秘めたもの 1
リーシアは個室を取れる飲食店を想像していたが、ジオが三人を案内したのはオープンテラスのカフェだった。
隣には花屋があって、花を見たり選んだりしながら過ごせるようになっている。
ジオの『見た目』の雰囲気からは結び付かない可愛らしい店で、やはりジオも演じている部分があるのだろうと、リーシアは感じた。
ジオが顔をしかめて見つめてきたため、リーシアは考えを振り払うと、ジオはすぐにへらっと笑った。
「女子供にウケそうな店だろ?
カイもこういう店は知っとけよ?
女の子と盛り上がるぜ?」
「どうせ縁がないからいい。
恋愛なんて出来ねぇからな」
そんな事ない、とリーシアは思った。
王女がカイを見つめる熱い眼差しを思いだし、ふっと異能が反応した。
――町娘のような可愛らしい服を着た王女。
年は今のリーシア達と同じ程で、十年後くらいだろうとリーシアは感じた。
店の雰囲気は今と少し変わっているが、正に今四人が居るこの店で、王女とカイが二人で座っている。
王女は楽しそうに笑い、でもどこか不安そうにカイを見つめる。
恋する乙女そのものだ。
大人になったカイは、そんな王女を優しげに見つめている――
今日の経験が王女との町での逢瀬に結び付いたのかもと、リーシアは垣間見えた未来を推測した。
もしくは知らなかっただけで、元から二人は後にここで護衛デートをする予定だったのかもしれない。
リーシアも友達だからと他人の未来を事細に視たりはしてはいない。
今の状況から初めてその未来が視えたのかもと、リーシアは一人納得した。
リーシアが一人考えている傍らで、ジオはまだカイをからかっていた。
にたつくジオの言葉を切り捨てて、カイはジオから顔を背けた。
ゼオが空気を無視したように――リーシアから見れば打ち合わせでもしたかのように、良いタイミングでカイに提案をした。
「注文を決めたら俺とカイの二人で並ばないか?
シアとジオには席を取っていて貰った方が良いと思う」
「なら俺が残る」
「責任があるのは俺とジオだから。
残るのは俺達のどちらかだ」
カイは一瞬不審げな顔をしたが、すぐに唇を引き結んで不満げにゼオを睨んだ。
「今更だろ」
「カイは実習でも俺達は仕事だ。
ちょっと絡まれるだけとかならジオなら口だけでいなせるし」
「なら四人で並べば良い」
ゼオはカイとの距離を詰めて、リーシアに聞こえないよう小さな声で囁いた。
「歩き詰めの女の子を休ませてあげたくないの?」
「っ!」
あえて『女の子』と言われたために、その意図はカイに深く入ってきた。
貴族の娘であるリーシアと、貴族でもない男三人では体力が全く違う。
「今ははしゃいでるから気にならないかもしれないけど、体も弱いんだし、普段町を歩き回るなんてしてないんだろ?
人気の店で混んでるみたいだし、長く立ちっぱなしで待たせたくない。
本当はもっと頻繁に休憩を取った方が良かったんだろうけど、俺達もつい忘れてて」
「……分かった」
カイはジオを睨みながら頷いた。
既にジオとリーシアはカイ達から離れ、メニューの張られた板の前にいて、四人が座れる席を探して辺りを見回していた。
ジオがリーシアの背に触れるように手を動かしたのが見えて、カイは一瞬怒鳴りかけた。
しかしリーシアはジオの腕に強い反応を見せておらず、また実際には触れていないのも見えたため、カイは何とか冷静さを保てた。
「あいつにベタベタ触るなって言ってくる」
「それは大丈夫だよ。
多分教えてるだけだと思う」
「教える?」
カイは不機嫌さを隠さずに聞き返した。
「本気で市井で暮らす気なら馴れ馴れしく触ってくる男は絶対に出てくる。
状況的に丁度良いから説明してるんじゃないかな」
「何が丁度良いんだ」
「カイはナンパしたこと――なさそうだな」
顔をひきつらせたカイを見て、ゼオは返事を待たずに結論を出した。
ゼオは並んで待っててとカイを並ばせて、リーシア達が決めたメニューを聞きに離れた。
カイはもやもやしながら並んで待った。
カイは最近まで異性を意識して居なかったので無論ナンパをした経験はない。
逆に最近芽生えたばかりのため、ナンパの目的——欲の方を強く意識した。
以前のカイは興味がなかったので聞き流していたが、町で暮らしていた頃に聞いた、年上の男達の会話を忘れた訳ではない。
その対象に友達が、友達の中でも女の子だと意識していたリーシアがなる。
そう意識すると、カイの胸は良く分からない感情で締め付けられた。
「変な顔してるけど落着け」
「ぁあ?」
戻ってきたゼオを睨み、カイは低い声を出した。
ゼオはガラが悪くすら見えるカイに、怯える欠片もなく隣に並んだ。
「お茶に誘われたら警戒する事、自然に触れてくる男のやり方、心構えや逃げ方を話してたよ」
「……へぇ」
「女の子が一人で歩いたり、こういう所で一人で待たされたら考えられる事態だから。
丁度良く向こうに声を掛けられてる女の子達もいた」
ゼオの視線が動いたため、カイもその先を窺うと、カフェの席に座った二人連れの少女らが、近くに立つ若い男性二人に声を掛けられていた。
可愛らしく装った少女らは満更でも無さそうで、四人は楽しそうに笑っていた。
「ジオはチャラく見えるけど絶対に女の子で遊んだりしないから変な心配はいらない。
むしろ恋愛は無理って言うくらい嫌な思いをしてきてるから」
「…………へぇ。
あいつモテるのか?
……ってか、そう簡単に信じないからな」
「今信じかけたよね?
疑っても良いけど嘘じゃないよ。
大体娘が大事なはく――親が女たらしを近くに選ぶ訳ないだろ」
ゼオは伯爵様と言いかけて言い直した。
意図してではないが、自然体で口が滑ったという空気が信憑性を高めた。
カイはむっとしたが、リーシアの両親を引き合いに出されると上手い反論が思い付かなかった。
「俺は会った事ないし。
見誤るって事もあるだろ」
「その発言、相手によっては罰せられるよ」
「……相手は見る」
「それは俺達をもう信じてる?」
カイは言葉に詰まった。
ゼオはいかにも地味で、静かそうで、悪く言えば暗くさえ見える外見をしている。
しかしカイが話しかければ簡単にやりこめてくるし、他人への怯えもなく、逆にどこか突き刺さるような指摘をしてくる。
それでも見た目が真面目そうなため、カイはジオに対してほどの警戒心は抱けない。
「お前は、真面目そうだし?」
「それはどうも。
割りと不真面目だけど」
二人が話している内に順番が来て、オーダー以外ではどちらともなく無言になった。
ジオの分の注文ががっつりめだったため、カイはお前が腹減ってたんだろうと、心の中で毒づいた。
カイも多少食べたい気持ちはあったが、値段を見て飲み物の注文以外する気になれなかった。
リーシアを護衛する経費から落ちるらしく、自分の財布は痛まないものの、この儚げな女友達にたかるようで気が乗らなかった。
金さえあれば自分が支払うのにと、見栄を張りたい気持ちもあった。
もし友達感覚の強いカチュア相手なら、カイはむしろ高いものを選んで注文したし、姉貴分のユレアノ相手なら、二人で適当に楽しんで決めた。
カイはその『もしも』を想像しないため、自分の中にある仄かな思いには気付かないままだった。
カイは受け取りを待ちながら、座って待つリーシアとゼオを眺めた。
リーシアは優しそうな淡い笑みを浮かべていて、上品さや清楚な雰囲気は隠れていなかった。
ゼオのチャラく見える軽そうな装いも、遠目には町の流行りに乗った良い男のようだった。
育ちを匂わせるような品格は釣り合っていないが、粋な色男が美少女をエスコートしているようで、やけに絵になった。
箱入り娘が達の悪い男に騙されている最中にも見えて、カイは余計に苦々しく思った。
カイはそんな考えを振り払い、ただぼうっと二人を眺めた。
ジオはどうでも良いので、リーシアに目が行く。
町に溶け込めているようで、しっかりと浮いている。
しかし学園での様子と違い、貴族の令嬢としての模範をなぞるような堅苦しさがない。
商家の娘。
裕福な家の娘。
そう思えば、手の届かない高い場所に咲いていた花が、登れば届く場所に降りてきたようにも思えた。
(異能だから良いってカチュアが言ってたな)
ぼんやりと、そんな事をカイは思い出した。
カイは異能者なので学園に通う女子生徒を伴侶に選んでも良い。
芽生えたばかりで疎いカイだが、学園の同級生らは婚約者が居たり、居なくても結婚を前提の相手を探したりしている。
卒業後に結婚という流れにまだ違和感はあれど、結婚を見据えた相手探しをするのは『普通』だと感じるようになっていた。
平民では貴族の娘は望めない。
しかしカイは平民でも異能者だから、学園に通う女子生徒を望んで良い身分だと、カチュアが言っていた。
それにリーシアは婚約を解消して――
(違う)
考えを振り払うようにカイは頭を振った。
異能だから手を伸ばして良いのではない。
異能だから伸ばしてはいけないのだ。
学園に通う内は自由で恵まれている錯覚を受けるが、卒業すれば国に全てを縛られる。
そもそもカイはこの学園に通うどころか学校に行ける家ではなく、さっさと働いて稼ぎたいと考えていた。
願っていた人生より現実の方が収入はあるが、当たり前にあるはずだった世界には生きられない。
制限が多く自由を奪われる場所へ、自ら誰かを引き込みたくなかった。
「どうかした?」
いつのまにか飲み物の乗ったトレイを持ったゼオが、カイへ不審気に声をかけた。
「悪い、何でもない」
カイは飲み物を見つめ、ジオの頼んだ料理が乗ってないのに気付いた。
「足りない」
「時間が掛かるって言われただろ?
飲み物置いていくからここで待って受け取ってからきて」
「あ、おい」
ゼオは引き留める声に振り向いただけで、足を止めずにリーシア達の方へと歩いていった。
ジオが頼んだ料理のため、カイは余計に面白くなく思った。
しかし誰かが待たないといけないと思い、舌打ちしながらも大人しく受け入れた。
その店は番号札を受けとればその場で待たなくて良い事も、そもそも人気があって混雑する店を選んだ事も、ジオがわざと時間のかかる料理を頼んだ事も、根がお人好しなカイは何も気付かなかった。




