訪問者 4
箱の中身は可愛らしいリボンのブローチだった。
中央に小さな宝石があしらわれた、布とレースの可愛らしい飾りだ。
ひらひらしているが、全体の雰囲気はシンプルで大人しい。
リーシアは飾るのは好まないものの、外見に似合う上に好みにぴったりと合うデザインだった。
ひらひらとした中に魔石を埋めて隠している可能性もあるが、そうでなくとも娘を思った贈り物に、とても嬉しく感じた。
リーシアが箱の中身へ手を伸ばすのを、ジオが止めた。
「待って、それ伯爵様の娘への愛がいーっぱい詰まってるんだ。
持った瞬間それがあふれるかもしれない」
「まぁ」
リーシアは思わず顔を綻ばせた。
人を楽しませる言葉も惜しみ無く紡げる人なのだと、リーシアの中で先程ジオに抱いた苦手意識が和らいだ。
相変わらず、ジオはリーシアを見て苦笑していた。
「あふれる伯爵様の愛に驚かないよう、覚悟して?
目を瞑ってしっかり感じ取れるように握りしめて貰っても良いかな。
それで運んで来たこのジオ君への感謝もそこに混ぜてくれると嬉しいな」
「分かりました」
リーシアはくすくすと笑いながら、言われた通りにブローチを握り、父母からの愛を思い、ジオへの感謝も混ぜこんだ。
父母からの愛で力の使えない不安、未来への不安が和らいだ。
それを運んでくれた二人には、確かにありがたく感じているのだ。
「ジオ君への感謝だよ?
ゼオじゃないよ、ジオ様にだよ」
「ゼオ様もご一緒ですよね」
ふざけて見せるジオの言葉に、リーシアは笑んだままゼオへ視線を送った。
よほど仲が良いのだと、手柄の独り占めのような発言をされてもそれで遊べる間柄なのだろうと思った。
ただゼオはジオに比べて外に見せる感情の起伏が少なく見えた。
リーシアはふと、ゼオはジオをどんな風に思っているのだろうと思った。
《ジオのコト考えて。
ジオの気持ちを気にして。
ジオの考えを気にして》
「え?」
変な言葉が聞こえて、リーシアはゼオを凝視した。
ゼオは視線を逸らした。
「……何か?」
「今……?」
リーシアは背筋に冷たい物を感じた。
延々と、ジオを気にして、と言っているだなんて、何とも言えない怖さがあった。
しかしリーシア以外はおかしな言葉が聞こえた様子もなく、むしろカチュアや警備員は戸惑うリーシアを訝しげに見ていた。
ジオがにやにやと笑った。
「あ、やっぱ伯爵様の愛が聞こえた?
ノリがいいね、お嬢様!
驚かないでって言ったのに。
もう一回のって見せてよ。
ゼオじゃなくてジオ様を気にして」
リーシアの頭は一瞬でぐちゃぐちゃになった。
あれが父の言葉のはずがない。
何よりゼオの声だった。
混乱した頭を元へ戻したのはジオとカチュアの会話だった。
「ふざけないでくださる?
リーシアさんが怖がっているでしょう?」
「いやぁ、冗談に付き合ってくれたみたいで、つい。
ごめんごめん、驚いて見せてくれたんだよね?
驚かないでねって言ったから、あえて驚いて。
声が聞こえたフリをして」
――何を言ってるのだろう。
リーシアはジオを異物のように感じてぞっとしたが、その言葉で逆に冷静さも生まれた。
ジオはリーシアが声を聞いて驚いたのを知りつつ、あらかじめ驚かないでと注意していたのだ。
しかもそれを遊びに付き合ったと誤魔化してくれている。
(どうして……
私の反応を完全に予想していた?
未来を知っているかのように……ううん、知っているならもっと上手に動いていたはず。
警備員に抑えられるなんてしないはず。
……この方は、何を、考えているの?)
《ようやく俺の事考えてくれた?
聞こえているかな?》
「っ!」
「リーシアさん?」
《驚かないで、大丈夫だから。
ほら、素直で疑わないお嬢様の役だろ?》
リーシアははっとした。
少しの時間だったが、無言で固まってしまっていたのだ。
今聞こえた言葉はリーシア以外には聞こえていないようだった。
心配して名を呼んでくれたカチュアに、にっこりと微笑みかけた。
「ごめんなさい、つい私も遊んでしまいました」
リーシアの乱された心に余裕はなかった。
ただこれは知られてはいけないのだと強く感じていた。
(ゼオ様はジオ様の事を考えてと、ジオ様も自分の事を考えてと……
ジオ様の事を考えれば良いのかしら。
何を考えているのか、注意を向ければ?)
《そうそう、それでいいよ。
ゼオの頭の中、気持ち悪かったかもしれないけど、ここに来る前に打ち合わせしててね。
ゼオの気持ちに興味を持たれてもあいつはあんたの気持ちを読めないから。
俺の気持ちを考えてくれればこうやって話せるから》
(気持ちを、読んでいるのですね。
あなたも、私も)
《ははっ、冷静だ。
大分混乱もしてるみたいだけど、出さない程度に冷静を取り繕える、いいね。
伯爵様から聞いていたけど、あんた本当に魔石とやらを使い慣れてんだな。
俺達も試したけどさっぱり使えなくてさ。
とにかく会話出来るようになったってことで、俺達は帰る前に塀の側で休んでる振りをしてるから、その壁の裏で散歩とかしてほしいな。
それくらいの距離なら会話が出来るはずだから》
(会話というより、お互いに思考を読みあっているのですよね?)
《そうそう、俺のは相手と会話する異能じゃない。
相手の頭に考えてるコトぶつけたりも出来ないし。
読み合って会話が成り立ってるだけ。
あまり長い時間黙ってると不審がられるからまた後で》
(……そうですね)
思考でのやり取りは一瞬で、言葉にするよりも時間は短かった。
しかし別の会話をして誤魔化しながら、同時に思考でも会話するのは、リーシアには無理そうだった。
指定された塀が具体的にどの辺なのか確認を取り、リーシアは別れを告げた。
「届けてくださってありがとうございます。
町を見学する日取りが決まったらご連絡しますね。
今日は本当にありがとうございます。
警備員の方々もご心配いただきありがとうございます。
お父様に連絡してから先を決めますね」
リーシアはジオとゼオに微笑みかけ、警備員にも説明と礼を告げて部屋を出た。
父と連絡を取ると告げたのは、ジオ達への扱いに考慮してだ。
今日の会話のままでは警備員のジオ達への印象は良くないはずだ。
もしリーシアだけで判断したとなれば、生徒の安全のため、上まで報告を上げてジオ達との接触を禁止されるかもしれない。
父親を引き合いに出す事で、学園の保護者側の判断に、リーシア側の判断を絡めさせようとした。
「ではごきげんよう」
「またなぁー」
ジオはにこにことお別れっぽく手を振っていた。
またすぐにリーシアと会話する約束をしているのに、だ。
ふざけているような話し方も含めて、ジオも外向きの演技を張り付けているのだろうと、リーシアは感じた。
部屋を出て、警備員も離れ、カチュアは周囲を警戒しながら呟いた。
「信用出来ないわね」
「そうですね」
「何を考えてるの?」
「彼らの事を」
「まず伯爵様に確認を取らないと。
学園の郵便物は信用出来る業者が運んでいるけど、手渡しで持ってきたならどこかで入れ換えたかもしれないわ」
それは最初リーシアも危惧した所だった。
しかし今となっては、別の事が気になっていた。
「カチュア様。
私、少し混乱していまして」
「当たり前よ。
私も上手く整頓出来てないわ。
彼らがリーシアの『不調』の原因だったのかしら。
伯爵様が関わってるか関わっていないかが今すぐ分かれば良いのに」
リーシアの頭の中で未来視が出来ない事がすっかり飛んでいた。
それ以上に考えなければいけない事が色々あるからだ。
「このブローチは確かにヴィジット領の細工です。
それにここまで私を思いやったデザインは父母に間違いありません」
「リーシアの趣味だったのね。
似合うけど……リーシアにはもう少し明るい色合いの方が良いんじゃないかしら?」
「よく言われます」
リーシアは小さく笑った。
「カチュア様……私、『不調』は治ったみたいなんです」
カチュアは目を丸くして、心から安堵したように顔を綻ばせた。
「良かった。
何事もなさそう?」
「はい、危険はなさそうです。
今後の体調管理は一人で大丈夫なので、良ければ授業に戻ってください」
「でも……それを抜きにしても、今日のリィの顔色は良くないわ」
「不安から来ているみたいです。
庭園を散歩して気分を晴らそうかと」
「付き合うわ」
「これ以上は申し訳ありませんわ。
今日は熱も出ていませんもの。
不安なだけで」
放って置きたくなくて躊躇うカチュアに、リーシアは困ったように微笑んだ。
「――少し、一人になりたいのです。
今後の……将来の事を、考えたくて」
「リィ……」
カチュアは心配しながらも、今は側に居ると余計にリーシア負担になると受け取った。
カチュアはリーシアに無理をしないよう言い聞かせ、一時間後に部屋を確認して戻っていなければ捜索すると念を押してから去っていった。
リーシアはブローチを握りしめた。
《大丈夫かしら……戻った振りをして隠れて見ていた方が良いかしら。
けど異能とかで何かの拍子にそれがバレたら、信頼を失ってしまわないかしら》
カチュアは悩んでいるようだった。
《もう危険が分かると言ったのだから、今日は信じて。
一時間だけだし、今日無理してたら次から信じない理由になるわ。
一時間だけなら、もしいつもの熱を出して倒れたとしても、学園内だし……》
カチュアは無理矢理納得したようで、その『声』は小さくなって消えた。
距離に制限があり、遠すぎると聞こえなくなるのだろうとリーシアは推測した。
リーシアは暗に異能が戻ったとカチュアに告げたが、それは嘘だった。
他に気を取られて試してもいない。
保証のない行動をする不安は消せないが、行かなければ行けないと思った。
顔色が良くないのは不安もあるが寝不足によるもので、一人になりたいのは将来の進路を考えるためでも、気晴らしでもない。
他人の未来が勝手に盗み視えて変えているだけでも後ろめたいのに、魔石が手に入り心が読めるようになったと知られたくなかった。
リーシアはジオと約束した場所へ歩き出した。
塀の近くは木が植えられているだけで、庭園と言って思い付くだろう場所とも違う。
リーシアは歩きながら、ブローチを握って近くに人が居ないか調べられないか考えた。
対象の思考を知りたいと願うのが鍵になるようだが、誰かに見られていないか警戒する時はどうなのか。
手に入れたばかりで練習出来た力ではないが、効果も知らずに発動したのだから相性は悪くないはずと考えた。
対象が不明で誰かに見られていないか知るためにはと、試しに未来視で同じ事を探る場合を参考に試してみた。
しばらくたって、馴染みのない声が聞こえてきた。
《一人でどこまで歩く気か……
もしや誘い出されているのか》
リーシアは反応をあらわにしないよう気を付けつつ、声の主が誰か考えた。
全く聞き覚えが無くもない、直接の知り合いでもない。
たまたま見かけたのではなく、リーシアを意識しているような言葉だ。
すぐには思い出せなかったが、待ち合せ場所に付く前に心当たりを思い出せた。
昨日ルクレイスが付けると話していた侍女イシュテだ。
リーシアは少し迷った。
隣にいるのがカチュアなら塀の側でぼんやりするリーシアを構い、下手をすれば不審に思って何かに気付き兼ねない。
イシュテはリーシアに付いてすぐは基本的に放置で姿を見せない人だ。
イシュテが自己紹介に現れなかったとルクレイスに告げれば、隠れてお叱りを受ける場合もあるくらい放置だ。
そんなイシュテの反論は、『未来が分かるのだから自己紹介も不要と考えました』で、距離が近くなれば親友と呼べる相手にもなる。
イシュテが遠くから見守るだけなら問題ないだろうと、リーシアは目的地へ歩を進めた。




