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もう愛を夢にみない  作者: 藁の家
優しい人
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協力 2

 リーシアが婚約解消しなければ、ルクレイスは外交官として各国を飛び回り平民の女性と結婚する。

 それで幸せかどうかはもう確かめられないが、宰相から攻撃されて二人でボロボロになるよりは幸せだろうとリーシアは思った。

 少なくともルクレイスが仕事で成功するのは知っている。

 エイゼンとはずっと親友として接点があるからだ。

 リーシアに接近すれば、結婚生活どころか仕事まで最悪な状態に追い込まれてしまう。


 リーシアは顔を俯かせ、カチュアに隠れて深く息を吐いた。


(やっぱり、誰かの未来を悪くしてしまう所だったのね。

 元々ルクレイス様と結ばれるはずの女性がいるはずだもの。

 政治的なもので愛がなかったとしても、ルクレイス様は素敵な方だから、不幸にされる事はないはず。

 そんな未来を奪わなくて良かった)


 リーシアは辛さ以上に安堵していた。

 誰かの幸せを奪っていたかもしれなくて、それを奪わずに済んだのだ。


 この時リーシアの中で、恋愛への気持ちが変化した。

 今のリーシアに続く未来はあり得なかった未来だ。

 リーシアはエイゼンの側で絶望しながら生きていくのが本来の未来だ。


(それも、違う)


 リーシアは胸に秘めていた、罪悪感と自己嫌悪に囚われた。


(本来の私の未来は、エイゼンに嫌われるような何かをして、お父様からも宰相様からも了解を得て婚約解消される。

 あの優しい人達から見放されるほど汚い女になっていたの)


 最初に視たエイゼンに捨てられる未来が恐ろしくて、幼いながらに『悪い子』になるのを恐れた。

 将来自分が嫌われるような人間に育つ事、どんな大人になっているのか、何をしてしまうのか、恐ろしくて不安だった。

 だからリーシアは本来の自分がどんな醜い事をしたのかは分からない。

 強い自戒が辿るはずの成長を阻害したため、疎まれる未来が二度と視える事はなかった。


「大丈夫?」


 カチュアの呼び掛けで、リーシアは重い気持ちを抑えた。

 しかし気を許した相手に暗く沈んだ眼差しを取り繕うまでは出来なかった。


「ええ、大丈夫です。

 政治的な物でも、計画通りに行けば上手くいくのでしょうね。

 ルクレイス様はよく出来たお方ですから」

「……そうね。

 手回しはじっくりとしている最中みたい」


 カチュアは問いかけるようにリーシアを見た。

 それは以前にエイゼンについて話していた時と同じ表情で、言いたい事は伝わってきた。


「以前にも言いましたが、私とルクレイス様の間には良くない縁があります。

 だから私はあの方の側に居たいとは思わないです」

「そう……?」


 カチュアは納得のいっていない顔をしていたが、追求はしなかった。

 カチュアは時計を見て話題を変えた。


「カイの事だけど」


 リーシアはカイが問題なく王女と幸せになっていくはずと伝えていた。

 カチュアが何を言うのか、リーシアには予想がつかなかった。


「あいつちょっと女の子に興味沸いてきたみたいよ」

「まぁ……」


 納得がいって、リーシアは気の抜けた相槌を打った。

 カチュアは戸惑ったようにリーシアを見つめた。


「驚かないのね」

「えぇと……最近避けられていましたし、最近カイ様の未来に……女性の影が、増えましたので」


 思ってもみなかった話題で、リーシアは悩みながら言葉をひねり出した。

 どこまで言うべきか迷ったものの、カチュアには出来るだけ伝えておきたいとも考えた。


「リィちゃんはカイに興味ないのね」

「興味がないだなんて、そんな事はないですよ。

 カイ様は私の知らない事を沢山知っていらっしゃいますし、いつも前向きで、強くて、尊敬しております」

「あぁ……うん、そうね。

 町の事とか平民の暮らしは驚く事もあるでしょう?」

「はい。

 特に困っている事柄はその環境にいる方でないと分からない事も多いですし。

 お父様にお伝えして領で活かして貰えるよう相談した事もあります。

 領の方達も、直接では遠慮してしまう事柄もあるようで、誤魔化したりせず本心で話してくれるのでとても勉強になります。

 仲良くして貰えて本当にありがたいです」

「…………うん、そうね。

 リィちゃんだものね、そうね……」

「あの、何かおかしかったでしょうか」

「いいのよ、それで良いの。

 ちなみにマロ君はヴィジット領に行ってリィと縁はあるの?」

「どうでしょうか?

 このままでは私は領へ帰れる見込みが立ちませんし、出来れば今まで通りにお友達つき合いをさせて貰えるとありがたいのですが」

「うん……マロ君も同じ事言ってたよ」

「嬉しいです」


 リーシアは華やかに微笑んだ。



 それからも二人になれる時間を見つけて、リーシアはカチュアと色々な相談をした。

 大体はユレアノが異能の訓練に出た時で、今までより親密になった二人にユレアノが焼きもちを妬きたりもあった。


 リーシアの父母から手紙の返信が届いたのは、そんな風に表向きは和やかにしていた時だった。


 ユレアノもカチュアも、リーシアの憂鬱に敏感だ。


「実家に何か良くない事があったのですか?」

「心配な事でもあった?」

「いえ……何もありません」


 リーシアはちらりとカチュアに弱った視線を向けた。

 それからユレアノを安心させるように、柔らかく微笑んだ。


「義弟と両親の仲がとても良くて、少し寂しくなってしまったんです」

「それは……っ!

 お父様もお母様も、リーシア様の事を大事になさってますよ」

「はい、その通りですわ。

 私もその中に一緒に入って、義弟と親睦を深めながら父母と楽しく語りたいと思ってしまって」

「……そ、そうですね」


 慰めようとしたのとずれていて、ユレアノは調子が崩れた。

 リーシアが父母を取られたような寂しさで落ち込んでいる訳でないと分かり、ユレアノは素直にその言葉を聞き取った。


「私も家族と家でゆっくりお話ししたいと思う時があります。

 学園でリーシア様やカチュア様達と一緒で本当に良かったです。

 楽しくて寂しいと思う時間がほとんどないですから」

「私もです。

 でも家族と離れたままは寂しいてすね。

 通える近さなら良かったのですが」

「近くても規則で寮でしょ。

 本当に家族と仲が良いのね、二人とも」

「カチュア様は?」


 リーシアに問われて、カチュアはいたずらっぽく笑った。


「寂しいとか仲良く団欒とかはないけど、仲は良いわよ。

 お母様は美しくもしたたかだし。

 お父様の仕事を思い通りに転がす手腕は心から尊敬しているわ」


 カチュアは皮肉ぶった言い方をし、冗談めかして胸を張った。

 ユレアノは微笑ましそうにカチュアに相槌を打った。

 愛情があるからこそ、そんな言い方をしているのだと伝わるからだ。


 リーシアも何も知らない振りをして微笑んでいた。

 カチュアは家族を好きだとして、少なくともカチュアの父は家族を道具として見ている。

 リーシアはそれを知っている。

 しかしそれが明るみになるのは、都合の良い道具より価値のある何かが出てくる時だけのようだった。

 カチュアを捨てる案件が異能レベルなら――リーシアさえ関わらなければ、実質一生大事にして貰えると考えられる。

 リーシアに出来る事は、カチュアが父の本心に気付かないよう振る舞うだけだ。

 そうすれば互いに大事な父娘(おやこ)で終われる。




 その場は家族の話で話題を逸らしたものの、ユレアノと別れた後、リーシアはカチュアに呼び止められた。


「何かあったのね?」


 人気のない中庭で、ひなたぼっこでもするようにベンチに座った。

 開けているため人が来ればすぐ見える場所だ。

 リーシアは淡く笑んで返した。


「先日……ヴィジット領が何も……占えなくなった時がありまして」


 何も視えなく、と言いかけて、リーシアは言い直した。

 予感がするという事にしているので、視えるという表現を使うのは少し怖かった。


「何も感じられないって事?

 良い感じも悪い感じも分からないような」

「そうですね……そんな事初めてで。

 今はもう分かるのですが」

「……そう」


 上手く納得してくれたのに安堵して、リーシアはカチュアがどう受け止めたかまでは思い至らなかった。


「それで何か変わった事が起きなかったか、困った事がないか手紙を書いたんです」

「寝込んでるのに慌てて書いた手紙?」

「そうですね」

「ユレちゃがリィが領に戻る相談をしてるんじゃないかって心配してたわよ」

「あら……卒業はしたいですね」


 意外な話を聞いてリーシアは驚いた。

 周りからどう思われているかはともかく、リーシアは卒業せず領に帰ろうと考えた事がなかった。

 強い意思があるとかではなく、刷り込まれた常識としてだ。

 それが新たな気付きになった。


(そうね。

 貴族として生きていく必要はないのだから、卒業しなくても良いのよ。

 むしろ家を出る前提なら転校したりどこかへ下働きに出るのも選択としてはあるのね)


 したいかどうかではなく、選択肢の一つとしてリーシアは思い付いた。

 学校を離れればエイゼンとは顔を合わせなくて済むし、ルクレイスとの接点も減る。

 ただ熱を出して倒れる前提のリーシアが通える学校も、働ける場所も少ないため、本当にただの思いつきにしかならなかった。


「何か変な事考えてない?」

「いえ、熱を出しやすい私が卒業後に受け入れて貰える場所があるのかと思ってしまって」

「……」


 カチュアは何とも言えない顔をした。


 貴族の婦人であれば社交や家の中の采配、子供も産む必要がある。

 病弱であれば伴侶としてマイナスとなり、それ以前に婚約解消のあれこれがある。

 雇用で考えても当日欠勤しそうな人は倦厭されがちだ。

 出来高を見る職場なら勤務時間は問われなくとも、作業時間の少なさは結果にも現れる。

 リーシアは短時間で成果を出せるような専門技術を会得している訳でもない。


 リーシアの状態だと、病弱を許容して貰えて、かつ何かあればお世話をしてくれるくらいの場所でないと厳しいのだ。

 カチュアにはリーシアが一人立ちが可能な健康さを持つようには思えない。

 誰かの保護下に収まるのなら結婚が単純なものの、妊娠の問題に戻る。

 親の元に留まるのが最善なものの、順当なら親は先に逝く。

 その後を見据えて親以外の庇護下を考える方が望ましい。


 その全ての覚悟を決めていたらしいエイゼンを手放したのは、カチュアには今でも惜しいと思ってしまう。


「そこは……難しいわね。

 体が弱いのは、どうしても」

「父に相談してみます。

 何をするにしても許可がいりますしね」

「そうね」


 貴族の娘である以上、責任と評価が付きまとう。

 今更リーシアは卒業後の事を親と相談していないと気付いた。

 本来なら父親が主体となって娘の行く末を考える。

 父母はリーシアの未来視を知っているため、リーシアの未来については本人からの働きかけを待っている事が多い。


 エイゼンとの婚約を解消出来たのだから、両親としっかり話し合わなければいけない。

 しかしカチュアの父やルクレイス、また宰相について、新たな問題をどう伝えるかは悩ましい問題だった。

 もし自分の手ですぐに解消出来るのなら、伝えたくはなかった。

 

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