秘めたもの 2
飲み物を持ってきたゼオに礼を伝え、リーシアはこちらへ来ないカイを見つめた。
「カイはもう少しかかりそう?」
「ジオが手間のかかるものを頼んだから。
こっちに三人固まって拗ねられても面倒だから戻る」
「拗ねるなんて」
軽口にリーシアは苦笑し、ゼオは唇の片端を吊り上げて返した。
「邪推して無い腹を探られても困る。
ジオがシアに危害を加えないか心配らしいよ?」
「ひでぇ。
こんな優しい紳士に」
「そうね。
ジオは優しいと思うわ」
ふざけて言い合う二人に、リーシアは本心からただ同意した。
ぴたりと、二人が固まった。
「どうかしたの?」
「調子が狂わされた」
「うん……まあ、とりあえず行くよ」
カイの戻っていくゼオの背中を見ながら、ジオはへらへらっと笑った。
「良い位かな?
あのお友達が今何考えてるか分かる?」
ゼオついてでなくカイについてだろうと、リーシアはニュアンスで判断した。
「心配してくれている?」
「どうかな」
ジオは小声になった。
「シアは驚かずに聞けるかな?
今あのお友達は友達じゃなくてただの男になってる」
「カイは最初から男の子よ?」
「シアが男心が分かれば良いのになぁ。
男心が読めれば一人で歩いてもまだ安心なのにね?」
ジオは呆れたように溜め息をつきつつ肩をあげ、やけに過剰に嘲るような素振りを見せた。
心が読めるジオが、魔石を使えば心を読めるリーシアにそんな話をするなら、意図は想像がついた。
「そういえば先日届けて頂いたブローチを持ってきたの。
無くしそうでつけられないのだけれど」
リーシアは鞄から読心の魔石が隠されたブローチを出した。
いかにも大事そうに手に包むと、一層のざわめきが頭に入ってきた。
「それにしてもここは人が多くてうるさいよな。
シアの声だけ聞きたいのに」
《カイに集中して》
耳からジオの口説くような文句が、心には強くジオの助言が届いた。
《あぁ……やっぱり可愛いなぁ》
拾い上げたカイの声に、リーシアは驚いてついジオを凝視した。
「何?
俺に惚れた?」
《落ち着いて、もう少し聞いてみて》
「……そんなに簡単に恋に落ちないわ」
《聞くべき、という事ですか?》
「ひどいなぁ」
《そうそう》
苦笑するジオに拗ねた振りをして、リーシアはカイの心に意識を集中させた。
――ジオからは伝えたい事以外、全く心の声が聞けていないのに、リーシアは気付かなかった。
《何話してんだジオ、ムカつく……
これからリーシアが相手探さなきゃいけないにしても、絶対にあいつだけはムカつく。
近すぎだ、離れろあのジオが。
だったらゼオの方がまだ……いや駄目だ。
こいつらは信用出来るかまだ分かんねぇ。
リーシアを獲られるなら負けたと思える野郎じゃないと。
――何考えてんだ。
彼氏でもないのに気になる子の彼氏がどうとか》
カイの思考はごちゃごちゃとしていたが、感情も伝わってくるため難解ではなかった。
カイがリーシアを『女の子』として扱ってくれるその心の奥に、明確ではない仄かな欲が聞こえた。
リーシアは反応に困って、ブローチを机に置いた。
「例えば恋心を抱いたとして、問題はあるかしら」
声に出した会話だけ取り出せば、まるでリーシアがこの先ジオに惚れても問題はないとでも言うようだった。
ジオの視線は揺らぎ、返事もなかった。
ブローチ――魔石から手を離しているので、リーシアにジオの心は分からない。
リーシアはジオにしっかりと見せるように、ブローチを握り直した。
「でもしばらく恋愛は考えたくないの」
《カイ様が私を女の子として扱ってくれているのは知っています。
何か気になりました?》
「いや……そう」
ジオが気の乗らない返事をしたため、リーシアも口に出しては続けなかった。
《ああいうの向けられるのは平気なわけ?》
《向けられてはいませんわ。
カイ様はきっとこれからも表に出しませんもの》
ジオに冗談半分で泊まるかと言われた時、リーシアは確かに恐怖に傾いた不快さがあった。
でもカイが内心で欲を抑えていても、困りはしても嫌悪はなかった。
リーシアは考えてみたが、もしマロッドや他の親しい男友達の中に欲を見つけてもやはり不快ではないだろうと思った。
《基準が分からんな……》
《友達だから、かしら。
欲は誰にでもあります。
お友達には今まで積み重ねた信頼がありますもの》
《それはそうだろうけど、そこじゃなくてな》
表面上は無言で待つ二人に、異なる二つの声が聞こえてきた。
《会話中?戻るよ》
《ジオ変な事言ったんじゃねぇだろうな。リーシアが誰かといてあんな風に黙ってるとか、体調でも悪いのか?》
リーシアはジオと視線を合わせた。
《体調を崩した事にします?
休憩の時間が稼げるかもしれません》
《帰らされるんじゃない?
買出しもやめて引き上げて良いなら有りだけど、話し合いも出来なくなるぞ?》
《それは困りましたわ。
ちゃんとした情報交換は出来ていませんもの。
今ようやくこうして会話を始めたのに。
カイ様の話しかしていません》
《まったく》
ジオは声を出して笑った。
答えるように近くに来ていたカイが突っ込んだ。
「リーシアを困らせてたんじゃないだろうな?
何だよこの料理と量は。
がっつり肉と麺じゃねぇか」
《どんだけ食うつもりだよ。
女の子の家の金で》
「お腹すいたし財布は親父さん持ちだぜ?
食わなきゃ損だろ。
あ、一人じゃ食えないからお前らも食えよ」
「てめぇなぁ……」
《このまま寄生するつもりじゃねぇだろうな……》
怒り出しそうなカイに、リーシアはあえて笑って見せた。
「すっかり仲が良いのね」
「どこが」
《どう見えてるんだ》
「私も歩き回ってお腹がすいたみたい。
取り皿は借りられるのかしら」
「うわ、気が利かないねぇカイ君」
「うるせぇ馬鹿。
……聞いてくる」
《てめぇも気が付かなかっただろうが。
やべぇ、リーシアの前で言葉が汚すぎるか》
「ごめんなさい、私が行くわ」
「リー……じゃない、シアは座ってろ」
《疲れてるかも知れないし行かせない》
「皆の分もだよー」
「うっせぇ!」
《にやにやしやがって!》
カイはまた席を離れれ、ゼオはジオ達に手を振って合図をしてカイに付いていった。
リーシアは次第にカイが実際に何を言って何を言っていないのか分からなくなってきていた。
平然としてしているジオは頭の中で整頓出来ているのだろうと、敬意を覚えた。
《慣れだ、慣れ》
《頭と口で別の会話をするのは難しいです》
《俺だって難しい。
こんな風に会話した事ないし》
《ジオ様は同じ能力の方と出会った事はないのです?》
未来視同士よりは出会いやすいように感じて、リーシアとゼオが出会えた事もあり、リーシアは無意識にジオも同じ能力を持つ異能者と会った事がある気になっていた。
ジオはにやっと唇の片端を吊り上げて笑った。
《あんたは本当に可愛いなぁ》
リーシアにはその言葉の裏に、違う言葉が被って聞こえた。
先程のカイのように、例えば花だと認識しながら同時に綺麗と感想を口に出すような。
ジオの言う『可愛い』が言葉通りでないのは分かったが、その奥にあるモノはしっかりとは読み取れなかった。
かすかに感じ取れたのは二つ。
嘲るような、後ろめたく思うような、負の感情。
胸が温かく愛らしいと思うような、好意。
リーシアは読心を練習していれば理解出来たのかと思いつつ、練習したくないとも思った。
ただでさえ他人の未来や私生活まで覗き見てしまうというのに、心の中まで自由に暴けるようになってしまったら、リーシアは申し訳無さで人の中で生きては行けなくなってしまう。
しかも読心は生まれ持った能力ではないので、望んで他者の心を盗み見る能力を身に付けたと言うのが覆せない現実だ。
心を読んでも仕方ないのは元より力を得ているジオのような人か、止むに止まれぬ事情を抱えた人だけだろう。
リーシアは今まで読心をせずとも生きてきたし、未来視という選択肢があるのだから、リーシアがもし相手の心の中まで見たいというのはただの欲だと自戒していた。
――こう言った思いはリーシアの頭の片隅や、心の深くにあって、ジオと対面しながらこんな堅苦しい事を考えていたわけではない。
リーシアとしてはジオの『可愛い』には別の意味も含まれていると感じただけで、それに対して考えた事は、『読心を練習しておけば分かったのか?』や、『触れてはいけない事を伝えて不快にさせてしまったのか?』だった。
ジオはそんなリーシアを見つめ、困ったように笑んだ。
《食いきるのに時間のかかる物を選んでるから、ゆっくり話そうぜ。
お嬢様は口に物を入れて会話なんてしないんだろ?
カイはゼオが引き付けてくれる。
リーシアは黙々と食べ続けてれば良い》
冗談めかして伝えてくるジオに、リーシアはついくすくすと笑ってしまった。
《そんなに食べ続けられません。
カイ様とお一人で二人で食べて頂いて、その間にもうお一人と私が隣のお花を見ている方が自然かもしれませんわ》
《この上手そうな飯を食べられるのと、お嬢様と二人きりで会話出来るのと、どっちが光栄かな?》
《どちらも何度だって出来ますわ。
これからお世話になるのですもの。
季節の限定料理もあるそうですし、食べられないのでは残念ですね。
なら四人で席についた方が良いですね》
《このお嬢様は……》
《ジオ様の感情をしっかりとは読めませんの。
直した方が良い部分は隠さず教えて貰えると嬉しいですわ》
リーシアは戻ってくるカイとゼオを見ながら微笑んだ。
ジオは眩しそうにリーシアを見つめたが、リーシアは気付かなかった。




