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もう愛を夢にみない  作者: 藁の家
自由な人
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町へ 2

 結構な時間を従者教育に費やし、門から出て学園から離れると、リーシアは二人に謝罪した。


「ごめんなさい。

 あのままでは情況が悪くなったの。

 学園への訪問を許可にも、生徒を預けられるかの判断にも影響するし、領が抱える使用人の質への疑いにもなるわ。

 今不十分なら雇用側が教育中と見せないといけなかったの。

 お父様のお友達で本来はお客様だとしても、あそこでは私に仕える家来として見られるので」


 リーシアは二人への説明とともに、カイにも聞いてもらえるよう説明として口にした。

 門を出たリーシアは、宣言通りに言葉を崩していた。


「でも今日のようなお迎えでは立入り禁止になるかもしれないの。

 他の生徒への影響などの理由を上げられたら領の問題だと押し切れなくなるから。

 警備員さん達とのお話が最短になるように後で打ち合わせましょう?」


 リーシアはにっこりと笑った。


「……ぃいな」

「はい?」


 ぽつりと呟かれた言葉が聞き取れなくて、リーシアはカイを見つめた。

 カイはすっと視線を逸らして明後日の方角を見たため、リーシアは首を傾げたが、追求してほしく無さそうだったので流した。


 ジオとゼオが遅かったのは門番に不審人物として念入りに聞きとりされていたからだ。

 言葉遣い、所作、口頭確認での返答の雑さ、確認書類の扱いの適当さ――様々な点で負の評価をされた。

 二人がリーシアを訪問した時の担当者を呼んでの確認までいき、この空いた期間で最低限の形式だけでも覚えなかったのかを――説教ではなく不審さとして問いただされていた。


「でもどうして形だけでも振る舞わなかったの?

 相応しい挨拶として間違えていても誠実さを感じとれば警備員さん達も軟化したと思うのだけれど」

「一回目だし目立とうと思ってね」

「悪い方へ?」


 ジオはいたずらっぽく笑った。


「追い返されないと思ってたからな。

 これで次からは顔だけで分かってくれるし」

「俺から見ても考えなさすぎだ」


 カイが突っ込みをいれた。


 カイの手前ジオの表現はぼかされたが、それは楽観ではなく事実だ。

 リーシアとゼオは、町に出れたという未来を視ているので、正しくは『思って』いたではなく『分かって』いたなのだ。

 ジオとゼオは外出許可から逸脱しない範囲を知って行動している。


「ははっ、でもこれから態度が良くなれば一気に印象が良くなるだろ?

 あんな貧民丸出しの無学なガキどもが、ここまでマナーを身につけるなんてっ!てな」

「言うからにはまともに話せるんだろうな」

「勉強中」

「だろうと思った」


 カイとジオは軽口を叩き合い、リーシアの目にはいつのまにか仲良くなったように見えた。

 リーシアは二人から距離を取り、静かに着いてくるゼオの隣に移動した。

 二人はリーシアが移動したのを目で追いながら、そのまま互いに言い合っていた。

 ゼオはリーシアが隣に来ても笑いかけただけで、特に何も話しかけてはこなかった。

 一番話したい件は口に出せないので、それ以外への興味が続かなかった。


 学園の周辺は貴族など富裕層の屋敷やその庭園があり、平民が生活する町までは距離がある。

 外出する生徒達は基本乗り物を呼ぶが、リーシア達は話もあるし、町に自然に紛れ込むために門から徒歩を選んでいた。

 富裕層の住宅街から乗り付けたら身分を仄めかしているようなものだし、平民は少しの移動に乗り物を使わない。


 住宅街の終わりが見えてきて四人は立ち止まった。

 カイがちらりと、後方の学園側へ目を向けた。

 リーシアはそれを見てジオへ視線を向けた。

 ジオはカイに向けて意地悪そうに笑った。


「もう帰りたい?

 お貴族様には町へ出るのが怖いって人もいるらしいし?」

「ばーか。

 俺はただの平民だ。

 何も怖くねぇよ」

「そりゃあ心強いね。

 予定通り、シアの気の向くままの散策と行きますか。

 お小遣いはちゃんと持ってるかな?お嬢ちゃん」


 四人は念のため、リーシアを『シア』と呼ぶように決めた。

 カイは私服なら学園の生徒に見えないため、そのままで変えなかった。


 生徒はお金を持ち込めないため、外出時は学園を通して保護者から経費が届くか、身分証明から領地へ請求書を届ける仕組みだ。

 今回リーシアは紙幣数枚を入れた財布を首からかけて服の中に隠していた。

 今まで聞いたカイの町に関する雑談を思い出しながらそれを選んだ。

 リーシアは胸元に手を置いた。


「えぇ、大丈夫よ。

 紐を付けて服の中に入れてるわ」

「ハイ、ダメー」


 リーシアはなぜ否定されたのかと首を傾げ、カイも顔をしかめて不審そうにジオを見ていた。

 ジオは道の端に三人を集め、辺りを確認した。


 ジオは指を一本立てた。


「財布なんて貧民は持ち歩かないぜ」


 カイは呆れたように言い返した。


「そこまで治安の悪い町じゃねぇからここ……

 あと『お忍びの商家のお嬢様』だから財布持ってていいから」

「少しでも『お嬢様』から離れとこうぜ。

 財布はやめて服のポケットにそのまま入れて」


 ただ指示を出しただけなのに、ジオは二本目の指を立てた。


 指の意味が分からないながら、リーシアは紐をたぐった。

 外すのに髪が邪魔になって手でまとめて流し、財布を引っ張り出した。

 ふとカイが凝視しているのに気付き、リーシアは何かおかしかったかと見つめ返した。

 カイは顔を赤くして顔ごと逸らした。


「何かおかしいです?」

「口調が戻ってるぞ、シア。

 胸から物を引っ張り出すなんてはしたないぜ?

 大事な物を袋に入れて首からぶらさげるのは小さな子供や野郎がやることだ。

 やるなら人前では出さなくて良いものにしておけ」

「はい……?」


 よく分からず、リーシアは曖昧な返事をした。

 ジオの発言の裏を読めば、子供でない女がすれば恥ずかしい行為、となる。

 確かに人前で胸元から物をひっぱりだすなんて、通常であればリーシアも選ばなかった。

 小さなトップのペンダントならともかく、ある程度の大きさがある財布だ。

 しかし今は町の人に合わせるためという判断を狂わす目的があり、周りにいるのは護衛と友達という感覚しかなかった。


 ジオはゼオに視線で合図し、少し離れてからカイを呼んで何か話し始めた。

 リーシアも困ったようなゼオに呼ばれ、近い距離から小声で説明を受けた。


「物を動かすとそこに目が行くから止めた方が良いよ。

 特に……ええと、これは純粋に注意として聞いて欲しいんだけど、服の中から物を出すって言うのは、服の中を想像させるから」

「服の中を?」


 『純粋に』受け取りすぎて、リーシアはすぐに意味が分からなかった。

 ゼオは少しだけ頬を赤くした。


「見た男が君にいやらしい想像をするって話。

 ……ジオの馬鹿野郎が。

 こんな事俺に言わせやがって」


 背を向けたゼオを見ながら、リーシアの中に意味がじわじわと染み込んできた。

 以前ジオにされたように、単に性的な話を向けられたのなら恐怖や嫌悪も出た。

 しかし今回掛けられたのは『純粋に』注意の言葉であって、しかも自分の至らぬ行動へ対する指摘だ。


「すいません、あなた方に良からぬ誘いをしたかったのではなくて、思い込んでいて」

「さ、誘うとか言わない」


 振り向いたゼオは、真っ赤になり恥ずかしがるリーシアを見て、自分も顔を真っ赤に染めた。

 リーシアは恥ずかしさからうっすらと涙を浮かべて、目もしっかり合わせられず、かといって視線を合わせないのは失礼に思えて、自分より背の高いゼオをちらちらと見上げた。


 ゼオも男だった。

 いかにも純真な少女が恥じらう姿にも、性的な話を上品に紡がれるのも、逆に卑猥さを感じてしまった。

 しかも気を許しているのか――危険がないと知っているためか、リーシアはあちらこちらに無防備さが滲み出ている、とも感じていた。


 髪をまとめて晒された白くて細い首筋、胸元で服の中を動く物体、引き出す動きで柔らかそうに揺れた膨らみ――

 基本的に、貴族はゆったりとした滑らかな動きを身に付けている。

 爵位を持ち主力として働く男性貴族は別として、淑やかさが求められる女性はそれが顕著だ。

 ゆったりとした動きで首筋の美しさと胸元のラインを見せつけられたようなものだった。


 ゼオは小さく溜め息をついた。

 

「シアはもう少し男の目を気にした方が良いよ。

 俺達は無自覚って分かってるから良いけど、下手な相手なら気があるかもって勘違いして喜ぶし、そうじゃなくても変な男を引っ掛けるかもしれないし、シアが気になって好きになる男が増えたら厄介だろ?

 いや、変な奴に限らなくて」

「それはありえませんわ」


 言い切ったリーシアの言葉に悲壮感はなく、単に現実を告げるような響きだけが含まれていた。

 リーシアには男の人に好かれるという実感がない。

 逆にどうあがいても自分には女の魅力はないのだと、エイゼンとの未来で思い込んでいた。

 リーシアの笑みは穏やかで、少し寂しげなものになった。


「私は何をしても望まれません。

 私がどう振る舞おうと――」


 言いながら、リーシアはもう訪れない未来を思い出した。

 どんなに辛くても、抱き締めてくれたルクレイスの姿を。


「……ごく稀になら、あるかもしれませんね」

「ごく稀じゃなくて……」


 ゼオは俯き加減のリーシアを上から下へ眺めた。

 髪はさらさらと流れ、肌は滑らかだ。

 誰もが振り向くような絶世の美少女ではないが、可愛らしい顔をしている。

 貴族なのに鼻につく話し方もなく、向けられる笑顔はむしろ明るくて可愛らしい。

 たまに見せる寂しげな雰囲気も、普段の明るさと対比して庇護欲を煽る。

 ゼオから見ても、リーシアは女の子として十分に魅力的だった。

 前回の初顔合わせが終わった後に、ジオですら可愛い子達だったとにやにやしていた。


 貴族達の中でリーシアがどう評価されるのか、ゼオには分からない。

 けれど町中でなら上質な暮らしで磨かれた見た目は十分に美しく、その上品さや優雅さは目を引くだろうとしか思えなかった。


「もしかしてシアは自分が可愛いと思ってない?」


 不安もなく冷静に自身を評価できる人間は珍しいが、ついゼオは呟いた。

 リーシアはおかしそうに笑った。


「学園のお友達に可愛いらしい方が沢山いますもの。

 そんな思い上がりはいたしませんわ」


 全くの本心からに思えて、ゼオはジオへと助けを求めるような視線を投げ掛けた。

 リーシアもゼオにならってそちらを向いた。

 カイとジオの密談はもう終わっているようで、二人とも渋い顔でリーシアとジオを見ていた。


 リーシアは何か悪い事をしてしまったかと首を傾げ、ゼオは深い溜め息をはいた。

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