その日 1
創立記念日といっても、学校が建てられた誕生日的な日ではない。
創立を祝うと学園側の都合で決められた日だ。
一年目のその日、リーシアは友達らと楽しみながらもエイゼンとの未来が重くのし掛かっていた。
催しを回り続ければエイゼンが会いに来ると知っていたため、体調が悪いと逃げたりもした。
二年目のこの日、リーシアはエイゼン以外に気を取られていた。
先を視て知り、考えて動くリーシアには、イベントごとだからと他の生徒のように純粋に楽しむ感覚はあまりない。
未来が不穏なため一時の楽しさだと認識してしまってきるし、未来を打開する模索へ意識を引っ張られるため、子供らしくただ笑って楽しめない。
夕方に控えた会話を意識して、晴れやかな気分にはなれなかった。
しかし夕方にある出来事も全て視て準備済みで、恐らくもう絡めとられはしないだろうと思えていた。
翌日以降の未来が視えないのは不安だったが、翌日はカチュアが一日中一緒にいてくれると約束してくれていた。
カチュアは適当な理由をつけて、ユレアノやカイ、マロッドも側にいて貰うと画策していた。
リーシアは着いていてくれる友達に励まされ、暗くなりがちな思考を振り払えた。
もし力が無くなるなら、あるいはリーシアに明日が来ないなら、未来視と戦うのは今日が最後かもしれない。
リーシアはそんな先の視えない不安に精神を削られながらも、隣で支えてくれる友人達の笑みに心強く励まされた。
時折機を伺う婚約希望者の影もあったが、マロッド達が上手くタイミングが合わないよう動いてくれていた。
心の底から楽しむまではいかなかったものの、時に不安を忘れ熱中し、一年目には無かった楽しさで友人らと笑いあった。
もし来年に何も憂いがなくなっていれば、純粋に楽しめるのかなと期待を抱けた。
ο ο ο
リーシアはルクレイスに呼び出される時間の辺り、ユレアノとカチュアに頼みごとをして誘導した。
別の用事を頼まないと、カチュアはリーシアを一人に出来ないと着いてきてしまう。
ユレアノは上手く誘導すればエイゼンと親しくなるきっかけが出来るのが偶然視えて、どうせだからと『それ』を起こした。
知らぬ間に何か変わってエイゼンが来てしまわないための足止めにもなる。
ナイセニアはリーシアの気持ちを優先するため、あえてルクレイスの伝達役を引き受けている。
リーシアは誘いにも来たナイセニアに、ルクレイスには信頼できる友人の一人が断りに向かうと嘘を伝えた。
マロッド達は夕方に無事の報告と礼を伝えれば、そのまま寮へ戻り男子生徒のみで遊ぶ。
カイは異能者の催しの件で忙しいため、気にしなくても関わってこない。
ただユレアノにエイゼンと出会う前に離れる報告をしに戻って貰わないと、心配して探しに辺りを動き回るため、そこの調節はユレアノの方にした。
人払いを仕組み、リーシアはルクレイスの背後を取った。
比喩であり、言葉通りでもある。
ルクレイスがリーシアを迎える予定の場所へ向かう、ほんの少し前のタイミングで背後から声を掛けた。
「お話があります」
庭園の一画で、この日防犯の名目で立ち入りが禁じられている場所だ。
背の高い木が中心に植えられていて、見通しがあまり良くないのが理由だ。
この場を警護する者達はルクレイスの息が掛かっていて、ルクレイスとリーシア以外は通してもらえない。
「奇遇だな。
今貴女を呼びに行かせたばかりなのだが」
「知っております」
ルクレイスは一瞬だけ驚きを見せたが、すぐに隠してしまった。
何度にも渡る試行で繰り返し反応を見続けていたから、その微細に表れた感情にリーシアは分かっている。
ルクレイスは普段は余裕を感じさせる薄い笑みを浮かべている。
ルクレイスは内密な話だからと、護衛を側に置いていない。
話が聞こえる範囲にいるのはルクレイスが信頼して側に置く一人の護衛だけだ。
その一人もただの令嬢なら気が付かない場所で控えていた。
何度も色んな会話を試みたリーシアは、その護衛が潜む場所を知っていた。
護衛が警戒して出てこないよう、リーシアはルクレイスに声をかける前に、護衛に向かって御辞儀をしてから動いていた。
何故かこれで警戒を解いてくれるが、その理由は知らない。
「私が呼んでいると明かさないよう頼んだはずだが」
ルクレイスは含みのある視線をリーシアに向けた。
ルクレイスが『知っております』が内包する意味をしっかり理解しているのだと、リーシアは感じている。
ナイセニアはルクレイスの名前も出さない約束だし、それを破ったとしても、ルクレイスが指定した場所に行く前にどこで待機しているまでは知らない。
ナイセニアが頼まれた時、リーシアはもっと離れた場所にいた。
ルクレイスは協力してくれる友達らにリーシアの居場所を見張って貰っている。
彼らから聞いた場所をナイセニアに伝えている。
連絡者でない友人らが監視に残り、リーシアが他所へ移動する気配を見せた時はその場に足止めをされる予定だった。
だからリーシアがここへ着くのには時間がかかるはずだった。
「私からナイセニア様に会いに行きましたの」
「……なるほど?」
ルクレイスが何を考えて説明不足な言葉に納得を見せたか、リーシアには分からない。
ただ回りくどい追求がされないために必要な説明は分かっている。
「待ち合わせ場所の方へ移動している限りは足止めをされませんので」
「そうだな。
だが私はまだそこへ着いてもいない。
ニサも気を効かせてくれても良かっただろうに」
「私以外の者が断りに向かうとお伝えしましたので、ナイセニア様は知りません。
近くで見ていた方も断られたら解散と決まっておりました。
ここへは一人で来ました」
「良いのか?
明かしてしまって」
ルクレイスは何をかは言葉にしなかった。
リーシアの言葉は、知るはずのない情報を全て知っていると言っているようなものだ。
リーシアは無感情を演じてじっとルクレイスを見つめた。
「殿下のご用件も把握しております」
「それは話が早い。
私の望みも、提案も分かっているのだな?」
「だからこそ参りました」
ルクレイスは探るようにリーシアを見つめた。
リーシアも感情を剥ぎ取ったままの顔で、ルクレイスから目を離さなかった。
しばらく見つめあった後、ルクレイスは小さく息をはいた。
どこか残念そうな、寂しげな表情だとリーシアは感じた。
「望みが満たされる話では無さそうだ」
「真逆のお話です」
「それは貴女の意思か」
「動かない事実です」
「神託か。
――聞こう」
神託という表現はまるで人外だと言われたようで、リーシアは否定したかったものの、話が逸れてしまうために流した。
「私と殿下が親しくなると、国力を削ぐ騒動が始まります」
ルクレイスの顔から笑みが消えて強ばった。
一方でリーシアはただ無表情を貫いていた。
ルクレイスにはリーシアが感情を見せるより、淡々と事実を語る方が響く。
理性が感情を上回らない人だからなのだろうと、リーシアは思っている。
ルクレイスが激しい感情を見せた話は聞いた事がなかった。
無論、私怨で権力を動かした話も聞いた事がない。
堂々と余裕に満ちたルクレイスが、こんな風に感情を表すのは珍しかった。
ルクレイスは異能について問い詰めて、協力を申し出て親交を深める計画でいた。
それが会って速攻での凶兆宣言だ。
ルクレイスはリーシアからの未来予知による先制攻撃をある程度覚悟していた。
それでもまさか現在の話をすっとばして失敗する結末を最初に語られるとは思いもよらなかった。
しかも国を巻き込むと言うのだから、王族たるルクレイスが聞き流せる話ではない。
ルクレイスは数秒で平静を取り戻したように装った。
そもそも貴族達よりも混乱を外に出さない訓練がされているし、想定外が起きた時こそ冷静に分析を始められるように教育されている。
リーシアは口にしたのは、ルクレイスの決意や計画が、国を揺るがすほどの失敗に終わるという意味だ。
予知があると知っていてすら荒唐無稽に聞こえる。
何をどう聞くか、真実を答えて貰えるのか。
ルクレイスは思考を巡らせた。
「継承権を放棄する私が国を動かすと?」
「いいえ。
理由は私にも分かりませんが、私達を追い詰めようとする動きが生まれます。
そのために大きすぎる被害が出ます」
ルクレイスにはリーシアと結ばれてそこまで敵対される相手の心当たりはなかった。
だから素直に導きだすなら理由はリーシアにある。
「貴女に纏わる騒動か」
「いいえ。
エイゼンとの未来にはありませんでした」
ルクレイスは問いかけを止めた。
背筋を伸ばし、無表情に淡々と語るリーシアは、ルクレイスには同じ人とは違う存在に見えた。
儚げなほっそりとした肢体で美しい姿勢を保ち、感情の現れない顔は全てを見通しているように感じられた。
神託を告げる清廉な存在に見えた。
そんなリーシアが元婚約者との未来を口にし、そこにはなかったと過去形で語った。
元婚約者の影に嫉妬心を刺激されながら、既に元婚約者との未来を手放している物言いに満足感を得てもいた。
生身の人間だと認識が戻ってきた。
恋情に思考が侵食されてながらも、感情とは別に、理性は建設的な話し合いを求めた。
元婚約者との未来が幸せに満ちた平和な物なら壊す必要はなかったのだ。
「ならば何故婚約を解消させた?」
「エイゼンは私の力を信じません」
「……」
リーシアにはルクレイスが何を感じているかは読めないが、どんな振る舞いをすればどんな反応をするかは確認している。
試行錯誤の上で、ルクレイスに対して効果的に見える佇まいを整えているだけだ。
しっかりとした計画と強い意思で、淡々と自分で作った台本をこなしていくだけ。
リーシアが心構えなく話せば、感情を煽られたり理詰めで追い詰められたりする。
悲しげに話せばぐいぐい押してくる。
高慢に振る舞えばその場では合わせてくれるものの、ルクレイスはそういう相手の対応に慣れているようで、言いくるめられない道が見えなかった。
自分の力で足りない結果は作れないのだ。
ルクレイスの踏み込みが甘くなるのが、あまり感情を出さない態度をとる場合だった。
リーシアはルクレイスに愛だのユレアノだのは語らないと決めていた。
それは直接の原因ではないし、エイゼンとルクレイスの友情に石を投げるようで話したくなかった。
「だからエイゼンにはこの力を教えていません。
私の心はエイゼンの側に居続ければ耐えられなくなります。
他の要因も重なり衰弱して三十を迎えずこの世を去ります」
「……その要因をどうにかしなかったのか」
「私の力は万能ではありません。
私の言葉や行動が及ばぬものは変えられません。
そうでなければ殿下とこうして話す機会も作らず逃げる事ができました」
「異能を国に届け出なかった理由と関係しているのか」
「はい。
国のために犠牲がないようにと能力を使い続ければ私の心も体も持ちません。
私の力は強い不安で勝手に発動し続けますから、国全体から守る対象を取捨するのは難しいです。
国に属した時点で私は私を使い尽くし始め、私を慰められる人は私から遠ざけられ、私の死によって親しい人達の怨嗟を呼びます。
幾つかの集団はヴィジット領と共に中央への忠誠心を失います。
大切な者を奪われた、国から裏切られた、と」
これには誤魔化しも混ざっていたが、力を明かしてエイゼンとの結婚した場合、その傾向が強くなるため嘘でもなかった。
その条件下が一番リーシアの寿命が短い。
エイゼンから逃げるため役割に集中するが、そこには身を削ってでも力を使いたくなるだけの案件が溢れている。
国という規模になれば当然だ。
経済、紛争、人災、天災、政策、国際関係――表面に出やすい案件だけでも大量にある。
どこにも不満のない解決策などありえない。
誰かがどこかで犠牲になる。
時に酷い数の命を見捨てる案件も出る。
自分がもう少し頑張ってれば、頭が良ければ、もっと良い解決策を考えて動かせたろうにと、終わりのない反省と自己嫌悪に苛まれる。
分かっていてもそれは心を深く傷付けてくる。
もっと自分を削っていれば、もっと良い結果になったはず、と。
国に属さなくても自分や身近な人の未来に必死になってしがみつく。
災害や事故など、決してゼロに出来ない被害をゼロにしようと試行し続ける。
リーシアはそれに耐えられる未来を視た事がなかった。
もう少し、もう少しと、体に無理をさせ、力を使い続け――
それを止められるとも思えなかった。
「私が守ると言ってもか?」
「殿下は誠心誠意守ってくださります」
言い切ったリーシアに、ルクレイスは目を見開いた。
「殿下が私を守る場合、私の弱さ以外の敵が現れます。
目的も敵対の理由も私には全く分かりません。
何をなさろうとも殿下はその力に勝てません」
リーシアは淡々と、事実として語った。
ルクレイスは黙ってリーシアを見つめた。




