試行 2
夕方に近くなると出店や催事を行う団体も帰り始める。
見るものが少なくなれば外部の来訪者も減る。
生徒らは夕方に一度点呼を取り、その後は放課扱いとなる。
片付けなどの関係で立入り禁止区域が指定され、催しの開催側で活動した生徒も各所属で集合する。
何もない生徒達は限られた休憩所や教室で集まるか、寮へ帰って休むかになる。
皆で集まって余韻に浸るものが多いため、寮へ帰る者は小数だ。
リーシアと女子生徒の友人らは達は寮へ帰ってカチュアの部屋に集まろうと決めていた。
点呼が終わってざわめきまだらになる人々の中、リーシアに近付いてくる人がいた。
上の学年の女子生徒で、家の貴族位は同格の令嬢だ。
「初めまして、リーシアさん。
私はシス領伯爵家の次女、ナイセニアです。
どうか相談にのってほしい事がありますの」
ナイセニアは人の良い笑みを浮かべた。
はきはきとした優しい人、相手にそんな第一印象を与える物腰だった。
「初めましてナイセニア様。
ヴィジット領伯爵家の長女、リーシアです」
正式なものとしては砕けつつも丁寧な挨拶を受け、リーシアは同じように返した。
この国の礼儀では、初対面の相手に話しかけるには、もっと長々しい様々な名乗りがいる。
政治に無関係な友好を示すためには、属する領地と家柄くらいに留めるのが普通だった。
リーシアはカチュアへ迷うような視線を向けたが、カチュアもナイセニアの行動に心当たりがないようで、少しだけ驚いたような顔を見せた。
「初めてお会いするのですが、私がお力になれる事柄でしょうか」
「はい、むしろリーシアさんでないと相談出来ない事ですの」
「ナイセニアさ――」
「ニサと呼ばれておりますわ」
「ニサ様、もし婚約者の関係でしたら、私卒業までは自由を頂いてます」
「いいえ、領地に関してですわ」
領地の相談と言われて、リーシアは戸惑いを滲ませた。
婿を取って継ぐわけでもないリーシアは、当主の娘でしかない。
親しい友人ならともかく、初対面で領地の話を相談する利はほとんどない。
ナイセニアは『相談』と言った。
領地の話を聞かせて欲しいといった要望なら、親しくなるための話題としてよくあったが、ナイセニアが口にしたのは『相談』だ。
リーシアは控えめに辞退を匂わせた返答をした。
「どんな内容でしょうか。
私は采配に関わっておりませんし、後継としての勉強もしてきておりません」
「食物倉庫のお話ですわ。
それに木材の買いあげに、各種研究所の誘致など」
リーシアはナイセニアが上げた項目に驚いた。
それはナイセニアが知るはずのない、リーシアが関わっている案件だ。
「まぁ、困りましたわ。
私では分からない事柄ばかりです。
やまれぬ御事情があるようでしたらお父様に連絡を取りますけれども」
それは何年も前から両親と話し合って決めていた対応だ。
リーシアの力が関係した物事に注意を向けられたらどう動くのか。
『リーシアは後を継がないため、政治には関わっていない。
何も知らないのだから答えられない』
――決して、異能の力を以て深く関わっているなんて事実は表向きにはないのだから。
「リーシアさんでないと分からない話ですの。
むしろ、リーシアさんの考えを聞きたいのです」
それを聞いたリーシアは、何故、と思った。
ナイセニアが知るはずがない。
知っているなら何故知っているのか。
知らないなら何故リーシアに相談するのか。
目的は全く分からない。
ナイセニアはいたずらっぽい表情を浮かべていたが、悪い人には見えなかった。
リーシアは選択をする。
実はナイセニアはルクレイスに頼まれた通りに誘っているだけだ。
ナイセニアに着いていけば、ルクレイスと対面し、説明を聞かせてくれる。
ナイセニアのシス領も、リーシアのヴィジット領と同じく、中央の政権に関わらず我が道をゆくタイプだ。
ナイセニアは王族にさほど興味がなく、ルクレイスとは学園でそれなりに気の合う友人関係を築いた。
ナイセニアは何も知らず、ただ面白そうという理由でルクレイスに頼まれたように動いただけなのだ。
この未来視で、リーシアにはまず二つの選択肢があった。
ナイセニアの誘いに乗るか否かだ。
この事態を知らない未来では、ナイセニアに誘われたリーシアは動揺しつつ、相談内容に関して何も知らない演技をしながら着いていく。
その後はルクレイスと二人で会話する事になり、異能の事まで全て把握していると告げられる。
接点を削いで来たはずなのに、どうしてルクレイスが突然こんな行動に出るのか、異能に確信まで持ったいるのか、リーシアには分からない。
裏を知ったリーシアには、冷静さが生まれ、ナイセニアの誘いに乗らない選択肢が取れる。
誘いをかわしてリーシアが戻ろうとすると、女子寮の前でエイゼンが佇んでいる。
しかも一人ではない。
仲の良いエイゼンの友人達――つまりは女子生徒らが憧れるような男子生徒達が集団で待っている。
そんな状況でエイゼンが真摯に話し合いを求めると、リーシアの友人らは妨害には動けなかった。
男性の集団が怖かったのでも、見惚れて流されたのでもない。
エイゼンやその友人らが誠実かつ正しい心根を持っていると、当然の事として周知されているからだ。
そんな良く出来た人間性の集団を前に、後ろめたい部分のある主張を押し通すのは難しい。
リーシアがエイゼンを拒む理由を、カチュアでも正しくは理解していない。
カチュア以外の友人らには異能について語れないため、カチュアより更に教えられる情報が狭まる。
友人らの中にはどうしてもリーシアに対しては消せない疑念が生まれる。
話し合いが足りなかったのではないか。
演技であっても一方的にひどい言葉を投げ付けた釈明が要るのではないか。
リーシアの友人らは、善意と後悔でもって、エイゼンとの話し合いのお膳立てをする。
カチュアが止めてもなしのつぶてだ。
時間をずらすとか、別行動で戻るとか、リーシアは穏便に寮の部屋へ帰るルートを模索した。
それによって知ったのは、寮近辺は全てエイゼンの友人らに監視されているという事だ。
エイゼンと話したくないため、二人きりになるのか確定すると、リーシアは強引に未来視を打ち切った。
リーシアは創立記念日の夕方に、選びたくない選択肢に挟まれている。
ルクレイスと話をすると、何故かエイゼンは寮の前で待っていない。
逆にルクレイスを避けると、必ずエイゼンに見つかる。
裏で二人の話がついているのだと、リーシアもさすがに気が付いた。
どんな約束をしているのかは分からないが、二人両方と連続で話す事態はなさそうで、リーシアはほっとした。
もっとも、カチュアから二人が裏で暗躍していると仄めかされなければ気が付かなかった。
二人が手を組んで逃げ道を塞いでいるのなら、どちらかとの会話を選ばなければ出られない。
選ぶとすれば、実のない会話になるエイゼンとより、異能を暴かれているルクレイスだ。
エイゼンには話せない内容を問われ続け、やり直さないかと誘われる。
平行線で終わるし、そんな会話なら会わない方が良い。
ルクレイスは王族で、友達でもない。
そんな彼を放置していると、リーシアをあらゆる手で追い詰めようとしてくる。
いくらリーシアが拒んでも逃げ場を塞ぎ、その手で救おうとしてくれる。
だからこそ向かい合うべきはルクレイスだと、リーシアは覚悟した。
ルクレイスが仕掛けてきて避けられないなら、それに乗って気持ちを変えさせなければいけない。
でなければルクレイスは宰相によって救いのない人生へ落とされる。
宰相は現状リーシアを可愛がってくれている人だが、敵対の理由が全く分からないため、変えられる余地がなかった。
現状の延長のままルクレイスとの関係を友人で落ち着かせても、宰相は敵対になるため、ルクレイスとの距離をもっと遠く導かなければいけない。
リーシアは創立記念日への未来視を進めつつ、両親や宰相自身に、不仲の原因について手紙で探りを入れていた。
返事の中に敵対の可能性になりそうな話は一つもなかった。
両親からは、中央の政治に関わっていないため王族の詳細は知らない、宰相との会話からも心当たりがない、と返事がきた。
宰相からの返事には、王宮に興味があるなら紹介しようかという誘いがあった。
王族に優れた人物が多く、良い治世だと誉めてもいた。
その際に王子・王女らの長所を簡単に紹介してくれたし、在学しているからとルクレイスの話を詳しく教えてもくれた。
ルクレイスを嫌っているというより、むしろ能力に期待している雰囲気さえ感じられた。
深く視ないようにしているものの、最近はルクレイスから離れられずに宰相と敵対する未来しか視えない。
ふっと、リーシアは不安になった。
もしルクレイスの気持ちを変えられたとして、既に彼が宰相と敵対する道筋にいるのなら、ただそこにリーシアが居ないだけではないか。
もしそうならリーシアが逃げただけになる。
進む道が分からなくなりかけたリーシアの脳裏に、カチュアの強く優しい笑みが浮かんだ。
リーシアの中で新たな覚悟が決まった。
今どこにいるかなんて、変えなければ見えないのだから、変えなければ始まらない。
もう敵対の道を進んでいるとしても、二人で追い詰められるか、それが一人だけかの違いだ。
リーシアの心を苛むのは、その一人が自分ではなくルクレイスである事だ。
しかしそれでも構わないとリーシアは覚悟を決めた。
もしそうなるなら、ルクレイスのために未来視を重ねれば良い。
カチュアがリーシアを守ろうとしてくれるように、リーシアがルクレイスを守れば良い。
共に歩んでくれる友がいる事が、リーシアの心を強く支えた。




