第22話 転校生・新条麗奈②
「ああ、いいよ。じゃあ昼休みに」
私の誘いに戸惑うこともなく、そう言って朝倉悠真は笑った。
その笑顔は、あまりにも自然だった。
こちらが一瞬、どきりとしてしまうくらいに。
でも、なんだ。
やっぱり私に興味がないわけじゃなくて、興味がないふりをしていただけで——
って……え?
なんで、また本を読み始めているの?
私との会話、もう終わり?
今、転校生美少女から昼休みに誘われたところよね?
もう少し、こう……余韻とか、動揺とか、あるでしょう?
私は胸の奥に残った妙なざわつきを押し隠しながら、クラスメイトたちの輪の中へ戻った。
「新条さん、朝倉くんと何かあるの!?」
「もしかして、前から知り合いだったとか?」
「いきなり下の名前で呼んでたよね?」
女子たちが、きゃっきゃと楽しそうに身を乗り出してくる。
けれど、嫉妬の視線は感じなかった。
むしろ、朝倉悠真に声をかけたことで、私がクラスの人気者や目立つ男子を狙っているわけではないと分かり、少し安心している子すらいるようだった。クラスの女子と仲良くするという点では悪くない手だったかもしれない。
「ううん、隣の席だから、仲良くしておこうと思っただけ」
私は柔らかく笑ってから、さりげなく話題を変える。
「そうだ。放課後、誰か街を案内してくれないかな? まだ全然分からなくて」
「いいよ、いいよ!」
「みんなで行こうよ!」
「駅前ならカフェもあるし!」
すぐに明るい声が返ってくる。
私は頷きながら、横目でちらりと窓際を見た。
そこでは、朝倉悠真が男子たちに嫉妬のヘッドロックをかけられていた。
「おい悠真ぁ! 転校生にいきなり昼飯誘われるってどういうことだよ!」
「ぐえっ、知らねえよ! あっちから急に——!」
男子たちとも仲が良さそう。ただの暗いオタクでもないみたい。
……やっぱり、よく分からない人だ。
◇
「よし、昼休みだ! 麗奈! 学食に行くぞ!」
「え? ちょ、ちょっと!」
四時間目の終了を告げるチャイムが鳴った瞬間、朝倉悠真は勢いよく立ち上がった。
そして、私に向かってそう宣言するなり、教室の外へ猛然と駆け出した。
朝はあんなに眠そうにしていたのに、何なの、この人!?
私は慌てて通学用鞄から小さな包みだけを取り出して、彼の後を追った。
廊下に出ると、走っているのは朝倉悠真だけではなかった。
男子も女子も、まるで何かの号砲を聞いたかのように、一斉に廊下を駆け抜けていく。
「お前ら、廊下を走るな!」
すれ違った先生が注意するが、誰一人として止まらない。
何?
何が始まっているの?
私も仕方なく走り出す。けれど、行き先も分からないまま知らない校舎を駆けるのは、思った以上に心細かった。
転校初日の昼休みに、私は何をやっているんだろう。
朝倉悠真の背中が人波の向こうに消えそうになる。
もう、無理。
そう思って速度を落としかけた、その時だった。
前方で、彼がふっと足を緩めた。
こちらを振り返り、私が追いつくのを待っている。
……何よ。
さっきは私のことなんて見向きもしなかったくせに。
私は悔しくなって、少しだけ速度を上げた。
学食の脇にある購買所は、文字通り人の山だった。
パンの購買に、生徒たちが男子も女子も関係なく群がっている。伸びる手、飛び交う声、棚から次々に消えていくパン。
まるで戦場だ。
「ちょっと遅れたか」
朝倉悠真は、頭をぽりぽりとかいた。
走りながら聞いたところによると、購買には曜日ごとに違うパン屋が卸しに来ているらしい。中でも今日の店は特に人気が高く、しかも校内価格でかなり安いのだそうだ。
なるほど。だからみんな、あんなに全力で走っていたのか。
「ごめんなさい。私が遅かったから……」
「いや、麗奈は悪くないよ」
彼はあっさりそう言うと、人の山を見据えた。
「さて、何か希望ある?」
「え?」
「甘いパン、好きか?」
「う、うん。嫌いじゃないけど、でも」
「よし、任せとけ! ここのクリームパンは絶品なんだ!」
そう言うなり、朝倉悠真はパンを求める群れへと突撃した。
「あ、ちょっと! 私はパンは……」
私の声は争奪戦の怒号の前に消え去った。
押し合いへし合いの中、彼の姿は一瞬で見えなくなる。時折、「ぐえっ」とか「それは俺の腕だ!」とか、妙な声だけが聞こえてきた。
そして数分後。
人波から抜け出してきた彼は、髪を少し乱し、制服もほんの少しよれていた。
「よし! 無事ゲット!」
へへっと、得意げに笑う。
その笑顔が、また妙に自然だった。
「クリームパンと、あんぱんと、こっちはジャムパン。一応、コロッケパンも買ったけど」
そう言って、彼は戦利品のパンを私に差し出してくる。
「あ、あの……」
私は少しだけ声を小さくした。
「ん? どうした? もしかして、足りない?」
「そうじゃなくて!」
慌てて首を振る。そして手に持っている包みを見せた。
「私、お弁当、持ってきてるんだけど」
「うそ!?」
朝倉悠真は、本気で驚いた顔をした。
「だって、昼飯奢ってくれるって言ってたから」
「そうだけど、それは私の分も買って食べるって意味じゃなくて……」
そこまで言って、私は気づいた。
私も、彼がお弁当を持っているのか、学食で食べるのか、それとも購買で買うつもりなのか、何も聞いていなかった。
勝手に誘って、勝手に相手が自分の思った通りに動くと思っていた。
これじゃあ、彼だけを責められない。
「そっかぁ……」
彼は、少しだけしょんぼりした顔でパンを見下ろした。
その様子が、妙におかしくて。
私は彼の手から、クリームパンを一つそっと持ち上げた。
「じゃあ、せっかくだからこのおすすめのクリームパンをいただくね」
朝倉悠真……ううん。悠真くんの顔が、ぱっと明るくなる。その単純さに、私は思わずくすりと笑ってしまった。
今日初めて、作り物ではない笑みがこぼれた気がした。
⭐︎⭐︎第23話につづく⭐︎⭐︎




