町へ 5
時間が経ち軽口を交わし合う内に、ジオとカイは距離を縮めた。
学園の男友達とふざけあっているようにも見えて、リーシアはカイの警戒が大分緩んだのを感じた。
着いてすぐの買い物の間、カイはリーシアから目を離さないように見ていた。
それが今は完全に目を離してジオと話している。
鞄屋で商品を手に取りながら、リーシアは小さな声でゼオに話しかけた。
「今の内にお話は可能でしょうか」
改まった言葉に、ゼオは聞かれてはまずい話と推測が付いた。
ゼオはジオに視線を向け、ジオがまたちらりと視線で違う方を向き、ゼオに見えるように指を何回か動かした。
リーシアはそちらを見ないように、ただ商品を見て返事を待った。
「分かるだけで向かいの店の横に一人、この店の裏手に一人居るみたい。
中には唇の動きで会話を知る人もいるらしいから、見えないようになら」
「まぁ……そんな特技を持った方が」
リーシアは自分の護衛にそんな人を付けてくれたとは思えなかったが、リーシアの護衛はジオとゼオで、カイは友達として護衛研修で来てくれている。
カイの教官や護衛――異能者を監視して守る者なら、そんな事が出来てもおかしくないかもとリーシアは思った。
「とても耳が良い方もいらっしゃるでしょうか」
「さすがにこの距離なら大丈夫だと思うよ。
聞かれてる様子があればジオは駄目だって合図しただろうし」
「そうですね。
……ゼオ様達はどうして、私に会おうと考えたのです?」
リーシアはこの日まで冷静に努めて色々と考えていた。
二人から聞いた話をまとめれば次のようになる。
ゼオは未来視の異能者で、自分の力が働かないヴィジット領に異能者がいるのではと考えた。
ヴィジット領へ訪れて領主と話をし、領主の娘が異能者と知る。
領主にあえて近付いたのは、偶然ではなく何かしら察ししていたはずだ。
会いに行こうと行動を起こしたきっかけは、恐らく未来が大きく変わったためで、時期的にはエイゼンとの婚約解消の後。
客観的に考えて、リーシアなら創立記念日の後でなければ同じ力を持っただけの他人にわざわざ会いに行きたいと思えない。
リーシアは婚約解消までは能力の使いすぎや心労などで早逝する。
婚約解消後は友人の父に監禁されたり、元婚約者の父に敵対されて破滅に追い込まれたり、何にせよまともな人生とは言い難かった。
それがはっきりとは『視えなかった』からだとして、常に未来視をし続けているような相手の近くに、自分の未来視が使えなくなるだろうに近付きたいものだろうか。
リーシアの疑問は『どうして?』の一言に集約出来た。
「危険は考えませんでした?
もしかすると帰して貰えないかもしれないのに。
どうして会おうと考えたのです?」
異能者として拘束されて国へつき出されるかも、とは町中で口に出来なかった。
こんな曖昧な聞き方で伝わるかと考えながら、リーシアは鞄を棚に戻してゼオを見つめた。
今度はゼオが別の鞄を手にとってリーシアから目を離した。
「ジオと二人で行動してると結構安全なんだ。
――会おうと、思ったのは……」
ゼオは上体ごと動かしてリーシアを見つめ、また鞄へ集中するように正面に戻すと、目を泳がせた。
「悪い理由じゃ、ないよ。
悪い事を考えた訳じゃない。
ただ、会ってみたいって、同じ――特技を持った人と、交流してみたいと」
「特技……」
リーシアは異能を嫌った事はないものの、特技と称されると肩の力が抜ける気がした。
持っている人が少ない力でも、特技と言われてしまえば異質では無いように聞こえた。
「……どんな子なんだろうって」
「え?」
「会えなさそうだったのに、会えそうな感じになったから、一度で良いから会ってみたいって。
まさか雇って貰えるとか、こんな風に一緒に出掛けるとか、こういうのは思ってなかったけど、本当に最初は興味で……なら今はって、仲間意識というか、その……」
「他意がないのは分かりましたわ」
とりとめがなくなって言葉に詰まるゼオに、リーシアは微笑んで締めくくった。
興味で会ってみたかったと伝えるのが恥ずかしいのだと、リーシアは受け取った。
リーシアはまだ親しくはない相手が恥ずかしがっているのを見て突つき弄りはしない。
話題を変えるためにも、それほど疑っていないと伝えるためにも、自分の事を口にした。
「私は最近ようやく落ち着きました」
「……」
伝わるか分からなかったものの、リーシアは聞かれても困らない範囲にまとめた。
色々な危機を防いで、最近ようやく未来に平穏が見えた。
「もう少し経って、似たような特技を持った方を知ったら、私もお茶会に誘いたいと思ったかもしれません。
まだ少し、そのような事を望むには時間が必要ですけれど。
卒業後も決まっておりませんし」
「……もし、よければ」
それは小さな、囁きのような大きさだった。
リーシアは首を傾げ、ゼオを見つめて続きを待った。
「力になりたい。
貴族の暮らしは分からないから、そちらで暮らすなら役には立たないかも知れないけど。
困る事があれば君の助けになりたい」
「……」
まだ互いによく知らないのに、ゼオはまっすぐな瞳でリーシアを見つめていた。
リーシアはゼオの好意に心当たりがなく戸惑いが勝った。
しかしその真摯な眼差しに嘘は感じられず、この人を信じて頼っても良いのだとすとんと落ちてきた。
リーシアは異能を隠しているので公の異能者達とは語り得ない。
異能者同士でも似た力を持つ者同士で無ければ分かり合えない部分もあるだろう。
ユレアノやカイと仲良くしているといえ、リーシアはそう言った意味で孤独だった。
異能を持ち、相談出来る相手と知り合えたただけでない。
しっかりと確認出来ていないが、同じ能力を持っている相手だ。
そんな人と仲良くなれたら、その心強さはとても大きい。
頼って良い人だと染みると、同時に芽生える心もある。
リーシアは目線と同時に顔を小さく上下へ動かして見せて、遠目には分からないよう礼を見せた。
頼って良いなら、守ってくれるなら。
頼りになりたいし、守りたい。
リーシアはそう思う。
そのためにも強くありたいと思った。
「叶うならば、ぜひ。
その時は私もきっと、ゼオ様のお力になります」
ゼオはリーシアの華やかな笑顔に一瞬固まった。
それから困ったように顔を歪めて目を逸らした。
「……君は強いね」
「……ごめんなさい。
お気に障りました?」
「違うよ。
会いに来て良かったと思ったんだ」
「そう、ですか?」
とてもそんな風に見えなくて、リーシアはつい顔を背けたままのゼオをまじまじと見つめた。
よく見ればゼオの耳は赤くなっていて、もしかして照れているのかとリーシアは納得することにした。
善意や好意を口に出して照れたのだろうと思うと、年上の男性なのに可愛らしく見えた。
リーシアはゼオの様子も、そんな事を感じる自分自身も、おかしく思えてくすくすと笑った。
「何か面白いコトでもあったか?」
不意にカイに声を掛けられ、リーシアは驚いて肩を跳ね上げた。
ゼオとの会話に意識を取られて、近付かれていたのに気付かなかった。
聞かれたくない話をしていたのと、突然だったのと、カイの声に不機嫌さが滲んでいたのとで、リーシアは普段にない驚き方をした。
「カイ様、驚きましたわ」
「口調」
「ごめんなさい」
「……別に、謝る事じゃないし。
悪い、荒っぽくなって」
「いいえ、完全に気が緩んでいまし――緩んでいたの。
待たせてごめんなさい」
「待ったとかじゃなくて――信じ……警戒……いや何でもない」
カイは言い換えながら顔をしかめて、口を閉ざした。
ジオがにやにやと笑いながら、カイの後ろから顔を見せた。
「カイは腹が減って機嫌が悪いんだよな?
鞄を決めたら次はメシでも見るか」
「そうだったの。
なら早く決めるわね」
「いや、別に——」
カイは小さな声で否定しかけたが、仲良さそうなのが面白くなくて荒っぽくなったとは言えるわけもなく、流される事にした。
リーシアもメシとは食べ物関係の店だろうと予想しながら話を合わせた。
座って休める場所で話がしたいと伝えたのを覚えていてくれたのだろうと、リーシアは心の中で感謝を繰り返した。
リーシアはジオがカイの嫉妬を誤魔化したのには気付かなかった。
二人の心の動きがが分かるジオは、苦笑しつつ頷いた。




