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もう愛を夢にみない  作者: 藁の家
自由な人
75/124

後日 3

 リーシアが外出の調整をしている間に、ルクレイスから連絡があった。

 直接イシュテに手渡されたのでなく、リーシアの本の間に手紙が挟まっていた。

 リーシアはイシュテにはメモや手紙で何度か接触しているが、対面にはもう少しの時間が掛かりそうだった。


 ルクレイスからの手紙には幾つかの質問があった。

 一つ目はルクレイスとリーシアが寄り添った場合に現れる敵に関してだった。

 おおまかにはこんな内容だ。


『リーシアと親しくして、国を巻き込む規模で力を持った敵対しそうな相手は見つからない。

 逆に各自を狙う者の中に、煩く感じる程度の相手ならいるが、この中に居そうか』


 そこで上げられた中に宰相の名前はなく、リーシアは返事に該当者なしと入れた。

 次に書かれていたのは政治的な件だった。

 大事な話なのに、威圧感もなくさらりと読めるように書かれていた。


『国の未来について中央が動けば変わりそうな悪い事件があれば教えて欲しい。

 例えばヴィジット領で準備しているのは何についての対策か』


 これに関しては父との相談がいるため、ルクレイスに知られていた件も含めて返答不能だった。

 ぼかしてやり取り可能な話でもなく、万が一を考えると運送に他者の手が絡む手紙に織り込みたい内容でもない。

 どこかで帰省の許可を得て領に戻る必要があった。

 全寮制は伊達ではなく、やむなしと認められない限りは決められたタイミング以外での帰省は出来ない。

 卒業後に領主を継ぐ生徒に関しては、領の催事で帰省可能な場合もあるが、リーシアのように卒業後がまっさらな生徒には許可はおりないはずだ。


 リーシアは父母と対面での相談が必要なため、次の規制日程まで不可能だと返事を書いた。

 ユレアノやカイも卒業までは学生の扱いで、表だっては異能者としての労働を強制されない。

 リーシアには隠匿の罪があるものの、大きく罰せられはしないと構えていた。

 明かせば国家の大事になると正当化して伝えてあるし、ルクレイスが味方についてくれている。

 宰相も敵対していなければヴィジット家の心強い味方だ。

 過去のいつだったかの未来視では、罪人として監禁されて国のために常に力を使い続けている時もあった。

 今はそんな光景は視えないので、強制されて何かさせられる事もないと考えた。


 他にも幾つか報告や確認のような問いが続き、最後には外出の件が書かれていた。


『二人の男と外出する予定と聞いた。

 出身や経歴の確認はしなおしたか?

 彼らはただの案内か?』


 リーシアは悩んだ。

 二人の正体を勝手に伝える事はあり得ないので、明かすかどうかの迷いではない。

 ルクレイスがどこまで気付いているか、全く気付いていないなら肯定だけで良いが、何かを掴んでいるなら返答が難しい点だ。

 嘘を付けば信頼関係が揺らぐ。

 リーシアも、ルクレイスが一つの嘘も疑っていないとは考えていない。

 けれどルクレイスがリーシアの異能を飲み込んでくれているのに、二人の異能に関して嘘を付くのは不誠実に思えた。


 リーシアは書けない部分は書かないで返答した。

 答えられる範囲に関しては、ルクレイスなら調べは付いていそうだが、あえてそれだけを書いて町へ出る説明を答えとした。

 二人はリーシアの卒業後の進路を共に考えてくれる者達で、『ただの』ではなくリーシアの専従として学園の近くに居を構えるらしいと書いた。

 他所から旅をしてきた移民で出身や経歴は確認出来ないものの、ヴィジット領へ落ち着き、父母の信頼を得ているとも書いた。

 こうすれば領と領主家族の問題になる。

 ヴィジット領は自治を大きく許されているため、ルクレイスといえ王族だからという理由では介入出来ない。

 介入された所で、後継ぎですらない変わりものの一人娘の卒業後の道楽を見繕っている、そう答えればそれまでだ。

 

 ――リーシアはルクレイスの問いの意図に全く気が付かなかったのだ。




 ルクレイスが尋ねたかったのは、確かに二人の経歴などへの不審点もあったが、リーシアの婚約者候補かどうかという点だった。

 ルクレイスはまだリーシアを諦めきれていない。

 むしろリーシアから守ると誓われたあの時に、より強く心を奪われていた。

 実際にリーシアが何を視ているのか、ルクレイスは知らないし、分からない。

 大切な相手なら分からないこそ深く慮ってしまう。

 リーシアの儚げな肢体をどんな苦しみが押し潰そうとしているのか、ルクレイスは課題が解ければ寄り添えるのではと考えていた。

 二人が手を取った未来に、誰がどうして敵となるのか。

 ルクレイスは手紙には詳細を書かなかったが、多方面へ調査を伸ばしている。

 様々な伝を頼ったのに、全く手がかりは無かった。

 リーシアが嘘をついている可能性も考えたものの、ルクレイスは信じる所から初めてしまっていて、都合の悪い話を嘘だと切り捨てられなかった。

 ルクレイスはまだ諦めきれずに調査を続けている。




 リーシアはそんなルクレイスの葛藤にまで気付かない。

 リーシアに視えるのは、ルクレイスが諦めたという未来だけだ。

 変化してまた破滅が訪れる懸念は残しつつ、未来が変わるとすればリーシア自身の行動によってのみだ。

 リーシアは叶わぬ未来で与えられたルクレイスからの愛を心の支えとして胸にしまい、二人で作る未来はルクレイスのためにも完全に手放していた。


 リーシアは必要事項だけ連ねた色気の欠片もない手紙を、イシュテが拾う場所へそっと置いた。

 ルクレイスへの手紙だけでなく、イシュテへの手紙も置く。

 読んでくれるのも、それで次第に心を動かしてくれるのも、リーシアには視えている。

 イシュテと早く仲良くなりたいと、焦りすぎないよう気を付けながら、視えていた未来よりも速めて近付いていた。



ο ο ο



 イシュテには諦めきれず手を伸ばす主が哀れに思えて、リーシアを苦手に思っていた。

 そもそも未来が分かるというのがイシュテには理解しかねていた。

 変わるなら分かっている訳ではないし、変えられないのなら分かるとは言えない。

 しかも親しくすらない他人の未来すら自在に知る事が出来るというなら、自分の未来を勝手に調べている可能性もあると思えた。

 そうなら気持ち悪いし、羞恥で怒りすら覚えかねない。

 呼び掛けずただ手紙を残していくのも気に障った。

 イシュテが手に取ると知っているようで、実際に知っているのだからイシュテの未来も知られている訳で、リーシアの思惑通りに動かされている気持ちになっていた。


 ただそういった感情を一切遮断してリーシアを見ると、礼儀正しくて大人しい、かよわそうな少女にしか見えなかった。

 友達と話している時も控えめで、自分が話すより聞いている方が多かった。

 けれど意見を求められたり、新しい案が必要とされていたりすると、さりげなく加わって周りを盛り上げる。

 特に仲が良いのは四人ほどだが、他の者達からも好かれているようだった。

 目立たないのに、居なくてはいけない存在感があった。


 だというのにリーシアには儚げな印象が付きまとった。

 大人しく静かな物腰に加えて、稀に悲しげにぼんやりとしているためだろうと、観察するイシュテは考えた。

 それは特に近くに誰も居ない時、つまりただイシュテが見守っているだけの時、リーシアは酷く暗い表情を見せる。

 遠くを見つめてぼんやりとしている姿は、年相応には全く見えず、何もかも諦めたような哀れさが滲んでいた。


 その儚さを見かける内に、イシュテの中の気持ち悪いという嫌悪は、大丈夫かという心配へと変化していった。

 人の未来を盗み見るいやらしい者という決めつけが、未来を背負い苦しめられてる幼き者へと変わっていった。


 そうなると騙されているからではと疑っていたルクレイスの言葉や、懐柔のためと勘ぐっていたリーシアの手紙が、『真実』として脳裏を過るようになった。



 ルクレイスはイシュテへ語った。


『彼女は未来と戦ってきた強い人だ。

 他者のために己の幸せを手放す決断が出来る優しい人でもある。

 それほどの芯が出来あがるのに、幼い内からどれだけの現実を見せつけられ、多くの可能性と向き合い、希望を諦めざるを得なかったのか。

 せめて幸せの手段の一つとしてでも、彼女を支えたいと思った』



 リーシアのイシュテへ向けられる手紙には、ルクレイスに伝えるためではなく、イシュテへ向けられた言葉が書かれている。

 そこに何をどうしろと言った指示もない。

 その日のリーシアの予定や、姿を見失ってしまいそうな時間帯の居場所がかかれている。

 温度のない事務的な内容がほとんどだが、たまにおかしな一文が書かれている時がある。


 ――バラの棘が延びています。


 イシュテは何かの比喩かと疑っが、日常を過ごす内に意識から外れ、通りかかった垣根で指に小さな傷を負った。

 それは気にするまでもない小さな傷で、避けようが避けまいが対して影響のない怪我だった。


 こんなどうでもよい怪我、と思った後、イシュテは胸が騒ぐのを感じた。

 ルクレイスから伝え聞いた、リーシア手紙に書かれていたらしい言葉が過った。




 良い未来に続く悪い事も、悪い未来に続く良い事もあります。

 良い未来であれば、気付いても変えないように努めます。

 悪い未来であれば、全力を以て流れを変えます。




 どうでも良い些細な怪我だからこそ、教えてくれたのだ。

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