第101話:共存継承戦⑨
エフィナの「まだ終わってません」という声の余韻が、重く空気に残っていた。
ヴォルツはゆっくりと振り返る。
目は、先ほどまでの面白がる色から、わずかに苛立ちを帯びていた。
「……まだ何かあるのか、小娘」
杖を軽く地面に突く。
「先ほど言ったはずだ。私の案は完璧だとな」
エフィナは一歩も引かなかった。
胸は激しく上下している。
だが、視線はまっすぐヴォルツを見据えている。
「……うん」
静かに言った。
空気は重い。
エフィナは一度だけ息を吸った。
そして、はっきりと言った。
「……だから輪番制は、そのままにします」
一瞬、場が静まり返る。
巨人族の長が眉をひそめた。
「何?」
獣族の長が鼻を鳴らす。
「さっき自分で否定しておいてか」
影の一門の長も、外套の奥で目を細めた。
ヴォルツだけが小さく笑った。
「くく……」
杖を軽く地面に鳴らす。
「結局、私の案に戻るのか」
「小娘、迷走しておるのう」
だが、エフィナは首を横に振った。
「違います」
一歩、前へ出る。
「輪番制は悪くない。最初は否定するつもりだった。そのつもりでここに向かってたけど、本当にそれでいいのか?と考えてもみた。考えてるうちに、輪番制は悪くないんじゃないかと思い始めたの」
三種族を見回す。
「でもヴォルツだけのやり方の問題なのは……」
拳を握る。
「“自分の年”しか考えなくなることです」
巨人族の長の眉がわずかに動く。
エフィナは続けた。
「輪番制だと」
「その年の種族だけが、その場所を使う」
「だから」
「他の種族は関係なくなる」
獣族の長が低く唸る。
「……それの何が問題だ」
エフィナはすぐ答えた。
「関係ない場所は、守らないからです」
峡谷の風が静かに吹き抜けた。
エフィナはゆっくり言う。
「水源も」
「高地も」
「狩場も」
「一つでも壊れたら」
三種族を順に見る。
「みんな困る」
影の一門の長が小さく息を吐いた。
エフィナは続ける。
「だから」
一拍置く。
「使うのは一種族」
「でも」
「守るのは三種族にします」
その言葉に、三種族の長たちが顔を上げた。
ヴォルツの杖が、わずかに止まる。
エフィナは説明する。
「例えば水源」
影の一門を見る。
「水脈の管理は影の一門」
巨人族を見る。
「水源地の守りは巨人族」
獣族を見る。
「周囲の巡回は獣族」
そして続けた。
「でも」
「その年に水を使うのは、輪番制で一種族」
巨人族の長が腕を組み直す。
獣族の長は尻尾を揺らす。
影の一門の長は静かに考え込む。
エフィナは続けた。
「高地も同じです」
「狩場も同じ」
「使う種族は交代する」
「でも」
「守るのは、ずっと三種族」
その言葉が峡谷に落ちた。
エフィナはゆっくり言う。
「そうすれば」
「誰も壊せない」
「自分も守ってる場所だから」
そして最後に言った。
「誰かが奪おうとすれば」
「すぐ分かる」
三種族の長たちが顔を見合わせる。
エフィナの声は静かだった。
「それに」
ヴォルツを見る。
「その場所の仕組みを知っているのは」
「三種族全部です」
一歩前へ出る。
「だから」
「奪おうとしても」
「簡単には奪えない」
峡谷の空気が、ゆっくりと変わり始めていた。
背後でカナトが腕を組んだまま、静かに目を細める。
(……やっぱり)
心の中で呟く。
(そこに気づいたか、エフィナ)
ヴォルツはしばらく黙っていた。
杖の先が地面に触れたまま、微動だにしない。
そして。
ゆっくりと、口元が歪んだ。
「……ほう」
低く呟く。
「小娘」
目を細める。
「なかなか面白いことを言う」
だが。
次の瞬間、鼻で笑った。
「じゃが」
杖を軽く鳴らす。
「三種族で守る、とな?」
「そんな面倒なことを、誰が本気でやると思う」
その声は試すようだった。
三種族の長たちも、まだ黙っている。
エフィナは一歩も引かない。
そして言った。
「やらないと」
拳を握る。
「自分の年に困るから」




