その日 3
駆け引きに使うはずの引き出しは先んじて見られ、知らない情報を追加され、国の未来を仄めかされ。
あげく恋心ははねのけられ、決意した努力も無駄になると宣告までされた。
ルクレイスは手詰まりを感じた。
このまま向き合っていても効果的な切り返しは出来ないし、その根拠になる準備は全くない。
リーシアに告げられた事をまとめればこうだ。
『恋心も守る決意も知ってはいるが、失敗する上に国を巻き込む不幸になるから手を引け』
思い込みではなく異能に基づいた託宣である。
ルクレイスは一先ず出直すと決めた。
「貴女の言いたい事は分かった。
私には調べ直して考え直す必要がある。
それからだ」
「よろしくお願いいたします」
「私がすべき事――知っておくべき事や調べた方が良い事などはあるか」
「私の力はご内密にお願いいたします。
いずれ王族の方々に明かさなければならなくなったとして、窓口は殿下の信頼のおける者に限って頂ければありがたくございます」
ルクレイスはリーシアの言葉に引っ掛かった。
ルクレイスは根回しのために、既に極秘の案件として兄に相談している。
言葉通りならリーシアはそれに気付いていないし、違うならそういう建前を保ってほしい釘刺しか。
「……私ではなく私の部下か」
「直接会うのは叶うならこれを最後に。
それと私達が親しくなった場合に表れる敵対者と、その因果を含めた調査をしていただけるとありがたいです」
「分かった」
「それと、まだしなければいけないお話が」
まだあるのかと、ルクレイスは唇を引き締めた。
この話し合いだけで、リーシアへのイメージは大分変化していた。
たまに学園で見る姿とも、想像していたのとも、ナイセニアから聞いていたのとも、エイゼンから垂れ流されていたのとも違う。
俯いたリーシアの瞳は強い意志を携えているだろう。
ルクレイスは見えない表情をそう読み取った。
「明日以降の未来が視えません」
しかしリーシアは会話が望む流れになる振る舞いを淡々と演じているだけだった。
今のリーシアは演じているだけで、感情の起伏は余り起きていない。
予定していた通りに、ルクレイスの好ましい反応を引き出すために動いているだけだ。
未来視が出来なくなった不安だけは今尚揺さぶられている。
それだけは隠しづらいし、落ち込んでいるように見えるかもしれない、その位の気持ちだ。
「……それは」
ルクレイスは言葉に迷った。
死ぬ運命だと明かしたのかと、一瞬考えたからだ。
しかし今までの語り方なら直接表現するだろうし、明日より先の話をしたばかりだ。
異能がなくなったという建前で逃してほしいという要望かともちらりと考えた。
「どういう意味だ?」
「言葉通りです。
力が反応せず何も視えなくなっています」
実際にはこの近辺の明日が視えず、離れた場所は何日か後という時間のズレがある。
しかしそこまで詳細に語る必要はないと、リーシアは判断していた。
「今までも一度、視えなくなった事がありました。
理由は分かりません。
明日を過ぎても視えなければ、力を無くしたのかもしれません」
ルクレイスは先程の話との矛盾を口にしかけ、思い留まり整頓した。
「先程の『上手く行かない未来』と言うのは視えなくなる前に視えていた道筋か」
「はい。
視えなくなったのは最近です。
今日の間は視えるのですが……」
「今使えない訳ではないか。
力を無くすのでなく何かあるのだろうな。
ラムド」
ルクレイスは控えている護衛を呼んだ。
護衛は姿を見せ、綺麗な姿勢で軽く頭を下げて見せた。
知らなければそこに居たと気付かないほど、護衛は気配を絶っていた。
表情は堅く、武芸者の持つ独特の鋭さがある。
何も知らなければ、リーシアはその護衛に恐怖を感じたかもしれない。
しかし未来視の中で、その護衛がルクレイスと気軽に皮肉を言い合うのを視ている。
護衛が形だけでなく心からルクレイスに仕えているのも確認していた。
そのためリーシアは護衛に対して恐怖や気負いは無かった。
信頼出来る相手の親しい人。
主を思いやり、主のために動ける人が、主の守ろうとする相手の敵にはならない。
リーシアはそう考え、むしろ親しみを感じてすらいた。
「明日からイシュテを彼女の近くに控えさせろ。
繋ぎは二人で行え。
齟齬のないよう手紙でやりとりし、その場で返事をすることにしよう。
緊急時以外はそれに見合った時間に。
イシュテには望ましい時間に貴女に接触させる。
書き終えたら読み終えた手紙は処分させる」
ルクレイスは説明なくラムドに命令し、リーシアには彼らが何をするかを伝えた。
護衛は短く返事をしてまた下がった。
ラムドへの言葉が足りないのは打ち合わせ済みなためで、リーシアへは予知で知っていると判断しているためだ。
ルクレイスの考え通り、リーシアは今必要な説明は知っている。
護衛はルクレイスが信頼している男性で名はラムド、イシュテはラムドの妹。
イシュテは兄と同じくルクレイスに仕えている侍女で、表向きは侍女だが護衛を勤められる腕を持っている。
これからリーシアが悪い者に巻き込まれないか影ながら見張ってくれて、兄妹でルクレイスとの連絡を請け負ってくれる。
手紙は兄妹以外の手には渡らず、二人がその場で跡形もなく処分してくれるという。
――説明がないために尋ねた未来でそう回答を得ているからだ。
その時ルクレイスはこう言った。
『予知で知っていたかと思って説明を省いた。すまない』
だから予知で知っていると思い説明を省かれたのが現在である。
リーシアは省かれたままの道を行く。
「よろしくお願いいたします。
最後に、もう一つだけ」
ルクレイスの顔は引き締められたままだ。
話し合いの流れを変えていれば、リーシアはこう言われている場合もある。
『これ以上重たい内容は厳しいが、貴方がいつも向き合っている重さなのだろう。
一つでなくとも伝えてほしい』
それは今とは大きく違う会話をした時で、今のルクレイスには当てはまらないが。
異能の苦しさをルクレイスが知らないように、リーシアは王族の苦しさを知らない。
それでも思いやりの込められた言葉は嬉しかった。
「恐らく私の力は消えていないとは思います。
私のただの望みかもしれませんが。
視えるようになったなら、私達の未来がどう変わるかまずお伝えします」
「助かる」
「もしそれで、私への困難がなくなり、殿下だけにそれが残っていたとしても、私は全力で未来が変わるよう勤めます」
スカートをつまみ頭を下げて礼を取るリーシアに、ルクレイスの顔は見えない。
ただ、ルクレイスがこの時目を見開いて驚くのは知っている。
リーシアは頭を下げたまま続けた。
「もう訪れない未来ですが、ルクレイス様は私を大切に守ろうとしてくださいます。
そんなルクレイス様を、私はお守りしたいと願います」
ο ο ο
関係する催事や片付けなどが全て終了し、ルクレイスは部屋へと引き上げた。
他の護衛は部屋の外へ下がらせ、ラムドだけが少し離れて佇んでいた。
「イシュテは納得したか?」
「ご命令ですので」
ラムドの返答は従順な建前の裏に不満を伝えるものだった。
ルクレイスは部屋の時計へ視線をやった。
まだ夜としては早い時間だ。
ラムドはルクレイスの視線を追い、同じ時計へ視線を固定した。
何を考えているかはたいてい通じ合う。
「朝まで起きていたい気分だな」
本当に翌日以降の予知が出来ないなら、内緒話は日付が変わってからの方が安心かもしれない。
「今まで毎朝夜が明けているとして、明日も明けるとは限りませんが」
「明けてみないと分からないからな」
「もし真っ暗な部屋で夜明けと聞いたら何を根拠に信じれば良いのですかね」
ルクレイスは少しの間、口を閉ざした。
「正直私は危険だと思っている」
「聞かれているかもしれませんよ。
信じるならですが」
「聞かれて困る話をする気はない。
彼女は来ない未来を根拠に現在を信じている」
「……」
リーシアが見せる態度が本心からだったなら、未来のルクレイスを証拠にさかのぼって今のルクレイスを信頼している。
リーシアが信頼する通りに成長する保証はないのに、そうルクレイスは感じた。
――それはリーシアが普段から入念に自分が言動を変えた後の未来までしっかり確認していると知らないための疑念だった。
ルクレイスの心配は妥当なものだったが、リーシアは普段から結果まで確認をしている。
今回はリーシアも力が使えないものの、普段は未来視から影響を得たリーシアが未来を更に変えてしまわないと確信するまで、何度も同じ未来を視て確認している。
感情が麻痺して、自分がそうあるべき態度を演技出来るようにまで。
出来事を記憶し、自らの言動に覚悟を決め、そこに至る台本を演じ通せるまで視尽くしている。
ルクレイスはそこまでは知らない。
「私がお前達兄妹を信頼しているのは過去があるからだ。
もし共に過ごしてきた過去がなければ信じまい」
「そうですね」
「彼女は共に過ごす未来を消した上でそれを根拠に相手を信頼している」
「人間性への信頼と言えば語感は良いですがね。
貴族としては浅慮です」
「しかも明日以降は分からないという」
「信じるならですけども」
「彼女は何を根拠に今日の話をした?
私の配慮が今日の話し合いで無くなるかもしれないのに」
「殿下のそういう所でしょう。
あの令嬢を信じるようとする態度が溢れ出ています」
「人前では見せない」
「この会話を予知しているのでは?」
「この会話で信じるなら善人過ぎないか?」
ラムドは溜め息を吐いた。
あの令嬢がこの会話を予知していると信じるとして、どれほど意味を理解しているのか、ラムドは疑問でならなかった。
ラムドの目にはリーシアは突然おかしな話を垂れ流す異常で礼儀知らずな少女にしか見えなかった。
確かに知り得ないはずの事を知っているような話しぶりだったが、ナイセニアと親しいなら漏れた可能性もある。
ラムドは妹共々ルクレイスに忠誠を誓っている。
ただルクレイスは自分よりもかなり幼い子供だとも思っている。
護衛のラムドには詳細が知らされていないものの、ルクレイスには証言以外にリーシアが異能者であると確信できる根拠があるとは聞いていた。
それは会話には全く出てこず、リーシアが知っているかは分からない。
しかしそれも能力の種類までは分からないらしい。
だとするなら子供の上に恋に翻弄された主が間違う事もある、そう考えてしまった。
イシュテも兄のラムド同様だ。
言付けた時の印象では、イシュテはラムドよりもリーシアを煩わしく感じていそうだった。
職務放棄はするはずないが、何かあれば咄嗟に本心が優先するだろう。
会話する機会があったとしても、親しくなるどころか優しい言葉は掛けられまいとラムドは思った。
主の言動にリーシアへの不信が見られないのが謎でしかなかった。
「騙されていないと良いですね」
「騙されても悪くはないとみている」
ルクレイスは小さく笑った。
ラムドは納得出来ない心の内を表情から隠さず、そっと口を閉じた。




