会議
レイテルさんの店に帰ると、客は一組二組いる程度で余裕があるように見えた。中に入ると同時にせっせと机を拭いていたレイテルさんが顔を上げ、ブンブンと手を振る。相変わらずの様子に軽い苦笑いを浮かべて手を振り返した。
その手がパッと止まって手招きをする形に変わったので、人が居ないにも関わらず若干歩きづらい店内をレイテルさんの元に進んでいく。
「お帰り、どうだった?」
「色々大変でした。結局、明日からは面倒見てくれないらしいです」
「うーん、そう。まぁアデルらしいか。丁度少し時間あるし、奥で話そうか」
クイクイッと奥のカウンターの脇にある扉を指して、ねっ? と笑うのに釣られて頷きを返すと、更に笑みを深くしてからレイテルさんは奥に向かっていった。呼ばれたときはどうするのかと思ったが、余程早く済ませるのか声が聞こえやすい作りになっているのかもしれない。
思いの外ゆっくりと歩いてくれたレイテルさんの後を追い、開けられたドアに入ると不思議な臭いが鼻をついた。料理の香りに肉の臭さを足して、それを調味料の匂いが覆っている感じだ。
厨房の臭い、という奴なのだろうか。
リズミカルな包丁の音が聞こえたのでその主を見やると、達磨のような大男が器用に野菜を砕いている音だった。
「お父さん、旅人さん連れてきたよ! ほら、昼に言ってたでしょ」
レイテルさんが大きく呼びかけると、お父さんらしいその人にうるさいぞと言うかの如く睨まれていた。派手な髭を蓄えた威厳たっぷりの顔にも関わらず、レイテルさんは全く気にしてなかった。日常茶飯事なのだろうか。
「この兎に角無口なおっさんが私のお父さんのザップです。ほんと、誰に似たんだろうね?」
アデルの時のように元気に皮肉るレイテルさんに無視を決め込んで、ザップさんは作業を続けていた。頭頂部は寂しげな不毛の地だが、側頭部には輪っかになるようにして毛が生き残っていた。硬く、もう一生動かないかのように結ばれた唇と険しく細められた目。
体型はアンドルフさんやヴィルヘルムのものとは違い、奥に筋肉は感じられるものの表面は分厚そうな脂肪が包んでいた。全体的にずんぐりとしていて、熊のような印象を受ける。
チラッと興味なさそうに目だけで見られ一瞬強張ったものの、すぐに会釈を返しておいた。
「何だかんだで話は聞いてるから安心してね。でね、お父さん、この人達が明日から手伝ってくれるんだけど」
「あの、それについてちょっと、良いですか?」
アンナがそこで割り込んだことにより、レイテルさんがきょとんとした顔で言葉をやめた。ザックさんまでアンナに目を向けている。
全員の注目を浴びて、えへ、と一瞬笑ってからアンナは切り出した。
「手伝いなんですけど、私一人でも大丈夫ですか?」
「ん? それはマコト君もここに泊まる上で?」
「はい」
「んんー、別にアンナちゃんが一生懸命働いてくれれば大丈夫だと思うんだけど、でも男の子が女の子に全部任すってそこどうなのさ。ねぇ?」
「いや、すいません」
「すいませんじゃなくて理由があるならそれを聞きたいんだよう。お父さんからもなんか言って?」
まさしく不服です、と抗議を始めたレイテルさんがザックさんに話を振ったことにより、この空間が一気に沈黙に包まれた。
なおマイペースに作業を続けていたザックさんが、区切りがついたのかやっと包丁を置いて顔を上げる。仏頂面でじーっと見つめられたので、取り敢えず真面目な顔を返しておいた。
「やりたいことがあるのか」
放たれた声は、やはり重く威厳のある、少し枯れたような低く割れのある声だった。
「はい」
「そうか。ならいい」
「ええ、ちょっとお父さん?」
レイテルさんが今度はザックさんに噛みつくが、ザックさんは知らぬ存ぜぬでまた作業に戻っていった。レイテルさんが続けようと口を開くが、規則正しいトントンという音がそれを拒絶する。結局、レイテルさんが言葉の代わりにため息を吐くことで話はついた。
「お前、金はあるのか」
文句の元が諦めたことを確認したところで、ザックさんが続けて聞いてくる。そういえば、それも話すべきだったとここでやっと思い出した。
「いえ、ありません」
「なら明日一日はここを手伝え。何をするにしても金は要るだろ」
素っ気なく言われたが、要するに働いた分の金は普通に払ってくれると言うことだ。宿泊と飯代の分はアンナの分で許してくれると言うことだろう。
ありがとございます、と頭を下げるともうここに用は無いだろ、と包丁でしっしっという仕草をされる。それでハッという顔をして、レイテルさんはお盆を持って出ていった。
相変わらず忙しい人だ。
「この部屋の右にある扉を出て、奥に幾つか空き部屋がある。好きなのを使え」
「すいません。本当にありがとう御座います」
寝るにもまだ時間がたっぷりとある。また街に出るにも良いし、今からでもレイテルさんを手伝うのも良いだろう。
取り敢えず荷物を置こうと、説明された扉に向かった。
まーた文字数少なくてすいません




