第110話:戦闘(言動)継承戦③
決戦場。
向かい合う二つの席。
エフィナとルシエルが、それぞれ座る。
空気は張り詰めている。
今にも始まる――その直前。
「……始める前に、一つ伝達がある」
静かな声が、場に響いた。
視線が、一斉にそちらへ向く。
ジルヴァ・アーク・オベリオン。
玉座の側に立つ彼が、ゆっくりと口を開いた。
「シェーヴァ・ネリスについてだ」
その名前が出た瞬間。
場の空気が、わずかに揺れる。
エフィナの身体も、ぴくりと反応した。
「現在もなお――」
ジルヴァの声は、淡々としている。
感情を一切乗せない、王の声。
「容態は、極めて危険な状態にある」
一瞬、静寂が落ちる。
エフィナの視線が、ゆっくりと下がる。
「……っ」
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
(まだ……)
ほんの少しでも、回復している可能性を――
彼女ならもしかしたらとどこかで、期待していた。
だが。
「現状を踏まえ――」
ジルヴァは続ける。
「戦線への復帰は、困難と判断する」
その言葉に。
会場の一角――
シェーヴァの部下たちが、小さく息を呑む。
「よって」
わずかな間。
「シェーヴァ・ネリスは、継承戦より脱落とする」
その宣言が落ちた瞬間。
ざわっ、と。
会場全体が揺れた。
「そんな……」
「嘘だろ……」
押し殺した声。
悲しみ。
動揺。
シェーヴァの部下たちは、明らかに表情を曇らせていた。
中には、俯く者もいる。
拳を握りしめる者もいる。
エフィナも、同じだった。
「……」
言葉が出ない。
ただ、俯く。
(シェーヴァ……)
頭の中に、彼女の姿が浮かぶ。
冷静で。
厳しくて。
でも、無駄な血を嫌う、あの在り方。
「……」
胸の奥に、重いものが沈む。
だが――
(……ダメ)
ゆっくりと、息を吸う。
顔を上げる。
(落ち込んでる場合じゃない)
強く、思う。
(シェーヴァの分も……)
ぎゅっと拳を握る。
(……あたしが、やらないと)
その瞳に、再び意志が宿る。
エフィナは、ルシエルへと視線を向けた。
だが――
「……」
ルシエルは、目を閉じていた。
腕を組み、椅子に深く腰掛けたまま。
まるで、興味がないかのように。
「……っ」
エフィナの眉が、ぴくりと動く。
(なに、それ……)
内側から、じわりと苛立ちが湧き上がる。
(今の話、聞いてたの……?)
シェーヴァの脱落。
その重さ。
それすら、どうでもいいような態度。
「……エフィナ」
低い声。
エルネストだった。
「落ち着け」
短く、しかし強い言葉。
はっとする。
「……っ」
エフィナは一度、目を閉じた。
ゆっくりと、息を吸う。
吐く。
もう一度。
呼吸を整える。
(……冷静に)
怒りも、感情も。
ここでは、武器にもなるし――足枷にもなる。
目を開く。
視線を、まっすぐ前へ。
そのとき。
「――両者、準備はよいか」
記録官の声が響く。
静寂。
エフィナは、小さく頷く。
ルシエルは、目を閉じたまま。
「……あぁ」
やる気のない返答。
「では――」
わずかな間。
「継承戦、開始」
合図が、鳴る。
――その瞬間。
空気が、切り替わった。
最初に口を開いたのは、エフィナだった。
「……あたしは」
少しだけ、声が揺れる。
だが、すぐに持ち直す。
「魔界は……変われると思ってる」
ゆっくりと、言葉を選びながら。
「人間とも……共存できるって」
視線は逸らさない。
ルシエルを見据えたまま。
「争いを減らして……」
一つ一つ、積み上げるように。
「無駄に傷つく人がいない世界にしたい」
シェーヴァの言葉が、頭をよぎる。
“必要以上の血を嫌う”。
その思想を、受け継ぐように。
「そのために――」
小さく息を吸う。
「あたしは、魔王になりたい」
はっきりと、言い切る。
迷いは、ない。
言葉に、意志が乗る。
会場が、静まり返る。
その中で。
「……ふーん」
ルシエルが、ようやく目を開いた。
ゆっくりと、エフィナを見る。
「じゃあ、次は俺だ」
気だるげに言う。
姿勢も変えない。
そのまま、口を開く。
「魔界の未来とか、資質とか」
軽く肩をすくめる。
「正直、どうでもいい」
その一言で。
空気が、凍る。
「……は?」
誰かが、小さく声を漏らした。
だがルシエルは、気にしない。
「何故なら」
頬杖をつきながら。
「どんな理想語っても、実現できなきゃ意味がない」
視線が、エフィナに刺さる。
「共存?平和?」
小さく笑う。
「綺麗事だ」
あっさりと、切り捨てる。
ルシエルの言葉に観客席で見ているヴォルツがニヤリと笑う。
「結局」
少しだけ、声のトーンが変わる。
「“できるやつ”が上に立つだけ」
それだけだ、と言わんばかりに。
「それが結果的にどうなるかでしか、価値は決まらない」
淡々と。
感情もなく。
ただ、事実のように語る。
「だから俺は――」
一瞬、間を置く。
「自分がやる」
短く。
それだけ。
その言葉に、重みはない。
だが妙に、現実味があった。
「……以上だ」
そう言って、再び目を閉じる。
まるで、もう話すことはないと言わんばかりに。
沈黙。
場の空気が、張り詰める。
言葉だけの戦い。
だがその一言一言が、確実にぶつかり合っていた。
ルシエルの言葉が、静かに場に残る。
「自分がやる」
それだけ。
短く、そっけなく。
だがエフィナの中に、小さな“引っかかり”を残していた。
「……」
視線を逸らさず、ルシエルを見る。
(今の言い方……)
ただの無気力ではない。
むしろ――
(“選んでる”……?)
エフィナは、ゆっくりと口を開いた。
「……だったら」
声は落ち着いている。
だが、その奥には確かな疑問があった。
「なんで、今まであんな風にしてたの?」
会場の空気が、わずかに動く。
「やる気なさそうにして……」
言葉を続ける。
「共存継承戦でも、何もしなかった」
視線が、鋭くなる。
「魔王になるつもりがあるなら……おかしくない?今までの態度……勝敗が全てでは無いにしても、心象はかなり悪い。魔王になれる可能性は現段階でかなり低いと思うんだけど?」
真っ直ぐな問い。
逃げ道のない、核心に触れる言葉。
数秒の沈黙。
ルシエルは、目を閉じたまま――
「……別に」
あっさりと答えた。
「他のやつらに興味ない」
その一言で。
空気が、また凍る。
「……は?」
ユナが思わず小さく声を漏らす。
だがルシエルは、気にしない。
ゆっくりと目を開ける。
視線は、まっすぐエフィナへ。
「正確に言うと」
少しだけ、首を傾ける。
「“どうでもいい”」
淡々とした声。
感情は、ほとんど乗っていない。
「誰が勝とうが、何しようが」
肩をすくめる。
「俺には関係ない。それにこの一戦で俺は全員を認めさせるつもりだ」
その言葉に、会場の空気がざわつく。
だが――
ルシエルは続ける。
「だが」
ほんのわずかに、目が細められる。
「お前は確実に俺の手で潰す」
その瞬間。
空気が変わった。
エフィナの心臓が、どくんと大きく鳴る。
「……え?」
思わず、声が漏れる。
ルシエルは、わずかに口元を歪めた。
「お前を倒してこそ」
ゆっくりと。
言葉を噛みしめるように。
「魔王になれる」
その言葉は、静かだった。
だが、妙に重い。
「……どういう意味?」
エフィナがすぐに問い返す。
理解できない。
なぜ、自分だけが特別なのか。
なぜ、自分を倒すことに意味があるのか。
その“理由”を聞こうと――
「それは――」
口を開きかけた瞬間。
「ダメだ」
ぴたり、と遮られる。
「……え?」
ルシエルは、少しだけ面倒くさそうに息を吐いた。
「脱線してしまった。テーマと関係ない話はしない」
指先で、テーブルを軽く叩く。
トン、と小さな音。
「魔界の未来と、魔王の資質」
淡々と確認する。
「それ以外は、全部ノーカン」
エフィナの言葉が、そこで止まる。
「……っ」
反論しようとするが――言葉が出ない。
ルールとして、間違ってはいない。
むしろ、正しい。
だが――
「……でも」
食い下がろうとする。
その瞬間。
ルシエルが、少しだけ身を乗り出した。
視線が、真正面から突き刺さる。
「知りたいのか?」
静かな声。
だが、その奥に、わずかな“熱”が混じる。
「ならば」
口元が、わずかに吊り上がる。
「テーマに沿って――」
一拍。
「俺を唸らせてみろ」
挑発。
それも、露骨な。
「お前の言葉で」
指先で、自分の胸を軽く叩く。
「俺が“聞く価値ある”って思えば」
ほんの少しだけ、笑う。
「その時は、もう少し教えてやる」
軽く椅子に背を預ける。
「それまでは――」
視線を逸らすことなく。
「ただの雑談だ」
完全に、試されている。
エフィナの言葉が。
覚悟が。
“魔王としての資質”そのものが。
「……っ」
エフィナは、ぐっと奥歯を噛み締めた。
悔しさ。
苛立ち。
そして――
(……やってやる)
胸の奥で、火が灯る。
逃げ場はない。
なら。
この土俵で、勝つしかない。
エフィナは、ゆっくりと息を吸った。
視線を、さらに強くする。
ルシエルを、真っ直ぐに見据えて。
言葉を、紡ぐ準備をする。
――言葉だけの戦いは。
今、確実に熱を帯び始めていた。




