その日 2
疑いから始り、確証を得るまで調べ、ルクレイスはリーシアの力を信じている。
その判断に恋情が絡んでいないかと問われれば、ゼロではないと答えはする。
しかしその恋情は今度はリーシアの力を否定したい方へ重心を動かす。
精度を認めるほど、叶わないと諦めなければいけないからだ。
同時に取得している冷静な思考は、感情的な否定を許さなかった。
「勝てないとは貴女一人が戦うからでないか?
現段階から私も動けば――」
「私、ルクレイス様を信じております」
リーシアはルクレイスの言葉を遮った。
意図的に呼び方も変えた。
ルクレイスは態度には出さなかったが、心を乱されて言葉を止めた。
不敬が重なったためではない。
尊称で呼び掛けられていた少女から、突然名前を呼ばれた上に、信じていると断言されたためだ。
――思いをつのらせていた少女から。
しかも想定外の話の中で、既に押し負けている時に。
リーシアはここで初めて微笑みを浮かべた。
柔らかく、儚げな微笑みを。
「ルクレイス様はこんなおかしな話を始めた私を信じてくださると知っています。
そんなルクレイス様に、私は頼らずにいられなくなります。
全てを話して相談してしまいます」
「ならばーー」
「ですから、全てを明かして、ルクレイス様と力を合わせ共に戦って、敗けるのです」
「……」
リーシアはルクレイスに、信用に足ると伝えつつ、信用が成功に繋がらないと宣告した。
ルクレイスは黙ってリーシアを見つめ、何か打開できる策がないかと思考を巡らせていた。
リーシアは少しだけ待ってから続けた。
「私は何の証拠も示せません。
なのにルクレイス様は信じて考えてくださいます。
それがとても嬉しいのです」
ルクレイスは言葉を探したが、リーシアはあらかじめ反論を用意し、または問いに先回りして答えを返してきている。
何を告げれば良いのか、この場で捻り出すのは厳しかった。
むしろ意表を突こうと頑張った所で、リーシアはルクレイスが何を話そうとしているのか既に知っているのだ。
無言になったルクレイスに、リーシアはまた無表情に固めて話しかけた。
「殿下はヴィジット領で私の侍女だったミーヤから話をお聞きになりました」
断言されて、何を語ろうとも何を隠そうとしても、知られているような錯覚をルクレイスは受けた。
「ミーヤも私の力を全て把握している訳ではありません」
リーシアはちらりと護衛へ視線を向けた。
ルクレイス付きの、信頼を受けている護衛だ。
「彼は大丈夫だ」
「信じます。
まず誤解のないよう、私の力についてお伝えします。
私は起こりうる未来を視る事が出来ます。
過去は見えませんし、人の心も読めません。
起こらない未来も視えません。
私が視る未来は、私の行動により変わる時がありますが、変わらない時も多いです」
「貴女が今の私の心を知っているように話すのはなぜだ?」
「殿下が今日明かすはずの話は恐らく多くについて知っております。
会話した未来を視たので知っておりますし、私が知った上でお話ししているために未来がずれました。
――それに、殿下とご一緒に過ごす未来にも繋がっていた時がありましたので。
直接お話頂いたり、事件が起きたり――お心に触れる出来事は沢山見えました」
「切ろうとした手札を全て知っていて、もしかすると今は伝える気のない話まで誘導して吐かされた可能性もあるのだな」
「ご予定がどこまでだったかは分かりかねます。
ただミーヤは私の力をあまり信じておらず、外れると思っています」
「外れないのか?」
「外れます」
ルクレイスはすっとリーシアを見つめる目を細くした。
意味不明な発言ではないだろうと言葉を探していた。
ルクレイスが考える間を少し取りつつ、リーシアは問われる前に答えた。
「私の行動や意思の変化が影響するもの以外は外れません。
私が現状に変化を及ぼせない未来は変えられません」
「影響を与えられれば変えられると言う事か」
「はい」
ルクレイスは言い直しただけだが、一国の王子の言葉としては重い。
権力が高くなるほど与えられる影響は大きくなる。
平民の幼子が『宝石が欲しい』と言ってもただの願望だ。
貴族が同じ事を言えば使用人が商人を呼びつけるし、友好を示すために贈られたりもする。
町中の平民より領主の娘の方が、領主の娘より王族の伴侶の方が影響力は強い。
国自体の力が絡めばリーシアの予知はどれだけ変化させられるのだろうか。
ルクレイスは理解したからこそ言い直した。
「ヴィジット領での政策も?」
「幾つかはそうです。
例えば災害は私では変えられませんが、対策や支援体制は父の力で整えられます。
さりげなく危機管理として始めるよう親しい方々から他領へも広めて貰ってもおります。
日持ちする穀物の確保は、何もなければ入れ換えの時に貧民層の支援にも転じられます。
その辺りの説明や辻褄を考えているのは父ですが」
「何年も前から準備して予知による来るべき日への対策と分からないようにしているのか」
「前もって知っていると叫んでも、理性を疑われるか力が知られるかです。
効果を高めつつ損失を抑えられるよう、今も調整は続けています。
被害は何も準備をしていなかった頃と比べてかなり低くなる予定です。
途中で思わぬ事故を生んだり、流れが変わりすぎて損失にならない限りは」
「そういった事例が?」
「ミーヤからお聞きになった話を思い出して頂けますか」
「あぁ」
ルクレイスはヴィジット領でリーシアについて探っていた。
ミーヤの母はリーシアの母と友のように親しくしている侍女で、その縁でミーヤはリーシアに付く侍女になった。
幼い内はリーシアと姉妹のように遊び、母達のように主従でありながら友のような関係となった。
この国では使用人が格を付けるために受けられる試験がある。
ミーヤは母親の関係で幼い頃からリーシアの使用人兼遊び相手として屋敷に居て、試験を受けようと思い立ったのも子供の内だった。
「ミーヤが試験に落ちたのは私が原因です。
あの頃はどういう力か分かっておりませんでした。
ミーヤは私の予知が外れて落ちた話として語りませんでしたか」
リーシアの言葉には確認するような響きがあり、ルクレイスは自分がミーヤから話を聞いたと明かした未来もあるのだろうと思い、何故知っているかは問わない事にした。
手札の一つにする予定だったのだから、話していてもおかしくはない。
「そうだ」
「外れたと言えば語弊があります。
私の言葉が原因でミーヤの真剣さが損なわれたのです」
「……そんな理由で?」
予知が外れた、と言われるのとは受ける印象が大分異なっていて、ルクレイスはつい聞き返した。
しかもやる気という形のない理由だ。
勉強時間が少なくなったとか、予定外の怪我をして試験を受けられなくなったとかならまだ分かりやすかった。
リーシアは頷いた。
「合格すると聞いたミーヤは真剣に取り組まなくなりました。
伝える前は真剣に練習し、大人達に尋ね、空き時間も必死に勉強に費やしているのを見かけていました。
伝えた後は少しの時間を遊ぶようになり、勉強中も気を散らせるようになっていきました。
ただ必死に励んでいれば、落ちませんでした。
……私が安心させてしまったせいで、変えてしまったのです」
「それは彼女から聞いたのか?」
「いいえ。
試験に落ちる未来に変わったのに気付いて確かめました。
聞き取りではなく、自分で視ました」
「……」
「未来であれば他人の私生活も視えますので」
気付いたらしいルクレイスにリーシアは自分から告げた。
本当なら知られたくない一面だ。
あえて口にしなければ考えずに流してくれるだろう部分だ。
「私が行動の変化で人の心が変わり、時間をかけて大きなずれを産み出す可能性はあります。
良い未来を悪い未来へ変える場合もあるはずです。
ミーヤは試験への再挑戦の際、別のお屋敷へ勉強へ訪れて、そこで知り合った方と今は深い仲になっております。
ミーヤは私付きなので、試験に落ちなければその屋敷で奉公しなかったはずです。
幸せそうですが本来なら違う人と出会い、違う人と恋仲になっていたかもしれません。
未来に生まれる子も、その先の関わりも変化しているでしょう。
ただ私は過去や起こり得ない未来は視えませんから、比較は出来ません。
一つの領地の中なら国全体に影響する変化も小さいでしょうが、もし私が国に仕えれば、その変化は大きなものに変わるはずです」
その大きな変化を良い方向へ使えば問題ない。
ルクレイスはそんな風には言えなかった。
異能といえ、そこまで精度が有りつつ変化可能なものだと、ルクレイスは思っていなかった。
たまに宗教家や占師が触れ回るような根拠のない予言よりは信頼出来る――程度のものだと考えていた。
過去に宗教家や占師が異能者であった事がない。
彼らが世に広めるような、当たるか当たらないかを二択で迫られる、印象的な一場面なら扱いはもっと容易かった。
例えば前後の説明が全くなく、長い期間のどこかで敵対者に刺されて死ぬ、と言ったような。
だがリーシアが見ているのは切り取られた一場面ではなく樹系図だ。
ルクレイスは会話の中でそれに気付いた。
焦点を当てた選択より前の選択を変えれば、焦点を当てていた問題は発生すらしないかもしれない。
しかも起こり得ない枝が見えないのだから、全ての結果を見比べて成功する枝を逆に辿る事も出来ない。
リーシアの行動一つで変わる可能性があるのに、それを頼りに政策を動かすのは恐ろしい。
ぎりぎりで上手く行くはずの案件があったとして、予知から楽観する官僚は必ず表れるだろう。
それだけでなく後ろ暗い者は予知を恐れるだろうし、まだ起きていない未来を理由にした評価がされかねない。
予知を一部の王族だけの秘匿事項にしても、目に見えた失敗が見えなくなれば、背後に特殊な理由がないか怪しむ者はが表れる。
それが国外であれば邪推や言い掛りで大きな軋轢を生むかもしれない。
この国が裏で横槍を入れて失敗したのではないか、未来に起こる成果を視て工程を盗んだのではないか。
そう疑われた時、互いに物証は何もない。
ただ証拠のない言い掛りだと無罪になったとして、不信感などの負の感情を消せはしない。
相手の心証の中で有罪になってしまえば、その関係に大きく長い負の影響が生じる。
大きな話より何よりも、リーシアの力の対象が国になった時、告白を信じるならば、リーシアは後十年も生きられない。
ルクレイスは真っ先にそれが引っ掛かった。
思う少女が若くして死を迎える上に、その死によってあちこちに負の影響を与える。
しかも後十年と言うのは心を病んで自己崩壊を起こす期限だ。
ルクレイスがリーシアを守る事で正体の見えない敵が表れるなら、その期限さえ短くなりなるかもしれない。
絶対的な拒絶から推測するなら何の準備もない今、打開策も示せないのに説得もありえない。
ただでさえ将来の保証なんて約束出来ないのに、悪くなる可能性が高い中、守るから手を取ってほしいとルクレイスは言えなかった。




