試行 4
リーシアがナイセニアと仲良くなると、創立記念日の呼び出しの流れが変わる。
それは元々ナイセニアが本当にルクレイスの頼み以上の何かを内に抱えていなかったからだ。
ナイセニアはルクレイスに頼まれると、リーシアと知り合う前は、ルクレイスの思惑にはさほど触れず、思わせ振りな演技を他でもないリーシアに見せる事にはしゃいでいた。
親しくなるとナイセニア、まずルクレイスを問い詰める事から始める。
ο ο ο
「私が彼女と親しくなったと知って何を頼みますの?」
「今言った通りだ。
二人で話す時間が欲しい。
そのための呼び出しだ」
「友達を売れと?」
「私も友達だろう?」
「ええそうね。
だからこそあなたじゃなくて彼女につくわ。
あなたと彼女では彼女が弱すぎるもの」
ルクレイスは含みのある笑みを返す。
「彼女の方が強ければ私の味方につくか?」
「ありえないわ。
少し煽ってみたけれど本当に目立つ場所には居たくないみたい。
貴族を捨てて過ごしたいとさえ思っているかもしれない。
伯爵も許可してるらしいし、あなたの隣に喜んで立つタイプではないわ」
「表に出ず籠の鳥になっても良い」
ルクレイスの言葉に、ナイセニアは目を見開く。
「継承権は捨てられても王族の血は捨てられないのよ。
あなたの妻を目をつけられないよう守るのは無理よ」
「何をしても守る覚悟はある。
彼女さえ頷いてくれるなら王や兄達を説得する準備も進めている」
「……婚約を解消目的に突発的な芝居が出来る性格の妃教育を受けていない女にそんな価値が?」
「ひどい言いようだな」
ルクレイスは鼻で笑う。
ナイセニアの言葉は貶すのが目的ではない。
ナイセニアは真剣な面持ちを崩さず、逃さないとでも言うように視線を逸らさない。
ルクレイスはナイセニアが辛辣さに含ませた意味に答える。
「彼女は魅力的だがその価値を話す事は出来ない。
私が欲しいと思う、それが全てだ。
まぁヴィジット家の豊かさと横の繋がりの広さは元から価値があったが」
「政略とでも言うのかしら?」
「説得の材料の話だろう」
「……つまり家以上の語れないような価値があると」
「以上とも以下とも言いがたいが、少なくとも家柄だけでも説得の材料としては十分だ」
「更に友達にも言えないような秘密を?」
「私の切り札だからな。
下手にどこかへ漏らされて私以外に利用されると困る」
ナイセニアは戸惑うようにルクレイスを見つめる。
「彼女とは直接には会ったばかりだけど、これからも親しくしていきたいと思えるの。
本気なの?
興味本意なら許さないわ」
「本気だ」
「危害を加えないと約束する?」
「何を勘違いしているか分からないが、私は守る覚悟があると言ったはずだ」
「……そうね」
ナイセニアは困ったように微笑みを浮かべる――
ο ο ο
これが、これから創立記念日までに起きるルクレイスとナイセニアの密談の内容だ。
多少変わっても似たような内容を話す。
彼らは二人きりで話している訳ではない。
室内にはルクレイスがいつも側に置く護衛と、会話が聞こえないくらいの距離に別の護衛がまだ何人か控えている。
ルクレイス付きの護衛は、主の知るリーシアの秘密を知っている可能性が高い。
もしかすると他にも情報を共有している人間がいるかもしれない。
そう思い、リーシアの頭に浮かぶのはエイゼンの顔だった。
二人は親友で、『今』はリーシアを争っている、らしい。
実らないと視えている恋は現実味がなく、他人事のようにリーシアはそう感じている。
ただエイゼンを思いだし、リーシアは何かが引っ掛かった。
それは企てや裏ではなく、二人の違いだ。
リーシアを好きになってくれるかどうかだけでない、人としての違いが何となく引っ掛かった。
上手く形にならず、リーシアは二人の会話を変えられないか考えた。
ナイセニアのあの様子では、リーシアの味方と言いながら、ルクレイスの本気を感じ取って信じてしまう。
ナイセニアは何も知らなければ、ただ呼びだして役を引き受けるだけだが、今はリーシアの友人だ。
リーシアもナイセニアの面白い所が好きだ。
ルクレイスとの会話を盗み視た限り、話し方だけを取っても、ナイセニアはまだリーシアに遠慮があるのが分かる。
ナイセニアとはもっと親しくなれる気がしたし、リーシアもこれからも親しく付き合いたいと願っていた。
そんなナイセニアがルクレイスを信じ、『友達らのために』リーシアとルクレイスを引っ付けようと頑張ったらどうなるか。
今ですらルクレイスから逃げる術が見つからないのに、更に逃げられなくなってしまう。
リーシアは知っている。
ルクレイスの絶対に守るという覚悟は、覚悟のまま終わる。
確かに申し訳なくなるくらい、ルクレイスは言葉通りにリーシアを守ろうとしてくれる。
しかし彼は守れない。
リーシアが先を読んで考えても、彼に助けを求める未来でも、破滅は回避できない。
ナイセニアがルクレイスを信じないようにすれば良いのか。
そう考えても二人は以前からの親友で、リーシアでは疑うよう仕向けるのは無理だ。
それにルクレイスを信じられないと吹き込めば、二人の関係を悪化させてしまうかもしれない。
上手くいきすぎれば、最悪の場合、ルクレイスにあらぬ不評が生まれるかもしれない。
(ルクレイス様の守ると言う覚悟が敵わないのだと伝えられれば……)
共に幸せに歩む道がないと、どうしても上手く行かないのだと、理由はわからず打開できないのだと、ナイセニアに信じてもらえれば――
リーシアは今後、ルクレイスとの間に立って動くナイセニアとどう付き合っていくか考え、悩み、ふっと、気付いた。
間にナイセニアを挟む必要があるのか。
ルクレイスはリーシアの力を知っている。
知ると言うより恐らくちゃんと把握している――しようとしている。
それは引っ掛かっていたエイゼンとの違いだ。
エイゼンに打ち明けた場合、エイゼンは未来視を否定し、愛を誓って失敗する。
打開出来ないと決まった結末は決意だけでは変えられない。
それまでとの変化が必要になるのに、エイゼンはリーシアの訴えを退けて強い愛の約束だけで変えようとした。
エイゼンは誓った通りにリーシアを大切にしてくれるが、心も子供も与えてくれない。
自身の愛を強く信じたのか、リーシアの言葉を甘く受け取ったのか、リーシアの力を信じていなかったのか、リーシアには分からない。
しかしルクレイスは自身の調査でリーシアの異能に気付いている。
つまり話し合うならリーシアの力を信じている所から始められる。
打ち明けた場合にエイゼンと生じてしまう、『未来はこうなる』『そんなはずはない』なんて会話から始めなくて良いのだ。
エイゼンへの気持ちから覚めているリーシアは、その思い付きに強く惹かれた。
カチュアは言っていた。
何も起きない状態で変わらないなら、わざと何か起こせば良い。
ルクレイスにばれないように努めて変わらないなら明かしてしまえばどうか。
明かしたなら敵に勝とうと励む彼に、敵になる前に諦めてと頼める。
ルクレイスに全て明かしてしまえば違う道が開けるのではないか。
ルクレイスは恋心の拒絶は受けいれてくれないが、未来に起きる現実ならどうだろうか。
現在の時間軸では言葉さえ交わしていない彼でも、リーシアは未来視の中でその心を信頼している。
ルクレイスはきっと、リーシアの言葉を信じて、納得して離れられるのではないか。
離れきらない良い距離を見つけられるのではないか。
リーシアの選択肢が一つ増えた。
ルクレイスに全て話してしまえば良い。
そこでリーシアは一人での思考を止めた。
一人で背負わないようカチュアに言われている。
未来視の引き際を見極められないリーシアに、カチュアは歯止めと打開のためのアイデアをくれる。
何よりその親愛が削がれた心を守ってくれた。
新しい道を詳しく探す前に、リーシアはカチュアへ相談を決めた。
ο ο ο
リーシアの話を聞いたカチュアは表情を曇らせた。
二人は放課後にリーシアとユレアノの部屋で話し合っていた。
ユレアノは異能者への講義と催物の準備で忙しく、創立記念日までは帰ってくるのが遅くなる。
リーシアが不意に熱を出してもその場で横になれるため、相談には良い場所だ。
「直接異能の話をするのは危険じゃないかしら。
今まで通り誤魔化す方法を探しましょう。
王族に異能を隠していたなんて告白するのは絶対に駄目よ。
リィの力は外に見えないのだから、認めさえしなければ誤魔化せるはずよ」
「もう確信されている予感がします。
お互い証拠を出せるものではありませんが、恐らくそれに近い何かを集めていると思います」
「証拠ねぇ……
リィは私達以外にも誰かを助けたりしたの?
大袈裟なことじゃなくて、私みたいに小さな幸運の積み重ねみたいな」
「……」
リーシアは迷った。
ルクレイスが何を話そうとしているのか、リーシアは視て知っている。
まだ出していない切り札もあるかもしれないが、少なくとも領地の話は知っている。
大小含めたヴィジット家の幸運の積み重ね、関係する人々の幸運。
異能者に益が出るような事業。
そして建前がしっかりしつつも、対策としての面が強く、一見損の大きく見える新しい政策。
将来有望な学者の誘致と言いながら、大まかな狙いは定まっている研究。
そういった物に焦点を合わせられた時、勘の良い人なら可能性として思い付くし、思い込みの激しい人なら正解だと決めつけるだろう。
過去においては不運を知って回避し、今より未来の悪運をも更に回避しようとしていると。
もし、ルクレイスのリーシアへの思いに共感し、優しさや好意からルクレイスへ協力したいと思う人間がいれば、リーシアの秘密は明かされてしまうだろう。
リーシアはそれが既に起きているだろう事も分かっていた。




