試行 1
リーシアはカチュアと相談し、創立記念日に焦点を当てて『占い』をしようと決めた。
その日を利用して何かを起こそうと考えている人達が居て、しかし何も起こらないというなら、逆に何か起こせば良いのではないか。
カチュアの提案にリーシアは衝撃を受けた。
関係してこないから周囲の企みは関係ない、と言うのでなく、失敗する企みを成功へ導けばどうかと提案された。
断ち切るのに苦労する相手から隠れるのでなく、関わらないはずの相手に近付けば流れが変わるかもしれないと。
「もし気になる人が居るならその人に近付くのもありよ」
カチュアはそう言ってリストを見せてくれた。
リーシアに近付こうとしている男性らのリストだという。
「知らないお家が多いですね」
学園内の男子生徒はほとんど相手を見つけているか、最後の詰めをしている。
リストに載っているのは許可を得て来場する学園外部の年下の男の子達だ。
「ヴィジット家と親しい家は伯爵様と直接話しているらしいわ」
「……そうなのですね」
両親から聞かされていない話で、リーシアは相槌を打つのが遅れた。
リーシアの耳に何も入れてこないのは、娘への愛故であるとリーシアには分かっている。
「マロ君情報よ。
と言っても動いたのは本人じゃなくて実家だけど。
婚約者を確保しながら持ち掛けてきた家は分家含めて全て断っているらしいわ。
だからこそ候補が年下になってるみたい」
「そうなるでしょうね。
不誠実は信頼を無くす行為ですから」
「……不思議ね」
カチュアの言葉にリーシアは首を傾げた。
「何がですか?」
「信頼や誠実さなんて語っても利用されて損をするだけよ」
リーシアは否定せず続きを待った。
「どうしてヴィジット家は上手くいっているの?
現伯爵を慕って集まっている家ばかりではないわ。
先代や先々代への恩義や好意で動いている人もいるらしいの」
「優しい方々がお付き合いを続けて下さるからです。
家としては信頼を裏切らないよう努力はしていますが」
「優しい、ねぇ。
腹が黒い事で有名な家も幾つか混ざってるわよ」
「そうですか……やまれぬ事情があるなどで思い詰めて悪事をなさらないと良いのですが」
「リィ……」
カチュアは小さく溜め息を吐いた。
リーシアは慌てて付け加えた。
「私にお受けする気はないのですから。
叶わぬ目的のために悪事を行えばただ罰が生じるだけです。
何の救いもない罪を犯して身を下げるのは悲しいですよね?」
「……」
「悪い事をすると決めつけているのではないです。
それに出来れば何事もなく、これをきっかけに良い縁として繋がると嬉しいですし。
私ではなくて家との繋がりが目的ですもの。
交易や支援、共同開発が目的でしたら婚姻は必要ありません。
きちんとお話さえして頂ければお互いに満足出来る点が見つかるはずです」
リーシアは自身が望まれているとは全く考えていない。
自分の価値に目を向けないリーシアを、カチュアは悲しく思った。
考えを語るほどカチュアの眼差しに悲しみが混ざる理由は、リーシアには分からない。
ο ο ο
リーシアは創立記念日の準備を進めていた。
最初に用意されていた選択肢は大まかに二つだ。
部屋に下がってエイゼンに見舞われるか、偶然を装ったルクレイスに逃げ道を塞がれて対話に持ち込まれるか。
予感で済ませられる範囲内でカチュアに伝えるのは難しかったが、リーシアが口を滑らせても、カチュアは揚げ足を取ったりはしなかった。
相談する事で心に余裕が生まれたため、リーシアは熱を出すほど熱中して未来を模索せずに居られた。
「第三の選択肢はどう?」
「出会う予感はありません。
ほとんどの方は見に来るだけで接触までは考えていないのだと思います。
本気で計画している方はいないのかと」
つまり少数は接触を考えている人達もいる。
しかし元々興味も持てず、接触してくるほど押しの強い人ばかりだったので、リーシアはあっさりと会わない選択をした。
少しの選択の変化次第で会わずに終われるのだから、あちらも本気ではないだろうとリーシアは考えた。
エイゼンもルクレイスも、どれだけ選択を捻っても中々運命が変わっていかないのだから。
だから、リーシアはこういう言い方になった。
それにカチュアは首を傾げた。
「そんなはずはないわ。
伯爵様は求婚の返事として『娘が決める』と言っているのよ。
本気なら会わないと始まらない。
会わないなら、どうしてだと思う?」
「親が本気でも子が本気とは限りませんよ?」
「リィ……」
「特に妻は年下が好まれますから。
急に年上の私に近付くよう言われても――」
「違うの、妨害が入るのよきっと」
カチュアは苦い顔でリーシアを遮った。
リーシアは思ってもいない言葉に動揺を返した。
カチュアは迷うように、言葉を選ぶように口にした。
「エイゼン君と第三王子が接近を企てているのよね?」
「そのようです」
「リィに近付こうとする虫を排除しているのかもしれない」
「カチュア様……」
「ごめんね、言葉が悪かったわ。
二人とも当日に男がリィに近付けないように妨害しつつ自分と会話できる時間を確保するように何か仕組んでる可能性があるわ」
「大袈裟ではありません?」
困り顔のリーシアに、カチュアは口を尖らせて見せた。
「なら一生懸命対策をしている私達も大袈裟よ?」
「ごめんなさい……」
「分かって貰えたなら謝罪は要らないわ。
皆自分達の望みを叶えるために必死なのよ。
今回はその望みの中にリィが入ってる。
リィはもう少し狙われている事を自覚した方が良いわ。
危険よ」
「カチュア様、それは違いますよ」
きっぱりと否定され、カチュアは咄嗟に何も返せなかった。
リーシアの瞳は澄んでいて、纏う空気も凪いでいた。
卑下も卑屈も混ざっていない。
「彼らが欲しいのは私ではありません」
「例えリィの身分であっても、リィが望まれているのに変わりはないわ」
「いいえ。
代替案があれば私の身分は必須ではないですもの。
要求を満たすか、不可能だと知れれば私の価値は薄れます。
そこは父が動いてくれます。
当日までに話し終わっている件もあると思います」
今現在カチュアが危険視するほどの接触が当日にないのなら、そこが理由だとリーシアは考えた。
ヴィジット領との繋がりが目的なら婚約でなくて良い。
そういった調整はヴィジット家の得意とする所だ。
「……」
「私の身に危険がないのも占いで知れています。
逆に危険があれば占いが教えてくれますから。
危険な方が訪ねてくる予定はありませんわ」
「……そうね」
安全を知らしめる内容だったのに、カチュアは面白くなさげに唇を引き結んでいた。
「何かおかしな点があります?」
「……私には、まだ分からないわ。
もう少し事態が進んで、裏側でもリィが言う通りに動きそうか見るわ」
裏側とは直接関係してこない部分かなと、リーシアは考えながら、カチュアにお願いしますと頭を下げた。
水面下のやりとりはカチュアに頼り、リーシアはしばらくの間、空いた時間に創立記念日の流れを視るのに集中しようと決めた。
ο ο ο
最初の時間は変わらず関係者の挨拶から始まる。
リーシアが何を思おうと変わらない行事の流れだからだ。
挨拶が済んでしばらくはユレアノと一緒に行動している。
別れて行動しようかと何回か模索したものの、ユレアノに拒まれるためこの流れも変えられない。
ユレアノが異能者の催しに離れる時にはカチュアと合流している。
そこでカチュアと行動していないと、誘ってきた女子生徒に連れられて、いつのまにか知らない外部の男子と行動させられる事になる。
カチュアと別れて誰の誘いにも乗らないのは不自然で、心配だと強引に付き添われるので変化なかった。
選択して何パターンか試してみたものの、強引気味な男子が多く、純粋にリーシアと仲良くなりたいという誘いがなかったため避ける事にした。
ユレアノと離れる時にカチュアと共にいるのも確定だ。
創立記念日での行動を考える傍ら、リーシアは両親に内心を告白した手紙を書いた。
周囲の思惑が絡むのが創立記念日だというだけで、問題の根は別にある。
だから両親から誰かと婚約するような干渉は起こらないと分かっている。
リーシアが両親に伝えたのは、婚約解消が叶ったために大きく未来が変わったらしい事と、迎えるはずだった誰かの幸せに自分が割って入る可能性がある事だ。
手紙を受け取った両親が悲しむのも視た。
自分の願いでなく周りへの迷惑を考えて身を引く娘を思っての悲しみに、リーシアはただ頭が下がった。
それでも手紙を送り、今は婚約を考えられない事と、周囲に影響を与えないような職業がないかを問い合わせた。
閉鎖的で、人目につかず、リーシアの行動で弾き出される誰かを生まないような、そんな都合の良い場所はないか。
なければどこかで折り合いを付けなければいけない。
貴族令嬢が働くのは歓迎されないものの、無くはない。
カチュアの家のように商いに手を出している家はその傾向が強いし、子沢山の家だと関係する富裕な商家へ嫁婿へいく事もある。
ただ本来なら婿を迎えて後を継ぐはずの一人娘が、となれば別だ。
養子を取って外に出すのも一般的でないのに、結婚もせず働きに出るとなると邪推も起きる。
納得に繋げられる色々な説明が必要になる。
目の前の問題であるルクレイス関連の解決が見えなくとも、カチュアの勧めに従い、その先を思い描いていくようにした。
リーシアが創立記念日に相手を見つける選択肢はない。
だからユレアノと別れる前にカチュアと合流するのも確定だった。
それまでカチュアが別行動をしているのは調査の確認のためで、カチュア自身の強い意思なので軽く変えられるものでない。
調査はリーシアに関わってきそうな出席者についてだ。
リーシアはしなくても大丈夫と伝えたが、カチュアは納得せず、自分の納得のために動くと宣言した。
リーシアがいると目立つしユレアノに不審がられるからと、同行は拒否された。
カチュアと合流後、共に行動すると言っても二人だけではない。
何人かの女友達と行動し、たまに男友達と合流してくる。
彼らは企んでいる者達でなく、以前からの友人だ。
リーシアを心配して周囲に気を配ってくれつつ、一緒に行動して楽しさを共有してくれる。
楽しく友達らと楽しい時を過ごす中、問題が起きるのは夕方の祭も終わりに近付き気が緩んでいる時だ。
リーシアは部屋に逃げる以外ルクレイスに捕まり、部屋に帰ればエイゼンが待っているという選択肢に挟まれる。




