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もう愛を夢にみない  作者: 藁の家
優しい人
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ひなた 2

 ユレアノには他意はない。

 分かり合えないと悟り、諦めて、相手の言葉に従おうと誓っただけだ。

 令嬢らにはそれが不気味に映った。

 開き直り、何か企んでいるのではと危惧した。

 体に力が入り、目を吊り上げて睨む令嬢達に、ユレアノはただ寂しそうな眼差しを返すだけだった。


「ここから、出ていきなさいっ!

 不相応だわ。

 こんな女が変な力がある位で王城に入れるなんて、おかしいのよっ!」


 学校を出ていくなんてユレアノが決められる事ではない。

 むしろ嘆願としてあげても棄却される。

 治癒の異能は王族や貴族が離さず捕獲しておきたい能力で、ユレアノは意欲的に修練を積んで力を高めている。

 さらに異能の研究が進んで魔石の存在や加工が安定してきている。

 ユレアノは治癒だけでなく、魔石を使って怪我も治せるし、水も操れるし、火も出せるようになった。

 被災や天候不純で水がない地方に単身で乗り込めば十分な戦力となる。

 そこで不衛生から疫病が発生してもユレアノが害される事もなく、逆に病人を癒して蔓延を防げる。

 今は平和だがもし争いが起これば兵士の治療に重宝するし、連れていけば輸送物資を減らせる。

 ユレアノは多少なら我儘を言って遊んでいても容認される能力を磨き、かつ人を思いやり気遣えて、真面目に学習しているため異能者としての評価は高い。 


 令嬢達の批判は全くの検討違いで、しかしユレアノは謙虚さが邪魔をして自分の評価を正当に下せなくもあった。

 批判を吟味せず受けいれ、自分にそういう面があるならと、努力への意気込みへ変える。

 ユレアノは自分が不相応でおかしいならもっと頑張らねばと強く自戒した。

 そして令嬢達とは会話が成り立たないと受け入れてしまったため、ただ俯いたまま黙って暴言を聞いていた。


 そんな時だった。


「君達は誰に何を言っているのか、分かっているかな」

「なっ!」

「あ……」


 掛けられた言葉に、慌ててざわめく令嬢達の気配。

 ユレアノもその声の主を知っていた。

 僅かに顔を上げ視界に捉えると、思った通りの人物が令嬢達の後ろに居た。


「エイゼン様……」

「貴女ごときがお名前を呼ぶなんて失礼よ!」


 名を呟いたユレアノに、令嬢の一人が反射のように怒鳴った。

 エイゼンはそれに苦笑を向けた。


「学園内では家柄でなく生徒個人を優先する。

 そういう規則だったと思うけど、私の気のせいだったかな」

「……それは」


 言い淀む令嬢を押し退け、別の令嬢が前に出た。


「失礼ながら、規則としては個人が優先されます。

 しかし限度があるのはお分かりのはず。

 彼女は作法もなっていない平民同様の下位貴族の娘です」


 エイゼンは小さく笑って返した。


「私の父は宰相として高い爵位を得ているが、家格としては我が家は下位にあたる。

 嫡子でもない私はまさに身分の低い者なのだけれど、君達にひざまづいた方が良いかな」

「コーラル様は、殿下の覚えも愛でたく、卒業後も深く政治に関わっていくと分かっているお方です」

「私はルクレイス様から優遇されていると思われているようだね」

「そんな意味では……」

「試験もまだ先で卒業後は確定していない。

 ルクレイス様と仲違いすれば将来は分からないという話になるし。

 君達の主張に則るなら、身分の低い私の名を呼べない生徒はいないと思うよ。

 未来の可能性を入れて考えるならユレアノ嬢へ暴言を吐くのは得策ではない。

 治癒の異能を持つ彼女は可能性などではなく確実に王族に仕える異能者になる。

 それと異能者は『異能者』という身分だ。

 上でも下でもない。

 それこそ、建前ではね」


 少し低められた声に、令嬢達はたじろいで視線を交わしあった。

 令嬢達も理屈が分かって居ない訳ではない。

 しかし感情から納得が出来ず、飲み込めない。


 動揺したのは令嬢達だけでなく、ユレアノもだった。

 ――異能者は異能者と言う身分になる。

 異能と国に申告してから聞かされてきた事だったが、ユレアノはピンとは来ていない。

 貴族の娘でも貧乏で平民のように暮らしていた。

 近所の人達とも親しかったし、平民の友達も普通にいた。

 化け物と蔑まれる事もあれば、神の使いのように敬われる事もあった。

 卒業後は王族の名の元に守られ、同時に服従を誓う。

 エイゼンの言う『建前』と言うのが、どんな含みで言われているのか、ユレアノは少しの不安を覚えた。

 

 エイゼンはユレアノに視線を向けず、落ち着いた声で令嬢達に語った。

 

「建前としては異能者は皆と平等だけど、常識的な人達は彼らの機嫌を損ねようとは思わないよ。

 建前を優先する限度を考えるなら、私よりユレアノ嬢に頭を下げるべきだ。

 親しくなる得はあっても嫌われたら損しかない。

 ――貴族としても関係性を理解せず、感情だけでそんな事をするのはよろしくない」

「どうしてこんな女の肩を持つのです?」


 一人の令嬢がふらりと出てきた。

 エイゼンは苦い笑みをその令嬢に向けた。


「肩を持ったように見えたなら冷静になるべきだ。

 それから社会について勉強しなおした方が良い。

 確かに、彼女は私の婚約者の友人だから、どちらにも否がない対立なら彼女の味方をするだろうけどね」

「元、ですよね?

 ヴィジット様とは婚約解消されましたよね」

「……一時の気の迷いだよ。

 あの子が少し不安になっているだけだ。

 私は婚約を結び直したいと考えている」

「ヴィジット様にはそんな気がないのに?

 少しって、ヴィジット様は一貫してるじゃないですか!

 あんな、エイゼン様とな婚約を嫌がるような人じゃなくて、私なら、ずっと」

「今はリーシアの話じゃない。

 君達が一人を囲んで不当に責めているのが問題だ」


 思いを告げようとした令嬢の言葉を、エイゼンは遮った。


「それに誰かを貶めるのでなく、思う人のために努力する人の方が素敵だと私は思うよ。

 私の婚や――元婚約者は時間を惜しんで様々な事に挑戦していた。

 いつも成果を私に見せてくれていた。

 私は彼女のような人が可愛く魅力的だと思う」

「……」


 明確に比較されて、令嬢はそれ以上にすがる言葉が出せなかった。

 納得したのでなく、自分より格が上だと思っている相手に逆らえないためでもあった。

 もし同じ事をユレアノから言われたなら怒鳴って否定した。

 令嬢らの注意の大部分はエイゼンに占められて、ユレアノについては忌々しくても意識を向けられないでいた。


 令嬢達達は最後にユレアノを睨んでから、居心地悪そうに去っていった。



 二人きりになり、エイゼンは距離を保ったまま、ようやくユレアノに声をかけた。


「大丈夫?」

「ありがとうございます」


 ユレアノの声ははっきりとしていてエイゼンは驚いた。

 令嬢達に囲まれて俯いて言葉少なくなっていたのは、泣いているからだと思っていた。

 礼を述べたユレアノは顔を上げて、しっかりとエイゼンを見ていた。

 ユレアノからは深刻な空気が滲んでいて、エイゼンは更に意表を突かれた。

 ユレアノは引きずるでもなく、喜ぶでもなく、何か言いたげに唇を引き結んでいる。

 エイゼンが問いかける前に、ユレアノは自分から口を開いた。


「助けて頂いて、こんな事を言うのは失礼だとは思いますが」

「何か?」

「リーシア様を諦めて下さい」


 エイゼンは絶句した。

 助けていなかろうが失礼なのに、助けたタイミングなので輪をかけて失礼だ。

 しかしユレアノの眼差しは真っ直ぐで、悪意や企てが有るようには見えなかった。


「君がリーシアの友達だとしても口を出さないのが礼儀だ。

 私の友達だったとしても避けるべき話題だし、君はただの顔見知りだ」

「私の礼儀なんて、評価なんて、リーシア様のためになるならどうでも良いんです」

「……」

「お願いします。

 エイゼン様がリーシア様を諦めないから、諦めていないと分かるから、リーシア様に負担が掛かっているんです」


 その時ふっと、エイゼンは気付いた。

 何人もに囲まれて暴言をぶつけられていたのに、助けられたユレアノが最初に口にしたのはリーシアの話だった。

 礼を述べた時には既に、ユレアノの表情には何かが込められていた。

 自分へのひどい扱いより、暴言を吐いた令嬢らへの思いより、リーシアへの親愛が先に来たのだ。


「君は何か理由を聞いている?」

「……いいえ」


 ユレアノはリーシアから、兄のようにしか思えないと聞いた事はあった。

 しかし勝手に伝えて良いのかも、あれが正しかったのかも分からず、ユレアノは否定した。


「ただ、リーシア様はずっと悩んでいました。

 早く婚約を解消したいって。

 気の迷いなんかじゃなくて、本気で悩んでいたんです。

 ちゃんとリーシア様の言葉を聞いてください」

「……」

「言葉、なんて……」

「リーシア様の言葉をちゃんと聞いてください」


 エイゼンはぶつけられた言葉に完全に心を乱されていた。

 言われた内容もだったし、それを言ったのがリーシアの親友だからでもあった。

 それに言葉と言われても、最近は悪ぶった劇を見せられるか、冷たい素振りで拒まれるかのどちらかだ。

 言葉をまともに交わしていないと感じると同時に、それが言葉だとも思った。

 完全な拒絶がリーシアの言葉だ。

 今までは上部だけの演技より、積み重ねてきた年月がリーシアの気持ちだと信じようとしていた。

 向けられる拒絶が事実であると気付いても、過去にすがって取り戻せると信じようとしていた。

 以前のリーシアはエイゼンへの好意を隠さず、言葉にも態度にも示してきた。

 優しげな笑み、自然と隣に座る距離、大好きと絡めてくる腕。

 それが無くなったのはいつだったか。


 そして、今は――?


「言葉でも、態度でも、拒まれているな……」


 認めたくなかった事実とエイゼンは向き合った。

 元婚約の親友から諭されたからこそだった。

 いつのまにか自分よりも幼馴染みの近い位置にいた少女。


「……せめて、何がいけなかったのか聞けないだろうか。

 私の何が悪かったのだろう」

「……きっとそういう問題ではないのだと思います」

「嫌がったのはリーシア自身だ。

 私のどこかが受け入れられなかったのだろう?」

「それは……」


 ユレアノは躊躇った。

 兄にしか見えないから、を素直に信じられるほどリーシアとの関係は浅くない。

 逆にエイゼンとの交遊はほとんどなく、噂や雰囲気でしか人となりを知らない。

 何を言えばこの誠実そうな人を慰められるのかと、言葉を探した。

 どんな事なら告げて良いのか。


「リーシア様の、その、エイゼン様に見せていたお姿は、どういうものか、知っています?」


 ユレアノは万が一知らなかった可能性を考えて濁した。

 エイゼンは少し悩んだものの、小さく頷いた。


「悪く見せようとする芝居の事かな」

「ええ……リーシア様は、エイゼン様を出来るだけ傷付けないようにと――演技だとばれていると知らなかったので、自分が悪者になろうとしていました。

 エイゼン様に責めがいかないようにと」

「そんな理由で、そこまでして、どうして……」


 理由は未来にのみあって、エイゼンもユレアノも決して推し測る事は出来ない。


「私が知っているのは、エイゼン様を嫌ってではないと言うことだけです。

 ただリーシア様の決意はとても固かったです」

「そうか……」

「エイゼン様が悪い訳ではありません!」

 

 ユレアノはきっぱりと言いきった。

 目の前の寂しげな顔を何とかしたいと思ってしまった。

 

「リーシア様も悪くないんです!

 多分、話せないような理由があって。

 何かが、誰かが悪かった訳じゃないと思います。

 リーシア様もきっといつか話してくれます」

「……」


 エイゼンは修復は不可能なのだと、ぼんやりと感じた。

 ユレアノが口にしたのは、今を過去にする前提の言葉だ。

 エイゼンとリーシアの関係が終わってしまった事への慰めなのだ。

 関わらせてもらえないまま今が過去になって、抱えているものが今より軽く感じられたら、ようやく打ち明けてくれるという話だ。

 親友であるユレアノから見て、リーシアはそれほどエイゼンを拒んでいるのだと思い知らされた。


「いつか話してくれる、か」

「きっと。

 私もお手伝いします」

「君が?

 リーシアに嫌がられないか?」


 ユレアノはエイゼンを元気付けるためにも、力強い笑みで返した。


「嫌がる事はしません!

 もし嫌だと言われたらエイゼン様のお手伝いをやめます」

「……そうだね」


 何も考えていないようにも見える明るさに、エイゼンは小さく笑った。


「リーシア様は幼馴染に戻って仲良くしたいと言ってました。

 一番はそれを目的に、もしリーシア様の気持ちが自然に変わるならお二人が元に戻れるよう影ながらお手伝いします!

 変わらなければ諦めて下さい。

 リーシア様に説得はしません」

「君……変わってるね?」


 エイゼンはユレアノの笑顔につられて笑っていた。

 ユレアノは腰に手を当て眉を上げて、怒った振りをした。


「よく言われますが変わってなんかいません!」

「……リーシアを大事にしてくれて嬉しいよ」


 エイゼンは本心から呟いた。

 幼子を守るような、慈愛に満ちた表情に、ユレアノも自然と同じものを返した。


「大好きですから」

「君とは気が合いそうだ」




 同じ人の幸せを願う二人は心が通じ合ったように感じた。

 今はまだ恋心はない。

 けれど気の合う友人に成れる確信は抱いていた。


 笑い会う二人は、それこそが大切な人に刺さる凶器に変わっていくのだと気付かない。

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