表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/21

第18話 三十二人目・桐谷乃々花①

「……で、どうだったんですか。男の幼馴染との熱い友情イベントは。宗旨替えしましたか?」


 翌日の昼休み。


 図書室のいつもの席に腰を下ろすなり、栞がぐいっと俺の前に顔を近づけた。


「近い近い! な、何もねぇよ!」


「……妹の美玖さんともですか?」


「……ブラコンとシスコンの地獄を見てきた」


「なるほど。詳しく」


「断る!」


「では、とりあえず美玖さんはダメだったようですね」


 栞は手元のリストを開くと、赤ペンを握った。


「待て。俺は告白してない。むしろ向こうから『付き合う?』って言われた側だ」


「ほほう。でも付き合ってないんですよね?」


「うぐ。そ、そうだけど」


「なるほどなるほど。そしてシスコンにブラコンの地獄。さては先輩は当て馬にされたということですね?」


 こ、コイツ。なんでこんなに鋭いんだ。


「そこで兄妹のイチャラブをたっぷりと見せつけられて……」


「ストーップ! それ以上は規制! 発禁!」


「先輩はお堅いですねぇ。そこがいいところなんですけど。では遠慮なく」


 シュッシュッ。


 和泉美玖の名前の上に、無慈悲なバツ印が刻まれる。


 もはや俺の青春は、栞の赤ペンによって管理されていると言っても過言ではない。


 過言であってほしい。


「さぁ、今日は誰ですか?」


 栞のメガネが、秋の日差しを受けてキラリと光った。




 ◇




 放課後。


 演劇部の活動場所である小ホールは、校舎の端にある古い講堂の一角にあった。


 扉の向こうから、よく通る声が響いてくる。


拙者親方(せっしゃおやかた)と申すは、御立会(おたちあい)(うち)に御存じのお方もござりましょうが、お江戸を()って二十里上方(にじゅうりかみがた)……」


「もっと腹から!」


「はい!」


 ……これ、外郎売(ういろううり)ってやつだっけ。


 ただの発声練習かと思ったら、想像以上に本格的だった。


 俺は小ホールの扉の前で、一度深呼吸をする。


 今から会おうとしている相手は、桐谷乃々花(きりたにののか)


 小学校三年の頃、同じクラスになり、学芸会で主役とヒロインを演じた仲だ。


 小学校の頃から、乃々花の声はよく通った。演技力も、同じ小学生とは思えないくらい頭二つ抜けていた。


 俺もそんな彼女に負けまいと、必死に練習した。


 家に帰ってからも、凛を練習相手にして、何度も何度も台詞を繰り返した。


 その甲斐あって、劇は大成功だった。


 観客席で見ていた凛と絢音が、大きく手を叩いてくれたのを今でも覚えている。


 凛の顔はなぜか少し不機嫌そうだったけど。


 そんな乃々花は、中学から本格的に演劇を始め、今では桜ヶ丘学園演劇部の部長を務めている。


 俺は扉をノックした。


「失礼しまーす」


 中に入ると、舞台上にいた数人の部員が一斉にこちらを見た。


 その中で、ひときわ姿勢のいい少女が一人、台本を片手にこちらを振り向く。


 肩までの黒髪を後ろで一つにまとめ、白いシャツに黒いジャージパンツ。


 派手な格好ではない。


 それなのに、そこだけ舞台照明が当たっているような存在感があった。


 桐谷乃々花だった。


「あれ、朝倉くん?」


「久しぶり、乃々花」


「久しぶり。どうしたの? 演劇部に用?」


「ちょっと、見学してもいいかな?」


「うん、もちろん。観客がいると、演技にも身が入るしね」


 乃々花はそこで、少し悪戯っぽく笑った。


「それとも、舞台に上がる? 仮入部ということで」


「はは、今日は遠慮しとくよ」


「ふふ、分かった」


 乃々花は軽く頷くと、すぐに舞台へ戻った。


 それから部員たちの演技を一人ずつ確認し、短く指示を出していく。


 声の出し方。

 立ち位置。

 視線の向け方。

 台詞を言う時の間。


 乃々花は言葉だけでなく、自分の動きで見本を示した。


 そのたびに、後ろで結んだ黒髪がふわりと揺れる。


 動くたびに舞台に散る汗が照明を受け、きらりと光った。


 俺は客席の端に座りながら、思わず見入ってしまっていた。


 小学校の学芸会で、俺の隣に立っていた女の子。


 その彼女は今、舞台の上で、誰よりも真剣な顔をしていた。


「全体練習はここまで! あとは各自、自主練!」


 乃々花がパチンと手を叩くと、部員たちは返事をして舞台から散っていく。


 小ホールの空気が、少しだけ緩んだ。


「気合い入ってるなぁ」


 俺が声をかけると、乃々花は台本を胸元に抱えたまま、こちらを振り返った。


「まあね。来月は学園祭の発表があるし、その後はコンクールも控えてるから」


「頑張ってるんだな」


「見直した?」


「見直すも何も、乃々花は昔からすごい奴だと思ってるよ」


 俺がそう言うと、乃々花は一瞬だけ目を丸くした。


 それから、ふっと柔らかく笑う。


「……ありがと」


 その笑顔に、少しだけ昔の面影が重なった。


 学芸会の練習で俺が台詞を間違えた時、乃々花はいつもそんなふうに笑っていた。


 責めるでもなく、からかうでもなく。


 ただ、「もう一回やろう」と言ってくれるような笑顔。


 俺は、少しだけ胸の奥がくすぐったくなるのを感じた。


「そうだ、朝倉くん」


「ん?」


「今から自主練、付き合ってよ」


 そう言うなり、乃々花は俺の手をしっかりと掴んだ。


「え、ちょ、待っ——」


「大丈夫。昔、主役やったんだからいけるいける」


「小三の学芸会を基準にするな!」


「はいはい。つべこべ言わない」


 乃々花は楽しそうに笑いながら、俺の手を引いて舞台へ向かう。


 握られた手は、思ったよりも強かった。


 そして、舞台袖から差し込む光が、俺たちの影を長く伸ばしていた。




⭐︎⭐︎第19話につづく⭐︎⭐︎




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ