体調不良の影響 3
エイゼンにじっと探るように見つめられて、ルクレイスは小さく笑った。
二人で企んでの共闘はよくしてきたが、敵として相手の懐を探り合うのは初めてだった。
「ユレアノ嬢が近付いてきた。
友の悩み相談に私が一番適しているから時間をくれとな」
「……彼女の再教育が必要ですね。
そんな女には見えなかったんですが」
「王子に近付きたかった訳ではないぞ。
お前の一番の友だからと言っていた。
後他の男どもには面識がなく声を掛けづらいとな」
「……掛けづらさの基準がおかしいんですが。
貴方が一番の友と言うのも納得いかないんですが」
「全くだ。
だがあれは他意はない。
他の女生徒より嫌がらせを受けているらしいが、全く他言していないようだ。
しかもそんな相手とも親しくなろうと接している様子があるとか」
「嫌がらせ?」
エイゼンは不快そうに眉を寄せた。
エイゼンは手回しや裏工作は学んでいても、悪事を気楽に許容出来る育てられ方をしていない。
後継から外れているのもあるし、婚約していたリーシアのヴィジット家への配慮でもあった。
ルクレイスの話し方で、ユレアノから訴えられたのでなく、学園の警備関係か異能者の監視からの情報だとエイゼンは察していた。
「リーシア嬢らにすり寄って、と。
ユレアノ嬢の周りには他にも将来の有力者がいる。
異能者への畏怖より嫌悪が強いと学園でもこういった事があるらしいが」
「保護をしないのですか?」
「問題が大きくならない限りはな。
ここは学び合い鍛え合う場でもある。
過保護に守っていては王城へ入った後生きてはいけまい」
「……危害を加えた方は?」
「お前も知っているだろう。
いつもと同じだ。
ここは社交の第一歩目の場所だ。
学舎として練習と扱われつつ、失敗も許容はされるが、同時に本番でもある」
学園は警備の問題もあり閉じられた世界だ。
権力者の子供らが集まるため敷地は広いが、事件を起こさぬようあちらこちらに監視がいる。
王族や異能者が在学中は尚更で、大体の事は一部の大人達に筒抜けなのだ。
それを理解している子供らは悪ふざけの限度を知っているし、卒業後を考えて評価の下がる真似はしない。
「王族が在学中、異能者を罵倒など、頭の軽さを大声で叫ぶようなもの。
切り捨てて下さいと言うようなものだ。
異能者は国の宝だ。
しかも今回は異能者が二人もいて双方仲が良い。
彼ら個人としての友人も家柄が高い。
卒業までに改善が見られなければ卒業後の道はないな」
王族や有力家に嫌われると言うのは影響が大きい。
八分にしろと音頭をとる必要はない。
嫌われ者になっても手を取ってくれる縁があれば別だが、悪い事をして嫌われたのならそう言った関係も薄くなる。
「……まだ諭せば通じるのでは?」
「そこまでの面倒を誰が見る?」
エイゼンは追求をやめた。
ルクレイスは相手の素性も状況も分かっていて放置を決めている。
エイゼンは危害を加えられるユレアノを放って置けない気持ちもあったが、誰かが指摘すれば歩み直せるかもしれない加害者らを放っておくのも気が引けた。
被害を受けているユレアノが萎れていないからこそ、加害側を気にかける余裕が出来た。
ユレアノはリーシアの大事な友達である。
ルクレイスは放って置けと言ったが、エイゼンはこれは天から降ってきた機会のように思えた。
そもそもユレアノを放置するのは心苦しい。
甘い正義感だけでなく、リーシアとの縁を繋ぎ直す目的があるのなら理由になる。
そう考える事にした。
ο ο ο
リーシアは知人らの未来を彷徨う内に、故郷の未来が見えるように戻っていると気付いた。
(……どうしてかしら?)
見えなくなった理由も分からなければ、見えるように戻った理由も分からない。
しかし見えるのは平和な故郷で、リーシアは胸を撫で下ろした。
たまたま見えなかった、そういう事にして忘れてしまおうと思った。
考えても分からないし、父母からの手紙の返事もまだ来ていない。
分からない事を悩むより、出来る事をと考えた。
リーシアが今確かめたいのはマロッドの事だ。
今までそんな気配は全く無かったのに、ヴィジット領で勉強したいと願い始めたマロッド。
リーシアはそろそろ授業に出れるように戻りたいため、深追いしないよう気を付けてマロッドの未来を視た。
マロッドがヴィジット領主の補佐の仕事に完全に馴染んでいるのが視えた。
リーシアの父とも義弟とも親しくし、楽しげに仕事していた。
マロッドは方向性を決めていないため専門的な職業訓練はしてきていないが、名家の従える教師陣の元で学んで学園でも真面目に学習してきた。
基礎がしっかりと出来ていて、性格は穏やかで人好きがする。
マロッドの事は心配ない――むしろ今までより楽しそうに見えて、リーシアはほっとした。
目の前の不安が消えたら自分自身の事を考えなければいけない。
リーシアはルクレイスとどうしていくべきか考え始めた。
部屋で安静にするリーシアが顔を合わせるのは、同室のユレアノか医師のローレッタくらいだ。
休めば治るのはいつもの事で、見舞うより静かに寝かせて置いた方が良いと、友人らは皆知っている。
今回はユレアノも部屋を留守にしがちで、リーシアは少しだけ嬉しかった。
心配して助けて貰えるのはありがたいが、ユレアノはリーシアのためにと自分の時間をけずりがちだった。
部屋に居ない間はユレアノ自身の用事をしているはずで、リーシアはそんな時間も大事にして欲しいと思っていた。
リーシアは消去法で、扉を叩く音はユレアノだと思い込んで返事をした。
前回の失敗を忘れて。
「具合はどうかしら?
お見舞いに一人連れてきたの」
扉を開けたのは医師のローレッタで、後ろにエイゼンを連れていた。
最初にローレッタだけで部屋の中を確認したのはリーシアの姿が乱れていないか確認するためだろう。
伏せている間の突然の訪問は婚約者だとしてもありがたくないのに、エイゼンはもう婚約者ですらない。
顔を合わせたくない気持ちだけでなく、羞恥を煽られた。
「許可もなく療養中の女性の部屋に男性を連れてくるなんて。
非常識ね」
やけに冷たい声が出て、リーシアは自分が反射的に仮面を被ったのに気付いた。
ローレッタによる突然のエイゼンの見舞いに、一度目ほどの動揺はない。
一度目はエイゼンを視界に入れずローレッタにだけ話しかけるくらいしか出来なかったが、リーシアは自然と『悪い子』として振る舞おうとしていた。
例え演技とばれていようと、今更エイゼンへの態度を変えられなかった。
早く、諦めて貰うためにも。
リーシアの冷たい言葉を聞き、確実に演技と知っているのに、ローレッタは動揺をあらわにした。
遠目に他人に向けられるのでなく、自分に引っ付いてしまう向かって投げ掛けられると、まるで真実のように見えたからだ。
「ご、ごめんなさいね……?
あらかじめ話せば断るでしょう?」
「余計なお世話だわ。
その人とはもう関係がないの。
むしろ気分が悪くなったわ。
その人を連れてさっさと出ていってくれる?」
リーシアは不快げにちらりとエイゼンへ視線をやった。
今までのエイゼンなら全く堪えた様子もなく完璧な微笑みで聞き流すのに、顔色を悪くして目を揺らがせていた。
リーシアは心の中で謝っていたものの、口と体は感情と分離したかのように動いた。
未だ焦がれるエイゼンに、汚いものでも見るような視線を向けた。
「婚約者気取りで女の部屋に入ってくるなんて素晴らしい優等生様かしら」
未来視はしていないが、さすがにリーシアもエイゼンが何を話に来たのかは分かっていた。
解消の理由と復縁だ。
ユレアノと未来が続くエイゼンから復縁の言葉を聞いても悲しいだけなので聞きたくなかった。
エイゼンは顔を強張らせていた。
「リーシア……強引な手段を使ったのは、すまない。
けれど君と話をする機会が欲しかったんだ」
「あら、見舞いだったのではなくて?!」
リーシアは大袈裟に皮肉を口にした。
分かっている。
エイゼンが心配していないはずはない。
リーシアの具合が良くなって、普通に話が出来ると知って訪れたのだ。
話をしたいからだけでなく、聞いた通りに元気になっているか確かめるために。
――優しくしないで。
リーシアは惨めな気持ちになった。
エイゼンは形だけの笑みも浮かべられなくなっていた。
「ごめん、そういうつもりでは……」
「出ていってくださる?
誰かさんを見たせいで気分が悪くなったの。
見舞いに来たなどと言って眠らせてもくれないのかしら?」
「ごめん……君が、もう少し落ち着いてから、また来るよ」
ローレッタが戸惑いながらも間に立とうとした。
「リーシアさん、そんな事を言ってはいけないわ。
診察しながら少し話しましょうか」
「出ていって」
リーシアは冷たい声で拒否をした。
怒りで喚いているのでなく、冷静にはねつけたと見えるように。
ローレッタが善意で動いていると、リーシアは知っている。
ローレッタはリーシアの体調不良が精神的なものだと推測している。
荒療治でも、ストレスの原因と考えられるエイゼンをぶつけて、その場しのぎの栄養剤に頼るのでなく、問題の解決を考えたはずだ。
「二度と言わないわ。
今すぐ出ていって。
次にこんな真似をしたら各所に訴えて首にしてさしあげるわ」
「……ごめんなさいね」
ローレッタの傷付いた顔が目に入り、リーシアは泣きたくなった。
傷付けたい訳ではなかった。
後で深く謝罪しようと決め、今はエイゼンを突き放すのを優先した。
未来を確認しておらず、今まで積み重ねてきた方法しか取れなかった。
磨かれた演技を向けられた二人には、芝居だったと知っていても偽りない本心にしか見えなかった。
結果として、近付くのに強い覚悟が必要になるほどエイゼンの心を抉った。




