13話『毒と薬の境界線』
◇◇◇◇◇◇アリスside◇◇◇◇◇◇
…内臓がだんだんと熱く、煮立っていく、首筋が妙に汗っぽい。
ただこの目の前にいるにこの臓器を投げ付けてしまいたい。
「アリス、そこに居たのですね。
此方へ。」
どれだけ……どれだけ優しく微笑まれても……この足は動かない、動かしたくもないこんな紛い物!
口も腕も目も、涙も。
どうせ……どうせ誰にも価値を示せないなら!
「アリス…?」
だからただ眺めた。
この誰からも望まれる宝石を、品定めする目で、査定する目で、どれだけの価値が、あるのか。
ミルフィーが足に頭を擦り付けて来ようとして、咄嗟に足を引いた。
触れられることすら、疎ましい。
「妹様?どうされました?」
下手なことをすればまた母上に嫌味を言われそうで、頬が上がる。
愉快に実に呑まれて自室へと歩き出せた。
でも少し…焦った兄上の声が聞こえたような気がしてもミルフィーが足に絡み付いてきても、何処か冷めた焦燥感はどうにもなってくれなかった。
「…ミルフィーのご飯…兄上が持ってた方が良いよな……」
そんなことを思ったけど止めておいた。
メイドに頼もうにも、今は誰にも会いたくない。
「妹様」
「……だれ、勝手に入ってくんな。
父上に言い付けようか?」
そう思ったのに、変なメイドが部屋に入ってきた。
そして一つの袋を差し出して。
「…邪魔なら殺せば良いじゃないですか。」
そう怪しい笑みを浮かべながら言ってきた。
「……どうせ貴女の言うことなど、誰も聞かないのですから。」
その時少し、贋作の粉塵が舞った気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この部屋に客人?
ああ……病弱な兄上に母上が用意した貴族の友人か。
また良い御身分なことで。
「アリス!
……ごめんなさいミツルさん。
あの子がご相談していた私の妹で…」
「アリスたっ…!?
ああ大丈夫だよ!アリオンくん!
それよりもアリスちゃんは何しに……」
初対面でちゃん付けとは…随分と失礼な客人だね。
それに貧弱そうですぐに泣きそう…全く好ましくないね。
けどしょうがないか、兄上の引き立て役だもんね。
「いえ…そんな重要なことじゃなくて…
先日兄上に失礼を御掛けしたので、仲直りしたくてスイーツを作ってみたんです。
しかし……一人分しかなく……」
「……天使っ…!かわゆい……」
ごりょごりょうるさい。
低俗な客人の癖にじろじろと見やがって。
「…アリスが作ってくれたのですか…?
そんな…」
本当に内臓が這い出るくらいに兄上が気持ち悪く感じて仕方ないな…で…どうやら何かを話し合っているようだけど……
最後は何故か客人が笑顔でGOサインを出している辺りは…悪い話では無い?
此方としてもネガティブな話題よりもポジティブの話題で話し合われる方が都合が良いけど……
「なら、折角のアリスからの気持ちです。
此処で戴きましょうか。」
……毒入りのスイーツに気持ちなんて、一つも入って無いだろうけどね。
…ずっと……最初から……
「要らないのは…贋作の方だろ……」
「…?アリス……?」
いつも通り慈悲深く神様のように憎たらしく微笑むから。
……イラついたんだ。
「ッッ!!」
「えっ!?あ……!?ん?ありすちゃ」
まともにマナーのレッスンとか受けたことないけど、トレーって無理矢理持ち上げるとこんな派手な音するんだ。
「ははっ!大嫌いな兄上のそんな顔!!
初めて見た!!」
最初から、最初から分かってたのにさ。
先延ばしにしてたのはこっちだったのに。
「あ…えっ?えっ?アリスたんっ…?」
もう全部がどうでも良い気がした。
四肢も五臓六腑も、全部贋作。
じゃなかったらお前が愛されてる理由が付かないんだからさぁ。
ならもう、これ以上何も求めないでよ。
「ははっ!のろまで足手纏いのお前なんて僕様が好きなわけないだろ?
自信過剰もいい加減にしろっ……!?」
「……にゃあ……」
あっやっぱりここに居たんだこの猫。
餌とか、玩具とか……ここには何も無いのに……
「……ミルフィー。」
いい加減にしてよつい頭を踏み潰したくなっちゃうんだからさ。
「嗚呼、汚い恩知らずの駄猫。
確かに鈍臭いお前にお似合いだな。」
「アリス、人様の前です。」
「えっあ別に僕のことは気にしなくてい…!」
ああ、引き立て役、よく見れば愛されて人の良さそうなガキだね。
心底気持ち悪いんだけど。
「その泥臭いガキのこと?
また母上に連れてこられたんだ。毎月のように他人を連れてこられたら僕様だって迷惑なんだけど。」
「アリス…!」
兄上の怒鳴り声初めて聞いた……ああそっか、兄上、一回も誰にも怒ってくれて無かったからだ。
「あっはは!お前もそんな声出せるんだ。
ああでも面汚しが客人とあったら迷惑だよね?ちゃんと失礼するよ。」
「待ちなさいアリス!」
「あわわっ!?えっとこれ誰か呼んだ方がいい!?
待ってこの部屋の電線ミルフィーに噛まれてる!?」
どうせ後で怒られるのには変わらない癖に、なんでよりによってお前の初めての説教に巻き込まれなきゃ行けないのさ。
「大嫌いな兄上、もう僕様の名前呼ぶなよ。」
「…待ってくださいっ!!」
……はぁ、『愛されたい』とか撤回する、こんな贋作を好きになる奴、居なくて良い。
兄上が愛されてた理由も、自分が疎まれてた理由も、説明出来ないなら。
「毒って…美味しいのかな。」
誰にも何も求めない方がマシなんだ。
……はは、まぁあんな大嫌いな親なんかに説教されるぐらいなら。
早めに死んどいた良い結果になるかもね。
「うわ、ちょっと不味いな。」
行儀悪くトレーのスイーツを頬張りながら移動しても、誰も注意してくる奴も居ないし。
お世辞にも美味しいとは言えない味でも、誰も食べてくれる奴も居ないなら。
苦いし固いしパサパサで口の中の水分が無くなるから備え付けた紅茶にも手を着けて、最後まで。
「……でも悪くないな。」
視界がぐらぐらする。
時間が経つごとに額に汗をかいて、心臓がバクバクと音を立てる。
メイドは居なかった。執事も居なかった。
…自室には戻らなかった。
「…死にたく無くないな。」
もう彼処にあるのは。
…昔作った…『贋作の人形』と『真作の人形』、それだけ。
「まぁでも自業自得って奴だな。」
……ああでも…
もしも最初から贋作なら、それなら。
…それはそれで責任転嫁しやすいかもね。
◆◆◆◆◆◆アリオンside◆◆◆◆◆◆◆
…五歳の真冬の誕生日の日、太陽の下を歩けない私の元に貴女は全身を雪でずぶ濡れになってまで、ある木の実を持ってきてくれましたよね。
「兄上!見てください!」
紅くて雪が積っても生きている程生命力に溢れている美しい実も。
「知ってますか兄上!
サンザシの花言葉は!」
それに重なる真っ白い貴女がとても美しかったのも。
「『希望』なんですよ!」
知ってましたよ。
でも、そんな綺麗で美しい花言葉よりも、貴女が元気に笑ってくれている姿の方が。
私の生きる希望でした。
「いつか、お返ししますね。
私の愛おしいアリス。」
今度は腐らず、飾り続けていられるように。
─いつまでも美しい貴女のように
永久に着飾ることが無くとも
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……
「アリス…っ!アリス。」
「……兄…上?」
…その宝石のように輝く瞳に私が反射する。
……初めてかも、知れませんね。
貴女の目をここまで見たのは、貴女の目が涙に濡れているのも。
「…よかっ…た…間に合った…」
…彼のお陰ですね。
『生きていることを、願い続けて。』、そう言われなければきっと……
「くる…しいんだけどっ!」
……ああ…愛おしいアリスっ!
貴女の辛いことに一つも気付いてあげられ無かった、こんな兄で申し訳ございません。
「っ…!…アリス……。
良かっ…た……」
「だからっ苦しいって!」
……『永命』、ミツル君が仰っていた私のスキル…
このスキルが無ければアリスはしんでいたのしょうか…
しかし、それはアリスとの雑談には必要ありません。
今はただ
「私はアリスが好きです。」
「は?」
アリスと話をしたい。
「……萌えです……」
……ミツル君は元気ですね。
「はぁ!?なに急に気持ち悪いんだけど。」
「私はアリスが好きだから。
………好きだから…私の知らないところに行かないで欲しいんです。傷付かないで欲しいんです……
…町にも…外にも…鍛練場にも……」
……少し恥ずかしいですね。
人前でこんな感情を吐露するなど…
「はぁ?」
「圧倒的過保護…!でも…尊いっ!」
ですが、もうこの際どうでも良いかも知れません。
私達はお互いの嫉妬して居た、そして何よりもお互いの姿の断片しか見れて居なかったのですから。
でも
「まってちょっと理解が……」
その断片しか見れて居なかったとしても、私はこう思うのです。
「サンザシの髪飾り…似合ってましたよ。
アリス。」
失くした物は、探せば良いと。
記憶の君が笑っていましたから。
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