第7話 十人目・皇絢音①
「九人目もダメだったみたいですね」
栞がにっこりと微笑み、シュッシュッとペンに羽が生えたように赤いバツをつける。
あのクレープ屋での宣言の後、家に帰った俺は瑠奈の言葉を振り払うように、幼馴染ラノベを一心不乱に読み返した。
そして、真の幼馴染パワーを注入した俺は月曜日の放課後から怒涛の行動を開始した。
しかし――現実は非情だった。
六人目。
穂高葉月。
「葉月! 小学校の三年の二学期に一緒の班だった朝倉悠真だけど、俺のこと——」
「あぁ〜?」
大人しくて地味子だったはずの葉月はすっかりギャルっぽく成長し、俺を信じられないものを見るような目で睨みつけた。
「誰? 朝倉悠真? ……知らね」
記憶すらしてもらっていなかった俺の六人目の恋は散った。
七人目。
文芸部の水無瀬詩音。
小学校の頃、よくお互いの書いた小説の感想を言い合ったりしていた仲だ。
俺は徹夜で書き上げたラブレターを彼女の机に忍ばせ、放課後の体育館裏で待った。しかし、いくら待っても彼女は現れなかった。
翌朝、理由を問いただすと、彼女は真顔で『赤文字だらけの手紙』を俺の胸に押し付けてきた。
「ポエムの添削して欲しかったんでしょ? はい、これ。全体的に説明的な文章が多いかな。ポエムなんだからもっと情感を大切にして——」
俺が情熱を込めたはずのラブレターは、見事なまでに『痛いポエム』扱いされていた。あまりにガチな添削指導を前に「ラブレターだ」と訂正する勇気など湧くはずもなく、俺は泣く泣く引き下がるしかなかった。
八人目。
手先が器用で、今は模型部に所属している安室澪。
「ずっと前から好きだった。俺と付き合ってくれ!」
部室で一人きりだった彼女に告白した俺に対し、澪は手元のパーツのヤスリがけをピタリと止め、氷のように底冷えする視線を向けてきた。
「……あんた、小学五年の時、私が夏休みの丸一ヶ月かけて組み上げた『バルクホルン仕様』のBf109G-6のプロペラを折って、しかも安物の接着剤で適当にくっつけて誤魔化そうとしたわよね?」
うっ……澪が自由研究として教室の後ろに飾っていた、飛行機の模型のことか……!
「い、いつの話だよ! もう時効だろ!?」
「モデラーの恨みはシーウルフ級の潜航深度より深く、アステロイドベルトより広いのよ。あの時の絶望を思えば、あんたと付き合う可能性なんて“永遠のゼロ”」
手元のニッパーをカチカチと威嚇するように鳴らされ、俺はスゴスゴと立ち去るしかなかった。
九人目。
一年生で占い研究部の神宮寺紗枝。彼女とは小学校の時の夏祭りで恋占いを試した仲だった。
その時の結果は「お似合い」。二人で照れ笑いしたのを今でも覚えている。
告白した瞬間、紗枝は無言でタロットカードをシャッフルし始めた。
そして示されるカード。俺はごくりと喉を鳴らした。
「塔の正位置……」
「こ、これっていいのか?」
「あなたと私が結婚する確率は、星の導きによればズバリ『1%』です」
1%……幼馴染と結婚する確率と同じ!
だったら……!!
「1%なんて俺とお前なら乗り越えられる! だって、あの時の占いはお似合いって……」
「99%はあなたが私に『不幸』をもたらす確率です。さぁ、疾く去るが良いッ! 二度と私の前に現れるな! 悪霊退散ッ!」
バサァッ!
問答無用で清めの粗塩を全身にぶつけられ、目が開けられない。俺は脱兎の如く逃げ出した。
――そして現在。金曜日の昼休みに至る。
「いやぁ、今週も見事なやられっぷりでしたね。特に昨日は文字通りの塩対応。真の幼馴染パワー恐るべしです。先輩のライフ、そろそろマイナスに振り切ってません?」
「……うるさい。俺の幼馴染リストには、まだ九十一人も残ってるんだ」
俺は図書室の机に突っ伏したまま、呻くように答えた。
リストの上には、栞が容赦なく書き込んだ四つの真っ赤なバツ印が、俺を嘲笑うかのように並んでいた。
『ピンポンパンポーン』
突然、校内放送のチャイムが鳴り響いた。
続いてスピーカーから聞こえてきたのは、凛とした、それでいてどこか冷たさを孕んだ美しい声だった。
『全校生徒の皆さん、ごきげんよう。生徒会長の皇絢音です』
皇絢音。
その名を聞いて、俺はビクッと肩を震わせた。
日本でも有数の企業体・皇グループ会長の孫娘。その上容姿端麗、成績優秀。学園に多額の寄付を行い、教師すら頭が上がらないという学園の絶対的権力者である生徒会長。
『呼び出しを行います。……高等部二年の朝倉悠真さん』
「なっ!?」
突然全校放送で名指しされ、俺は椅子から転げ落ちそうになった。
『放課後、生徒会室に出頭するように。もし逃げれば生徒会の全権限を使って退学処分にします。もう一度繰り返します。朝倉悠真さん、放課後、生徒会室に来るように。以上』
ブツッ、と放送が切れる。
「せ、先輩……生徒会長、怒ってたような気がしたんですが……何やらかしたんですか?」
静まり返った図書室で栞が引きつった顔で俺を見下ろしている。
俺はふるふると首を横に振った。
最近生徒会長とは話してもいないはず。
でも、これはチャンスかもしれない。
「それで、行くんですか?」
「当たり前だ。退学になりたくないし。……それに、ちょうどいい機会だ」
「機会? ……あっ!」
栞は思い出したように、手元のリストを指でなぞって確認した。そして、ある名前のところでピタリと指を止めた。
「生徒会長の皇絢音。彼女は俺の、幼馴染だ」
⭐︎⭐︎第8話につづく⭐︎⭐︎




