試行 3
リーシアはルクレイスと会話する方向へと定め、カチュアと相談しながら創立記念日での動きを模索した。
リーシアはカチュアに能力の詳細を勘づかれていると気付いていないため、相談は難解になったものの、一人では思い付かなかった変化を試すことが出来た。
その内の一つがナイセニアだ。
「ふふ、以前から話してみたいと思っていたのですよ。
普段は本当に大人しい方なのですね」
ナイセニアはそう言ってリーシアに笑いかけた。
カチュアの案で、リーシアは創立記念日の前にナイセニアに近付いた。
接近は簡単で全く頭を悩ませずとも上手くいった。
リーシアが廊下でぶつかれば、ナイセニアからぐいぐいと近付いてくる。
ナイセニアはリーシア達の演技を楽しみにしていて、直接会話してみたいと思っていたと話した。
またエイゼンとの婚約が解消されてから演技が見えなくなって切ないとも語った。
ナイセニアは嬉しそうにリーシア達の元へお喋りに訪れるようになった。
「また劇はしませんの?あのお姫様だっこは素晴らしかったです。物語にある姫と騎士のようで。ぜひとも次は主従恋愛の劇が見たいですわ。一目見て虚構とわかる服装でなら問題になりづらいと思いますの」
矢継ぎ早に語るナイセニアをカチュアが止めた。
「カイはもうやらないわ。
女を抱き上げるなんて恥ずかしい真似、必要なければもうしないって言ってた」
「まぁ、お可愛らしい。
必要があれば見られますのね?
平民の殿方はこの年頃には恋を重ねていると聞きますのに」
「変な計画を立てないの。
まぁ人それぞれよ。
貴族だって緩いヤツは緩いでしょ?」
「そうですわね。
あっちにもこっちにも唾をつけて回る方も見ますわね」
ナイセニアはカチュアと話が良く合った。
ナイセニアも知識が広いようで、放っておくとリーシアの知らない単語が会話を占めていく。
しかしカチュアが上手く話を切り替えてくれるため、リーシアは解読不能な会話を聞くだけにならずに済んでいる。
「今みんな創立記念日でそわそわしてるけど、ニサ達の学年もそうなの?」
ニサことナイセニアはリーシア達より一つ上だ。
ナイセニアは笑顔で頷いた。
「私達は今回で最後ですからね。
親族のツテを頼って卒業後も来たいと話しているくらい楽しみにしておりますわ」
「そこまで?」
「言うだけですけれどね。
気持ちは本当ですけど、実際にそんな無粋な真似はいたしません。
これはこの学園の学生のために用意された催しですもの。
楽しいからと卒業後も参加し続ける慣習が生まれてしまえば、いずれ学生か楽しめない催しに変わってしまいます」
「それを私達も来年教えられるのかしら」
「そういう事ですわ。
身分も役割も求めらない参加を経てから、責任のある主催側として見直すのは良い勉強となります。
もっとも今まで主催側を経験していなかった人達も、参加を楽しむだけに収まれない人達もいますけど」
ナイセニアはリーシアへ顔を向けた。
「リーシアさんは何かされないのです?
予定外で突然芝居が始まったら素敵ですわ。
場所争いが起きるかしら」
「催事の最中ではとても迷惑になります。
廊下で突然していたのも、迷惑だったのでしょうが……」
「大丈夫よ。
道は塞いでいなかったし、根回しもしっかりしていたから」
リーシアが視線を落とすとすぐにカチュアが否定した。
リーシアは演技の最中、回りに目を向ける余裕がなかったが、カチュアは今後を考えてしっかりと整えてくれていた。
ナイセニアは楽しそうに笑みながら、カチュアに同意するように何度も頷いて見せた。
「私、本当に楽しみだったのですよ。
突然だから見えなかった時もあって、そんな時は本当に悔しい思いをしました」
「そうですか……?」
リーシアは謙遜も感謝もおかしい気がして曖昧に答えた。
ナイセニアは一人でどんどん盛り上がっていった。
「そうですわ!
ルークに何か仕掛けてあげません?その前にリーシアさんはルークをどう思っていますの?あいつ隠しつつ耳に入るようなめんどくさい干渉してますよね?その意味はおわかりでしょう?うっとおしい?それとも嬉しい?あの澄まし顔を歪めてやりませんこと?リーシアさんがルークの顔を見たくないほど嫌ってるなら無理にとは言いませんが、からかわれて遊ばれるなんて経験、あいつが滅多に出来る事ではありませんわ!良い思い出になると思いますの」
ナイセニアの勢いに、リーシアは思わず後ずさった。
ナイセニアは目をキラキラと輝かせ、期待するようにリーシアを見つめている。
リーシアは色々と思ったものの、取りあえず一つだけ訂正した。
「からかわれて遊ばれるなんて、良い思い出にはならないと思いますわ」
「嬉しいからかい方をすれば良いのですよ!
それにあいつは予想外な事されたら無礼と怒るより面白いと笑うタイプですから!
大抵のいたずらは喜びますのよ、あの変人」
「……その、ルーク様とは、どなたです?」
リーシアは察してはいたものの確認を取った。
ナイセニアはにこにこと答えた。
「第三王子サマですわ」
リーシアはカチュアへ戸惑うように視線を向けた。
個人としての発言か、頼まれて出たものなのか、リーシアには分からない。
カチュアは苦笑して、リーシアに頷いて返してからナイセニアへ尋ねた。
「ニサはリィに探りを入れたいくらい第三王子殿下と仲がよろしいのかしら?」
カチュアはナイセニアの言葉の裏にルクレイスの意思があるのかと含ませた。
ナイセニアは一瞬だけキョトンとしたが、すぐに楽しそうに吹き出した。
「はしたくてごめんなさいね。
何と答えれば良いかしら。
何も頼まれてはおりませんわ」
「言葉では?」
「そうね、でも頼まれなくても友達のために何かしたいと思うのは普通では?」
「……」
「友達がすごく良い位置に立っていたら手を貸してほしいと期待するのも当たり前ではないかしら」
「……そうね」
「私達は普通の友達程度には親しいです!」
ナイセニアの勝ち誇ったような笑顔には悪意が全くなかった。
リーシアは肩の力を抜いた。
「すいません、私、ルクレイス様とは交遊がありませんので」
「知っておりますわ。
けれどルークは王族で、同じ学園にもおります。
姿は見たことありますよね?
性格や能力も聞き及んでいるはずです」
「少しですが、確かに。
でも縁遠いお方ですし」
「遠くありませんよ!
ルークは継承放棄の件もあって身分に関わらず広く受け入れています。
同学年では公的な場でなければ呼び捨てる人間も増えましたし、他の学年や学外でもかなり緩いです。
特にリーシアさんはあいつに何度も招かれていますよね?」
リーシアはナイセニアがちらほら『あいつ』と言っているのが気になったものの、聞く限りは不敬ではないらしいので気にしないよう勤めた。
「私は領へ帰って静かに暮らしたいです」
誤魔化すために出した言葉だったが、リーシアの中でしっくりときた。
カチュアと仕事も出来ない、ルクレイスと恋も出来ない、降って沸いた未来にやりたい事もない。
先を考えなければと思っていたが、本心では故郷に帰って家族とゆっくりしたいと望んでいたと気付いた。
気付いてしまえばぽろぽろと望みが出てきた。
「慣れた土地で静かに過ごして、それから先を考えたいです。
寮暮らしで親しい人とも離れていますから。
伯爵家も継ぎませんし、焦らずにゆっくりした生活が望めないか、あちらで話し合おうと思います」
「リーシアさん……勿体ないですわ」
ナイセニアの返しの意味が分からず、リーシアは素直に問い返した。
「何がでしょうか」
「リーシアさんは全体的に成績が良いでしょう?
評価の出ない特技も沢山お持ちと伺っております」
リーシアはエイゼンに愛されるたくて幼い頃から色々な勉強や習いごとをしていた。
結局何の技能を高めてもエイゼンの心は掴めなかったし、あくまで手習い事としては上手なレベルで、職人として活かせるような高みにはいない。
「どれも趣味の範囲ですもの。
良い評価は頂いていますが、仕事にはなりませんわ」
「職人を目指す必要はないのですよ?」
そういう話ではないのかと、リーシアは目を瞬かせた。
ナイセニアはまた目を輝かせていた。
「例えば家庭教師なんてどうです?
知識だけでなく家柄とマナーが問われますもの。
リーシアさんなら幼い令嬢を教えるのに向いていますわ」
「学園で騒ぎを起こしましたので、悪い手本になってしまいそうです。
ご両親は廊下で突然意地の悪い女性を演じた私を信用出来るでしょうか。
淑女らしからぬ恥ずかしい人間と私を疎む方もいらっしゃいますわ。
私の教え子となればそのような評価をされてしまいます。
大事な子であれば私に任せてはいけないかと」
「そ、そんな事は。
では両家の侍女はいかがです?」
「そちらも信頼と評価が必要となりますわ。
私達が寮で行うような簡単な作業ではありませんし」
「では商家で相談役はいかがでしょう。
裏方として表に出ずに、礼儀の指導や商品の批評や要望を出したり。
貴族の暮らしを知らない商家では重宝されます」
「流行りものには疎いです。
それに相談役は常に情勢や人間関係を把握している方が良いですよね。
私が知っているのは親しい限られた範囲だけですから」
「……表にどうしても出たくありませんの?
貴族家に生れた義務として、折り合いをつけ――」
「ニサ、もうやめて?」
カチュアがナイセニアの言葉を遮った。
口調は静かだが目は全く笑っておらず、ナイセニアは不満を滲ませてカチュアを見た。
「リーシアさんは目立つ場所が似合うと思いますのに。
貴族としての勤めもありますわ」
「私だって婚約もせず商売を始めるわよ」
「カチュアの家は商いに力を入れてますもの。
リーシアさんの家は満遍なく力を入れてますし交遊関係も濃いです。
そうですわ、カフェなんてどうでしょう。
友人が集って情報交換できる場所を提供するのですよ」
「ニサ?他家の話に口を挟まないの。
リィはご両親からちゃんと許可を得てるの」
「でも私達はもう成人しますのよ?」
「ニサ」
カチュアに睨まれてナイセニアは口を閉じた。
ナイセニアは責め立てるというより、善意で世話を焼こうと手を伸ばそうとしている様子を見せていた。
リーシアは指摘された内容こそ心に痛かったものの、ナイセニアの好意は偽りではなさそうで、複雑な思いにかられた。




