第118話:ジルヴァ・アーク・オベリオン①
シェーヴァの告発の余韻が、まだ場に残っている。
ジルヴァは顔を手で押さえながら笑う。
「ははははは……。ここでシェーヴァが来るのは誤算でしたよ。念には念を置いて、呪いを重複させてたのに、どうやって解呪したのですかな?エフィナ様?」
エフィナは俯いたまま答える。
「ルシエルが力を貸してくれたの。強力な呪いだったけど、ルシエルの力とあたしの癒しの術があれば何とかなるかもしれないって言われて……」
「治癒魔法をすれば逆に蝕むと警告したはずですが?」
「それは治療をさせないための方便だったんでしょ?」
「実際、回復はしなかったのを他の魔族は認知していた」
「それはあなたが回復したそばから分からないように、またシェーヴァを傷つけていた。だから回復していないように見えた」
ジルヴァは大きなため息をつく。
「油断しましたよ。まさかまた試そうとしようとするなんて」
「でも、まあ、バレてしまったのなら仕方ない」
空気が一変した。
――戦闘態勢。
ダルガンが笑いながら一歩前へ出る。
「……いいぜ」
炎が揺らめく。
「来いよ。焼き尽くしてやる」
ルシエルは静かに前へ。
その視線は冷たい。
「ここで終わりだ、ジルヴァ」
シェーヴァは壁に手をつきながらも刃を構える。
「逃げられると思うなよ」
ヴォルツは腕を組んだまま、低く呟く。
「……愚かな」
完全包囲。
逃げ場はない。
それでも――
「……はは」
ジルヴァは笑った。
まるで、すべて想定内だと言わんばかりに。
「壮観ですね」
ゆっくりと視線を巡らせる。
「魔王候補が、全員こちらを向いている」
その余裕に、カナトが踏み出す。
「……なんでだ」
低く問う。
「なんでエフィナを狙った」
空気が、再び張り詰める。
ジルヴァは視線を――
エフィナへ向ける。
「……エフィナ様」
口調が変わる。
柔らかく、どこか歪んだ敬意を含んだ声。
「お答えしましょう」
一歩、近づく。
「理由は単純です」
静かに。
はっきりと。
「私の野望にあなたが邪魔だったからです」
場が、凍る。
エフィナの瞳が揺れる。
「野望?」
その問いに、ジルヴァは迷いなく答える。
「魔王になるという野望」
断言。
「あなたは強い」
「誰よりも、間違いなく」
「才も、血も、資質もある」
ルシエルがわずかに目を伏せる。
それは肯定だった。
「だからこそーー」
ジルヴァの声が低くなる。
「あなたに魔王になってほしかった」
ジルヴァは話を続ける。
「だがあなたは甘い。同じ魔族とは思えないほどに」
「“選べない”」
「切り捨てられない」
「全てを救おうとする」
一歩、踏み出す。
「そんな奴が魔王になれるわけがない。あなたを踏み台にし、魔王に上り詰める私の計画が破綻した」
空気が震える。
その言葉に、ダルガンが鼻で笑う。
「はっ、やっと分かりやすくなったな」
だがジルヴァは構わない。
ただエフィナを見ている。
「だから、あなたはもう必要なかった」
その言葉は、あまりにも淡々としていた。
「殺すことも考えました」
ざわめきが走る。
「ですが――」
わずかに笑う。
「あなたは強すぎる」
「正面からでは、難しい」
その視線に、歪んだ現実認識が宿る。
「だから、不意を突いた」
「信頼を利用した」
「記憶を奪い、力を削ぎ――」
一拍。
「あとは魔物どもの餌にでもなればいいと思い、荒れ果てた地に捨て置いた」
沈黙。
重い沈黙。
カナトが歯を食いしばる。
「……ふざけんな」
ユナも前に出る。
「信頼してたのに裏切るなんて!」
ジルヴァは小さく肩をすくめる。
「裏切り?」
「違いますよ」
再び、エフィナへ。
「魔界はやるかやられるか。自分以外を信じるなど言語道断」
静かに。
「私如きに不意を突かれるエフィナ様は王に相応しくなかった」
「ただ、それだけの話です」
その言葉に、場の空気が凍りつく。
「でも、まさか人間界に逃げ仰せてるとは初め思いもしませんでしたよ」
ジルヴァは空を眺める。
「あなたを捨てた地から膨大な魔力を感じて、行ってみれば大地は抉れ、あなたの姿はどこにもありませんでした」
「何者かにトドメを刺されたとも考えましたが、私の不安は消えませんでした」
「私はすぐ部下達にあなたの探索を命じました。魔界の隅から隅まで。あらゆる手段を用いて探させました。それでも見つからない……。私は生きた心地がしませんでしたよ」
「何故なら、あれだけ探させて痕跡の一つも見つからないなんておかしい。そこで私はあなたが生きていると確信しました。記憶も力も奪ったが、安心できなかった。だから私は自分であなたを始末するために、魔界を出た。魔界に痕跡がないなら、おそらく人間界に逃げたと考えてね」
エフィナはジルヴァの執念に喉を鳴らす。
「あとは久々に再会した時にお話しした通りでございます」
エフィナが前に出る。
「じゃあ、何で私が聖ヴェリシアに連れて行かれた時助けたの?何で再会した時に殺さなかったの?」
エフィナは涙目になりながら訴える。
ジルヴァは邪悪な笑みを浮かべる。
「人間に恩を売っておけば、容易く人間界を手に入れられると思ったからですよ。再会した時に殺さなかったのは、魔王継承戦がある事を知っていたので、殺す必要はないと思ったからです」
エフィナはショックでその場に立ち尽くしていた。
そんなエフィナを無視してルシエルが低く問う。
「……エフィナは分かった。ならば他の候補はどうするつもりだった」
ジルヴァは、ルシエルに視線を合わす。
ゆっくりと全体を見渡す。
そして――笑った。
「簡単な話です」
「誰が王になろうと構わない」
その言葉に、ダルガンの目が細まる。
「ほう?」
ジルヴァは続ける。
「表では従う」
「王として、支える」
「信頼を得る」
一歩、また一歩と歩く。
「そして――」
声が、わずかに低くなる。
「裏から、全てを握る」
ざわめきが広がる。
「判断を誘導し」
「敵を排除し」
「必要ならば、王すらも操る」
その瞳に、歪んだ確信が宿る。
「最終的に、実権を全て掌握する」
そして。
「その時が来れば――」
わずかに笑う。
「王など、いくらでもすげ替えられる」
完全な本音。
隠す気すらない。
ヴォルツが低く吐き捨てる。
「……小物が」
ジルヴァは気にも留めない。
ただ、シェーヴァに視線を戻す。
「だがシェーヴァはエフィナと懇意にしていたし、頭も相当キレる。シェーヴァの下に仕えたとしてもいずれ私の企みにも気づくと思い、継承戦からご退場してもらう事にした」
再びエフィナを見る。
「それにあなたにも退場してもらう必要があった」
静かに。
はっきりと。
「今のあなたが王になれば、私の入り込む余地はない」
「あなたは――」
一拍。
「人を見てしまう」
その言葉に、エフィナの瞳が揺れる。
「だからこそ、排除するしかなかった」
静寂。
ジルヴァはゆっくりと頭を下げる。
「申し訳ありません、エフィナ様」
その声は、どこまでも歪んだ忠誠。
「これが――私の判断です」
顔を上げる。
その目に迷いはない。
「あなたを魔王にはさせない」
断言。
完全な敵意。
完全な意思。
空気が張り詰める。
誰もが、次の瞬間を理解していた。
――戦いになる。
だが。
エフィナは、まだ動かない。
ただ、静かにジルヴァを見ている。
「……そっか」
小さく。
だが、はっきりと。
「それが、あなたの選択なんだね」
その言葉が、戦いの合図のように静かに落ちた。




