協力 1
部屋ですすり泣いているリーシアを見つけたのはカチュアだった。
ユレアノと相談して、二人で話したいとリーシアを訪ねた。
気軽な気持ちでノックと同時に扉を開けた。
礼は欠いているが許される親しさだからだ。
ユレアノからはローレッタが診察に来ているかもと聞いていたが、居たのは寝台の上に座って泣いているリーシアだけだった。
「リィ!
気分が悪いの?」
「待って、違うの、カチュア様……」
カチュアは部屋を出て医師を呼びに行こうとして、リーシアに呼び止められた。
カチュアでは診察も看病もまともに出来ない。
戦力外の自覚はあるが、病人に呼び止められて足を止めない選択はない。
カチュアは躊躇いながら、寝台の上、リーシアの近くに腰掛けた。
「先生を呼びに行かなくて良い?」
「はい……」
リーシアはタオルで目元を抑え、落ち着くまで黙っていた。
「エイゼンが、見舞いにと訪ねて来たんです」
「身支度も出来ない女の子を突然見舞うなんて……どこが紳士よ」
カチュアはエイゼンの評価を思い出し、怒ったように吐き捨てた。
リーシアも自分の匂いなどが気になるため突然の訪問は歓迎出来ないが、エイゼンの思いは分かっている。
「いえ、昔から見舞いに来て着いていてくれる事はよくあって、そこは何も気にしてないのだと思います。
髪がとかれてなくとも、顔を拭いてさえなくとも、気にしてないようですから……」
「……」
カチュアは複雑な表情を見せた。
そこまで気心の知れた人なら一緒に暮らしても気を張らず楽だろう。
しかしリーシア達はまだ若く、整えていない姿を見られたくない思いは小さくなかった。
それにリーシアはエイゼンの心の奥にあるものを知っている。
エイゼンの中にあるのは恋愛でなく家族愛だ。
「……私は、女として見られていませんし。
エイゼンにとっては妹なので」
「リィ……」
今のエイゼンにはリーシアへの恋心があったが、リーシアはそれを知らない。
カチュアは暗い雰囲気を飛ばすように、明るく冗談めかした。
「勝手に女の子の部屋に入るだけでも有罪よ。
いつか懲らしめましょう?
こんなにリィを傷付けたんだし」
「いえ……そうじゃないんです。
学園に入るまでは当たり前にしていたので、急に嫌がるようになった私の方が……昔通りなら、私が本気で嫌がるだなんて、エイゼンには分からないんです」
「……」
「早く部屋から出てほしくて、酷い言葉をぶつけてしまって。
一緒にいたローレッタ先生にも失礼な事を……」
「一緒にって……先生が彼を部屋へ連れてきたの?」
カチュアが眉を寄せたのを見て、リーシアは慌てて付け加えた。
「先生は、私がエイゼンの事で悩んで熱を出していると思ってるんです。
心労で体調を崩しているのだと。
私のために連れてきてくれたみたいで、話し合えば、良くなるかもと」
「余計なお節介よ。
彼女の仕事を逸脱しているわ。
それに結果的にリィを泣かせてるんでしょ」
「私が、泣いたのは、すいません。
覚悟が出来ていなかったんです。
傷付けたくないなんて、今更、甘い事を考えて……」
結果を見ながらしっかりと練習した劇とは違う。
演技だけでなく、相手を傷付ける心の準備をしっかりとしていた。
ローレッタに配慮しつつエイゼンにだけ冷たく振るまうような細やかさは、心の強さは、咄嗟には難しかった。
俯くリーシアを見て、カチュアははっとしたように怒りを抑えた。
「ごめんね。
私も勝手に怒ってリィを困らせてるわ」
「いえ、私のために、心を動かしてくれて、カチュア様の優しさにいつも救われています」
「リィ……」
カチュアはあやすようにリーシアの肩を軽く叩いた。
「先生には上手く言っておくから気にしないのよ。
元気になったらリィからも謝れば良いわ」
「ありがとうございます」
ようやく笑みをみせたリーシアに、カチュアは優しく微笑みかけた。
「先生達の事が気になっていただけで、体調の方はもう良いの?」
「はい、皆さんのおかげで。
明日には授業に戻ろうかと」
普段の調子を取り戻しつつあるリーシアを、カチュアは躊躇うように、何か言いたそうに見た。
「どうかされました?」
「……リーシアと話したい事があってきたの」
カチュアは寝込んでいる間の見舞いを控えてくれている。
リーシアは体調不良は未来視のためと分かっていて、友達等には見舞いに来ないようお願いしていた。
リーシアの体調不良はよくある事で、ユレアノもついている。
友達等も余程の事がなければ見舞わなかった。
だからリーシアはカチュアに用事があるだろう事は分かっていた。
泣いていたのを気遣って話すか迷っているのだろうと、リーシアは笑って返した。
「大丈夫です。
もう落ち着きました」
「……無理しないのよ」
カチュアの方が悲しそうに見えて、リーシアは自分の事よりカチュアが気になり始めた。
泣いていたのに気持ちを押し込めて友の心配をする、そんなリーシアを思ったがために顔を歪めたのには気付かなかった。
リーシアはカチュアとまた色々な話をした。
エイゼンとローレッタに実際にはどんな話をしたか。
カイと王女は強い縁がある事。
マロッドがヴィジット領で上手くやっていけそうな事。
ユレアノとエイゼンはやはり惹かれ合う事。
――このまま行けばルクレイスから強い干渉を受けて逃げられない事。
ルクレイスはリーシアを諦めない。
リーシアのルクレイスへの気持ちは育つ前に抜いてしまったが、強引な接近を拒める手管はリーシアにはない。
ルクレイスは恋愛ではなく利害でじわじわと近付いて来て、その内に宰相から嫌われるようだった。
ルクレイスがヴィジット家を利用して政治をかき混ぜるのではないか、そう嫌悪されたのではと、リーシアは推測していた。
それくらいしかリーシアには思い付かなかった。
あんなに可愛がってくれる宰相が、父母を含めた領地ごとリーシアを敵視する理由はルクレイスにあるだろうとしか思えなかった。
リーシアの抱えるものをあらかた話し終えると、カチュアは考えるように唸って、しばらく口を閉ざしていた。
宰相に関しては全く話していない。
リーシアはカチュアが話し出すまで待った。
カチュアはちらりと時計を見た。
「ユレが戻ってくる時間を考えるとゆっくり話し合う時間はないわね。
だから幾つか質問して、私が知ってる事を教えるわ」
「はい」
ユレアノが戻る前に話を終わらせたいのはリーシアも同じだ。
カチュアは優しい笑みで念を押した。
「リィが多分知らない事で、知っていた方が良い事よ。
リィが知らなくて私が知ってる事がある。
リィが思い付かなくても私が思い付ける事がある。
勿論その逆も沢山あるわ。
二人で相談すれば一人で考えるより良い案が浮かぶはずよ。
だから一人で解決しようと思い込まないでね」
「……はい!」
カチュアの親愛に、リーシアは嬉しさで満面の笑みを返した。
しかしリーシアはカチュアに全てを打ち明ける勇気はない。
カチュアは信頼出来ても、カチュアの父を信頼出来ないからだ。
――カチュアの中から父に相談するという選択肢はすっかり消えていたが、リーシアが気付ける事ではなかった。
カチュアは商売人のように計算で動く人々を近くで見て動いてきた。
また人と人の関係が物を言う場合が多々ある事を理解している。
カチュアは父を疑っていないが、父に相談する事で父の周囲の人間がリーシアに害を与える懸念は抱いていた。
信用していけない父を信用しつつ、父の信用する他人を信用しては居なかった。
カチュアは手に余ったとしても、リーシアの秘密を自分の胸の内だけに留めようと決意していた。
「まず第三王子が継承放棄する話ね。
政情は安定した状態だけれど念のためみたいね。
上の王子達の出来は良いけど、第三王子には遊び心があって歴史の変化を期待出来る。
それを押し上げたい人と、そこにつけこめると考えている人がちらほらいるみたい。
ただ兄弟間の仲が良くて全くその気配はないわ。
今放棄をしていないのは卒業を待っているだけ」
「卒業をですか?」
リーシアは表面的な事柄は知っているが、その裏にある思惑や心情までは知らない。
「子供とみなされる内に放棄して揉めた事例が過去にあったの。
何も分からない子供の内に言った事だから取り消したい、あるいは子供の戯言を戯言を承認するな、誰かが吹き込んだのではないか」
「…………」
「放棄する予定だけ公言して文句言わせないために卒業を待ってるの。
書類上正式に認められるのは卒業後だけど、もう何回も宣言していて内定してるわ」
「難しいんですね」
「勢力争いは面倒よね。
取り合えず第三王子の放棄はまともな思考を持った層には確定の話なのよ」
カチュアの言い方は、リーシアでも嫌な裏を感じ取れた。
「まともじゃない人が……?」
「いるわね。
どれだけ平和でも安定していても不満を持つ人はいるから。
そういう人に取っては王子は操るための人形にしか見えないし、唆してその気にさせてやろうって考えるみたいね。
……まぁ今一番そういう輩に狙われてるのは王太子の息子だけど」
ルクレイスの兄である第一王子が現王太子であり、既婚で息子も生まれている。
この国の習わしでは、子がある程度育つと第二位以下の順位が変動させて、王太子の息子が第二位以下に組み込まれるようになる。
「まだ幼いですのに」
「王族だからね、まぁ仕方ないわ。
まぁ未来の王太子は置いといて第三王子の話ね。
具体的には卒業後に一代限りの領地と公爵位を得て外交官として動く予定よ。
顔は知られてるし外国の王族とも上手く関係を築いてきてる。
短期留学や視察も行っていて、周辺諸国の言葉は堪能。
遠方でも重要な拠点の語学は修めているみたい。
計画的に外交官になるために動いてきたのね。
逆に王に求められる式典等の知識やマナーはさぼってるらしいわ。
実際に出来るかどうかは置いておいて王城の教師や学校での評価は高くない」
「志のしっかりした方ですね」
「そうね。
……全く後ろ楯になり得ない平民を伴侶にするために動いていたみたいよ」
「それは……」
考えていた事だったが、リーシアはショックを受けた。
諦めていても、覚悟していても、何も思わないままではいられなかった。
カチュアはリーシアの気持ちを思いやって慰めた。
「大丈夫よ。
好きな人が居たとか二股かけようとした訳じゃないわ。
政治的なものだったの。
候補者を何人か見繕ってた段階だったみたい」
リーシアは『フタマタカケ』と言う言葉を聞いた事がなかったが、慰めようとしてくれたのは分かったので聞き流した。
リーシアが辛かったのはルクレイスの誠実さを疑ってではない。
本来ルクレイスが行く未来を知ったからだ。
きっとリーシアが居なければ、カチュアが教えてくれた予定通りに、何の後ろ楯もない女性を伴侶として選んだだろう。




