表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
6/8

第6話 週末デート・木漏れ日の彼女

 残暑の残る九月の午後、日差しはまだ夏の名残を引きずるように強かった。


 けれど、テラス席を覆う木陰に入ると、心地よい風がふわりと身体を包み込み、じんわりと滲みかけた汗をすっと引かせていく。


 目の前では、向かいの席に座る女の子が、両手で包み込んだクレープに幸せそうにかぶりついていた。


「ん〜っ!」


 生クリームを増量にしたせいだろう。口の周りに白いホイップの泡をちょこんと付けたまま、彼女は嬉しそうに目を細めている。


 休日の昼下がり、二人きりで駅前の新しいクレープ屋。傍から見れば、これは立派なデートと呼んでもいいシチュエーションなのかもしれない。だが——。


「先輩の奢りで食べるクレープ、最高に美味しいです!」


「ああ……よかったな」


「なんだかすごく不機嫌そうですね。もしかして、私じゃなくて五十嵐先輩と一緒にここへ来たかったんですか?」


 容赦のない栞の的確な一言に、俺はテーブルに突っ伏すように深く項垂れた。



 ――昨日。


 放課後の校舎裏。俺の顔を覗き込んでくる瑠奈の唇がすぐ目の前にあって、俺は胸の奥で早鐘のように鳴る鼓動を抑えきれずにいた。


 少しだけ開いた、艶やかな色の唇。


 甘い香りに意識が遠のきそうになった、その直後だった。


「……やっぱり。悠真、これ罰ゲームの告白かなんかでしょー」


 フッと息を抜くように笑い出して、瑠奈は「やだぁー、もう! びっくりしたじゃん!」と、いつもの軽いノリで俺の肩をバシッと叩いた。


「ち、違うよ! 俺は本気で——」


「だって悠真、私とゲームしてて、わざと負けた時と同じ目をしてるもん。私が『今、手抜いたでしょ』って問い詰めた時も、そんなふうに少し泳いだ目をしてた。なんて言えばいいのかな……自分に嘘ついてるような、そんな目」


 その言葉に、俺は息を呑んだ。

 昔、負けず嫌いの瑠奈が負け越して泣き出しそうになるたび、俺はこっそり手加減をしていた。それを咎めてきた彼女の顔が、目の前にある。


「う、嘘じゃ——」


「うん、嘘じゃないのかもだけどね。でも、心からの本気でもない。そんな気がしたんだ」


 瑠奈はふふっと柔らかく笑った。けれど、その瞳の奥には、どこか見透かしたような、そしてほんの少しだけ寂しそうな光が揺れていた。


「あーあ。ちょっと残念。……罰ゲームの告白なんて、本気にして傷つく子もいるかもしれないから、もうやっちゃダメだぞ? それじゃあ約束の時間だから、私もう行くね。今度みんなで遊ぼ! じゃね〜」


 ひらひらと手を振りながら、軽やかな足取りで去っていく瑠奈の背中。


 俺はそれを、ただ黙って見送ることしかできなかった。


 本気じゃない?


 俺は本気で——。


 いや、図星だったのかもしれない。



「先輩? せっかくのクレープ、食べないんですか? クリーム溶けちゃいますよ」


 不意にかけられた声で、俺はぐるぐると回る思考から現実へと引き戻された。


 顔を上げると、いつのまにか自分の分のクレープをぺろりと平らげた栞が、テーブルから身を乗り出して俺の顔を覗き込んでいる。


「あ、ああ。食べる。今食べる」


「はい。じゃあ、五十嵐先輩の名前もリストから消しておきますね〜」


 栞はバインダーに挟んだリストを取り出すと、赤いペンを握った。


 シュッシュッ!


 有無を言わさぬ勢いで、栞がリズミカルに瑠奈の名前に鮮やかなバツ印を刻み込む。


「……お前、やっぱり名前消してる時、すげえ嬉しそうだな」


「そんなことないですよぉ〜。私はいつでも、先輩の悲しみに寄り添う可愛い後輩ですから」


 口の端に微かにクリームを残したまま、栞は眼鏡の奥でこれ以上ないほど悪戯っぽく微笑んだ。


「その割には、俺が振られるたびにいい笑顔を見せてくれるよな……。ほら、口の横」


 俺はテーブルに置かれていた紙ナプキンを一枚抜き取り、栞の顔を指差した。


「ほ、本当ですか?」


 栞は少し慌てた様子で俺から紙ナプキンを受け取って、口を拭う。


「違う、反対側」


 俺が身を乗り出し、もう一枚取った紙ナプキンで栞の口の端についたカスタードを軽く拭き取ってやった。


「あ……」


 その瞬間、栞の動きがピタリと止まった。

 至近距離で目が合う。いつもは俺を小馬鹿にしてジト目を向けてくる瞳が、今はわずかに丸くなり、瞬きを忘れたように俺を見つめていた。白い肌が、夏の終わりの日差しとは違う理由で、ほんのりと赤く染まっていく。


「……ん? まだ付いてたか?」


「っ……! い、いえ! 大丈夫です! ありがとうございます!」


 栞はバッと勢いよく顔を逸らし、手元のストロー付きのアイスティーをズズズッと音を立てて勢いよく吸い込んだ。


(なんだ? 変な奴)


 よくわからないが、俺も自分の分のクレープを食べることにした。


 一口かじると、濃厚なカスタードと生クリームの甘さが口いっぱいに広がり、瑠奈に振られた胸の痛みを少しだけ和らげてくれる気がした。


「……それにしても」


 数分後、すっかりいつもの冷静さを取り戻した栞が、コホンと一つ咳払いをして口を開いた。


「これで五連敗ですね」


「愛はノーカウントだ」


「実質五連敗です。どうですか? 五十嵐先輩に『本気じゃない』と痛いところを突かれたわけですし。そろそろ現実を見て、1%の不毛な夢を追うのはやめませんか?」


 栞はテーブルに肘を突き、両手で顔を支えながら上目遣いで俺を見た。


「先輩のすぐ目の前には、こうして休日に一緒にクレープを食べてくれる、優しくて可愛い後輩がいるんですよ?」


 木漏れ日が栞の髪を揺らし、眼鏡のフレームがキラリと光る。


 今日の朝、スマホのメッセージが届いて、俺は栞に呼び出されてここに来た。


『クレープ食べに行きましょう! 友達と行ってこいって言いましたよね? だから先輩誘います!』


 瑠奈への告白の結果も聞かず、まるで俺に予定がないことを知っていたかのようなメッセージだった。


 こいつ、どこかで見てたんじゃないだろうな?

 まぁいい。俺はもう一度、瑠奈の言葉を噛みしめていた。


 クレープの甘さを喉に落とし込んだ俺は顔をあげて栞をまっすぐに見る。


「……瑠奈の言う通りだったかもしれないな」


「え?」


「俺は真剣さが足りなかったのかもしれない」


 俺は残りのクレープを大きくかじり、力強く拳を握りしめた。


「先輩……ようやく『幼馴染』という上辺のステータスに恋することの無意味さに気付いたんですね」


 栞の瞳がかすかに揺れた。

 こいつは何を言ってるんだろうか。

 そんなこと、決まってるじゃないか。


「だから! 俺の幼馴染への愛もまだまだだってことだよな!? よし、今度こそ俺の真の幼馴染愛を見せてやる! そのためにも帰ったら幼馴染ラノベ読み返しだ!」


 テラス席で堂々と宣言した俺を見て、栞は数秒間だけ完全に表情を無に落とし——。


「……やっぱり先輩は先輩ですね」


 と、氷のように冷たい声でポツリと呟いた。


「なんか言ったか?」


「いえ。次は誰のところに玉砕しに行くのかなーって、楽しみにしているだけですよ。ええ、心の底から」


 栞はニコリと笑ったが、背筋に寒気が走った気がして、俺は砂糖とミルクたっぷりのアイスコーヒーを一気に喉に流し込んだ。




⭐︎⭐︎第7話につづく⭐︎⭐︎





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ