試行 5
迷いを振りきって、リーシアはカチュアに明かしてみる事にした。
ルクレイスが肯定する状況証拠から、カチュアなら否定する理由を出してくれるかもしれない。
寄り添って助けようとしてくれる友に、あれもこれも秘密にし続けるのが苦しいためでもあった。
「ルクレイス様は、恐らく領地の話をあげてきます」
「領地……そうね、学園より過ごした期間は長いものね」
カチュアはすぐ、リーシアが領地でも力を使っていたと思い至った。
学園内だけでもカチュアは気付いたが、それは友として近くに居たからだ。
学園内だけでなく領地での話まで掘り起こせば、引っ掛かる事柄は幾つか出てくるのだろうと察した。
リーシアは小さく頷いた。
「力に気付いたのも早かったですし、両親にもすぐ信じて貰えました。
……エイゼンとの婚約が決まった時には、私が嫌がって倒れた理由を察して、いつでも解消出来る余地を入れてくれていましたし」
「婚約を認めないのが一番だったけどね」
「熱でまともに話せませんでしたから。
両親から知らされるより先に知りましたし、寝込んでいる間に決まりました。
決まったと聞いて更に体調を崩しましたし。
婚約との関係を察して貰えただけでもありがたいです」
「情報が前後しちゃったのね。
領地で派手な事でもしたの?」
「いいえ。
ただ周囲の人には運が良く感じられるだろうとは思います。
誰にも言わないで欲しいのですが――10年以上前に起きた都での馬車事故は知っています?」
「何となくは聞いた事があるわ。
確か小さな事が積み重なって、結果酷い事故になって沢山の死者が出た事件よね。
貴族の死者が多くて、物品の被害も大きかったとか」
「……母も巻き込まれるはずだったんです」
カチュアは動揺したように視線を揺らがせた。
見ていたくなくて、リーシアは俯いた。
「集まりがあったそうで、母も出席の予定で、それを私がどうしても嫌がって、変なことばかり言って、当日も泣いて引き止めたそうです。
怖い夢を見たか、恐ろしい話を聞いて現実と混ざったか、大人達はそう思ったそうです。
その後に事故があったと聞いて、もしかして危なかったのかもと話していたそうですが……」
「リィの力を考えると、『もしかして』では無かったのでしょうね」
リーシアは顔を上げず、小さく頷いた。
カチュアはリーシアが俯く理由をはっきりとは理解していなかった。
自分の親だけ逃れた罪悪感か、死んだ人への罪悪感か。
その辺りの想像をしていた。
「もしかしてとか、成功するとは思えないのに、と言った事がよく起きてはいるそうで」
「……」
「物心が着いてからはどうにかなる『不幸』には両親に相談して叶う限りは試みてきました。
どうにもならない事も、力が及ばない事も、沢山ありました。
父が上手く建前を用意してくれましたが、不思議な力が介在していると見られてもおかしくはないのだと思います」
「そう……」
「恐らくルクレイス様はそう言った事例を集めて……領地の人々にも聞き取りを行ったのかと」
「リィの力を知っている人は多いの?」
「いいえ、親しい極一部です。
ですがヴィジット家は領民との距離が近いので、知り合いも、昔話を直接知っている人も多いんです」
「交遊関係の広さが裏目に出るのね……」
「私に不利な話なら口をつぐむ人は多いでしょうが、そうでないなら喜んで話す方が多いですし。
幸運の女神様、とか。
私の力を事実として知っている中にも、私の為を思ってルクレイス様を頼りそうな者もいます」
「……」
善意が刃に成る事はよくある。
行動の結果が分からないからだ。
悪意が助けとなる事だってある。
「確定として話せるはずがないわ。
形が残るものではないもの」
「そうですね。
運が良いだけなら周囲の疑いを深めても確定には出来ません」
「確かに疑心は募るわね……」
「私を知る親しい人から言質を取っているなら、裁判となれば私は頷かざるを得ません」
「……」
食い違えばどちらかが嘘を吐いている。
問題が異能の隠匿であれば、重罪のため裁判まで引きずりだせる。
リーシアが嘘とすれば異能者の隠匿罪になり、証言者を嘘とすれば真実を言った者の方が罰せられる。
ルクレイスがそこまでするとは考えられなかったが、脅しとして語られる可能性はある。
そこでリーシアの答えでルクレイスの心象が変わり、見放されて本当に裁判まで行ってはどうにもならない。
「命に関わる話を許可もとらずに勝手にしたのなら、見捨てても良いんじゃないかしら」
「本当に親しい方しか私の隠し事を知りませんから」
「……」
「例えばもしカチュア様が信じる方に助けを求めて、その方が原因となって暴かれたとして、カチュア様の責任とは思えませんもの」
「私はっ!……誰にも言ってない」
カチュアは迷いを疑われた気がして、つい声を荒げた。
今は心を固めているが、カチュアは父へ相談しようか迷っていた事があった。
これからも手に余ると実感する度に揺らぐだろうと、カチュア自身も理解していた。
絶対に話さないと決めても、未来を知らないカチュアには、話さないのが本当に良い判断か分からない。
話して相談していれば助かった、なんて事態も考えられるのだ。
――事実、飼い殺しされる未来もあったが、カチュアは知らないのだから。
リーシアは淡く笑った。
「はい。
カチュア様は誰にも言わずにいてくれると信じております」
「……」
「私の占いは行動で変化しますので、私にも永遠が分かる訳ではないです。
だから、信じております」
未来を占えるなら分かるはずだといずれ指摘されないよう、リーシアは先に宣言した。
それは矛盾のある説明だった。
まさに今、カチュアの父親の動きが視えないために、カチュアが誰にも話していないと信用できる。
逆にリーシアが未来視から変化させた言動次第で、カチュアの考えが変わるかもしれない。
そのためにもリーシアはあえて信頼を口にした。
リーシアはカチュアの内心をかき乱し、話を元に戻した。
「ルクレイス様の準備は整いつつあるようです。
ルクレイス様に隠し通す良い案はあるのでしょうか」
「……元々、近すぎず遠すぎずを目指そうと話したものね」
カチュアは珍しく眉間に深い皺を寄せていた。
カチュアはいつも笑ったり怒って見せたりと感情豊かに振る舞うが、誰かに見せつける手段として以外では、負の感情は隠して見えないようにしている。
リーシアの目に今のカチュアは苛立って見えたものの、相談内容にそれを引きずらない。
「能力を否定しない事でルクレイス様を味方に出来ないでしょうか」
「否定しても味方だと思うけど。
リィを好きなんでしょう?」
「私は感情が見える訳ではないので、可能性としてはあり得ますが、今現在そうなのかは分かりません」
「……」
「ルクレイス様はお優しい方ですから、私が傷付くと信じて貰えれば踏み込んでは来ないと思います」
「傷付くって……」
「私の感じる悪い未来は、そう言った方向性ですから。
私の言葉を信じて貰えるなら、十分に話し合える余地はあります」
カチュアは渋い顔で大きく息を吐いた。
「分かったわ。
第三王子に打ち明ける方向で行きましょう。
どちらにせよあの二人から逃げるまともな方法が無かったんだしね。
けど王族かぁ……」
「ではまた時間を見て何をどう話せば良いか占ってみます」
「あ、リィ」
カチュアはばっと普段の調子に戻って、思い出したかのようにリーシアを呼んだ。
「時間が掛からないなら――というか、のめりこむと駄目だから私が着いてるわ」
「え……」
リーシアは咄嗟に返事を返せなかった。
力を使っている時に自分が焦点の合わない目でぼんやりとしているらしいのは知っている。
猫のように何もない空間を見つめ、声をかけても反応しない時もあり、良く言っても心配、悪く言えば不気味に思うと言われた過去もあった。
力を使う時は目を閉じて横になっている、が平穏な選択なものの、目を閉じているのに一方的に眺められるのは落ち着かない思いになる。
わざわざ誰かに見られたくはない。
「あまり、人に見せたい姿ではないので」
「裸になったり冷水に浸かったり飛び回ったりするの?」
「え……?」
「占いとか祈祷とか、そういう人もいるらしいけど」
「いえ、ただ目を閉じて横になっているだけです」
「なら問題ないんじゃない?」
引き合いに出された例が酷くて、リーシアは自分の気にしている事が大したことなく感じてつい頷いた。
カチュアもそんなリーシアに大きく頷いて返した。
「それに方針も決まったからそろそろ創立記念日以降も見た方が良いわ。
腹の中で何を思ってるかは分からないし」
その場で話を合わせていても、本心はどうか分からない。
先に選ぶ行動を知らなければ、それが正解だったか間違いだったか見えない時も多い。
「そうですね」
リーシアはカチュアに力を使いすぎないよう止められていた。
カチュアから、自分が力になるからまず創立記念日に集中しようと言われて、それを守っていた。
リーシアは思い悩まないように励ましてくれているのだろうと考えていた。
早く未来を変えたいものの、焦り急いで失敗したくない。
熱を出して寝ている間に事態が変わるのも怖いので、カチュアの提案を素直に受け入れていた。
実際にはカチュアは、異能の使い過ぎがリーシアの体調不良の原因だと察しているため、言葉通りに力を使いすぎないように心配していた面が大きい。
「準備があるなら後ろを向いてましょうか?」
「大丈夫です。
でもあまり見ないでくださいね。
恥ずかしいですから」
カチュアは何が恥ずかしいのかと聞こうと思ったが、リーシアは突拍子も無い事をしでかしても中身は乙女だ。
まぁ気になるのだろうと追求を止めた。
見ないでと言われても見ないのも変に感じて、椅子に座って目を閉じるリーシアを、カチュアはぼんやりと眺めていた。
リーシアはすぐに目を開いた。
何か言うだろうとカチュアは思い、そのまま待ったがリーシアはまた瞳を閉じた。
リーシアはそれを何度か繰り返し、目を開けなくなった。
しばらくして、リーシアの顔から血の気が引いているのに気付き、カチュアは手を伸ばしかけた。
そこでふと、力を使用している最中に触れていいのか悩んだ。
上げた手はそのまま宙に止まり、そのまま下へ下ろした。
代わりに小さな声で名前を呼んだ。
「リィ、リィ?」
「……」
「リィちゃん?」
「……」
何度か呼び続けていると、やがてリーシアは目を開けた。
不安げ、というより絶望というような暗さを滲ませ、リーシアはカチュアを見上げた。
「また……何も視えません」
「何もって――この前みたいに分からなくなったって事?」
「何も、創立記念日の翌日から、何も……一体いつから視えなくなっていたのか……」
リーシアは自身の体をギュッと抱き締めた。
リーシアの体が小さく震えているのに気付き、カチュアはリーシアが口にした不安を思い出した。
カチュアには未来も異能も分からないため、自分が慰めに何を言おうと意味がないように思えた。
「前回はしばらくしてから占えるようになったのよね。
ヴィジット領だけが占えなくて」
「はい……今は、創立記念日の翌日から、どこも――場所を問わず視えなくなっています」
実際に翌日から見えなくなっているのはリーシアと学園一帯だ。
場所が遠くなるに連れて、見えなくなる時間が遅くなっていった。
翌日の昼から、翌々日の朝から、といったように。
ただそこまで詳しい説明まで出来るほど、リーシアに余裕はなかった。
「場所を問わず……」
カチュアは慰めではない推測を選んだ。
「前回は領だけ占えなくて、確認しても領に異変がなかった。
今回は特定の日以降が占えなくなった。
リィの占いは今まではいつでも出来たの?」
「しようと思って出来なかったのは前回と今回で二回です。
悪い事や危険な事は意図しなくても突然分かる事が多かったですが」
「可能性としてはやっぱり力が無くなりつつあるのかも知れないわね」
リーシアは暗い顔で俯いた。
力が無くなってしまうのは怖かった。
「経過を見るしかないけど、少なくとも悪い事が起きているから分からないのでは無さそうよね」
「そうですね……分からなくなっていっているのなら、良いも悪いも関係ありませんから」
「今は創立記念日に集中しましょう。
どこかに占えなくなった理由が無いか気を付けて過ごしましょ」
「カチュア様……」
カチュアはリーシアに、力強く優しい笑みを向けた。
「私もいるし、ユレちゃもリィの味方でしょ。
何かあったとしても、カイもマロ君も、みんなリィを助けるわ」
「ありがとう……」
不安を消し去る事は出来なかったが、リーシアは勇気づけられた。
創立記念日の翌日からについては考えないようにして、まずはその日を最善で終えようと決意した。




