第111話:戦闘(言動)継承戦④
張り詰めた空気の中。
ルシエルが、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあ」
肘をつき、指先で頬を支えながら。
「話、戻そうか」
気だるげな声。
だが、その視線は鋭い。
「人間との共存、だったか?」
エフィナをまっすぐ見る。
「具体的にどうやるつもりだ?」
一拍。
「それと、“魔王としての資質”とは?」
シンプルな問い。
だが――逃げ場はない。
「……」
エフィナは息を吸う。
(大丈夫……)
(ちゃんと考えてきた……)
そう、自分に言い聞かせる。
「……あたしは」
言葉を紡ぐ。
「まず、お互いを知ることが大事だと思う」
ゆっくりと。
「魔族も、人間も……ちゃんと話し合って」
「怖がらないで、理解し合えば――」
「きっと、分かり合えると思う」
言葉は、止まらない。
「争いも、減っていくはずで……」
「そうやって少しずつ……」
「距離を縮めていけば……」
――言っているうちに。
自分でも分かっていた。
(……あれ?)
何かが、足りない。
「……」
でも、止められない。
「魔王としての資質は……」
さらに続ける。
「誰かを守りたいって気持ちとか……」
「優しさとか……」
「みんなをまとめる力……とか……」
声が、少しずつ弱くなる。
言葉が、ぼやけていく。
(……これ……)
頭の中で、警鐘が鳴る。
(全然……)
まとまってない。
具体性がない。
ただの願い。
ただの理想。
「……」
言い終えた瞬間。
自分でも、はっきりと理解してしまった。
(……ダメだ)
会場は静寂に包まれ、エフィナに向かって冷ややかな視線が送られる。
エフィナはカナト達の方に振り返る。
冷ややかな目はしていないものの、うーんと全員困ってる様子だった。
その空気を、ルシエルは逃さない。
「……はは」
小さく、笑った。
乾いた笑い。
「何だそれは」
口元が歪む。
「感情論」
一言で、切り捨てる。
「理想論」
さらに、重ねる。
「しかも、具体性ゼロ」
容赦がない。
「……っ」
エフィナの肩が、ぴくりと揺れる。
「それでどうやって実現するつもりだ?」
畳みかける。
「“分かり合えると思う”って……」
鼻で笑う。
「ただの願望じゃないか?それとも人間界ではそれが通用するのか?」
会場の空気が、さらに重くなる。
エフィナは、俯きかけて――
止める。
歯を食いしばる。
(分かってる……)
自分でも、分かっている。
(ちゃんと答えられてない……)
それでも。
「……そっちはどうなの?」
顔を上げる。
ルシエルを睨む。
「言うだけなら簡単でしょ」
必死に、言葉を返す。
「だったら、あなたはどうするの?」
ルシエルは、少しだけ目を細めた。
「……いいだろ」
あっさりと、受ける。
姿勢を変え、背筋をわずかに伸ばす。
「俺は人間界などどうでもいいが、あえてお前の魔界と人間界の”共存”に乗って話を進めてやろう」
「まず前提として」
声が、ほんの少しだけ変わる。
「共存は“可能”だけど、“自然には起きない”」
はっきりと言い切る。
「だから、仕組みで作る」
エフィナの瞳が、わずかに揺れる。
「具体的には?」
淡々と続ける。
「接触の管理。交易の限定解禁。中立地帯の設置」
指を一本ずつ折りながら。
「衝突が起きた場合の調停機関の設立」
「違反した場合の罰則」
一つ一つが、現実的。
具体的。
「感情じゃなくて、ルールで縛る」
視線が、鋭くなる。
「それが一番早い」
エフィナは、言葉を失う。
目の前にいるのはルシエルのはずなのに、まるでダルガン、シェーヴァ、ヴォルツの三人を一度に相手しているような錯覚に陥るエフィナ。
「魔王の資質も同じ」
ルシエルは続ける。
「理想を語ることじゃない」
一拍。
「実行できること」
短く、断言する。
「決めて、やらせて、守らせる」
そのための力。
そのための統制。
「それができるやつが、上に立つ」
沈黙が落ちる。
重い。
あまりにも、重い。
「……あと」
ルシエルが、少しだけ肩をすくめた。
「さっきも似たような事を言ったが」
気だるげに付け加える。
「俺が魔王になったからって、人間界に興味はないし、どうこうするつもりはない」
その言葉に、カナトたちが反応する。
「……何?」
ユナが小さく呟く。
ルシエルは続ける。
「むしろ」
「不可侵条約、結んでもいい」
さらりと、とんでもないことを言う。
会場がざわつく。
「ただし」
そのまま、淡々と。
「もう人間界にいるやつら――」
「理性のない魔物とか、勝手に行った魔族とか」
軽く手を振る。
「そこはノータッチだ」
きっぱりと。
「それは人間界の問題だ。今までも対処出来てきたのだから問題あるまい?」
冷たいほどに線引きする。
「魔界が関与することじゃない」
その言葉に、空気がさらに張り詰める。
エフィナは、ゆっくりと口を開いた。
「……それ」
声は静かだ。
だが、強い。
「本当に守られるの?」
まっすぐ、問いかける。
「もし、あなたが魔王になったとして」
一歩も引かない。
「その約束……本当に守るの?」
一瞬の間もなく――
「守る」
即答だった。
迷いも、躊躇もない。
「守らせる」
さらに重ねる。
その言葉には、確信があった。
「そのための力は、持ってる。身をもって体験したお前が一番分かってるだろ?」
視線が、まっすぐ突き刺さる。
「それが――」
一拍。
「俺の、“魔王としての資質”」
静かに、言い切る。
その言葉は、決して大きくない。
だが場の誰もが、感じていた。
“できる”と言っているのではない。
“やる”と断言している。
そして“本当にやれる”と、思わせる何かがあった。
エフィナは、言葉を失う。
胸の奥で。
何かが、大きく揺れていた。
ルシエルの言葉が、まだ空気に残っている。
「守る。守らせる。その力はある」
断言。
揺るがない声。
会場の誰もが、その“現実性”を感じ取っていた。
「……」
エフィナは、しばらく何も言わなかった。
俯きもせず。
目も逸らさず。
ただ、まっすぐルシエルを見ている。
(……強い)
素直に、そう思う。
(ルシエルの言ってることは……間違ってない)
悔しいけど。
否定できない。
「……すごいと思う」
ぽつりと、エフィナが言った。
その言葉に、場がわずかにざわつく。
ルシエルの眉が、ほんの少しだけ動いた。
「……は?」
拍子抜けしたような声。
エフィナは続ける。
「ちゃんと考えてるし……」
「どうすれば実現できるかも、分かってる」
ゆっくりと。
噛みしめるように。
「それに……」
一瞬だけ間を置く。
「“できる力がある”って言い切れるのも」
「すごいと思う」
嘘ではない。
本心だった。
だからこそルシエルは、少しだけ目を細める。
「……で?」
短く促す。
その先を、見ている。
エフィナは、小さく息を吸った。
「でも」
その一言で。
空気が変わる。
「それだけだと……」
視線が、さらに強くなる。
「長くは続かないと思う」
沈黙。
ルシエルの表情が、わずかに変わる。
「……理由は?」
低く問う。
試すような声。
エフィナは、迷わなかった。
「ルールで縛るって言ったよね」
確認するように。
「罰則もあるって」
ルシエルは、無言で頷く。
「それって」
エフィナは続ける。
「“破ったら罰せられるから守る”ってことでしょ?」
「そうだな」
即答。
当然のことのように。
「じゃあ」
一歩踏み込む。
「“守りたいから守る”じゃないよね?」
その瞬間。
空気が、ぴたりと止まる。
ルシエルの目が、ほんのわずかに鋭くなる。
「……だから?」
エフィナは、言葉を止めない。
「怖いから従うだけなら」
「いつか絶対、崩れる」
静かに、しかしはっきりと。
「だって――」
ほんの少しだけ、声が強くなる。
「怖くなくなったら、終わりだから」
その言葉に。
カナトが、わずかに目を見開いた。
ユナも、息を呑む。
エルネストは、じっとエフィナを見つめている。
ルシエルは、無言。
だが、その沈黙は“聞いている”証だった。
エフィナは続ける。
「力が弱くなったら」
「他にもっと強い人が出てきたら」
「隙ができたら」
一つ一つ、積み重ねる。
「その瞬間に、全部壊れる」
言い切る。
「……」
ルシエルの指先が、わずかに動く。
初めての、小さな反応。
エフィナは、さらに踏み込む。
「それに」
「ノータッチって言ってたよね」
人間界にいる魔物や魔族について。
「関係ないって」
ルシエルは、軽く頷く。
「あぁ。関係ないな」
即答。
だがエフィナは首を横に振った。
「ううん、違う」
はっきりと否定する。
その一言で、空気が再び揺れる。
「関係あるよ」
まっすぐに、言い切る。
「だってそれで人間が傷ついたら」
「絶対に魔界のせいにされる」
静かに。
だが確信を持って。
「“魔王がいるのに止めない”って」
その言葉に。
会場の空気が、じわりと重くなる。
「そうなったら」
エフィナは続ける。
「不可侵条約なんて、意味なくなるよ」
一歩も引かない。
「だって、信じられなくなるから」
その一言が――
静かに、深く刺さる。
「……」
ルシエルは、まだ何も言わない。
だが。
その目は、完全にエフィナを捉えていた。
最初のような“どうでもよさ”は、もうない。
エフィナは、最後に言った。
「あなたのやり方は……」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「ちゃんと形になってると思う」
認める。
逃げない。
「でも」
視線を、さらに強くする。
「“続く形”じゃない」
静寂。
完全な沈黙。
その中でルシエルの口元が、わずかに動いた。
ほんの少しだけ。
「……へえ」
小さく、呟く。
その声は。
さっきまでとは、明らかに違っていた。
「やっと、“話”になってきたな」
初めて。
“興味”が、乗った声だった。




