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第103話:共存継承戦11

三種族の吐露が、静かに峡谷へ沈んでいく。


「……もう、疲れたんだ」


その言葉は弱音ではなかった。


長い争いの果てに辿り着いた、本音だった。


だが——


「……くだらぬ」


低く、鋭い声がそれを断ち切った。


ヴォルツだった。


杖を強く地面に突く。


乾いた音が響く。


「争いが嫌いだと?」


眉間に深い皺を刻み、三種族を睨みつける。


「それでも魔族か、貴様らは」


声が一段低くなる。


「力を競い、奪い、勝ち取る」


「それが魔界の理じゃ」


一歩踏み出す。


「それを否定するなど——」


「魔族の風上にもおけぬ」


その言葉は、明確な叱責だった。


三種族の長たちが押し黙る。


空気が張り詰める。


——その時。


「……おい」


短い声が、割って入った。


全員の視線が動く。


カナトだった。


ゆっくりと前に出る。


その目は、真っ直ぐヴォルツを捉えていた。


「ヴォルツ」


名前を呼ぶ。


静かだが、逃げ場のない声音。


「お前」


一歩、距離を詰める。


「これが何の戦いか、忘れてないか?」


一瞬の静寂。


ヴォルツの眉がピクリと動く。


「……何じゃと?」


低く唸るように返す。


カナトは視線を逸らさない。


「共存継承戦だろ」


その一言で、空気がさらに重くなる。


ヴォルツの目に怒りが宿る。


「忘れてなどおらぬ!」


杖を強く打ちつける。


「だからこそ!」


「無意味な理想を排し!」


「現実的な仕組みを提示しておるのじゃ!」


その怒気は、先ほど三種族に向けたものよりも強い。



だが。


カナトは一歩も引かない。


むしろ、さらに踏み込んだ。


「だったらさ」


少しだけ声を低くする。


「なんで」


一拍。


「エフィナの案を、ちゃんと考えなかった?」


その言葉に、ヴォルツの動きが止まった。


ほんのわずか。


だが確実に、言葉が詰まる。


「……何?」


カナトは続ける。


「確かに、あいつの案は完璧じゃない」


エフィナが息を呑む。


「でも」


視線をヴォルツから外さない。


「あんたの案を否定してるわけじゃない」


一歩近づく。


「むしろ」


「肉付けしてるだけだろ」


その言葉が、静かに刺さる。


ヴォルツの目が細くなる。


カナトはさらに言う。


「裏切りの問題も」


「管理の問題も」


「全部、あんたの案を土台にして考えてる」


一拍置く。


「だったら」


声が少しだけ強くなる。


「もう少し、考える余地あったんじゃないのか?」


完全な沈黙が落ちた。


ヴォルツは何も言わない。


ただ、カナトを見ている。


その視線は鋭い。


だが同時に、どこか測るようでもあった。


カナトは続ける。


「全く的外れな案なら分かる」


「一蹴してもいい」


肩をすくめる。


「でも今回は違うだろ」


ゆっくりと言う。


「あんたの案を、より良くしようとしてるだけだ」


そして、はっきりと言った。


「それを考えもせずに否定するのは」


一拍。


「共存を考えてる奴のやり方じゃない」


その言葉が、深く突き刺さる。


ヴォルツは——


初めて、言い淀んだ。


張り詰めた沈黙の中で、カナトは一歩だけ前に出た。


視線は、まっすぐヴォルツへ。


「なあ、ヴォルツ」


静かに、だがはっきりと問いかける。


「自分の案を強引に通すことが」


一拍置く。


「本当に“共存”なのか?」


その言葉は、静かに落ちた。


だが、重かった。


ヴォルツの目が細くなる。


カナトは続ける。


「お前は、この中で誰よりも早く気づいてたはずだ」


「この戦いの意味に」


三種族がわずかに顔を上げる。


「争って勝つことじゃない」


「どうすれば、共に生きられるかを示す戦いだって」


ヴォルツは何も言わない。


ただ、黙って聞いている。


カナトの声が少しだけ強くなる。


「なのに今はどうだ?」


手を広げる。


「自分の案が一番正しいって前提で」


「それを通そうとしてる」


「それって」


一歩踏み込む。


「もう“共存”じゃないだろ」


一拍。


「ただの“強制”だ」


その言葉が、鋭く突き刺さる。


三種族の長たちが息を呑む。


エフィナも、思わずカナトを見る。


ヴォルツはゆっくりと、口元を歪めた。


「……くく」


低い笑いが漏れる。


そして顔を上げる。


その目には、迷いはなかった。


「それの、何が悪い」


はっきりと言い切った。


杖を、ドン、と地面に打ちつける。


「魔界はな」


声が重く響く。


「そうやって成り立ってきたのだ」


一歩、カナトへ踏み出す。


「力ある者が決め」


「弱き者が従う」


「それが秩序じゃ」


三種族へ視線を向ける。


「貴様らも、分かっておろう」


巨人族の長が黙って目を伏せる。


獣族の長が歯を食いしばる。


影の一門の長は何も言わない。


ヴォルツは続ける。


「“真の共存”などと」


鼻で笑う。


「そんなもの」


「この魔界では成立せぬ」


断言だった。


揺るぎない、長年の確信。


「結局はな」


「誰かが決めるしかないのだ」


「だから私は、その役を担う」


その声には、誇りすらあった。


だが——


「……違う」


小さな声が、それを遮った。


ヴォルツの動きが止まる。


全員の視線が、そちらへ向く。


エフィナだった。


俯いていた顔を、ゆっくりと上げる。


その瞳には、迷いはなかった。


「それは」


一歩、前に出る。


「共存じゃない」


はっきりと言い切る。


ヴォルツの目が細くなる。


エフィナは続けた。


「ただの支配」


峡谷の空気が張り詰める。


「確かに」


拳を握る。


「今までの魔界は、そうだったかもしれない」


三種族を見る。


「力が強い者が決めて」


「他が従う」


「それで成り立ってきた」


一拍。


「でも」


視線をヴォルツへ戻す。


「それで、どうなった?」


静かな問いだった。


だが、重い。


三種族の長たちの表情が揺れる。


エフィナは続ける。


「争いが終わらない」


「奪っても、奪われる」


「勝っても、また戦う」


声が少しだけ震える。


それでも、言葉は止まらない。


「だから」


「さっき言ったよね」


三種族を見渡す。


「……もう疲れたって」


その言葉に、三種族は何も言い返せない。


エフィナは一歩踏み出す。


「それが答えなんじゃないの?」


まっすぐヴォルツを見る。


「そのやり方は」


「もう限界なんです」


風が吹き抜けた。


エフィナの髪が揺れる。


「だから」


静かに、だが確かに言う。


「変えなきゃいけないの」


「ここで」


その言葉は、決意だった。


静寂の中で、エフィナはゆっくりと息を整えた。


胸の奥で何かが繋がっていく感覚があった。


「あたし、ずっと考えてたの……どうして、この三つなんだろう」


視線を落とし、思考を巡らせる。


戦闘継承戦。

統治継承戦。

そして——共存継承戦。


ただ強いだけではダメ。


ただ上手く治めるだけでも足りない。


エフィナは顔を上げた。


「それで、あたしなりに分かったの」


その声に、場の全員がわずかに反応する。


ヴォルツが目を細める。


「ほう……何がだ」


エフィナは、まっすぐ前を見た。


「どうして、この三つの継承戦があるのか」


一歩、前へ出る。


「戦闘は、力を見るため」


「統治は、導き方を見るため」


三種族を見渡す。


「そして共存は——」


一拍。


「誰とも戦わずに、道を作れるかを見るため。最終手段に戦闘も可はあったけど……」


空気が、静かに張り詰める。


ヴォルツの眉がわずかに動いた。


エフィナは続ける。


「強制して従わせるのは、戦闘でもできるしルールを無視するなら統治でもできた」


「でも」


首を横に振る。


「それじゃ意味がない」


拳を握る。


「この戦いは」


「違うやり方を示せるかどうかを見てる」


ヴォルツが口を開く。


「……戯言を——」


だが、その先が続かない。


言葉が、出ない。


エフィナの言葉を否定しようとする。


だが——


的確に、核心を突いていることを理解してしまっている。


「……」


ヴォルツはわずかに歯を食いしばった。


エフィナはそのまま続ける。


「だから」


「力で押さえつけるのは違う」


「誰か一人の正しさを押し付けるのも違う」


三種族を見る。


「みんなが納得できる形を」


「ここで見つけないといけないんです」


その言葉に——


巨人族の長が、ゆっくりと頷いた。


「……ああ」


低い声だった。


獣族の長も、息を吐く。


「確かに……そうだ」


影の一門の長も静かに言う。


「……理に適っている」


三種族の空気が、変わる。


先ほどまでの迷いが、少しずつ消えていく。


彼らはもう理解していた。


——どちらの案が正しいかではない。


——どうあるべきか。


その方向が、見えた。


ヴォルツは、その様子を見ていた。


ゆっくりと目を閉じる。


(……なるほどのう)


心の中で呟く。


(ここまで、か)


もはや、これ以上の議論に意味はない。


どれだけ理屈を重ねても——


流れは、決まった。


ヴォルツはゆっくりと目を開けた。


その視線は——


エフィナではなかった。


カナトへと向けられていた。


じっと、睨みつける。


(……小僧め)


胸の内で、苦々しく呟く。


エフィナの言葉は確かに良かった。


だが——


あそこまで辿り着けたのは誰の影響か。


最初に綻びを突いたのも。


流れを止めたのも。


三種族に考えさせたのも。


そして——


エフィナを、あの場に立たせたのも。


(全部、貴様か)


カナトは何も言わない。


ただ静かに立っている。


その姿が、妙に腹立たしい。


ヴォルツは小さく舌打ちした。


「……ふん」


鼻で笑う。


だがその目には、はっきりとした悔しさが宿っていた。


(エフィナではない)


(あれはまだ未熟じゃ)


(じゃが——)


視線を細める。


(あの小僧)


(流れを読む力……人を動かす力……)


ほんのわずかに、口元が歪む。


(この中で誰よりも抜きん出ていた)


だが次の瞬間、表情は消える。


「……よかろう」


低く呟いた。


それは、事実上の——


引き下がりだった。

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