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第117話:黒幕

広間は、静まり返っていた。


高く広がる天井。重厚な石柱。中央に設けられた円形の壇。


その周囲には、魔王候補とその部下、そして記録官たちが揃っている。


すべてが揃った。


あとは――決めるだけだ。


ゆっくりと、一人の男が前へ出る。


「――これより、次代の魔王を発表する」


落ち着いた声が、空間に響く。


蒼陽連邦の王。


そして、この場の裁定者。


ジルヴァ・アーク・オベリオン。


その姿に、誰もが視線を向ける。


「継承戦の全記録、各評価項目、そして総合判断をもとに――」


淡々と、事務的に進められていく言葉。


完璧な進行。


誰も疑うことはない。


――そのはずだった。


「……待って」


静かな声が、それを遮った。


空気が止まる。


全員の視線が、ゆっくりと一人へ集まる。


エフィナ。


壇の中央に立つ彼女は、まっすぐにジルヴァを見ていた。


ジルヴァはわずかに目を細める。


「……何かな」


声音は変わらない。


だが、ほんのわずかに“間”があった。


エフィナは一歩、前へ出る。


「その前に……確認したいことがあるの」


記録官たちがざわめく。


だが、ジルヴァはそれを手で制した。


「構わない。続けろ」


余裕の態度。


それが逆に、場を静める。


エフィナは息を整える。


「あたしが記憶を失った時の話」


その一言で、空気が変わる。


ジルヴァの表情は動かない。


だが、確実に“何か”が張り詰めた。


「……あたしは、戦ってなかった」


静かに、言葉を置く。


「傷はあった。でも……それまでの過程がない」


誰も口を挟まない。


エフィナは続ける。


「背中から、一撃で終わってる」


その事実が、場に広がる。


「でも、それはおかしいの」


視線が、全員をなぞる。


「あたしは、そこまで簡単にやられるような相手じゃなかったって言ってる人がいる」


ルシエルが、わずかに目を伏せる。


肯定だった。


「魔界で生きてる以上、油断なんてしない」


エフィナの声が、少しだけ強くなる。


「じゃあ、なんであたしはやられたのか」


一拍。


「答えは簡単だった」


静寂。


「戦ってなかったから」


ざわめきが起こる。


ジルヴァは黙っている。


「……最初から、疑ってなかったから」


その言葉が、決定打だった。


エフィナの瞳が、まっすぐにジルヴァを射抜く。


「通したの」


「敵じゃないって思ってる相手を」


空気が凍る。


誰も動けない。


エフィナの声が、さらに静かになる。


「条件は揃ってる」


一歩、また一歩と近づく。


「あたしの過去を知ってる」


「魔界の事情も知ってる」


「この場にいても不自然じゃない」


そして――


「あたしが、疑わない相手」


沈黙。


逃げ場のない結論。


エフィナが、止まる。


ジルヴァの目の前で。


「……あなただよね」


その一言が、静かに落ちた。


ざわめきが爆発する。


「な……!」


「まさか……」


視線が一斉にジルヴァへ向けられる。


だが、当の本人は――


「……何の話だ」


冷静だった。


あまりにも、冷静すぎた。


広間は、静まり返っていた。


「証拠は?」


視線が、ゆっくりとエフィナを捉える。


「まさか、その程度の推論で……私を疑うのか?」


ざわめきが広がる。


正論だった。


エフィナは、言葉を詰まらせない。


「……戦ってない」


「警戒もしてない」


「背後から、一撃で終わってる」


一つずつ、積み上げる。


「それが成立するのは――」


「信頼していた相手だけ」


ジルヴァは小さく笑う。


「仮説としては面白い」


「だが――」


一歩、踏み出す。


「それが私だと証明できていない」


空気が揺れる。


カナトが前に出る。


「できてる」


睨みつけるように。


「条件は全部揃ってる」


「魔界を知ってる」


「エフィナの過去を知ってる」


「今も近くにいる」


「そして――疑われない」


ジルヴァは軽く首を傾げる。


「それが“私だけ”だと?」


「他にもいるだろう」


余裕の態度。


崩れない。


エルネストが低く言う。


「ならば問おう」


「お前以外に、それを満たす者を挙げてみろ」


一瞬の沈黙。


だがジルヴァはすぐに笑う。


「証明責任の転嫁か?」


「滑稽だな」


完全に受け流す。


ユナが悔しそうに歯を食いしばる。


「じゃあシェーヴァは!?」


声を上げる。


「襲われたんだよ!? あんな人がやられるなんておかしい!」


ジルヴァの視線が向く。


「確かに異常だ」


「だが、それが私である証明にはならない」


一歩も引かない。


ルシエルが静かに口を開く。


「成立難度の話だ」


「暗殺女王に不意打ちを通す」


「それが可能な人物は、限られる」


ジルヴァは肩をすくめる。


「“限られる”であって、“一人”ではない。お前達、魔王候補者でもそれは可能だ」


言い切る。


その一言で、空気がまた揺らぐ。


ダルガンは明らかに不機嫌になる。


ヴォルツは確かにと言った感じでニヤつく。


ルシエルはジルヴァをただ見据える。


決定打にならない。


あと一歩――足りない。


エフィナが一歩踏み出す。


「……あなたは」


声が、わずかに震える。


「あたしのことを知ってる」


ジルヴァの目が、ほんの少しだけ細まる。


「記憶を奪われる前のあたしを」


「信じてた」


沈黙。


「……だから、通した」


その言葉に。


ジルヴァの口元が、わずかに歪む。


そして――


「……相変わらず、甘いですね」


口調が変わった。


明らかに。


それは――


“部下”の声だった。


空気が一瞬で凍る。


ジルヴァは、エフィナだけを見ている。


「エフィナ様」


静かに。


敬意を含んだ、歪んだ声音。


その異様な変化に。


ジルヴァは一歩近づく。


「確かに、あなたは私を信じていた」


「それは否定しません」


「ですが――」


わずかに笑う。


「それと、私がやった証明にはなりません」


冷たく、切り捨てる。


カナトが歯を食いしばる。


「……くそ」


分かっている。


正しい。


だが――


届かない。


状況証拠はジルヴァを指してる。


あと一つ。


決定的な何かが足りない。


ジルヴァはゆっくりと振り返る。


場全体を見渡し。


そして、笑った。


「結局――その程度だ」


「推測と状況証拠」


「私を罪人にするには、あまりにも軽い」


完全な余裕。


勝ちを確信している顔。


「さて――」


手を上げる。


「時間の無駄だ」


「発表を――」


その瞬間だった。


――バンッ!!


扉が、乱暴に開かれた。


全員の視線が、一斉にそちらへ向く。


そこに立っていたのは――


「……待ちな」


かすれた声。


だが、はっきりと響く。


シェーヴァ・ネリス。


血の気の引いた顔。


それでも、確かに立っている。


場が凍りつく。


「な……」


「目覚めて……」


ざわめきが広がる。


ジルヴァの表情が、初めて崩れた。


ほんのわずかに。


「……お前」


シェーヴァはゆっくりと歩み出る。


足取りは重い。


だが、その視線は鋭い。


まっすぐに――


ジルヴァを射抜く。


「随分、好き勝手やってくれたじゃないか」


静かな怒り。


「背後から、一発」


「見事だったよ」


広間が静まり返る。


逃げ場のない言葉。


「……ジルヴァ・アーク・オベリオン!!私はあんたに、やられた」


その一言で。


全てが決まった。


沈黙。


完全な沈黙。


ジルヴァは、しばらく動かなかった。


だが――


次の瞬間。


「……はは」


笑った。


小さく。


そして、次第に大きく。


「ははは……」


肩を震わせる。


「……最悪だな」


顔を上げる。


その表情に、もう取り繕いはない。


「ここまで来て、それか。貴様さえ来なければ逃げきれたのに」


深く息を吐く。


そして――


「……ええ」


静かに。


エフィナへ向き直る。


再び、“部下”の声で。


「認めましょう、エフィナ様」


その目は、もう隠していない。


「全て――私の仕業です」


完全な、敗北宣言だった。

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