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もう愛を夢にみない  作者: 藁の家
自由な人
76/124

町へ 1

 リーシア達の学ぶ学園は週に一度休日がある。

 寮から出るには許可が必要で、許可は正当な理由がなければおりない。

 ほとんどの生徒は友人らと過ごしたり、課外活動をしたり、図書室などで自習をしている。


 そんな中で、極少数の生徒は外に出て活動をする。

 例えば異能者二人は王城へ呼ばれて卒業後の擦り合わせなどをしている。

 一般的な生徒は保護者から必要な実務や研修があると要請があり、本人も納得し、学園が認めた場合に外出していた。




 リーシアは学園の門で、外出する生徒らからの視線に気付かぬ振りを貫いていた。

 カイが少し距離を置いてリーシアの近くに立ち、リーシアはカイヘ話しかけるのに集中している振りをしていた。

 向けられる視線に含まれるモノは様々で、下手に反応して話しかけられたくなかった。

 カイヘ話しかける内容は、何度も確かめた町での振舞い方、それに迎えにくる二人の説明で、カイには緊張しすぎと苦笑されていた。


「落ち着けって。

 そんなんじゃお忍びのお嬢様そのものだぞ」

「カイ様、言葉がまた崩れておりますよ」


 からかいで和ませようとするカイへ、リーシアも余裕があるのをからかい返して伝えた。

 カイは意地悪っぽく笑ってみせた。


「町中ではこっちって言っただろ?

 リーシアさんこそ外で崩して喋れるのか?」

「まだ門の中ですもの」


 リーシアはくすくすと笑い、カイはわざとらしく拗ねたようにそっぽを向いた。


「まぁでも、そんな格好でもフツーの町人には見えないな」


 外出の生徒達は制服を着用するが、リーシアは外出の目的から制服でないワンピースを着ていた。

 いかにも教育の行き届いた裕福な家の娘に見えた。

 付き添いのカイも制服ではなく、裕福な町人の子を思わせる装いをしていた。

 カイも行儀作法が身に付いて来たといえ、貧しい家の出身で、リーシアと似たような質の服なのに町人然としていた。

 カイは何かの祝いに一帳羅を羽織った町人のような雰囲気だった。


「私が振る舞うなら中小商家の娘までです。

 かけ離れ過ぎれた姿は綻びが出て怪しく見えますもの」

「ま、治安の良い町だから良いけどよ」


 けど、の含む意味を、リーシアは推測した。


 貴族令嬢だけでなく商家の令嬢も悪い輩には狙われる。

 治安の良い町だから良いけれど、そもそも護衛の二人は信用出来るのか。


 含まれているのは恐らくこの二つだと、リーシアは分かっていた。

 それは否定出来ない懸念で、カイを安心させられる備えはない。

 ただ未来を視て安全に行く。

 リーシアにはその手段があるものの、カイには話せないし、この日はぼやけていてはっきりと視えなかった。


 この日だけでなく、最近視るリーシアの未来はぼやけていた。

 決まってこれが起きると言うような行事はしっかりと視えるものの、自分が何年後に何をしているのか、分かる姿が視えなかった。

 ただのんびりと椅子に座っていたり、ヴィジット領の名所を眺めていたり、そんな穏やかな日々がぼんやりと視えた。

 危険は恐らく過ぎ去ったと言える。

 見えないのは同じ未来視の異能を持つゼオの影響だろうかと、リーシアはぼんやりと思っていた。


 今日の日中の予定ははっきり視えないが、部屋に戻った自分がユレアノと笑みを交わしながら会話しているのは視えていた。

 だから今日の外出に特に不安はなかった。


「きっと何も起こりません。

 ジオ様もゼオ様も悪い方ではありませんわ」


 微笑むリーシアに、カイは眉を寄せて苦い顔を向けた。

 準備の出来た生徒達は門からもう外へと出て去っていて、内側にいるのはリーシアとカイ、それと門を守る警備員達だけだった。

 ジオとゼオが学園内の者と顔を合わせなくて良いように時間はずらしていたものの、このままでは遅刻して来そうだった。


 カイは警備員をちらりと気にしながら、小さな声で迷うように言った。


「リーシアに聞くかどうか迷ってたけどさ、そいつら兄弟か?」

「……聞いておりません。

 見た目は全く似ておりませんでした」


 懸念に気を取られたカイはリーシアを呼び捨てにしたが、リーシアも注意はしなかった。

 カイはためらいがちに続けた。


「カチュアも胡散臭いって言ってた。

 揃えて付けたような名前で、兄弟じゃないって?

 しかも身元の保証も無いんだろ?

 ……俺も、異能じゃなければそんなもん無かったけどさ」


 リーシアはやわらかい微笑みのまま答えた。


「名前が似ているのが切っ掛けで親しくなったのかもしれませんよ」

「そりゃ……そういう可能性もあるけどさ」

「ジオ様もゼオ様も悪い方とは思いません。

 それにカイ様を信じておりますもの」


 にこにことして告げるリーシアに、カイは目を見開いた。

 数秒して、カイは顔を真っ赤に染めた。


「ちょっ、どういう……何の?え?」

「カイ様は私を守ろうと来てくださったのですよね。

 入学して、出会ってから一年と少しですが、カイ様が信用出来る善い方なのはもう知っております。

 何かあっても守ってくださいますし、そうなれば私は邪魔にならないよう、カイ様に従う覚悟は出来ております」

「…………」

「良いお友達に巡りあえて、私は幸せです」

「……恥ずかしいコト言うんじゃねぇよ」


 カイは言い捨ててそっぽを向いた。

 その口調には怖いと感じさせる乱暴さはなく、ただの照れ隠しで、リーシアはくすくすと笑って見せた。

 リーシアにとってカイは結ばれる相手の決まった人で、恋愛の対象外にいる。

 カイに限らず、リーシアは意識していないからこそ、異性相手でも他意なくあからさまな好意を示し、距離感もおかしくなっていた。

 気が無さすぎて、逆に気があるような言動をしてしまう状態で、逆に相手の気持ちを感じ取ったとしても本気とは考えない。

 異性への好奇心か、良くて一時の気の迷いだと考えている。

 親しい相手だからこそ間違えそうな気軽さを発揮し、親しい相手だからこそ勘違いせず、しかし異性として意識させてしまう捻れた距離感にいた。

 カイの揺らぐ内心に気付かぬまま、リーシアは良い『友』への感謝をする。


 リーシアが楽しく、カイが恥ずかしい思いをしながら話していると、警備員から護衛が着いたと声を掛けられた。




 ジオは再会や初対面の挨拶より先に、リーシアを内緒話に呼んだ。

 カイが止めるものの、離れすぎず見える場所にいる条件で、リーシアはジオと離れた。

 カイは眉を寄せて、リーシア達から目を離さないよう睨むように見ていた。

 ゼオはカイからもリーシア達からも離れた位置で様子を伺うように佇んでいた。


「あいつ大丈夫?」

「カイ様は信用出来るお友達です。

 私を心配してくださって。

 何回か一緒に出かけて安心出来れば私だけで来られると思います」

「やっぱりこの前のリボン着けてないな」

「リボン?」


 リーシアはブローチの話だと気付くのに少し時間がかかった。

 ジオにしてみればアクセサリーの名称はどうでもよく、見た目からリボンと言う表現になったのだろうとは察した。


「あぁ、ブローチか」


 ジオはリーシアの内心に答えた。

 それは自身で名称の勘違いに気付いたと言える範囲内で、かつジオが読心を使っていると暗に告げる言葉でもあった。

 ジオとしてはカイの心に気になる点があったと匂わせたのだが、リーシアはそこまでは気が付かなかった。

 信頼するカイへの疑心を仄めかされても、自身の中に無いために鈍くなっていた。


「あれ付けてないのはわざと?」

「はい、狼狽えるような状況があるといけませんので。

 ――落とすと悲しいですもの。

 もう少し町に慣れてからにします」


 言いながら、リーシアは心で別の返答を繰り返した。


(まだ使い慣れていません。

 心に答えてしまったり、聞こえた事に動揺しては怪しまれるので、付けられません。

 けれど後でお話はしたいです)


 ジオは頷いた。


「はしゃいで引っかけるかもしれないしな。

 落ち着いて行動出来そうなら合図するから着けてみればいい」

「はい?」


 ジオが何が言いたいかは分からなかったが、リーシアは取り合えず頷いた。

 ブローチを使って内密に話したいのは伝わっているはずだが、ジオの言い方は会話以外で使わせようと促しているようにも聞こえた。


「隠れて何をそんなに話す事があるんだ?

 変な話なら分かってんだろうな」


 カイの低められた声は大きく、物言いも乱暴で、自分に掛けられたのでないのにリーシアはつい身を固くした。


「悪い悪い。

 脅さないでくれよ、怖いなぁ」


 ジオはへらっと笑った。


 さりげなく一歩踏み出して、まるでリーシアを後ろに庇うような位置に立った。

 リーシアは自分に何も危険が無いと知っているが、自然な動作で守られて、ジオへの印象がまた変化した。


 カイはそんなリーシアの内心には気付かず、ジオへ向ける眼光を厳しくした。

 

「平気そうじゃねぇか。

 喧嘩売られて笑ってるようなヤツは怪しいって決まってんだろうが」

「そりゃ言い掛かりだ。

 貧民は泣いてうずくまるか笑って耐えるかしかねぇんだからな。

 俺は諦めたくないタチなんで笑う事にしてるんだ」

「……」


 リーシアには脈絡のない発言に聞こえたが、カイにはそうではなかったようで、睨み付けるような表情が少し揺らいだ。


「睨まれて疑われて、怖くない訳じゃない。

 俺達は貴族様に仕える礼儀を勉強中でな、今はやれるようにしかやれないからな」 

「開き直るな。

 それに礼儀とかじゃなくてこそこそすんなって言ってんだ怪しい」

「伯爵様の信頼を得て来てるんだから、俺達を疑うってのは伯爵様を疑うってコトですよ旦那」

「っ!」


 今までもその反論は出来たはずなのに、どうして今になって、とリーシアは不思議に思った。

 カイは『旦那』では無いとも思ったが、町中では空気を読んでそう言う使い方もするのだろうと流した。


 リーシアは自身の経験に基づいて、ジオが言う通りに父を疑った。

 提出可能な証拠ではないが、未来視で父が判断を間違う場面もあった。

 リーシアは事実として父が間違えると知っており、信じられない後ろめたさはない。


 カチュアはリーシアの異能の不調を知り、タイミングの良すぎる彼らを疑わざるを得なかった。

 カチュアはリーシアの父を疑うとかどうかよりも、二人の主張やその存在自体を疑っていた。


 警備員は他者の思惑に関係なく、見えたものをから安全を判断する権利と義務を与えられている。

 そのためにも警備員は、逆に関係者の思惑に目を光らせて、見たまま捉えるだけでは引っ掛かるような見掛けだけの罠には騙されないよう心掛けている、らしいとリーシアは聞いている。

 警備員もカチュア寄り、むしろ裏のやり取りを情報として知った上で更に厳しい目で監視していたかもしれない。

 

 リーシアにも、カチュアにも、警備員達にも、『リーシアの父を疑うのか』と駆け引きは無意味だった。

 それを理解して行動していたからだ。

 しかしカイは貴族社会にまだ慣れきれず、また知識としては知りつつある。

 駆け引きの存在を知りながら対応できない段階だ。


 カイは気まずそうにチラチラとリーシアを見た。

 そもそもリーシアは先日、カイ達には父の信頼する人を信じると言い切っている。

 カイの動揺具合はそれだけではなさそうだったが、思い付く事がなかったため、リーシアは頭の隅へ避けた。

 実際には、カイは伯爵位の人物を疑った不敬への恐れもあったが、『父を疑った』とリーシアに悪く思われないか不安に思った部分が大きかった。


 リーシアはカイに困ったように微笑んで返した。


「ご心配ありがとうございます。

 お二人は私の護衛をしていない時間に従者としての学習をしているそうです。

 ただ父としてはお二人を友達と考えていると思いますので、私的な場面での礼儀作法は強制ませんわ」


 リーシアの言葉にカイだけでなくジオも妙な顔をした。

 リーシアは首を傾げた。


「お父様もお母様も色々な身分のお友達をお持ちです。

 私の護衛のために作法などを学んで頂いているだけだと思いますわ。

 貴族的な作法に関わらない方との交遊は、関係者だけの部屋へご招待して普段通りにくつろいで頂いてます」

「変わってるな」

「変な貴族」


 カイとジオは似たような意見をこぼして、思わずといったように顔を見合わせた。

 カイは渋い表情で嫌そうに、ジオは面白がるように笑っていた。

 二人の気は合いそうで、リーシアは小さく笑んだ。


「ただの友達で居られる空間は必要ですもの。

 他の方の目がある場所でのお付き合いがある方にはお父様もお母様も厳しいのですよ?」

「そうかなぁ?」

「えぇ、ですからそちらの確認はさせて頂きますわ」


 にっこりと、わざとらしく見えるような笑みを作ったリーシアを見て、カイは唇を引き結んで後ずさった。

 ジオは不審げにカイとリーシアを見比べた。

 ゼオはそれまで離れた場所で傍観者となっていたが、リーシアに呼び寄せられた。


 リーシアは二人を並べて指導を始めた。


「まず、お二人は私の従者、護衛として学園にお話が通っております。

 ですので相応しい振るまいでないと今後の予定に影響が出るだけでなく、ヴィジット家を下げる事になります。

 公私は切り分けますわ。

 お二人はなぜ遅刻を?」


 リーシアとカイだけが取り残されているのは、他の生徒達と会わなくて済むように時間をずらしたためだ。

 しかし二人はそれよりも遅れてきていた。


「時間通り来たんぜ?

 けど門番がさぁ」

「こうした場面ではまず謝罪です。

 理由に関係なく主の命令を果たせなかった謝罪をするのが従者に求められる振るまいです。

 初めて訪れる場所に時間通りに来るようでは遅いですわ。

 主人を待たせぬよう予期せぬ事態に備えて前準備をし早い時間に動かなければいけません。

 そうしていれば確認に足を止められても間に合いました。

 それから相手の役職や名前を間違えてはいけません。

 生徒の従者で相手の名をお伺いしていないのでしたら『警備員さん』とお呼びするのが一般的ですわ」


 ぽかんとするジオ達に、リーシアは一つづつ駄目出ししていった。

 カイは苦笑いしながら三人を眺めていたが、警備員達は離れた場所で満足そうにリーシアの『従者教育』を見ていた。

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