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もう愛を夢にみない  作者: 藁の家
自由な人
73/124

後日 1

 体調不良名目で休んだ日の翌日、リーシアが授業に向かうと、友人らはいつも通り暖かく迎えてくれた。

 体調を心配する人、創立記念日にはしゃぎすぎたかとからかう人、手を貸そうとしてくれる人。

 リーシアは優しくて暖かい輪の中にいる自分を噛み締めた。

 いつも通りに悪い事は考えずに笑んでいようと、目の前の出来事にだけ集中した。


 あの日、誘いに来たナイセニアに一度断りを伝えたのが上手く働いてくれていた。

 リーシアが誰かと二人きりで話をしていた、なんて噂は出回らなかった。

 ルクレイスも同様で、ルクレイスはずっと王族としての仕事をこなしていた事になっている。

 なっていると言うより、異能者の詰問とするなら正しくすらあった。


 しかしエイゼンは、苛められていたとある女生徒を助けたと、ひっそり噂が広まっていた。

 好意的に受け止められる内容で、もちろん女生徒とはユレアノだ。

 噂では何故かユレアノは特定されていなかった。




「さすがですわ。

 お優しくて、勇気があって」

「危険な事態に見舞われるのは嫌ですが、私も素敵な方に助けられたいですわ」

「エイゼン様は最近婚約が無くなりましたわね。

 これがきっかけになって二人が、という可能性も?」

「あぁ……どなたなのでしょう、ずるいわ。

 助けられたのが私なら」

「そんな出会いなら余計に輝いて見えたでしょうに。

 なら私だって」




 数日後には、庭園でそんな風に話をする女生徒達がちらほらといた。

 本心から妬んでいるのではなく、くすくすと笑いながら冗談のように話していた。


 カチュアが気遣うようにリーシアを見た。

 

「大丈夫?

 ここは背の高い木も多いから。

 見晴らしの良い場所へ行かない?」

「大丈夫です。

 この場所が一番――良いと感じまして」

「そう……?」


 ジオの言う通り能力は戻っていて、視えづらい場所は残っているものの、問題なく視えるようになっていた。

 リーシアはしばらくユレアノと一緒に居るのが辛いため、部屋には戻りたくなかった。

 部屋にいると体調を心配したユレアノが空いた時間に様子を見に来るためだ。

 元気で過ごしていると見せるため、リーシアは放課後も部屋にすぐは戻っていない。

 今までだったら、いつものメンバーでいつもの教室に集まったまま過ごしていた。

 集まった後、リーシアはさりげなく抜けたり、異能者の講義が残っているユレアノを急かしたりしていた。

 催事が終わった後で異能者二人は課題が多く、リーシアの変化に気付いたのはカチュアだけだった。

 しかしカチュアも気のせいかと感じている程度で、確信があるほどではなかった。


「カチュア様、実はお話したい事があります」

「そうね……待ってたのよ?」

「ごめんなさい。

 中々二人でお話しできる機会が見つからなくて。

 ここでなら、内緒話もしやすいですよね。

 声さえ抑えれば」


 わざと拗ねたように言うカチュアに、リーシアは笑んで言葉だけで謝った。


 この、人の会話が聞こえてしまう場所で、あえてこんな言い方をした意味はきちんとカチュアに伝わる。

 カチュアは誰かに聞かれている前提で返事をしてくれると、リーシアは知っている。


 二人は声を潜めた。


「今まで殿下からお茶会のお誘いがありましたよね」

「そうね。

 ユレちゃと……ううん、異能者二人と親しい相手と会話したかったとかよね?」

「そのようですね。

 特にユレアノ様には自由な部分がありますから。

 私の目には純粋で魅力的な様子に映りますが、責任あるお方は危ぶまれるのかもしれません。

 今後殿下と交遊の深いエイゼンがユレアノ様達と親しくなれば、そちらから情報を得れば良いのですもの。

 私達が誘われる事はなくなるのではないかと思います」

「そうかしら。

 猫を被っているか確認のために誘われるかもしれないわ」

「隠された本性があると、それを知りたいと言うなら、私達より親しくない方々にお声を掛けるかと思いますわ。

 ユレアノ様はどこまで深く調べても善人でしかありませんけれど」

「もうー、本当に仲良しなんだから」


 カチュアは呆れたように笑った。

 リーシアはつい死角になっている方へ視線を向けた。


「ええ、大好きなユレアノ様がエイゼンと親しくなって頂けると私はとても嬉しいのです。

 友達だからもありますし、このまま殿下からのお声かけが続くのも畏れ多いですし、ユレアノ様自身が今後必要になる繋りも増えますし、良い事ばかりです」

「言われて見ればデメリットがないわね。

 ユレちゃに卒業後、私の仕事に噛んでくれる念書でも書かせようかしら」

「それは叱られますわ。

 異能者を許可なく私事に巻き込めば王家が黙っていませんもの。

 異能の種類、出自の貴賤に関わらず、その価値を認めるとのお言葉があります。

 学園内にも監視の目があるなんて噂までありますよ。

 もっとも、学園に通う生徒の素行は元々然るべき所へ報告が行っているそうで、大人しく、目立たないのが一番です」

「リィちゃがそれを言うの?」

「勿論です」


 カチュアは会話が進むにつれて、これが現実である認識がぶれるのを感じた。

 劇に乗せられているような、望んだ返答を得るための言葉を投げ掛けられているだけのような、自分の言葉が本当に自分が導いたものなのか分からなくなった。


「カチュア様?」

「あ、ごめんね。

 少し気が散っていたわ」

「ふふ、大丈夫ですよ。

 ぼんやりとしてしまうのは私の方が多いですし」


 リーシアが声を潜めるのをやめたため、カチュアはリーシアのしたかった事が終わったのを感じた。

 カチュアは事前の説明がなかったのを不満に思いつつ、説明無い方が良い結果なのかとも推測した。

 それはカチュアにとって、とても悔しい可能性でもあった。



 リーシアはユレアノが苛められているのも未来のために放置した。

 カチュアは商人の損得勘定が根幹にあるため、仕方ないと割り切れる思考もある。

 けれどその判断から自分が外されるというのは、戦力外と通告されたようなものだった。

 良い未来へ繋げるために、相談してはいけないと判断されたとしたら――未熟だという事だ。



 一方でリーシアはカチュアが危ぶむほどの考えは持っていなかった。

 リーシアが策士で人を狙い通りに動かせるなら、本当はカチュアから『ユレアノに嫉妬していないか?』という質問を引き出したかった。

 リーシアがどう動いても難しそうで、頼んでも上手くいかなくて、それは諦めていた。 

 

 リーシアの貰ったブローチは、魔石が傍目には見えないよう隠されている。

 ただのアクセサリーなら学園内では身に付けられないので、リーシアは手荷物に入れて大事に片付けてある。


 リーシアが読心の出来る状態で普段から行動出来るならば、未来視の可能性は大きく広がっていた。

 ――その場合は同時に、傷付けられる精神的負担と、力を使い続ける疲労も大きくなる。

 それもあってリーシアは読心はしておらず、人の内心を読めない状態で未来を模索している。

 リーシアは未だ、周囲の人間が現在抱く感情に鈍い部分があった。


「ありがとうございます、カチュア様。

 お部屋へ戻りますか?」

「今のは、聞かせたかったのよね?

 誰かに」


 カチュアにはリーシアが話してくれる様子がないように感じられて、つい尋ねた。


「はい、ユレアノ様に近付いてらした方々です。

 これもお部屋の方が、話しやすいです」

「……そうね」




 リーシアはカチュアの部屋に呼ばれ、先程の件とルクレイスとの会話の報告をする事になった。

 リーシア達の部屋ではユレアノが戻ってくる可能性もあるからだ。

 創立記念日の翌日は、不安や寝不足で精一杯で、詳しい話も出来なかった。

 また能力が戻っているので、未来視の話もする必要があった。

 しっかりと状況を掴めてからと、まだ詳しい説明はしていなかった。


「先程はユレアノ様を追い詰めたい方々が、私に話を持ちかけようと周囲の様子を確認していました。

 私達の会話を聞いていましたので、ユレアノ様と対立する気はないと伝わるような話がしたかったのです」

「言ってくれればもっと上手くやれたのに」

「ごめんなさい、気が付かなくて。

 一人で行動する癖が抜けないみたいです」


 それは事実でもあり、嘘でもあった。

 作業として、『誰かに相談する未来』を確認するという選択肢は、リーシアの中には常にある。

 相談するのを忘れていた訳ではない。

 相談した結果が上手くいかない時に、相談した上でその後の行動を更に相談するというのが結び付かない。

 相談に相談を重ねる未来を選択肢に入れられない。

 だから一人で未来を確認して、一人で考えて、一人で結論を出す『癖』は抜けなかった。

 力に関わる事を誰かに頼れるという認識は、まだリーシアの意識に根付いてなかった。


「今度からは相談してね?」

「ごめんなさい、ありがとうございます」

「リィに彼の事でユレちゃを責めさせようとしたの?」

「そのようですね。

 盗られて悔しくないか、そもそもユレアノ様のせいで解消したのではないか、と」

「そう……」

「何があっても私の身方だからと囁いて、ユレアノ様を学園から追い出すよう私に声を上げさせたかったようですね」

「……今まで何を勉強してきたのかしら。

 その子達」

「エイゼンが動いてくれるようですから、彼女達に関しては大丈夫です。

 ここ数日で生徒会から教師、父兄にまで連絡しているようです」

「……こわっ」

「事件を起こして罰を受けたり、貴族社会から弾かれる前にと考えたのだと思います。

 同い年の言葉では耳に入らない時もありますから。

 ……家で使用人を叩いている子もいるようで、もし癖のようにユレアノ様に危害を加えれば――」

「悪くすれば王家への反逆で重罪ね。

 異能者は、王家が抱える国の宝だから」

「先程見せた会話で伝わっていれば良いですが……大事にならないよう、彼女達が見捨てられないよう、可能ならそちらも視ていきます」

「……リィ」

「私は未来の失敗を視てから直せますが、彼女達はそうではありません。

 まだ取り返しはつきますもの。

 無理そうなら諦めますし」


 エイゼンが良いタイミングで助けに入るまでは放って置いたのに、今更、とリーシアは外に出さないよう自嘲していた。


「ルクレイス様についても解決したみたいです。

 どこかて歪んだ未来は、恐らく戻ったのかと」


 白々しいけれど、リーシアは安心したような顔を作っていた。

 戻るはずがないのだ。


 リーシアとルクレイスの未来から宰相の影は消えていた。

 今までの未来と同じように、ルクレイスは外交官になって成功し、その隣にリーシアの姿はない。

 しかしルクレイスの未来はもうリーシアにかき混ぜられていている。

 カイの幼馴染みの女性と交際する未来がなくなり、元の流れに戻った時も、以前と全く同じではなかった。

 カイと違ってルクレイスの未来はしっかり視た事がなかった。

 今のルクレイスがリーシアを諦めて、リーシアが婚約解消しなかった未来とどう違うのか、リーシアにはもう分からない。

 

 上手くいっているはずなのに、考えないよう封じ込めたはずなのに、後悔や自己嫌悪は強くなっていた。

 心の中を見られたからだと、リーシアは分かっている。

 醜い心根は、醜い行動を回避しただけで、確かに内にあるのだと、それを他人に知られてしまったのだと、絶望感があふれていた。

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