訪問者 2
リーシア自身、あらけないように見える男性二人が少し怖かった。
今までは未来視によってその人物がどういう行動を取るか分かるため、無闇に恐れはしなかった。
しかし今は力が働かないので二人がどう動くか全く分からない。
こんな場でいきなり大声で笑うくらいなので、気に障ったら怒鳴られる可能性も考えられた。
リーシアは即興で男性らの機嫌を気にしつつ警備員の警戒を和らげないといけなくなった。
警備員に対しては貴族の子供らが生活する場を守る人間なので、どういう振る舞いが望ましいかは予想がつく。
問題は男性二人だが、乱暴者には見えなかったので、一先ずは怒らせないよう気を付けようと考えた。
昨日も結末が分からないけれど頑張れたのだから、今日も何とかなる。
リーシアはそう自分に言い聞かせた。
隣でカチュアが平然を装って居てくれるのが、一人でないのが本当にありがたかった。
リーシアは無垢な子供のように微笑んでみせた。
「楽しそうですのね。
どんな面白い事があるのか教えてくださいます?
私はリーシアです」
リーシアは無邪気に男性らの対面のソファに歩んで腰かけた。
カチュアも追いかけるように隣に座った。
「こちらは私に付き添ってくれているお友達です。
貴方がたはお父様のお友達でしたね」
リーシアはふわふわと子供のように微笑んでみせた。
男性ら二人からの自己紹介はまだない。
警戒心のない少女から、ここで名前を聞かせてほしいとせがむか、流して先の話をするか、リーシアはどちらを取るか一瞬迷った。
聞き出そうとするより自分の話ばかりする方が警戒されにくいだろうと、名前を問うのは良さそうなタイミングを見測れば良いと決めた。
「お父様は直接話した方が勉強になると教えてくれませんでしたの。
どんなお話をして頂けるのでしょうか。
お父様からの楽しい贈り物ですわ。
きっと面白い話なのですよね」
リーシアは男性二人の態度を楽しそうと評価し、そのままの調子で話を聞かせてほしいと言った。
楽観的で警戒心のない振る舞いだが、同時に男性らに対して不快や恐怖を抱かなかったよう、警備員達には見えているはずだと考えていた。
リーシアは男性らに期待を込めた幼げな笑顔を向け、崩さないよう保った。
明るそうな男性は嬉しそうに大きく笑んだ。
「あんたの方が伯爵のお嬢さんか。
生憎あんまウケる話じゃねぇかもよ」
「えぇと……」
砕けた上に説明の足りない言葉で、リーシアは一瞬思考を遅らせながらも、何とか意味を受け止められた。
スラングはカイやカチュアから聞いて覚えているものしか理解出来ない。
カイやカチュアの砕けた言葉に慣れていたので、『あんた』と呼ばれても大きく動揺せずに済んだ。
真の箱入り娘なら卒倒するか、自分を呼ぶ言葉だと気付かない言葉だ。
明るそうな男性はへらっと笑った。
「お上品な言葉は知らんから、ごめんなぁ」
「大丈夫ですわ。
ヴィジット領の子女と言う意味でしたら私であっております。
楽しくないお話とは、何か悲しいお知らせなのでしょうか。
辛い内容でしたら、私――」
リーシアは不安そうにカチュアの腕にすがった。
半分は本心による弱さだったが、半分は怯ませるための演技だった。
真剣味のない雑談じみた雰囲気をどうにかしたくて、深刻さを加えてみた。
カチュアは少し戸惑いつつも、演技混じりと気付いて、すぐに合わせようと決められた。
カチュアの見た目は派手目で大人びている。
見た目通りの振る舞いは見た人も自然に受け入れやすい。
リーシアが純粋培養で人を疑わないお嬢様を演じるなら、カチュアは気が強く妹分を守る御姉様を演じるのが自然だ。
普段とも乖離していないので動きやすい選択だった。
カチュアはそっとリーシアの頭を撫でた。
「リーシアさんを悲しませるようなお話かしら?
この子は体が強くありませんの」
「いや、そんな泣くような話じゃねぇよ。
お嬢さんが外出する時の護衛に俺達が選ばれたって話さ。
なぁ、ゼオ」
同意を求められ、大人しそうな男性が頷いた。
リーシアは名前を確認する良いタイミングだと、ゼオと呼ばれた男性に、ぱぁっと明るい笑みを向けた。
「ゼオ様と仰るのですね。
貴方のお名前も伺ってよろしいですか?」
リーシアは大人しそうな男性が戸惑ったように頷くのを見て、明るそうな男性に顔ごと視線を動かした。
明るそうな男性は面白そうに笑っていた。
「俺はジオな。
よろしく、お嬢ちゃん」
お嬢さんがお嬢ちゃんに変わって子供扱いのようになったが、リーシアは流した。
無邪気な令嬢なら拗ねて怒って見せた方が良いが、話が進まないからだ。
「ゼオ様にジオ様ですね。
よろしくお願いします」
リーシアはつい二人を見比べた。
顔も体格も雰囲気も似ておらず、血縁者には見えなかった。
子供のような微笑みを維持したまま、名前の響きが似すぎているのを聞くべきか考えた。
無邪気なお嬢様なら違和感を持たない方が自然だろうと、リーシアは外出について話を深めようとしたが、カチュアが口を開く方が早かった。
「貴方がたの自己紹介からお願いしますわ。
お待ちしたのだけどお話し頂ける様子はありませんし。
リーシアさんのお父様は驚かせようと何も教えてくれませんでしたの」
カチュアは言葉少ないゼオに向かって話しかけていた。
ジオが口を開けたが、カチュアが横目に凄みのある笑みを向けて止めた。
ジオは肩をすくめ、ソファにもたれ掛かるように座り直した。
話を振られたゼオは、カチュアとリーシアを見て、警備員を眺め回して、それからゆっくりと口を開いた。
「紹介出来るような事は何も。
伯爵様と仲良くなっただけのただの出稼ぎ移民だ」
「どちらの国からいらしたのです?」
ヴィジット領は他所からの移民も一定数受け入れていた。
命からがら逃げてきた人は別の扱いになるが、治安維持や領の運営のために出入りの審査はしっかりしていている。
リーシアは二人が審査を通った人達だと安心し、同時に他所から来た事に緊張した。
住む場所が違えば思考も常識も違う。
子供の頭を撫でるのが無礼になったり、親愛の表現で異性に気軽に抱きつくような土地もある。
ちょっとしたすれ違いのはずが、決定的な軋轢を生んでしまう事すらある。
ゼオは困ったように視線を逸らした。
「住んでた町の名前は分かるけど国の名前は気にしてなかった。
から知らない。
小汚なくて狭い町に居て、旅してた奴にヴィジット領が良い所だって聞いて旅しながら移ったんだ」
「まぁ、嬉しいです。
ありがとうございます」
リーシアは演技でなく、心から礼を述べて笑んだ。
前半に付いてはゼオ達の常識が分からないので保留にして後半に返事をした。
自分の生まれ育った領を誉められるのは嬉しく、両親や先祖、領民全てが誇らしく思えた。
ゼオもリーシアに微笑んで返した。
「良い場所だし伯爵様も良い人だ。
色々話してる内に俺達を雇ってくれて、お嬢さんの護衛をしながら町の暮らしを案内してくれって」
「お待ちなさい。
貴方がたの身の上の話が終わっていませんわ」
カチュアは流れて行きかけた話を止めた。
「貴方がたは姓はありませんの?
それと護衛に適した特技、信頼できる経歴の証明、責任ある方の紹介状。
そういった物をお持ちなのかしら?」
「何もないよ」
ジオがソファに埋めていた体を起こして答えた。
「名字があるような身分じゃなかったし、そもそもゼオはともかく俺はあちこち流れて帰る家もないし」
「俺ももうない」
「そういやそうだな。
行った先で適当に働いて金稼いで食いつないでた」
「適当じゃない、真面目に働いてた」
「はは、そういう意味じゃねぇだろ!
今無職だろうが」
「伯爵様に雇ってもらってるだろう」
「そうだったー
そういや伯爵様が紙くれたな
それが身分証明?」
「この国にくる以前の物はありませんの?」
「無茶言うなよお嬢様。
ここは結構平和だけど、他所は厳しいトコばっかだぜ?
手厚く保護してくれる領主サマなんて早々いねぇ。
なんだったら戸籍もないくらいだ。
それでみんな普通に暮らしてるんだぜ?
治安は悪いけどよ。
平和な分、そっちのお嬢さんみたいに生まれだの経歴だの聞いてくる奴等が多いけどな」
「当然です。
信頼して任せたはずの護衛がこの子を襲うなんて事態は嫌ですもの」
「カチュア様」
リーシアは棘を見せたカチュアを止めるように呼んだ。
リーシアはカチュアは言い過ぎではないかと思ったが、本来なら見知らぬ男性らとは直接口を聞かないのが自分達の身分だ。
恐らくはカチュアも、見極めようとわざときつめに話しているだけだと感じていた。
リーシアとカチュアは貴族以外の民に慣れている方だ。
普通の令嬢相手では下手をしたら、理解できない崩し方の言葉を向けられた時に無礼だと警備員達に捕まえるよう告げていたかもしれない。
箱入りの令嬢なら、この部屋に入った時点で身元の怪しい男達か居て怖いと悲鳴をあげて逃げ出していた可能性もある。
平民嫌いの領主の子供なら、捕まえさせ領に送ってから処分もあるかもしれない。
リーシア達の住む国は、領を領主が治め、領主を国が治める形だ。
領にもよるが、謀反の危険がなく上手く運営されている領なら、国はあまり各領の内部に口を出さない。
国としては、民は国を成す宝と言っているので、学園内部で不当な処分はないものの、余程目立たなければ領での民の扱いにまで手を出さない。
つまりは国に目を付けられない程度に民を虐げている領も普通に存在し、そこではそれが常識になっている。
カチュアへの心配はなさそうなので、警備員がどう出るかがリーシアの気がかりだ。
領を誉められたから、とは言わないが、リーシアの目に男性らは悪い人間には見えなかった。
父である伯爵の庇護下にいるなら直接危害を加えられる事はないにしても、目に余ると判断されれば警備員の介入も考えられる。
本当に父がリーシアと男性らに何らかの繋がりを作ろうとしているなら、警備員に行動させないよう、リーシアは男性らへ不快や迷惑の感情を向けてはいけない。
物好きな令嬢が平民を可愛がっている、くらいに思って貰えなければ、面会希望の手紙すら破棄されるかもしれない。
今回の面会が既に強行なのだから、警備員らの心証によっては父がした今後の外出に関する根回しも棄却される可能性があると、リーシアは判断した。
リーシアには男性らを信用していいか、今後本当に外出するのかも分からない。
しかし父が用意した『何か』を、この段階で手放してはいけないと判断していた。
あっちこっちへ行って中々進まない話を進めなければいけないと、強引めに話を振ろうかとリーシアは考えた。
面会の時間も、話の内容によっては、警備員らに強制的に切り上げられるかもしれない。
リーシアはまず、少しの間この場に振ってしまった沈黙と気まずさを吹き飛ばそうと決めた。
リーシアはジオへ満面の笑みを向けた。
ジオは何故かぽかんとして、しかし口元は笑わせてリーシアを見ていた。
リーシアと目が合って、ジオは苦笑した。
「お嬢ちゃんらが度胸のある優しい男前で良かったわ」
「私達、女性に見えませんか……?」
「これは分かんないのか。
あぁっと……格好良い男を誉めるだけじゃなくて、性格の格好良い奴――人、を誉めてんだよ」
説明されてもリーシアはさっぱり分からなかった。
今の会話にジオが性格の格好良さを感じそうな部分は無かったからだ。
リーシアは不審に思いカチュアを見ると、カチュアもジオに疑うような眼差しを向けていた。




