↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
24/26

第24話 転校生・新条麗奈④

「図書室、こっち」


 悠真くんに先導され、私は中庭を抜けた。


 新校舎へ続く渡り廊下を通り、さらに旧校舎へ。窓の外では、秋風に揺れる木々の葉が、かすかに色づき始めている。


 図書室は、旧校舎の三階にあるらしい。


「図書室って、よく利用するの?」


「うん。あまり人もいないしな。調べ物なら大学部の図書館の方が便利だから、こっちは来る人が少ないんだ。来ても昼寝しに来るやつとか」


 はは、と悠真くんが笑う。


「ふーん。実は、好きな女の子が図書室にいるから通ってるとか?」


 私は、何気ないふりをして探りを入れた。


「まさか」


 返事はあっさりしていた。

 声にも揺れはない。


 たぶん、本当なのだろう。


 じゃあ、本当に図書室が好きなだけなんだ。


 私は、ほんの少しだけほっとした。


 ……ん?


 なんで、私はほっとしているの?

 私は思わずぶんぶんと首を横に振る。


「麗奈……そんなに力いっぱい首振ってどうした?」


「な、なんでもない!」


 慌てて答えると、悠真くんは不思議そうに首を傾げた。


 そんな目で見ないで。

 自分でもよく分かっていないのだから。


 やがて、図書室の入口に着いた。


 この一角だけ、少し天井が高い。旧校舎らしい落ち着いた空気があり、廊下のざわめきもここまで来るとどこか遠く聞こえる。


 入口脇の台には、今月の推薦図書のポップが並んでいた。丸みのある可愛い文字で、本の紹介文が添えられている。


『私を忘れないで』

『キジ猫カーの密室事件簿』

『518,716秒のあいだに』


 短編を中心に選んでいるようだった。


 私がポップを見ている間、悠真くんは何も言わずに待っていてくれた。


 それに気づいて、私は少し慌てて彼のそばへ戻る。


 悠真くんは図書室の重い扉を開けた。


「栞〜、来たぞ」


 下の名前で呼んでいる。

 随分、親しそう。


 でも、名前なら私たちだって呼び合っている。

 私も悠真くんって呼んでいるし、彼も私を麗奈と呼ぶ。


 だから、別に気にすることなんてない。

 ……ないはずだ。


「先輩、今日はずいぶんゆっくりですね?」


 貸出カウンターに座っていた女の子が、こちらへ顔を向けた。


 メガネをかけ、肩のあたりで切り揃えた髪。大人しそうな雰囲気だけれど、顔立ちは整っている。


 今、先輩と呼んだ。

 ということは、一年生だろうか。


「ちょっと用事があって。ごめんごめん」


 悠真くんはそう言うと、買ってきたパンの袋からジャムパンを取り出し、その子へ差し出した。


「これで手を打ってくれ。好きだろ、それ」


 ……それ、悠真くんが私のために勝ち取ってくれたパンなんだけど。


 胸の奥が、ちくりとした。


 別に、パンくらいどうでもいい。彼が誰に何を渡そうと、私には関係ない。お金だって悠真くんはクリームパンとあんぱんの分しか受け取ってくれなかった。

 それに、私がお弁当の半分をあげたせいで残ったパンなのだから、それを彼がどう処理しようと自由なはずだ。


 そう理屈では分かっているのに、なぜか少しだけ面白くなかった。


「まあ、いいですけど」


 女の子はそう言って、受け取ったジャムパンを大事そうに見つめた。


 その表情が、少しだけ柔らかくなる。


 私は、ごほんとひとつ咳払いをした。


「ところで、そちらの方は?」


 女の子がこちらを見る。

 メガネの奥の瞳が、私を値踏みするように細められた。


 次の瞬間。


 ぎらり、と。


 暗い光が、その目に宿ったような気がした。


 ぞくり。

 背筋に冷たいものが走る。


 これは……?


「転校生。今、学園を案内してるの」


「そうですか。なら大丈夫ですね」


 女の子は、にっこりと笑った。


 大丈夫ってどういう意味だろうか。


 それに、さっきの気配も消えて、目の暗い光など最初から存在しなかったかのような、穏やかな笑顔だった。


 ……気のせい?

 私の見間違いだったのだろうか。


「利用者カード、作ってくれる?」


「分かりました。えーっと」


「新条麗奈です」


「新条先輩ですね。では、こちらに記入をお願いします」


 丁寧な話し方なのに、どこか距離を感じる。

 壁を作っているような、そんな礼儀正しさだ。


 彼女はA5の用紙とペンを差し出してきた。私はそれを受け取り、近くの席に腰を下ろす。


 氏名、クラス、連絡先。


 必要事項を書き込もうとしながらも、どうしても意識はカウンターの方へ向いてしまう。


 悠真くんと図書委員の女の子は、そのまま何やら話し込んでいた。


 聞き耳なんて、行儀が悪い。


 そう思いながらも、私はペンを動かすふりをして、耳だけをそちらへ傾けた。


「それで先輩、昨日はどうだったんですか?」


 昨日?

 昨日、何があったのだろう。


「……ダメだった」


 悠真くんの声が、少しだけ沈む。

 何かに失敗したのだろうか。


「じゃあ、消しておきますね〜」


 シュッシュッ。


 彼女がペンを走らせる音が聞こえた。


 ただ何かを書き込んだだけのはずなのに、その音は妙に耳に残った。


「お前、やっぱり嬉しそうだな」


「そんなことないですよ〜」


 いや。あれは、絶対に嬉しそうだ。


 声が弾んでいる。

 隠す気があるのかないのか分からないくらい、分かりやすい。


 私は利用者登録書に素早く記入を終えると、立ち上がった。


 そして、二人の間に割って入るようにカウンターへ近づき、用紙を差し出す。


「はい。できました」


 私は女の子に向かって、にっこりと笑った。

 今朝も使った、感じのいい笑顔。


 けれど今は、ほんの少しだけ別のものが混ざっていたかもしれない。


「ありがとうございます」


 女の子も、にっこりと笑う。

 笑顔と笑顔が、カウンター越しに向かい合った。


「では登録しておきますので、しばらくはこちらの仮登録証を使ってください」


「分かりました。ありがとう」


 私は仮登録証を受け取り、悠真くんへ顔を向ける。


「悠真くん、次をお願いできる?」


「あ、ああ。分かった」


 悠真くんは少しだけ戸惑ったように頷いた。

 そのまま私たちは図書室の出口へ向かう。


 扉の前で、私は背中に視線を感じた。


 ぞくり。


 まただ。


 また、さっきと同じ。

 冷たくて、鋭くて、背中を撫でられるような感覚。


 強い敵意。あるいは、殺意。

 そんな言葉が、頭に浮かんだ。


 今はもう感じない。


 けれど、私は振り返れなかった。


 今振り返ったら、何か見てはいけないものを見てしまう気がした。


 ……気のせいよね?


 そう自分に言い聞かせながら、私は悠真くんの少し後ろを歩いて、図書室を出た。




⭐︎⭐︎第25話につづく⭐︎⭐︎

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。