協力 3
カチュアは話を元に戻した。
「手紙には何が書いてあったの?
心配が残るような事があったんでしょう?」
「いいえ、無かったんです」
「本当に?」
「……はい」
リーシアは説明を躊躇った。
それがカチュアには隠し事に見えてしまう。
「言えないならそれで良いけど、思い詰めないでね」
「あの、本当に何もないんです。
だから、それが不安で……」
「どういう事?」
上手い誤魔化しが思い付かず、リーシアは躊躇いながら心を明かした。
「対象に理由がないなら力の方に理由があったのではないかと。
……私の力は、卑しい力です。
誰かの未来を、私的な事でも、隠したい事でも、知ってしまえるのです。
相手の許可も取らず、勝手に」
「……」
リーシアは自分が口を滑らせたと気付かず話した。
詳しく未来を知れるのだと仄めかしてしまっていた。
今抱える不安と、その裏にある感情へ気を取られ過ぎていたためだ。
「でも私は、この力が無くなってしまうのは怖いんです。
この力がなければ、私は身勝手に人を傷付けるような人間に育っていました。
知らなければ助けられない人もいました。
これから先に救えない人も出てくるでしょう」
「身勝手に人を傷付ける……?」
「本来の私は、エイゼンにも両親にも捨てられるような、醜い人間ですから」
カチュアは否定したかったが、リーシアの暗い瞳は安い慰めでは動かないように見えた。
そうなっていた可能性を否定するより今のリーシアを、とカチュアは言葉を向けた。
「今のリーシアは皆から愛されているわ。
エイゼン君からも、ご両親からも、私――私達友達からもね」
「ありがとうございます」
力なく微笑んだリーシアを見て、カチュアは話をすぐに戻そうと思った。
慰めにならないなら話題を変えてしまった方が良い。
「力は無くなっていくの?」
「分かりません。
あんな風に、何も視えなかったのは初めてで、もしこんな風に、視えない事が増えて、どんどん先が分からなくなってしまったら……」
未来が分からないのは本来なら当たり前だ。
だからカチュアの心の中には、皆と同じになるだけだという思いが沸いた。
分かる方がおかしくて、分かっているからこそ災厄を回避して、普通の人より楽に生きてこれたとも言える。
けれどカチュアは詰る気持ちは湧かなかった。
カチュアは家の関係で様々な人達と関わりがあったし、何よりリーシアを大切な友達だと思っている。
相手の苦悩を思いやる創造力と、理解したい親愛があった。
「今は問題なく――占えるの?」
カチュアはリーシアが、以前出した『占い』という言葉に自分の力を重ねようとしているのを理解していた。
だからカチュアもそれに寄せる事で、自分が力の詳細に気づき始めているのを隠した。
占いと言うのは気休めで、娯楽の範疇を越えない。
異能であればこの国では王族に、他国でも権力者に囲われるため、占い師は異能者ではない。
逆に言えば遊びではないと判断されれば、その占い師は異能者に一転する。
リーシアは目を瞑って暫く黙っていたが、ゆっくりと瞼をあけ、カチュアを見た。
「今まで通りに、占えます」
「領からの手紙には、実際には何て書いてあったの?」
カチュアから見てリーシアは素直で鈍感な所がある。
親がぼかして伝えようとした何かを見落としたのではと内心で考えていた。
リーシアはいつもと違う部分がないかと何度も読み返していたため、手紙を持ち歩いていた。
用意よく出された手紙に、カチュアはこれも予定されていた流れなのかと考えたが、戸惑いは隠して手紙を開いた。
手紙に書かれていたのは、優しい親が娘に書いたお手本のような言葉だった。
変わりなく元気に暮らしている報告。
娘も元気でいるかの確認。
会いたいという言葉。
季節の変化などでの近況。
上手くやれてるかの問いかけ。
読んでいて照れ臭くなるような、愛に満ちた優しい手紙だった。
その中でカチュアは気になる文を見つけた。
「面白い人達と知り合った、リィに会わせたいと書いてあるけど」
「お父様は人と仲良くなるのが得意なんです。
仕事で家を離れた時は大体新しい友達を得て帰ってきて、時間のある方なら屋敷まで一緒に帰ってくる事もあります」
「そ、そう……さすがね」
カチュアは若干引きながら相槌を打った。
ヴィジット家は人脈の厚さに秀でた家だ。
一代限りでなく、それを特徴としてしまえる理由を垣間見た気がした。
「仕事で離れた話はないので、恐らく訪ねてみえた方か、領内の見回りで知り合った方ではないでしょうか」
「……リィに取っては変わった事じゃないのね。
こんな怪しい事が書いてあるじゃないって思ったんだけど」
「ええ、普段通りですね。
私に会わせたいと言うのは、私が喜びそうな物を扱っている商人か、話が面白い方かとは思いますが」
「よくあるのね……
卒業後に関して力になれる人って可能性もあるわよね。
婚約解消後の予定は立てていなかったんでしょ?」
リーシアは驚いて目を瞬かせた。
「そうですね……何をしても変わらなくて、考えられませんでしたから。
もしかしたら、卒業後を見越した方かもしれませんね」
リーシアは過去や人の気持ちを知れる訳ではない。
今まで通りと思い込んで、今まで通りに見えるだけの新しい何かかもとは考えていなかった。
「詳しく聞いてみた方が良いんじゃないかしら。
今ある危険からただ逃げるより、逃げる先にアテを付けて方法を探す方が簡単になる時もあるわよ」
「また手紙を書いてみます。
カチュア様、ありがとうございます。
私一人では思い付きませんでした」
感謝を隠さないリーシアに、カチュアはいたずらっぽく笑った。
「役にたったかはまだ分かんないわよ?
私も付いてるんだから、一人で悩まないでね」
二人は優しい気持ちで笑いあった。
ο ο ο
エイゼンとローレッタが見舞ってから幾日か過ぎ、リーシアはカチュアと一緒に医務室を訪ねた。
カチュアがリーシアの暴言の説明をしてくれたため、ぎこちなくても気まずくはならずに済んだ。
今までもこうやって、悪く思われないよう守ってくれていたのだと、リーシアはカチュアに感謝した。
「ごめんなさい、先生。
上手な振る舞いを思い付けなくて。
良くない言葉を先生にまでぶつけてごめんなさい」
頭を下げるリーシアに、ローレッタは苦笑して返した。
「カチュアさんから聞いたわ。
上手い演技だとは思っていたけど、自分にぶつけられると凄みが違うのね。
信じかけて柄でもなく震えちゃったわ」
「ごめんなさい……」
「ローレッタ先生?
先生もちゃんと話してくださいね」
カチュアは謝るだけのリーシアの前に出て釘をさした。
リーシアは何か謝られる事があったかと首を傾げた。
ローレッタは困ったように笑んだ。
「……そうね。
強引だったわ」
「それだけではありませんよね。
どなたかからの働きかけもあるのでしょう?」
「カチュア様、そこは大丈夫です」
「リィ……」
「突然エイゼンを連れてこられるのは困りますが、先生が逆らえるお立場でないのは、失礼ですが理解しています。
それに先生は私の体調を心から案じて下さっているとも知っています」
「リーシアさん……」
ローレッタは困った様子を更に深めた。
学園は権力者が大量に絡んでいる。
ローレッタの家格は高くなく、女である事も不利になっていた。
上からの『お願い』を断れる立場ではない。
「参ったわね。
……責められる方が楽なのだけれど」
「先生?」
「内緒にしてね」
ローレッタは苦い笑みで話し始めた。
「私は女なのもあってリーシアさんの担当にもなっています。
エイゼン君を連れていったのは、想像通り頼まれたのもあるわ」
「先生、無理をしなくても、私は大丈夫です」
「良いのよ。
言えないようなおかしな頼みを引き受けるくらいなら辞めてるわ。
納得出来たから連れていったの」
ローレッタは話したいようで、リーシアは黙って聞く事にした。
「あなたはきっと約束をさせてくれないから、突然連れていくしかなかった。
一回目はエイゼン君とあなたの仲を取り持ちたい人達から頼まれていたの。
誰に、かは伏せるけれど。
エイゼン君本人からお見舞いに行きたいと相談も受けていたし、あなたの演技の事も気になっていたわ。
エイゼン君は良い子だし、婚約もしている。
あなた達の関係が正常になればリーシアさんの体調にも変化があるのではと考えたの。
少なくともあなたの悩みの一端には触れられるんじゃないかと」
「……」
「二回目は同じ要望と、逆の要望とあったわ」
「逆ですか?」
「ええ。
二人の仲を戻したい願いと、戻らないほど引き剥がして欲しい願いと、両方聞いていたの。
声は幾つかあって、事情は一回目とは違っていたわ。
エイゼン君狙いで女の子達が騒がしくなるのを嫌う人もいた。
叶ってもいないのに婚約を破棄してしまった女の子もいるくらいだし」
「まぁ……」
リーシアは驚きに開いた口元を隠すように手を当てた。
その女の子の今後が上手く行かないだろうことは想像に容易かった。
他者がどんなに望んだ所で、エイゼンの心はユレアノへ繋がっているからだ。
「離したいと言う願いは、簡単な理由としてはエイゼン君狙いの人達ね。
婚約解消を取り消されたくない人達。
他にはあなたを守りたいと言う意見もあったわ。
嫌がるあなたに元婚約者を近づけないように、って」
「教えてくださってありがとうございます……」
リーシアは静かに頭を下げて礼を述べた。
怒って文句を言っても良い所なのに、とローレッタとカチュアはどこか哀れむようにリーシアを見つめた。
「もう引き受けないから安心して。
体調に悪影響だと押しきるわ」
「助かります」
「……どうしてそんなに彼が嫌なの?」
「……」
「あなたを苦しめているのは彼、なのよね?」
ローレッタは確信をもっているかのように尋ねた。
リーシアはローレッタを見つめながらしばし悩んだが、小さく笑って返した。
「私ではエイゼンの隣に立って支える力がありせん。
もっと優れた似合う方がいらっしゃるはずです」
「リーシアさん……?」
「私の心も内緒ですよ?」
先程の言葉を返されて、ローレッタは驚いた後に小さく笑んだ。
リーシアはローレッタを信じたと伝えるために頷いて返した。
「私達は、互いに大切に思いあっておりますが、あくまで兄妹のような関係です。
エイゼンは、それにまだ気付いていないんです。
恋に恋すると言うらしいですね。
先日物語の表現に使われておりました。
私、愛する気持ちを知りたいのです」
恋愛が重視されつつある流れの中でも、貴族令嬢として思考を疑われる言葉ではあった。
しかしリーシアはこの説明で満足だった。
嘘が少ないし、リーシアが悪者にならないといけないのだから。
ο ο ο
リーシアは未来を視る頻度を減らし、落ち着いた生活を送っていた。
リーシアは視たものを元にカチュアへ相談し、ユレアノに上手く協力を頼んで、ルクレイスとエイゼンの干渉を避けた。
エイゼンはリーシアの演技をぶつけられて心を抉られていたものの、元々が前向きかつ心の強い人間だ。
面と向かって投げ掛けられた暴言を上手く消化し、次回からは、耐えたり聞き流せたりするよう納得していた。
良く言えば、隠されたリーシアの本心を見抜いて寄り添おうとしている。
悪く言えば、言葉を聞き入れず強引にリーシアに接触しようとしている。
それならと二人が選んだのは、リーシアを訪ねてくるタイミングを全てユレアノとの出会いに摩り替える事だ。
タイミングは厳しいが、エイゼンも元婚約者に会うための裏工作を盛大には行えない。
エイゼンは情報収集してリーシアを訪ねようとして、リーシアはいつ来るか分かっているためユレアノをその場に縫い止めた。
二人の出会う機会が増えると、動き出すのはエイゼン狙いの令嬢達だ。
カチュアはユレアノを心配したが、放置した方が好転するとリーシアに制されれば、躊躇いながらも行動を止めた。
ルクレイスの干渉はと言えば、強引な誘いはないものの、回避しても回避しても、次の誘いが発生してキリがなかった。
リーシアはカチュアと相談し、あまり遠くを視ないようにした。
決定的にルクレイスの感情を動かさない限り、リーシアへの誘いは止まらない。
強引な手段に出るか、外堀が先に埋まってしまうか。
時間や手段が変わっても、誘いを断っているだけでは絡め取られてしまうのは変わらない。
リーシアはカチュアと、ルクレイスとどうなれば良いかを相談していた。
どういう関係になるか。
どこまでの秘密を共有するか。
そのためにはルクレイスが何をどこまで気付いて、リーシアをどうしたいかを知り、場合によっては交渉する必要があった。




