第109話:戦闘(言動)継承戦②
ダルガンの気配が、静かに遠ざかっていくのを感じるエフィナ。
その言葉は短かった。
だが――確かに、エフィナの中に残っていた。
(……恐れても、いい)
(でも……立つかどうかは、あたしが決める)
胸の奥で、何かが少しだけ整う。
ぐちゃぐちゃだった思考が、ほんのわずかに一本の線になる。
エフィナは、足を止めた。
「……ねえ」
振り返らずに、後ろへ声をかける。
カナトとユナが、同時に顔を上げた。
「どうした?」
「何?」
少しだけ間を置いて。
エフィナは、小さく言った。
「……後ろから、ぎゅってして」
「……え?」
一瞬、二人が固まる。
だが、その意味をすぐに理解した。
何も言わない。
言葉はいらない。
カナトが一歩近づく。
ユナも、その隣に並ぶ。
そして後ろから、そっと。
エフィナを抱きしめた。
左右から包み込むように。
強くもなく、弱くもなく。
ただ、そこにいると伝えるように。
「……」
エフィナの身体から、ふっと力が抜ける。
肩の緊張が、ほどけていく。
「……あったかい」
小さく、呟く。
目を閉じる。
カナトの体温。
ユナの温もり。
二人の存在が、はっきりと伝わってくる。
(……独りじゃない)
そう思えた瞬間。
胸の奥の恐怖が、少しだけ和らぐ。
「……ありがと」
ぽつり、と。
本当に小さな声で言った。
カナトも、ユナも、何も返さない。
ただ、少しだけ抱きしめる力を強めた。
それで十分だった。
少し離れた場所で。
エルネストが、その様子を見ていた。
「……」
何も言わない。
だが、その目は穏やかだった。
(……もう、大丈夫だな)
そう確信する。
無理に言葉をかける必要はない。
今のエフィナは、自分で立てる。
そう思えた。
やがて。
四人は、決戦場へと足を踏み入れる。
その光景に――
「……え?」
エフィナが思わず声を漏らす。
「なにこれ……」
ユナも目を丸くする。
カナトも、思わず周囲を見渡した。
広い空間。
その中央に、向かい合うように置かれたテーブルと椅子。
そして――
その周囲には。
食べ物。
飲み物。
簡易的な休憩用の設備まで整えられている。
まるで、長期戦を前提とした“生活空間”。
「……本当に、何日でもやる気なのかよ」
カナトが小さく呟く。
そのとき――
「……ふっ」
小さな笑い声。
視線の先。
すでにそこにいたルシエルが、わずかに口元を歪めていた。
どこか、呆れたような。
少しだけ、馬鹿にしたような笑み。
「……大げさだな」
気だるげに言う。
「テーブルと椅子だけあれば、事足りたのに」
その言葉に、カナトが眉をひそめる。
「……どういう意味だ?」
ルシエルは、視線だけを向ける。
「言っただろ」
軽く肩をすくめる。
「決着がつくまで、何日でも続けるって」
一拍。
「だが」
そのまま、淡々と続ける。
「そんなダラダラするつもりはない」
空気が、ぴりっと張る。
「今日中に終わらせる」
はっきりとした宣言。
その瞬間。
カナトたち三人の空気が、明確に変わった。
警戒。
緊張。
「……っ」
ユナが小さく舌打ちする。
エルネストの視線も鋭くなる。
だが――
エフィナは。
「……」
ゆっくりと、一歩前に出た。
そのまま、ルシエルへと歩み寄る。
距離が縮まる。
目の前まで来て。
エフィナは、顔を上げた。
ルシエルを、まっすぐに見上げる。
「……そう」
静かな声。
「あたしも」
一拍置いて。
「長く続けるつもりはない」
はっきりと。
そして――
きっと、ルシエルを睨む。
恐怖は、まだある。
消えたわけじゃない。
それでも。
目は逸らさない。
ルシエルは、その視線を受け止め――
「……そうか」
それだけ言った。
興味なさそうに。
だが、ほんのわずかに目が細められる。
そして、そのまま自分の席へと向かった。
椅子を引き、座る。
足を組み、肘をつく。
完全に“待つ側”の姿勢。
エフィナも、ゆっくりと息を吐く。
そして――
自分の席へ向かうために、歩き出した。
その背中に。
「……エフィナ」
カナトの声。
振り返る。
ほんの一瞬。
視線が合う。
エフィナは――
にこっ、と笑った。
満面の笑みで。
「いってきます」
短く、それだけ。
その顔には、さっきまでの不安はなかった。
完全に消えたわけではない。
それでも前を向いている。
カナトは一瞬、言葉を失い――
「……ああ」
小さく、頷いた。
ユナも、何も言わずに腕を組む。
エルネストは静かに目を閉じる。
エフィナは、席についた。
向かいには、ルシエル。
ついに言葉だけの戦いが、始まろうとしていた。




