町へ 3
相手を守らなければならない場合、相手が危険性を分かっていないと危険が増えてしまう。
危険性を理解するためには、自分の価値を知らなければいけない。
その価値というのは、事実上の価値に加え、相手の勘違いや思い込み、風評なども含まれる。
それ以外にも不足の事態すら警戒しなければいけないのだから、危機感を持っているに越した事はない。
リーシアと会話していたゼオと、能力によってどんな会話が成されたか予想がつくジオは、小さく溜め息をついた。
特にジオは、護衛研修という建前で付いてきているカイにも思う所があった。
カイが異能者なのも、研修を評価するための人員が付いてくるのも、ジオは前情報としてリーシアから公式に知らされている。
ジオはカイに隠れて付いてきている人達が何を考えているかも読んでいる。
ほとんどが至らぬ点の洗い出しだ。
外出の予定のたて方や、護衛としての立ち回り、また大量にある注意すべき点への見落とし。
《座学も実習もまだ本腰を入れていないといえこれではまずい。
いずれは王族の護衛に加わるというのに。
今から鍛えられるのを幸いととるべきか……》
ジオは御愁傷様と心の内で呟いた。
カイも、カイに付いてきた者も、すべき事がたくさん増えたのだ。
そしてそれは、警戒心の足りないリーシアや、カイと同じく護衛としての能力が全く足りていないジオとゼオも同様だ。
護衛を続けるなら安全な外出のため、更なる勉強を課されるだろうとジオは溜め息を飲み込んだ。
町に入らず高級住宅街側で固まっていても不審なため、ジオはキリをつけて一度町中へ入ろうと提案した。
リーシアは羽織った上着にお金を入れて、ジオの案内を聞きながら人の行き交う地域へと足を踏み入れた。
両親に着いていった時は、リーシアと両親の側には必ず空間が出来ていた。
歩きやすいよう、見やすいよう、近づく人はおらず、ぶつかってくる人もいなかった。
今はジオに左隣を、カイに右後ろを守られていて、さすがに誰かと衝突はしないものの、他人との距離が近かった。
ゼオは更に離れて着いてきていて、リーシアはゼオがはぐれないか不安になってたまに振り返っていた。
「シアはちゃんと見たいものを決めてきたか?
今日は遊ぶんだぞ?」
「えぇ。
お友達へのお土産物と、楽しかったお話が出来そうな催しを見たいと思っているの」
リーシアはあえて前もって行き先を擦り合わせなかった。
能力でもって危険を避けられるため危機意識は薄く、カイやそれ以外に着いてきている人達に綿密な準備をさせない為でもあった。
案内・護衛としては誉められない行為だったが、もし万全に準備されてしまっては、内緒の話が全く出来ないのではと懸念したためだ。
「催しってのは大道芸とかか?
時間通りにやるヤツは役所に行かないと分からないぞ。
突発でやるのは時間も場所も分からねぇし。
このお上品な町にあるかな。
芝居とかは俺達が暇できつい」
「まぁ……ならいつもは時間を見て案内して貰ってたのね」
「そうだろうな。
もしくは合わせてやってたのかもな」
「あら……」
希望の一つが消えてしまって、リーシアは残念に思って目を伏せた。
騒がしく皆がはしゃぐ最中なら内緒話もしやすいのではと考えていた。
落ち込んで見えるリーシアに、カイは戸惑いがちに声をかけた。
「何かやってるなら騒がしくなるから、そういう感じがしたら行ってみたら良い。
土産って何買うんだ?
そっちから回って、時間があきそうなら回りながら考えれば良いし」
「そうね。
ありがとう、カイ」
「っ!」
リーシアがふふっと笑いながら礼を言うと、カイは息を飲んで視線を揺らがせた。
リーシアはおかしな反応に不審さを感じたが、特に何かあるわけではなさそうで深く気に止めなかった。
「ならお菓子を見に行きましょう。
お勧めのお店は知っている?
有名なお店や限定品はないかしら」
「色気より食い気か……
飾りや服の店は調べたんだが。
毒味とかいいのか?」
最後の言葉はこそっと聞いてきたジオに、リーシアは困ったように笑んで返した。
「今日の夜は楽しかった話をお友達にいっぱい話すと決めているの。
それはまた別の機会に気にすれば良いわ」
ちらりとリーシアは指輪を見せた。
派手ではない、かといって安っぽくもないシンプルな指輪だ。
今の会話だけで分かりあえるほど、ジオとリーシアは親しくない。
意味が伝わらないからこそ意味ありげな行為をすれば読心してくれるだろうと、リーシアはしっかり相手の目を見つめた。
(座ってお茶を飲めるお店があるはずです。
そちらでならのんびり座っていても怪しまれないかと思います。
ゼオ様にカイ様を引き付けてもらって、二人の話を聞く振りをしてお話を出来れば怪しまれないのではと)
返答は得られないから良い計画かも分からないし、そもそも今自分の思考を読んでいて貰わないと伝わらない。
しかし読んでいるはずと期待しながら、伝えたい事を頭の中でしっかりと形にした。
(私が今夜、無事に寮の部屋に居られるのは決まっています。
だから毒や危険の心配はいりません。
それに私が命を狙われる理由はありません。
治癒の魔石も指輪として持ち歩いています)
リーシアの脳裏には敵となった宰相の姿が浮かんだが、あれはもう訪れない未来だからと打ち消した。
ジオは困ったようにリーシアを見つめ返した。
「俺達が気にして頑張った成果としてシアが無事なのかもしれないだろ?
『先の事は分かんない』んだからさ。
『ゼオ』みたいなヤツと一緒に要るんだし、『想像しない』厄介事が起きないとも『分からない』」
ジオはアクセントや話し方を微妙に変えて、小声で告げた。
リーシアはふと、ジオはふざけて見せているが、頭が良い人なのだろうと思った。
未来視を踏まえてリーシアに気付かせるように話してくれているのだ。
ジオが伝えたいのはきっとこれだろうと、リーシアは頭の中を整理した。
リーシアがゼオと一緒にいる以上、未来視は確定されておらず、無事に帰れる未来自体が不確定で、無事変えれたとして経過に事件がないとも限らない。
納得したという思いを込めて、リーシアはジオへ頷いた。
ジオは驚いたように目を見開いて呟いた。
「俺は嫌われる方が多いんだけど……
なんでそんな、よま――いや、こんなふざけた野郎に『普通』に信頼してるの?」
『よま』って何だろうと、リーシアは考えた。
状況的に思い付かなかったし、そもそも今のジオの発言は会話の流れや状況を無視したものだ。
今はそのまま受け止めて返し、大事な話なら後で教えて貰おうと考えた。
実際には、ジオは心を『読まれてるのに』と口を滑らしかけていた。
リーシアの中では心を読まれる事と信頼とは無関係なため、言い掛けた言葉にピンとこなかった。
リーシアは質問に外れず、対外的に聞かれても問題の無い返答を考えた。
内心は読んでくれるはずだからだ。
「嫌う理由がまだありませんもの。
信頼もまだ途中だけれど」
(少なくとも敵とは思えません)
「こんなお下品なヤカラを?」
リーシアにはヤカラが何か分からなかったが、見当を付けて気にせずに答えた。
「行儀作法の面は確かに不十分ですが、下品とは思いませんわ」
(先日の宿泊の問いは除きますけど)
「何を気にされているか分かりませんけれど――気にせずに遊びに行かない?
どうせなら沢山のお店を回りたいの」
(良い場所を探してゆっくり会話しましょう?)
町中なのに丁寧な口調に戻ってしまっていて、リーシアは崩して締めくくった。
ジオは一瞬、いつもの明るいふざけたような笑いではなく、苦くてどこか不安げな顔をした。
リーシアが問いかけるより早く、ジオは明るい声で行き先を示した。
「端から順に見ていこうぜ。
菓子屋を優先で覗いて、他の店といけなかった場所は予定を立てて次回な。
次は迷わないようにしっかり計画を詰めてから出掛けよう」
「そうね。
話し合いが足りなかったわ」
リーシアはくすくすと笑い、ジオについて通りに沿って町中を歩いた。
そこにあるのは町に住む人の生活だ。
裕福で治安の良い町だから、この町より危なくて雰囲気の悪い町も沢山あるだろう。
両親の愛を考えれば、リーシアが危ない町に住む事はないはずで。
ルクレイスも恋愛感情を抜きしても保護を打診してくるはずだ。
しかし治安の良い富んだ町に悪い人が入って来ないとは限らない。
町で暮らすなら生活への慣れも必要だし、そういった危機管理能力も育てなければいけない。
町は賑わっているもののどこか上品で、歩き出せばリーシアより他三人の方が町の様子に気を取られていた。
リーシアは歩きながら店の中を覗いて、菓子屋を見つければ入店した。
リーシアは幾つ目かの店で買い物をして、お釣りを沢山貰った。
じゃらじゃらとポケットに入れて、持っていても目立たない普通の財布を買えないか相談しようと決めた。
ジオは指を三本立てて見せた。
リーシアは既にそれが何か忘れていて、きょとんとした顔をした。
ジオはにんまりと笑った。
「お釣りで硬貨が一杯だな。
それ胸に入ってたらどうなった?」
服を押し上げてぼこぼこしていただろうと、リーシアはすぐ思い至った。
リーシアが着ているワンピースの上部は体のラインに沿ったもので、紙幣だけでも服に袋が引っ掛かっていた。
硬貨で膨らんでいたら出し入れするのも更に大変になっただろう。
リーシアは恥ずかしくなって頬を染めた。
「もう首からぶらさげないわ。
その話はもう許して?」
「うん、こういうのも知っていこうな。
シアは可愛いよ」
「え?」
突然言われた言葉に、リーシアは目を丸くした。
ジオは優しげに微笑んでいて、からかっている様には見えなかった。
かといって思いを伝えるような熱さもなく、リーシアは時間差でじわじわと恥ずかしさを覚えた。
「からかわないでください」
「からかってない。
ちゃんと君を見て、一人の女性として、可愛いって思うよ」
リーシアはそこに込められた意味に気付かず、『女として』誉めてもらえた嬉しさに頬を緩めた。
赤く染まって緩んだ顔を隠すために、リーシアは手で顔を覆った。
そんなリーシアとジオの間にカイが割り込んだ。
「口説いてんじゃねぇよ」
「今はまだ口説いてないし。
ただその内に口説きたくなってくかもだけど?」
「てめぇ」
「可愛い娘に可愛いって言って何が悪いんだよ。
照れて余計に可愛いじゃないか」
「からかわないで……」
「皆さ、邪魔になってるからまず店から出ようか」
賑やかな三人に、ゼオが冷静な声をかけた。
四人はそれぞれにらしい謝罪を残し、店から逃げるように出た。
店員と他の客は邪魔に思うというより、おかしな四人連れの関係を想像して興味深げに観ていた。




