12話『愛される側と疎まれる側』
「……アリオンが無事に成長出来るまではアリスを後継者として育てよう。」
これは産まれたその時から代わりだった。
「アリオン様!お気を確かに!」
「アリオン!貴方が死んじゃったら私は!」
兄上は誰からも心配されて一人ぼっちになることは無かったのに、これはいつも自分の部屋に放置される。
「……ねぇ兄上は大丈夫なの?」
「妹様、今からアリオン様のお医者様が来ています。
どうかお部屋でじっとしていてください。」
兄上に健康な時なんて数える程しか無くて、兄上に過保護な母上とは同じテーブルで食事もとったことがない。
いつも、母上の目には兄上しか写って居なかったから。
「母上!見てください!」
「…アリス…今はアリオンのことで時間に余裕がないの。
アリオンが元気になってからにしてくれる?」
そう言って描いた下手くそなラクガキを押し退けて行った背中を忘れられる訳がない。
心配そうに兄上に話しかける母上の声と、その場から動けないこれを邪魔ものと見るメイド達に、どうしようもなく気恥ずかしかった。
だけど、そんな物でも憧れの人がいた。
「アリス、気を抜くな。」
「はぁっ…!はぁ……!
…はっ!父上!」
誰よりもカッコ良くて強い父上だ。
御父様はいつも面倒くさがらないで毎日欠かすことなくこれの為に時間をとってくれていた。
それだけがとても、満たされていた瞬間だった。
「御指導ありがとうございます。
父上。」
「アリス、お前は筋が良いな。
流石私の子だ。」
決して怠けるな、欲に負けるな、弱さを克服しろ。
厳しい鍛練だっけど、そう言っていつも頭を撫でてくれるのは、父上だけだった。
「ありがたきお言葉です。
精進します。」
だから物は…父上は兄上よりもこの方が愛していると傲慢にも思い込んでいた。
……これはいつも兄上のことを怠け者だと思っていたから。
「…嗚呼…最近はアリオンの体調も良くなっている。
この家の次期後継者として共に剣を交える日が楽しみで仕方ないよ。」
でも、違った。
父上の目にもこれは写って居なかった。
…兄上のことを一番愛していた。
毎日外で鍛練を積む物よりも、室内でぬくぬくと本を読む兄上のことを…何の叱りの言葉もかけなかった。
「…ふざけるな…」
「アリス、もう夜も遅い早く寝なさい。」
「ふざけるな!!!父上も結局兄上の方が好きなんだろ!!
待望の男の子だもんな!?弱いどっかに娶られるか分からない女より可愛いのは必然だもんな!?
だから兄上しか皆心配してないんだろ!兄上しか!」
「アリスっ!待ちなさい!!」
「話しかけんなお高く留まった貴族様が!!」
兄上はいつもいつも優遇されて、こんな物はいつも放置で……きっと母上にいたっては物心ついた時からこの頭を一度も撫でたことがないことも忘れているんだろう。
「アリス…」
その中で唯一、こんな物を見ていた人間が居たとしたら。
「アリスは頑張り屋ですね。
兄として格好いい所見せられてないのが恥ずかしいです。」
あの憎い兄上だけだ。
「ねぇアリス、今日の鍛練で怪我してないですか?
嗚呼やっぱり怪我してるじゃないですか、こっち寄って下さい。」
兄上が寂しそうだから、そんな名目で呼ばれた物は毎日兄上の部屋に寄ることを母上に言い付けられた。
「貴女はいつでも外に出れるけど、アリオンは滅多に出れないの。」、そんな気持ち悪い兄上への気遣いに吐き気がする。
「…アリス、何かあったら相談して下さいね。」
そんなことを言われたって何も言うことなんてない。
地獄のような時間が経つのを待って部屋を出るだけ。
贋作が本物に対し何の感情も抱くことが無いとでも思っているのか?
……でもそんな日常が、ほんの少し変わったのは。
ミルフィーが現れたからだ。
「はっはは!おい!顔を舐めるなって!」
脚を怪我して居たところ助けただけ、それでも懐いてくれた真っ白い子猫。
……ソイツだけは…嫌いじゃなかった。
「もう…お前だけだよ。
僕様にわざわざ近付いてくるの。」
気まぐれに餌をやって、ベットで寝かせてやって、ブラシで毛を解いてやって。
ミルフィーだけが大切だった。
「アリオン様が咳き込まれていましたので…近くに居た猫は外へ逃がしてしまいました。」
だけど、贋作の部屋から勝手に逃げ出したミルフィーはやっぱり…こんな物の前から消えてしまった。
「……探しに行く」
「お待ちください!護衛を付けて…」
「要らん!!あんな足手纏いでしかない奴ら居ない方がマシだ!!!」
……そして、逃がしたという場所の周辺を調べていれば。
ミルフィーを抱えた可憐な桃色の娘と驚く程不恰好な少年がいた。
そしてその娘が最後に言った警告……
『愛が奪われることの無いように』
最初は信じたくなかった。
それは…現実となった。
こんな物の傲慢な言動を父上に叱られたあと、毎日の日課として兄上の部屋に出向いた。
「ふふ、可愛らしいですね。
『ミルフィー』。」
ミルフィーを可愛がっている兄上の姿だった。
ミルフィーは兄上に懐いているようにじゃれついて、兄上もそれを甘やかすように撫でていた。
それを見た瞬間……まるで、この身体を贋作足らしめているものが。
内臓の中で破裂したような気がした。




