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もう愛を夢にみない  作者: 藁の家
自由な人
79/124

町へ 4

 カイによってリーシアからジオが引き離され、先導がゼオへ変わった。


 リーシアは可愛いと言われたのを頭の隅へ押しやって、考えない為に他へ注意を向けた。

 『可愛い』と『好き』は違う。

 ジオに恋愛的に好かれたいとかではなく、エイゼンを連想してしまうため、あまり考えたくはなかった。


 お菓子屋を巡りつつ、荷物が増えたら持つのはゼオだ。

 カイは武術を習っているし、学園に入るまで喧嘩の経験もある。

 武力として見た時に、護衛三人の中で、推定でゼオが一番弱いため荷物持ちとなった。


 リーシアも軽い物は持つようにした。

 もっと持てそうと言うリーシアに、野菜はもっと重いよとゼオが答えた。

 ゼオの言葉はリーシアが荷物を持とうとする理由と同じで、リーシアが買ったものを自分で持ち帰る前の仮定のものだ。

 ゼオはお菓子でも箱詰めの焼き菓子でなく、瓶に入っているものはもっと重くなるとも言った。

 リーシアに自分で沢山の荷物を持って歩いた経験はない。


「町で暮らすなら必要な物を自分で買って自分で運ぶ必要も出るかもしれないね」

「そうね。

 体を鍛えなくてはいけないかしら」

「そうなるの?」


 おかしそうに笑ったゼオに、リーシアはいたずらっぽく尋ねて返した。


「他に方法があるの?」

「使用人にやらせるとか」

「私では雇えないわ。

 出来る仕事があるかも分からないの」


 ゼオは少し苦い笑みを見せた。


「親のすねはかじらないの?」

「親のスネワカジるって何?」

「シアの知ってる言葉と知らない言葉の境目が難しい……

 近くに無かったんだろうなぁ……」

「町で暮らすのに困るかしら」

「困るかもしれないね。

 一人なら」

「頑張って覚えるわ」


 リーシアは力強く宣言した。

 貴族社会から離れて町で住むのか、リーシアはまだ決められていない。

 けれど貴族社会に残り続ける未来が――展望が持てなかった。

 今の流れにのって町で暮らすのは、何となくでもイメージ出来た。


 ゼオは眩しいものでも見るかのように見つめた。


「シアは……」

「はい?」

「頑張りすぎたりしてない?」

「むしろ足りないくらい。

 きっともっと上手に出来たはずだもの」


 リーシアは自嘲が出ないよう気を付けた。

 もっと頑張れば、もっと頭が良ければ、もっと諦めていれば――

 普段は考えないようにしているし、飲み込んで諦めるように努めている。

 でも同じ運命でも自分でなければもっと上手く出来たのではと、同じ能力を持つゼオにそんな『もしも』を想起した。


「そこのお店に小物が置いてあるみたい。

 持ち歩いても目立たないお財布を見ても良い?」

「俺達のセンスで良ければ。

 ……俺はあまり熱を出した事がないよ」


 小さなささやきを、リーシアは聞かなかった事にした。

 リーシアの力を知っていて、領で父母と話したのなら、ゼオの囁きはリーシアの『病弱』の理由を知ってのものだと推測出来た。

 未来を視続けた影響もあるのか、リーシアは努力や経過より結果に重きを置く方だ。

 特に、自分の行動に関しては。


「お店の人にも相談するわ。

 町の女の子達が持っているような鞄もあると便利ね」

「服や鞄なら調べてあるからそこへ行こうか」


 聞こえなかったと思ったか、話を避けたと気付いたか、ゼオは病弱についての話を引っ張らなかった。

 リーシアはほっとしつつ、気になった点を確認した。


「町の女の子が入るようなお店?」

「あー……」


 散策始める前のジオの言葉は、貴族の娘が好みそうな店を調べたような響きがあった。

 ゼオの反応で、リーシアは懸念が当たっていたのを知った。

 ジオに指摘されたように、服装や所作は町娘になりきれていないが、細かな点からでも少しづつ貴族から離れていった方が良く思えた。


「服も町の女の子が着ているようなものの方が良いと思うの。

 素材もデザインも馴染めていない気がするの。

 この町は富裕層が多いのだから、他の町へ行けばもっと目立ってしまうかも。

 お土産のお菓子もだけど、用意された服よりもっと町らしい準備を揃えたいわ」

「あぁ……うん、そうだね。

 ただ今日は調べが間に合ってなくて」

「お菓子と一緒。

 今日は目についた店に入りましょう?」


 気まずそうなゼオに、リーシアは明るく笑って見せた。

 ゼオも釣られたように笑んで、お菓子屋の他に服屋や鞄屋にも入るようにした。




 ゼオの不馴れなエスコートに着いていくリーシアを、カイは離れた後方から眉を寄せて見ていた。

 護衛の研修を兼ねている建前上、周囲に怪しい人物が居ないかは目を配っているものの、カイが怪しんでいるのはジオとゼオだ。

 ジオを横目で睨み、カイはリーシアに聞こえないように尋ねた。


「どうやってただの平民が伯爵様の友達になれんだよ」

「俺も驚いた」


 ジオから返ってきたのは良い訳でも胡散臭い説明でもなく、ただの同意だった。


「他所の国はこの国よりもっと貧乏だし殺伐としててさぁ。

 で、ヴィジット領はこの国の中でも評判良い方なんだ。

 あ、旅商人とか平民の噂話な。

 ゼオと興味本意で話しかけに行ったら気に入ったぽい?

 他国に住んでた平民の正直な話が聞きたいって。

 俺がいわゆる貧民だったのが余計に良かったみたいだな」


 笑い飛ばすジオに、カイは少し気まずげに尋ねた。


「良くわかんねぇけど、それ大丈夫なのか?」

「何が?」

「いや、何て言うか。

 お前らも、伯爵様も」

「何についてかって話だけどな。

 今の所問題は無さそうだ。

 どうも真面目に良い人っぽいし、ダメなら俺らはいつでも身一つで夜逃げするし」

「……」

「伯爵様もあれでちゃんと相手を調べてるっぽいし。

 俺らと話してる時もしっかり安全を確保しながらだったし、頭すっからかんの善人ではないみたいだ。

 頭に色々詰まった善人だ」

「……そうか」


 カイは疑念を消しけれず、もやもやとしたまま、とりあえず頷いた。

 カイの心の動きはジオには筒抜けで、ジオは素知らぬ振りで試着していたリーシアを指差した。

 その動きでリーシアも二人の会話にキリが着いたと気付き、二人に微笑みかけた。


「大丈夫かしら。

 足が出て恥ずかしいのだけど、町の女の子みたいに見える?

 ジオとカイはどう思う?」


 リーシアは膝下丈のスカートをふわりと持ち上げて簡易な礼の姿をとって見せた。

 町の女の子達が着るような質の、動きやすそうな明るい色の服だ。

 それから後ろ姿も確認して貰うためにくるりと回り、髪やスカートの裾が優雅に揺れた。

 体だけでなく身にまとった服や装飾などを意識して動いた、美しい回転だ。

 洗練された舞の一場面を切り取ったような動きだった。


 店員がほうっと息を付いたのを視界に入れながら、ジオは肘でカイをつついた。

 凝視して固まっていたカイは、顔を真っ赤にして顔を背けた。


「動きがキレイすぎるんだよ」

「え?」

「町の女どもはそんなに丁寧な動きしねぇ」

「ごめんなさい、よく見て違いを覚えるわ」


 カイが考える女の子は貧民側で、リーシアが考える女の子は富裕側だが、イメージのすりあわせが出来ないまま話が通じてしまっていた。


 しゅんと落ち込むリーシアに、カイは何か言いかけたものの、そのまま黙ってしまった。

 店員が苦い顔で見てきたので、ジオはにやにやと笑いながら意味ありげにカイを眺めて見せた。

 それは照れておかしな事を言った男をからかうように眺める友人の姿だ。

 ジオは多少離れた場所にいても能力によって、リーシア達が事情を説明して相談したのを知っていた。

 同じように店員が善意と興味本意で良く対応してくれているのも分かっていた。

 店員はジオの面白がるような顔と、拗ねたようにあらぬ方を向くカイを見て想像を働かせた。

 店員がリーシアに何か耳打ちしているのを見て、ジオはカイが気付いて割り込まないためにカイの方を抑えた。

 店員はリーシアにカイのフォローを入れてくれるようだとジオは読み取った。


「そんなに喜ぶなよ」

「っ!!」


 ジオは背後から小声で囁いたのに、カイは大きな動きで勢いよく振り返った。

 カイの反応はひどく目立った。

 ジオはリーシアや店員達に見られているのを知りつつ、知らぬ素振りでカイをからかった。


「可愛いもんなぁ。

 けどもう少し抑えろよ」

「な、なにがだよ」

「たまに顔真っ赤にして見惚れてるし。

 今も誉めたかったんだろ?」

「ちがっ、俺は、注意するつもりで」

「えぇ?

 顔真っ赤だぞ?

 可愛いなって思ってたんだろ?」

「そんなわけあるか」

「俺にはこう聞こえたけど?

 動きが綺麗で目を奪われたって」

「っ!!

 うるさ……」


 そこでカイはジオの視線が自分に向かっていないのに気付いて、ジオの視線の先を追った。

 最初は小さかったジオの声が次第に大きくなっていたのも、動揺させられたカイは気付いていなかった。

 カイと目が合ったリーシアは、真っ赤な顔を手で隠して視線を伏せた。

 そちらまで聞こえていたのだろうと、分かる反応だった。


 カイは誉めたかったのを否定しようとして、ぐっと飲み込んだ。

 先程の俯いたリーシアを思い出し、傷付けたい訳ではないと恥ずかしさを受け入れた。


「えっと……似合って、る。

 けど、動きが、上品すぎて、似合ってるけど、町育ちの平民には見えない」

「はいっ!」


 リーシアは嬉しそうに微笑むんで返事をし、カイも恥ずかしそうに笑って応えた。

 そんな二人を店員とゼオは微笑ましく見守っていた。



 しかし彼らの内面は見たままではなかった。

 


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