邂逅・悪の華と聖女 6
どのような華やかに見える街でも必ず影の部分はある。表向きの華やかさから取り残された、ドロドロとした汚泥の流れのような腐臭と汚濁にまみれたような場所が・・。法の目の届くことのない半ば見捨てられたような低層。そんな場所がここキルミスター城下町にも存在していた。法と秩序に厳しいであろうキルミスター王でも把握しきることなどできない場は確かに存在するのである。
フイリンを連れたカーラは通りに面した一軒の酒場に入り客席に着いた。不安げなフイリン、カーラに問いかける。
「賭け、とおっしゃいましたね? 何をするつもりなのです? 」
「今説明するからあせるな、何か頼むか? 酒でもいいぞ? 」
改めて店内を見渡してみるフイリン。店自体は意外と小綺麗な作りで雰囲気もそう悪くはない。宵の口とあってぼちぼち他の客の姿も見られるが、こちらに関心を向けようとする者も居ない。
「お酒はまだ飲めませんから・・お茶かジュースのようなものを・・」
数分後、飲み物が運ばれてきた。温かい茶のようなものとグラスに入った何やら毒々しい色合いの酒だ。
グラスに口を付けつつカーラ、
「どこの人口の多い街でもそうだが一見治安がよさそうに見えるここキルミスター城下町でも例外の場所はある。この店の裏側からしばらく入った所にあるゲドム通りがそうだ。」
「・・・・・」
「そこはまさにこの町の貧民窟というか吹き溜まり、ゴミ溜めというかそんな酷すぎる場所だ」
「で、私にどうしろとおっしゃるのです? 」
「お前はその通り、数百メートルを往復して来るんだ、たったそれだけのことだよ」
とりあえず無言で話聞くしかないフイリン。
「ただし、その途中で色んな有象無象が出てきてちょっかい出してくるかもしれないだろうから、お前はそいつらを言葉で説得してみろ」「それでもし何事も無く無事戻ってこれたなら私は、フイリン、お前に土下座してやるし、奴隷にもなってやるよ」
二人、店を出て裏の方に回る。華やかだった表の方と比べて暗さが際立っている。その暗さは単に明かりが少ないだけではない何かが醸し出している物がある。歩いているうちにさらに暗さが増してきている。そして辿り着いた通り、ここが件のゲドム通りなのか? 周りの建物もやたら古くみすぼらしくなっている。さらにすえたような悪臭も漂っている。正直一秒すら居たいとは思えない場所だ。暗くてよく見えないが確かに人の気配はする。それも思い切り敵意と憎悪と欲望をむき出しにした禍々しい雰囲気の。
「さあ、どうする? 嫌ならやめてもいいよ。その代わりお前は己の思想の間違いを認めることとなるわけだが、うひひ」「でもって、お前の大好きな餡子玉とかいう女神様に守ってもらうかぁ? 」
にやにやと半ば意地悪そうに笑い、フイリンを挑発しているカーラ。
「アンジュエラ様の悪口はやめてください! いくらあなたでもそれだけは・・」
やはり、己の信仰する存在を悪く言われのは許しがたいのであろうか。
「そうそう、その杖は預からせてもらうわ、これも立派に武器になるしな」
カーラ、フイリンの剣幕にも意に介さず、彼女の手から無理やりもぎ取る。
フイリン、内心は大いにびびっていると見えて、両足が微かに震えているが・・。
「・・わかりました。では行ってきますから! 」
後ろを振り向きもせず、闇の中に歩みを進める。恐れを悟られるまいと胸を張って歩こうとするが、なかなか上手くいかず、どうしても及び腰になってしまう。
やがて、暗がりの中からぶつぶつと怪しい声が聞こえて来るようになった。
「女だ・・娘だ・・」「・・若いな・・まだ・・」「ここがどういう所か知ってて入り込んだのか・・・」「処女だ・・・処女の匂いがするぜ・・」「〇〇〇にむしゃぶりつきたい・・ハアハア・・」「お・俺もう我慢が・・」「まだだ・・まだ・我慢・・もう少し・・」
正直、彼女は少し後悔しかけていた。意地張ってしまったせいで貞操どころか命を失う危険さえある。
(そ、そうですよ、私はただアンジュエラ様の教えを守り、人々に伝えたいだけなんだから、大体カーラが悪いのよ、レイミ姫も何だってあんなわけわからない悪そうなのと一緒に居たりするのよ、きっと何か変な魔法か何かを使って・・いやあの人そんな悪い人には・・でも戦っている時はとても楽しそうだった・・でも私のことを助けてくれたし、本当は・・)
怖さを紛らわせるためだろう、ひたすら周りを見ずに別な事を考え続けている、フイリン。
(ああ、無力な私をお守りください、アンジュエラ様・・)
首から下げたアンジュエラのシンボルのアンクをぎゅっと握り締める。
(もうすぐ通りの一番奥に着く、帰りは走って帰ろう・・お願いだから誰も出てこないで・・)
「うっ!?」
まるで彼女の心の中を見透かしたかのように、わらわらといかにも怪しそうな奴らが湧いて出てきたのだった。どいつもこいつもまるで飢えた獣の如く目をぎらつかせ、呼吸を荒くし、下卑たにやけ顔を晒している。さらに一部の奴ときたら卑猥に腰を振り出したりしているという地獄絵図。
「うへへへへえ~~、お嬢ちゃんよぉ~、ここはどういう所か知っててきたのかなぁ? いい度胸してるねぇ~」
「そんなにおじさんたちに遊んで欲しいのかなー? 」
「少ーし若いけど別にいいよなぁ? 」
「ま、知っていようが知らんかったろうがかんけーねえけどな」
じりじりと彼女との距離を詰めてくる怪しい野郎共。次第に壁際に追い詰められつつあるフイリン。内心恐怖で叫び出しそうになりつつもあくまで気丈な態度で振る舞おうとする。
「お、お、おやめなさい、あ、あなたたち、こ、こんな破廉恥な真似をして恥ずかしくはないのですか? 」
やはりどうしても声が震えてしまう。さらに体も震えている。
彼女のその様子を見て爆笑する野郎共。
「ぶわっはっはっはー、『おやめなさい』だとよ! 」
「やめろと言われてやめる奴なんかおらんよ~ん」
「お、俺、眼鏡っ子が大好きなんだーー! 」
まず一人が羽交い締めに掛かってきた。まず、手の自由を奪いにきたか。
(くっ、かくなる上は・・)フイリン、何をしようというのか?しかし・・
(だめだ、あくまで説得だけで切り抜けないと・・でないとカーラに負けを認めることになる・・)




