくて。
気にしないで。
俺達もどうしても雇って欲しいとかじゃないから、合わなくなったら旅暮らしをしようと思ってるくらいで、深刻に考えなくて良いよ」
「旅に」
「……シア?」
呟くように復唱したリーシアを、ゼオは戸惑うように呼んだ。
リーシアはゼオやジオとまだ出会ったばかりだ。
他国から来た二人が、また別の地方へ移って行っても何もおかしくないし、寂しく思うほど共に過ごした訳でもない。
けれどリーシアは二人がこれからずっと側に居ると思い込んでいた。
また簡単に旅に出るかも、なんて考えもしなかった。
リーシアは思うよりも二人に親近感を抱いていたと自覚して愕然とした。
同じ種類の力を持つ異能者。
隠した内心を見通せる読心の異能者。
二人はリーシアと同じように異能を隠して生きていて、出会ってすぐに二人から異能を明かしてきた。
二人の力はリーシアにとって特別なもので、共に居るデメリットがあったとしても、その安心感には敵わなかった。
力だけでなく、話してみて印象が良かったのもある。
ジオの軽そうな態度は作った部分が大きく、中身は恐らく軽薄ではない。
読心を使った会話では上手く誘導してくれるし、さりげない気遣いも感じられた。
ゼオは物腰が穏やかで、理由は分からないもののリーシアを大切に思って助けようとしてくれている。
眼差しや声に思いの深さが滲んでいて、頼りにしても良い人だと染み入ってきた。
力と内面と、どちらか片方が無ければ、二人はまだ二回しか会った事のない顔見知り程度だっただろう。
様々な要因が重なって、二人はするっとリーシアの心の中に入ってきていた。
側に居てくれると思っていたから、とリーシアは言いかけて、引き留めるような言葉を掛ける仲ではないと口を閉ざした。
深刻に考えないでと言われたばかりで、二人はさほどリーシアにこだわりがないのかもしれない。
もしかするとヴィジット家側から雇用の話がなくても、二人の気が変わってすぐにいなくなる、という可能性もある。
もしリーシアが引き留めたために二人が足を止めるなら――リーシアが二人の未来を変えてしまうと言うなら、軽く流すべきだと、自制する。
「……折角出会えたので、すぐにお別れでは寂しいと思いまして」
これくらいなら社交辞令としてもおかしくない範囲だと、リーシアは本音を何でもないように口に乗せた。
ゼオは困ったような、どこか嬉しそうな笑みを見せたので、リーシアは自分の返しが悪くはなかったのだろうと、出してしまいたい本音を圧し殺した。
「何やってんだ?」
不審げな声にはっとして、リーシアはカイとジオを見た。
少しの間、リーシアは二人の同席を頭から欠いていた。
――存在を忘れていたくらいなので、ジオの力の事も頭に無かった。
カイの問いはリーシア達の会話に対してではなく、ジオへ向けたものだった。
ジオは何故か三人に背を向けるように座っていて、黙ったまま隠すように、手で口や目を押さえていた。
「いきなり何だよ……気持ち悪いな。
食べすぎて吐き気でも来たのか?」
「……」
「おい、大丈夫かよ本当に。
便所借りられないか聞いてくる」
「……や、大丈夫。
今そこですげぇ可愛い子猫が足元すりすりしてるの見えてな。
悶えてた」
「……まぁどこかしら。
まだいるの?」
「いや、もう行っちまった」
リーシアは一瞬、背を向けるジオにずるさや執着を読まれていて、顔も合わせたくないと思われたのかと不安に思っていた。
可愛い子猫がいたのなら今のジオの表情にも納得がいくと、安心したと同時にその子猫が見たくなった。
ジオがここまで動揺するなら、その姿も動作もとても可愛かったに違いないと、見れなかった事を残念に思った。
ゼオは黙ったまま、リーシアと会話するジオを見ていた。
子猫を探して視線を動かすリーシアと、それを見つめるジオ。
ゼオは最初こそ不審げにジオを見つめていたが、次第に目を座らせて、唇だけ歪ませて含みのある笑みを作った。
ジオはひきつった笑いをゼオに向け、座りなおしてわざとらしく食事を再開した。
カイはジオと食べながら話をしていたため、ジオが急に注意力散漫になったのも、変に視線が外れたりしたのも――子猫なんて嘘だろうというのも分かっていた。
しかしカイはリーシアとゼオの静かな会話の内容まで耳に入れていなかった。
ジオのおかしな反応が、二人を気にしていているために見えなかったためでもある。
そのためカイにとってはジオが突然奇行に走ったように見えていた。
雰囲気の乱れた食事を終える頃には結構な時間が経っていた。
そもそもジオが時間稼ぎのために調節したので、小休憩でなく食事会の様相になってしまっていた。
大量の料理のほとんどはジオとカイの腹へ入っていった。
豪快に食べる二人を見て、リーシアは男性との違いをかんじさせられていた。
学園で男子生徒が食べるのを見る機会はあるし、一緒の席にカイが居る事も多い。
男子生徒達はマナーが身に付いているため食べ方が綺麗で、皿に盛られた量は違っても沢山食べているという実感はあまり無かった。
カイもいつもはカトラリーに四苦八苦していてぎこちなく、食べるのが遅くなるため量より時間の印象が残っていた。
自由に食事をとるカイの行儀は良くなくても、美味しそうで楽しそうで、速くて量もあって、女性とは違うのだと思わせた。
エイゼンへの芝居で抱き上げて時貰った時も、リーシアは体の違いを意識させられていた。
そうした自分との違いは魅力に映り、素敵にも思えたけれど、恋心は全く芽生えなかった。
役者が輝いて見えるように、ときめきはしても恋慕にはならないのだ。
カイは将来、王女と恋仲になり、今リーシアに興味を示していたとしてもいずれ王女を愛する。
リーシアの中ではそれが真実だ。
もし今カイが抱いている淡い感情を利用して結ばれるなら、それは王女からの強奪であり、カイの未来への裏切りだとも思っている。
そんな風に『奪って』両思いになったとして、カイの心が変わらないとは限らない。
エイゼンの事があるから、今カイと両思いになったとしてもカイの心は変わるだろうと、リーシアは信じている。
カイの運命の相手は王女――つまりは王族で、地位も名誉も権力もある。
利益でなく、王族は美しい者が多くて、王女も例に漏れず可愛らしく育ち美人に落ち着く。
中身もカイに一途で、思いやりのある優しい子に育つ。
リーシアは自分が敵わないどころか、勝負すら発生しないと考えている。
家族愛と恋心を勘違いされたまま結婚し、結婚後に夫は愛する人を見つける。
愛してもいないのに大切に扱われ、大切にされる程、愛がないのが辛くなる。
どれだけ頑張ろうと夫の愛は生涯手に入らない。
心をくれはしない。
愛されないのが自分で、愛される人と競えるはずがない。
そんな未来に浸かってきたリーシアには、幸せに結婚する相手が決まっているカイを、全く恋愛対象に出来ない。
心の深層において、リーシアにとってカイはそういう存在だ。
意識して思考している訳でもなく、表層に現れる感情がそうした前提に基づいているだけだ。
そのためリーシアがカイを意識しても、逞しいなとか、男の子はすごいとか、驚きや憧れや敬意で止まる。
そしてそれは未来に、未来視に影響する。
一方でカイも自分から伴侶を求めないと決めている。
リーシアも頑ななら、カイも頑なである。
カイは学園に入ったのも、このまま王城で仕えるのも、監視されるように生きていくのにも不満がある。
カイの自分からは求めないという思いは、揺らがずに心に根を下ろす。
双方にその気がない状態で、関係性が変化して結ばれるなんて事はない。
――それ以外にもルクレイスが敬意や恋心でもって、リーシアを王命を利用して誰かと結婚させる事がないよう動いている。
それがなければ秘匿された異能者の保護に、友人であるカイが使われていた可能性はあった。
現在のカイとリーシアの間に、結婚に繋がる縁は全くない。
端から見れば、二人の関係は青春を匂わせる様相を醸し出しているが、実際にはそんな甘酸っぱさはなかった。




