ひなた 1
学園の創立記念日、異能者達は催物を行う。
高位貴族から王族まで通い、異能者が学ぶ場所として指定された学園のアピールも兼ねている。
ユレアノは治癒の得意な他の異能者達と、校門外で特設の治療所を開いていた。
学園のイベントで催事は学園内で行われる物だが、これに関しては外部に向けて学園外で行われる。
現在国内に治癒の異能を持つのはユレアノの他にもう一名しかいない。
異能者達は皆魔具を所持して、軽い怪我や病気を治せるようにしているものの、わざわざ場を設ける程に能力の高めた者は数人だ。
学生の内にその数人の中に入っているユレアノは、確かに優秀な異能者だった。
ユレアノはまだ学生なので、決められた時間のみ治療にあたり、後は催事を楽しむようにと自由時間になっていた。
せっかくのイベントが仕事に割かれても、人を癒せるならユレアノに苦はない。
ただリーシアと居られない事は悔しかった。
リーシアが体調を崩さぬよう、去年のように途中退場しないよう、今度こそ隣でサポートする。
それがトラウマと親愛の降り混ざったユレアノが心の中で立てていた目的だった。
そんなユレアノの決意は、リーシアから柔らかな笑顔で受け流された。
『他の友達や上司になる異能の方々と交流を深めて来た方が良いのではないか』
『疲れる前に休むため計画は立てていないし、長く遊ぶつもりもなく途中で寮に帰るかもしれない』
『カチュア達と一緒に居るから心配しなくても大丈夫』
そう言われたらユレアノからは何も言えない。
一緒に遊びたいとか、迎えに来てなんて言えば、むしろそれで休憩を躊躇わせるかもしれない。
休憩を優先させても約束したのに破ったと、リーシアが落ち込むのも容易に想像がついた。
ユレアノは始まりの挨拶から自分の当番になるまでしか、リーシアを側で見守れなかった。
特設の治療所にはご近所の方々から遠方の人達まで来ていた。
学園の創立記念日に異能者による治療所が開かれるのは通年の事で、学園の所在する都市は多いに賑わう。
その分治安が悪くなる可能性も高まるが、警戒は普段より高くなり、そちらにも異能者が力を貸している。
特に創立記念日前後の都市への出入りは厳しく審査され、中堅の商人だと足止めされる。
貴族や富裕層の子供らが通う学園が建つ都市だ。
住むのも身元のはっきりした裕福な家が多く、経済もそれに見合うように動いている。
共に遊べない分、ユレアノはリーシアに頼まれた展示や出し物を回った。
そこは体調を考えて回らないと決めているらしく、資料や可愛らしい物があればお土産が欲しいと頼まれていた。
ユレアノは付き添えないならせめてお願いを叶えたいと、張り切って頼まれた箇所を回った。
自分が楽しむより、持ち帰った話やお土産で楽しんで欲しいため、ユレアノは一人で身軽にあちこち訪れた。
ο ο ο
「まだはしたなく殿方に近寄っていますのね」
「少しおかしな力が使えるくらいで思い上がらないで頂きたいわ」
移動中にユレアノは声をかけられて、人気のない方へと連れてこられた。
いつも嫌みを言って笑ってくる令嬢達にだ。
令嬢達はユレアノを囲み、ただ侮蔑を向けた。
「リーシア様を利用してエイゼン様に近付こうとしている癖に」
「その上で殿下にまで声をかけるなんて、本当に心根が卑しいこと。
少し優しい声をかけられたくらいで思い上がるなんて」
「平民同然の暮らしだったと言いますし、高貴な方の尊さが分からないのでしょう?」
警備は厳重だが、広い敷地の全てが常に監視されている訳ではない。
女子生徒達が連れだって歩いていても、わざわざ声をかけられてかけて止められはしない。
少女達が輪になるように集まっているのも、傍目には普通の光景に映る。
暴力も暴言もない事態に警備が興味を向けはしない。
気付いたとしても子供同士のいざこざだと、暴力がないかぎりは黙認だ。
ユレアノも誤解を解けば仲良くなれると期待しているので、逃げたり拒んだりはしない。
だから怯えたり泣き出したりもないので、余計に警備員の庇護に引っ掛からなかった。
令嬢達は苛立っていた。
治療所の賑わいと賛美は、当日だと言うのに中まで届いていた。
また開催の前、ユレアノは治療所の関係で、世間に顔の知れた異能者やルクレイス達王家の関係者と話をしていた。
特別な彼らの仲間として一緒にいるユレアノに、令嬢達は嫌悪を抱いた。
令嬢らには、自分達と同じように笑い、学び、失敗も見せる少女は特別だと思えなかった。
ユレアノの淑女としての出来は普通――ではなく、よく言っても中の下だ。
家は貴族としては貧乏、資金もなく小さい頃から家庭教師はおらず、入学前は家事や治療の活動を優先、平民に近い暮らしをしていたため優雅さもない。
王家に仕えるに足りない部分を学園で詰め込む最中で、授業外ではリーシアやカチュアら友人らにも教えて貰っていた。
入学当初の淑女度は下としか言えず、頑張って中の下まで上げたのだ。
しかし令嬢らはその『下』のイメージが抜けていない。
嫌悪のフィルターもあって、ユレアノが与えられた評価と価値に相応しいと思えなかった。
「貴女ごときの手が届く方々とでも勘違いしているのかしら」
「誤解です!
私は決して妻の座なんて狙っていません!」
ユレアノの言葉に令嬢達は目を見開いた。
勘違いと気付いたからではない。
「何て恥知らずな……」
「貴女みたいな下品な女が妻だなんて」
「化け物の癖に」
令嬢達とユレアノの間には決定的な溝があり、それは更に深まった。
ユレアノとしては、狙っていると勘違いされているなら、結婚、もしくはそれを見越した交際だと受け取っていた。
令嬢達は、ユレアノからそんな言葉が出るのが信じられないほど、ユレアノを低く見ていた。
正式な妻になれるはずはなく、遊び相手として囲われたいのだろうと決めつけていた。
異能者は王族や忠臣の伴侶を望まれるため、ユレアノの言葉はおかしくはない。
特に治癒の異能を持つ女性は聖女と呼ばれ国民受けが良く、印象操作の価値もあって目立つ場所に添えられる。
異能者の内訳は人口比通りに平民の割合が多いため、家柄は問題から外されるのが通常だった。
貴族も平民も貧民も、学園でしっかりと教育され、『異能者』という身分になる。
しかしユレアノは貴族であるために、令嬢達のように、異能者でなく貴族令嬢として評価する貴族らも少なくなかった。
貴族令嬢であれば、王家に連なる婚約者の条件には家柄と優秀さが重要視され、今のユレアノから異能を除けば論外とされる。
――ユレアノ本人の学習へのやる気と努力は高く、数年後には成果を実らせるが、その結果を知るのは未来が視えるリーシアだけだ。
――備えもった異能を優秀に扱える価値を、あえて切り離すのは本末転倒でもあったが。
「人とは違う化け物なのに、分もわきまえないで」
令嬢らは価値を切り離すどころかマイナスに扱っていた。
ユレアノは何とかすれ違いを正せる説明を探したが、次に掛けられた言葉に心を抉られた。
「リーシア様も可哀相に。
演技は上手くてもこの女の演技は見抜けないのですね」
「っ!」
ユレアノは何か言わなければと息を吸ったが、気持ちが高ぶるだけで言葉は出なかった。
勘違いで罵られているのが自分だけなら良いが、大切な人まで貶められるのは受けられなかった。
今まではリーシアの名を出されても、勘違いでの同情で、貶す言葉はなかった。
「中身は純粋な方ですからね。
でも騙そうとした罰で騙されたのかもしれませんわ」
「貴女が唆したのでしょう?
婚約を解消するように。
友達の振りをして、怖い人」
「騙されたとしてもあんなはしたない行動が出来るのですもの。
案外釣り合ったお友達ですわね」
リーシアが馬鹿にされているのはユレアノにも分かった。
しかし令嬢達の言葉はあまりに検討違いで、一つ否定すれば他の部分は認めたかのように、揚げ足を取られるだろう。
それはユレアノにも分かった。
けれどその後に打開出来るような舌戦はユレアノの苦手とする所だ。
「リーシア様は、素敵な方です」
「貴女にはそうなのかもしれませんわね」
「贔屓に守って貰って、資金もたかっているのではなくて?」
「っ!」
「伯爵家の娘としては御自覚がなさそうに見えますわ」
「お似合いの御友人ね」
くすくすと馬鹿にした笑いに囲まれ、ユレアノは初めて令嬢らに絶望した。
今までは何とかしたいと、頑張れば仲良くもなれると考えていた。
けれど大事な友達まで貶し、こんな風に嘲笑う令嬢らに、熱くなった気持ちがすぅっと冷えた。
「……悲しいですね」
悲しみより哀れみを感じさせるユレアノに、令嬢らの顔がより歪んだ。
「私達を馬鹿に出来るような身分だと思っていますの?」
「礼儀がなっていないわ」
「……失礼いたしました。
今後は気を付けます」
「今後は、ではないでしょう?
もっと早い段階から気を付けるべきでしょう?」
「申し訳ありません」
「本当に醜いわ。
今後は釣り合わない方に近付かないことね。
相手が許しを言葉にしても建前だと自覚なさい」
「……私には貴女方のお気持ちは理解出来ません。
ですからお言葉通り、貴女方にはそのように気を付けます」
「何を言っているの?」
令嬢らの主張がユレアノに分からなかったように、ユレアノの言葉も令嬢らには分からなかった。
ユレアノは誤解を解くのは無理だと納得し、令嬢らに対しては彼女らが主張する『身分の高い相手に対する態度』を貫こうと決めた。
指摘された通りに無礼がなかったか、令嬢ら以外には確認しようとも考えた。
もし無いと言われたら、令嬢ら以外には今まで通り変える気はない。
令嬢らと、その家族にも、言われた通りに自分からは近付かず、誘いや頼みが有ればそれは建前だから釣り合わないと断る。
馴れ合わず親しくせず、決して恩を売りも買いもしない距離でいようと誓った。
ここまで嫌われた相手には、好かれようと何をしても不快にさせるだけなのだろう。
だからこそ、それだけがユレアノから令嬢らへ送れる『愛』の形だと思った。




